会食のゴールディ!
「今日の夕食は豪華だよ!」
翌朝のこと。
よく考えたら、俺とメリッサは同じ部屋。
年頃の女の子と隣のベッドで眠るなんて初めてで、俺はとても大変な気分だった。
隣でメリッサが寝返りをうつたび、ハッとして目覚める。
明け方近くになって、完全に寝てしまったが、夢にまでメリッサが出てきた。
「そ、そう」
「どうしたの? クリス君ねむそうだけど?」
「ああ、いや、うん」
どうしてメリッサは、男と同じ部屋なのに平気なんだ……!
……もしかして、俺って男として見られていない……?
そう言えば、当然みたいな顔してバスローブでくつろいだりしてたし。
「せめて、男として意識されるようになろう!!」
一つ大きな目標ができた。
メリッサは訳が分かっていないみたいで、ニコニコしながらうんうん頷いている。
「それでね、クリス君。夕飯の話なんだけど」
「まだ朝じゃないか」
「朝だけどね? 夕飯のことを考える朝っていうのもいいのと思うの。それでね、豪華になるっていうのは、ゴールディーさんが君と会いたがってるんだよ。なので、豪勢なレストランで一席設けるって! きゃー! ゴージャスなディナー! 食べ放題!」
「ゴールディって、メリッサの雇い主の!? なんで俺なんかに……っていうか、メリッサが一番喜んでるのかよ!」
「だって、豪華なご飯だよ!? これはテンションが上がらないわけないじゃない。もう、クリス君さまさまだねえ」
めちゃくちゃ嬉しそうなメリッサ。
ま、これはこれで可愛いからいいか、と思う俺だった。
夕方まで時間を潰そうと、ホテルのラウンジまで降りていくと、昨夜俺と青の戦士団が事を構えたことは、それなりに知れ渡っていたらしい。
豪華な身なりをした客が、俺とメリッサを値踏みするようにジロジロ見る。
「あんな子供が、あの青の戦士団と……?」
「隣りにいるのは誰だ?」
「あれっ? あの女の子、どこかで見たような……。確か勇者のパーティに……」
んっ!?
今、メリッサに関する重要な情報が聞こえたような。
だが、俺にそれを詮索する時間はなかった。
昨日出会った、青の戦士団の一員、レオンが立っていたからだ。
「おはようございます」
今日は軽装のレオン。
一見細身に見えて、その体にはしっかり筋肉がついているようだ。
魔剣だけを腰に下げて、普段着でラウンジを歩き回っているようだった。
「おはよう。何してるんだ?」
「仲間たちと、今日は用事があるのですが……。昨夜、皆は酒盛りをしまして、酔いつぶれているのです。僕の予定が……」
レオンがハアーっと溜息をつく。
苦労してるなあ。
レオン、真面目そうだもんなあ。
「レオン君、おはようー!」
メリッサも彼に気づき、声を掛けた。
すると、レオンのやつ、いきなり顔を真赤にして、「お、おは、おは、おひゃようございましゅ」とか言うのだ。
「うんうん、おはよう! じゃあね! 私達は外に遊びに行くから!」
「いいなあ……」
今のはレオンの本音だろうな。
苦労してそうだなあ。
その日、俺とメリッサは第四階層の町を歩き回り、飲み食いしてウインドウショッピングをした。
楽しい時間はあっという間で、気がつくと夕方。
「そろそろ、ゴールディさんが予約した時間ね。私の腹時計は正確なんだから」
メリッサがとても説得力のあることを言った。
俺が連れられて行ったのは、第四階層の恐らく、一番奥のあたり。
飲食店が集まる中に、ひときわ大きな建物があった。
どの店も、一度のディナーで第一回層の冒険者の一か月分の生活費が消し飛びそう。
だが、この建物が店だとするなら、ここでの食事はいくらするんだろう。
気が遠くなりそうな値段じゃないだろうか。
「ゴールディさんが建てたレストランだって。この辺りのお店は全部、ここに繋がってるの。なんだか捻じくれて見えるでしょ? 迷宮から発掘された技術で組み立てられたんだって」
一見して、入り口らしいものも分からない。
螺旋を描いて、巨大な屋敷が階層の天井に向かって伸び上がっているように見える。
後で聞いたのだけれど、階層の天井は、天蓋と呼ぶんだそうだ。
メリッサは建物に近づくと、コンコン、と壁をノックした。
すると、叩いた場所がパクリと開く。
「どちらさまで」
「私。メリッサ。クラリオン・ゴールディの客将だよ」
建物の中から、呪文が聞こえた。
しばらくして、そこに扉が生まれる。
「メリッサ様。確認いたしました。どうぞお入りくださいませ」
「はーい。行こ、クリス君」
「お、おう。なんだか、凄いことになってるんだなあ……」
「選王侯家の人ってなると、命を狙われる事もすっごく多いんだって。だから、こんな訳が分からない建物の中でご飯を食べたりして、身を護るの」
よく分からないが、選王侯家に生まれるのも大変そうだな。
俺とメリッサは、燕尾服を着た男の人に案内されて、建物の奥へ奥へ。
妙に黄色く見える灯りの下を歩く。
「こちらです」
通された部屋は、ちょっと狭いくらいだった廊下に慣れた目から見ると、恐ろしく広く見えた。
この一室だけで、第一階層の冒険者の店全部よりも広い。
そこに、ひたすら長いテーブルが置いてあって、真っ白なクロスが掛けてある。
「やあ、メリッサ。いつも通り、食事会は時間どおりに来るね」
「ハーイ、ミスタークラリオン。今日は色々お知らせがあるよ」
「それは楽しみだ」
テーブルの奥に座っていたのは、金色の髪をした、貴族服の男だった。
多分、中年くらいの年齢だろうか。
「そして、そちらが君の報告にあった?」
「ええ。召喚士のクリス君。すっごいんだから」
男は立ち上がり、俺を招いた。
俺がボーッとしていたら、周囲にいる、彼の護衛らしき連中が、俺を急かすような仕草をした。
「待って。彼は私の仲間なんだから、クラリオンさんの部下じゃないでしょ? 指図はだめ」
メリッサが彼らを諭すように言うと、護衛たちは静かになった。
なんだろう。
護衛たち、メリッサを見る目に畏怖の色がある気がする。
「ああ、失礼。いつもは人に指示を出すばかりでね。私がそちらへ行こう」
男は笑うと、俺に向かって歩いてきた。
赤をベースにした衣装に、金色の飾り紐や刺繍が施されている。
「ようこそ、召喚士クリス君。私はゴールディ選王侯家が主、クラリオン。数百年に一人という才能を持った、君を歓迎しよう」
「あ、ども……クリスです」
俺は、正直な所気圧されていた。
だけど、メリッサの手前、カッコをつけなきゃという気持ちで、精一杯胸を張って彼の手を握る。
金色の髪、金色の目。
眼の前にしているだけで、とんでもない存在感がある人だ。
選王侯家の主ということは、いつ、この重層王国の国王になってもおかしくない人だということだ。
それって、俺にとっては世界で一番偉い人に等しい。
現実感が全然ないぞ。
「では、メリッサから報告を受けつつ、こちらも情報を開示しよう。もちろん、食事をしながらね」
「やったあ!!」
メリッサが、かなりガチ目の歓声をあげた。
凄くブレない娘だ……!!
運ばれてきた料理は、これまた見たことの無いものばかり。
野菜を、プルプルしたよくわからないもので固めた色鮮やかな四角形を、オレンジ色のソースで食べるものとか。
褐色の透き通ったスープに、薄切りになった見たことのないキノコが浮かんでいて、これがとんでもなく香りが良かったり。
食べ放題のパンが、ふんわりふっくらしていて、それだけでもご馳走だったり。
メインで出てきた肉料理が、噛む度に旨味が口の中で溢れ出す凄い肉だったり。
「おお……おおお……。一生分の贅沢をしてるよ、俺……」
俺はもう、話をするどころじゃない。
料理に意識を持っていかれている。
メリッサはそんな俺の隣で、クラリオンにさっさと報告を済ませると、猛然と料理に突進した。
前菜を食い尽くしてお代わりし、スープを飲み尽くしてお代わりし、ついには肉とパンはメリッサだけ山盛りになって出てきて、これを食い尽くした。
最後に出てきたのは、冷たく、舌の上でとろける不思議なお菓子。
クリーミーなんだけど、爽やかな後味が残る。
この世の天国だ……。
「クリス君、君も大概、食い道楽だねえ」
クラリオンが笑った。
そして、すぐ真顔になる。
「食事が終わった所で本題を切り出そうか。私は選王侯家の主。次の王に最も近い男と言われている。選王侯同士の闘いは常に行われており、常に命を狙われているような立場だ。だが……そんな内向きの小さな話をするために、メリッサに君を連れてきてもらったわけではない」
「小さな話……!?」
重層王国の王となること。
それって、世界を手に入れることではないのか。
それが小さなことって、どういうことなのか。
「君が、召喚士という、重層王国史上でも稀な能力に目覚めたことと、無関係ではないと私は思う。いいかね? 我らが知らない内に、この世界の外では魔王という者が出現した」
「ま、魔王……!?」
「そう、魔王だ。おとぎ話に語られる、魔王。それが実在していた。しかも、おとぎ話や言い伝えは、その恐ろしさを一割も現していなかった。魔王は世界を、滅ぼしかけたそうだ。しかし……彼は倒された。勇者とその仲間たちによって」
「は、はあ」
遠い世界の話だ。
全くピンと来ない。
「で、私がその勇者の仲間ね」
「は!?」
メリッサがいきなり衝撃的な事を言った。
「たぶんね、世界には魔王の他にも、恐ろしいものがたくさん眠ってるんじゃないかなーって。私はそう思って、世界を回ってるの。それで、私の考えに賛成してくれたのがクラリオン・ゴールディさん。おかげで、バブイルでは結構自由に動けてるよ」
「そして、彼女、メリッサが見出した、世界の脅威と対抗しうる存在というのが……君だ、クリス君」
「なっ……なんだってー!?」
もう、そう叫ぶしかない。
な、なんだってー!?