交渉決裂!?
『グルル……』
ペスが、クロリネ家の使者を警戒している。
キメラに凄まれるのは、オラムというこの男でも怖いらしい。
冷や汗をかきながら、後退った。
「そ、そのモンスターを黙らせてくれないか? 君は召喚士なんだろう……?」
「いや、彼らは俺の仲間なんで。大丈夫だから、話を続けてくれ」
「う、うむ。だが、念のためにこちらも護衛を呼ばせてもらう。おい」
クロリネ家の使者、オラムが声を掛けると、物陰から黒ずくめの男たちが何人も現れる。
気配を消していたのか。
全然分からなかったぞ。
だけれど、トリーは気付いていたようだ。
魚を口に咥えつつ、ハーピーは手近な屋根の上に飛び移った。
いつでも襲い掛かれるような体勢だ。
ここは、漁港と町の中間あたり。
漁師の家々が連なっている。
そこで、この奇妙な会談が始まった。
「クロリネ家は、近々あるであろう、選王戦に備えて優秀な戦力を必要としていてね」
「はあ。確かになんか、クロリネ家はあんまり、強力なイメージ無いですもんね」
「な、なにぃ!?」
あ、やべ。
思わず世間一般のイメージを、正直に口にしてしまった。
選王侯は、五つの家がある。
今の国王、カドミウス家。農業や畜産に造詣が深く、この選王侯家から王が出てから、バブイルの食糧事情は良好だ。
一番、次の国王に近いという、ゴールディ家。バブイル選王国の経済を大部分で支配している。
メルクリー家。バブイルの裏社会に親しく、私兵集団である青の戦士団を擁する。
プロメトス家。光の神教団と深いつながりがあり、多くの教主を輩出している。
最後にクロリネ家。
「ク、クロリネ家もだな! 選王侯家として特別な役割が……!」
「それがイメージなくて。役割ってなんなんだ?」
これは別に、俺が煽っているわけではなく、第一階層の一般市民出身として、クロリネ家が果たしている役割というものが、本当に全くわからないのだ。
「我らクロリネ家はだなあ。ほら、世の中のしきたりとか、儀礼を管理する役割を持っているのだよ! だから、バブイルの歴史も我々が細かに記録しているのだ」
「へえ」
意外な話だった。
学がない俺には、儀礼とか歴史とか、あまり重要さが分からない。
だけれど、メリッサにはこの家の重要さが分かるかも知れない。
「そのクロリネ家が俺を雇いたいって?」
「ああ、そういうことだよ。我らには強力な戦力が存在しない。金の力を持つゴールディ、武力を持つメルクリー、教団と深く結びついたプロメトス。我らが持つ知識の力は重要なものだが、しかし彼らはその重要さを理解していないから……。いや、迷宮に特別に冒険者を雇い、各階層へ派遣してはいるのだよ。それに、第一階層の冒険者もこれからは大々的に雇っていく予定で……」
「あっ。もしかして、ジョージが言ってた、これから受けるでかい仕事ってあんたたちの事だったのか!」
だとしたら、俺の答えは決まってる。
「悪いけどさ。あんたたちのせいで、俺はひどい目に遭ったんだ。お陰でメリッサに会えて、召喚士になれたけど……。ちょっと協力する気にはなれない。よそを当たってくれ」
「断るというのか!? 選王侯家からの、直々のスカウトを!」
オラムが、悲鳴のような声をあげた。
「お前はやはり、ゴールディを選ぶのか!! 金か! 金の力か! ええい、薄汚い金の亡者め!」
「ええ……。いきなり罵倒するの……? いや、っつうか、俺のこれはメリッサが向こうにいるからなんだけど」
「敵に回ると分かった召喚士など、危険なだけだ! 過去の記録でも、召喚士はたった一人でバブイルの一軍に匹敵したとされている! そんな存在を生かしておくわけにはいかん! やれ、お前たち!」
オラムの号令を受けて、護衛の男たちが武器を抜いた。
そして、隙のない動きで俺を包囲しようとする。
誰もがかなりの手練だろう。
召喚士になる前の俺だったら、絶対に勝てないレベルの強さだと思う。
第一階層の冒険者たちとは、それこそ次元が違う。
これが上の階層で戦える奴の強さか。
「でもな。俺だって今は召喚士なんだ……!」
俺は気持ちを切り替えた。
両の腰には二丁の魔銃。
護衛達は、明らかに俺が銃を抜く動きを見張っている。
「トリニティ……!」
俺が三つの銃口を持つ、この異形の得物を抜こうとした瞬間だ。
姿を隠していたらしい護衛から、ナイフが飛んできた。
『ピヨーッ!』
それと同時に、トリーが俺の頭上に飛来する。
強い風が生まれ、ナイフの軌道がずれた。
「っ……!!」
この一瞬のタイムラグで十分だ。
俺が抜き放ったのは、トリニティではない。
サンダラー。
抜き打ちに特化したホルスターから、高速で抜き放たれたこの魔銃が火を噴く。
一撃でナイフを砕き、二射目で隠れていた護衛を撃ち抜いた。
「グエーッ」
護衛が倒れる。
これが合図になった。
黒ずくめの男たちが、俺を目掛けて押し寄せてくる。
俺は思いっきり、後ろにジャンプした。
「ペス!」
『ガオーッ!!』
キメラの巨体が、俺の頭上を飛び越えていった。
「た、たかがキメラ、第三階層のモンスターではないか! 一斉にかかれば大した脅威では……!」
「違う! ペスは俺のモンスターだ! ペス、連続攻撃!」
『ガオーンッ!』
ドラゴンの頭が炎のブレスを吐く。
強力なそれが、護衛たちを薙ぎ払った。
ヤギの頭が、呪文を唱える。
キメラを包み込むように、毒の嵐が発生し、近づいた護衛たちを巻き込んで膝を突かせる。
背後から近づいた護衛は、ぐんと伸びた蛇の尻尾に噛みつかれて倒れた。
さらに、攻撃をしながらペスが動く。
一直線に、オラムに向かって。
「い、一度に攻撃を!?」
護衛たちが慌てる。
ペスの強みは、いっぺんに複数の行動ができることだ。
全ての頭が、俺の指示に従って行動する。
「ペス、加速だ!」
俺が抜いたのはトリニティ。
その銃口から、魔力の弾丸が放たれ、ペスの体に吸い込まれていった。
キメラの背中に、大きな翼が開く。
風をはらんで、ペスが加速する。
追いすがった護衛たちを、勢い任せになぎ倒し、突き進む。
「う、うわあああああ!?」
オラムが悲鳴を上げてへたりこんだ。
誰も、ペスには追いつけない。
「これが……これがキメラだというのか!? 記録にあるものとは、あまりにも違いすぎる……!!」
「ペス、ストップ!」
『ガオン』
「アヒェー」
ペスは、オラムを押し倒す形で止まった。
よく言うことを聞くから、ペスは優秀だなあ。
『ピヨ』
「あー、トリーも優秀だな!」
真横に降り立ったハーピーをなでなでする。
トリーは気持ちよさそうに目を細めた。
「ってことで、俺はクロリネ家には協力しない。ただ、ゴールディの手下ってわけでもない。ちゃんとそれ、伝えてくれよ」
「ひ、ひぃー」
オラムの返事が悲鳴だなあ。
彼はよたよたとペスの下から這い出すと、ほうほうの体で逃げ出した。
護衛たちも慌てて、彼の後を追う。
雇い主が命令もせずに逃げ出したんなら、そりゃあそうするよなあ、と。
後は……倒れてる護衛の人たち、無事なら助けておこう。
リュシーに頼んで、解毒の魔法を使ってもらうか。
△▲△
迷宮の奥深く。
クロリネ家に雇われた冒険者は、ある使命を帯びていた。
手にしているのは、棒の上に金属の枝が生えた奇妙な道具。
それが、グラグラと揺れだした。
進むほど、揺れは強くなる。
やがて、揺れが最高に高まったところで、冒険者たちはそれと出会った。
「邪神センサー、本当に役立つんだな。あんたが……そうなのかい?」
冒険者のリーダーが問いかける。
すると、それは……その一団の主と思しき、大柄な男が頷いた。
『いかにも。出迎えご苦労であった。クロリネの使いよ』
禍々しい形をした魔銃を携え、男は不敵に笑う。
『儂は邪神バラドンナ。いやあ……道案内本当に助かった』
「良かったですね、バラドンナ様!」
「地上で信者増やしましょうね!」
『うむ!』
次なる王位を狙う選王侯家と、邪神が結びつく。
バブイル選王国は、混乱の時代に向かって突き進もうとしている。




