廊下の決闘!
ブラスが低く身構える。
すごくおかしな構えだ。
剣の構えと言うか、まるで獣みたいな。
「俺ら青の戦士団は、無形。それぞれ、腕が立つ奴を世界中から隊長がスカウトしてきた一団よ。俺は、完全に我流でな」
ブラスが佩いている剣は、反りのある細い剣だ。
鞘を左手で持って、唾を親指でカチカチと持ち上げては収めている。
カチカチ。
カチカチ。
カチカチカチカチカチ。
「サンダラー、今か? いや、違うのか」
俺の腰の魔銃は、まだ抜くべき時ではないと伝えてくる。
言葉を喋ってるわけじゃないんだが、なんとなく分かるのだ。
召喚モンスターたちと、会話してる時みたいな感じだ。
「抜かないのか、腰抜けが!」
ブラスが煽ってくる。
俺はそんなに気が長い方じゃないので、カッとなってサンダラーを抜こうとする。
だけど、こいつはびくともしない。
手にしたグリップから、冷気が伝わってきて、俺は冷静になった。
「分かった。今撃ったらまずいんだな」
俺は、いつでも抜き打ちできる体勢だ。
対するブラスは、廊下をじわり、じわりとすり足で歩きながら、俺との間合いを計っている。
なんか、あいつはやり辛そうだ。
廊下はブラスにとって狭いようだ。
「おい! 攻撃しないのか! まだか!」
「攻撃しないと困るのか?」
「はっ! ガキに先手を許してやろうって、俺の寛大さが分からねえのか!」
「わかんないね! だから俺は攻撃しない!」
「てめえっ……」
俺の目にも、ブラスの焦りが見て取れた。
何をそんなに焦っているんだろう。
「おい、ブラス、やめろ!」
後ろから、隊長と呼ばれていた男の声がする。
だけど、ブラスは聞き流す。
その体勢を一気に低くすると、
「知らねえぞ……!!」
まるで牙のようなその歯をむき出しにして呟いた。
次の瞬間、ブラスの姿が消えた。
いや、あいつは、壁に飛んだのだ。
鎧を着たまま壁に跳び、そして蹴って対面の壁、蹴って天井、壁、壁、天井。
凄まじい軌道で、俺目掛けて突っ込んでくる。
これは、人間の速さじゃない。
「うるるるるるるあああああああっ!!」
ブラスの喉から、獣のような叫び声が漏れた。
俺の心臓を、根源的な恐怖が鷲掴みにしようとする。
その時だ。
カチリ、とサンダラーが音を立てた。
俺の体に、戦い方が流れ込んでくる。
「るああああっ!!」
飛び込んでくるブラス。
俺は床に向かって飛び出しながら、魔銃を抜き放つ。
頭上を通過するブラスに向かって、引き金を引く。
まるで雷鳴のような音が響いた。
これに、ブラスが反応する。
奴は魔銃の攻撃を、剣で受けたのだ。
だが、多分魔剣だと思われるそれでも、サンダラーの射撃を殺しきれない。
「るううおおっ!?」
ブラスが天井に吹き飛ばされた。
背中からぶち当たり、落ちてくる。
奴はとっさに、四つん這いになって着地した。
俺は、ブラスが降り立った所に向かって走り出している。
真っ直ぐにサンダラーを構えて、引き金を引く。
再び鳴り響く雷鳴。
「ぐうおおっ!?」
ブラスは必死に避けようとするが、間に合わない。
人間離れした彼の速度でも、サンダラーより遅いのだ。
鎧の肩が撃ち抜かれ、砕け散った。
ブラスの片腕が、だらりと垂れ下がる。
「ちぃっ……」
奴の顔に、汗が浮かんだ。
「なんだ……なんだ、その魔銃……! 今は人の姿だとは言っても、このブラス様の立体機動攻撃を、初見で撃ち落とすかよ……! 化け物め!」
「まだやる気か!」
「青の戦士団のブラスが、ガキにやられっぱなしでいられるかよ!! まだまだだあ!」
「もういい! レオン、ブラスを止めろ!」
「了解」
ブラスの後ろで、妙な気配が膨れ上がった。
サンダラーが唸りを上げる。
警戒している……?
俺は慌てて、後ろに跳んだ。
すると、今にも攻撃してきそうだったブラスに、背後から半透明な何かが覆いかぶさっていく。
それは、透き通った戦士だ。
「うおおっ、こ、これ、レオンの眷属か! レオン、てめえっ! 離せ!」
「ブラス殿、隊長の我慢も限界に来ています。退いて下さい」
倒れたレオンの後ろに立つのは、あの男だった。
俺が最初に会った、青い甲冑の男。
灰色の髪に、表情が読めない目をした、多分俺と同い年くらいの男。
レオンと言うのか。
「我が眷属よ。ブラス殿を部屋へお連れしろ」
透き通った戦士は、レオンの言葉に頷くと、ブラスを持ち上げて立ち去っていく。
「君、大丈夫だったか? いや、あのブラスを退けるとは、やるな。さては君も、選王侯家に見初められた戦士だな?」
いつの間にか、レオンの隣には隊長と呼ばれた男が立っている。
「私は青の戦士団の団長、バリーだ。周りからは隊長と呼ばれているがな」
髭を生やした、温和そうな男の人だ。
「ああ、いえ。びっくりした。でも、人をいきなりガキって呼ぶの辞めたほうがいいよ」
「うむ、よく言い聞かせておく。あいつはとにかく気が荒くてな」
ニコニコしながら、バリーと名乗った男は言うけど、どうも嘘くさい。
俺がブラスとやり合うまで、全然本気で止めようとしてなかったじゃないか。
止めたのは、ブラスが無視できないダメージを受けてからだ。
「では、また会おう。君……」
「クリスだ」
相手の名前を聞いてるのに、俺が名乗らないというの無いだろう。
俺は堂々と名乗った。
「クリス君。また会う時が楽しみだ」
青の戦士団を名乗る連中は、ぞろぞろと上の階へと立ち去っていく。
何人もいて、みんな青い鎧を着ている。
あの一人ひとりが、ブラスやレオンのような、妙な戦い方をする戦士なんだろうか。
俺が知らない世界だ。
少なくとも、第一階層の冒険者たちは、こいつらに比べたら全然人間だ。
「第四階層、とんでもないところだなあ……」
思わず呟いた。
すると、一人だけこの場に残っていたレオンが、首を傾げた。
「君も、とんでもない人だと思います。隊長が止めなければブラスは死んでいたかもしれません」
「ああ、いや。今のは銃が教えてくれたから」
「迷宮から発掘された、オリジナルの魔銃ですね。それぞれが意思を持ち、主を選ぶと言われています。魔銃に選ばれた君は、立派にこちら側の人間です」
にこりともせず、レオンは言う。
そして、じーっと俺を見るのだ。
「な、なんだよ」
「君はどこの所属ですか?」
「いや、どこの所属ってわけでも……」
「メルクリー家に敵対するならば、僕たちとまた戦うことになるでしょう。青の戦士団にとって、恐ろしい相手が現れたものです」
「いやいや、そうと決まったものでもないだろ!?」
困った。
何と言うか、レオンという男、とてもマイペースだ。
自分のペースで話を進めるので、調子が狂うったらない。
『ピーヨー!』
俺の襟に隠れてたトリーが、ひょこっと現れて一声鳴いた。
レオンが目を丸くする。
「その小さなものは……」
「なーにー? クリス君、もう友達作ったの?」
レオンがトリーに手を伸ばした時、メリッサの声がした。
ギクリ、とレオンの動きが止まる。
「あれ、その格好、青の戦士団だよね。そんなのと仲良くなるなんて、さっすが」
現れたメリッサは、お風呂上がり。
バスローブを着込み、髪の毛はタオルに包んで頭の上にまとめている。
上気した肌が、なんとも色っぽい。
「お、おかえり……」
思わず、俺の視線は彼女のバスローブの合わせ目を行ったり来たり……。
「は、はしたない格好です。そ、そ、そのような姿で歩き回れれて」
レオンが慌てたように言った。ろれつが回っていない。
彼は顔を赤くして、メリッサから目をそらしている。
「ま、ちょっと嬉しいけどな」
俺が言うと、レオンはチラッと俺を見て、「レディの前でそんな事を言うのはどうでしょうか……」
なんてボソボソ呟く。
そしてくるりと踵を返すと、
「クリス。また僕たちは出会うことになるでしょう。今度は、このような廊下ではなく、戦場になるかもしれません」
「そうなの? 俺、冒険者だから戦場とかは行かないと思うけど……。それに、戦場って、誰と戦うんだよ……?」
レオンは何も答えなかった。
早足になって、少しでも早くここから離れようという風に、立ち去っていった。
「照れちゃって、もう」
むふふ、とメリッサが笑った。
「でも、俺だってドキドキするんだから、そんな格好で初対面の奴の前に出るのは、確かに良くないと思うな」
「はーい。クリス君にしか見せないようにするね?」
「そ、そうじゃなくて!!」
俺は今度は、メリッサのペースに乗せられながら、部屋に戻っていくのだった。