都会のホテルから!
「広い!!」
宿の部屋に通されて、俺は思わず叫んだ。
今まで、安宿の大部屋暮らしばかりしていた俺だ。
それが、メリッサと二人きりでこんな広い部屋に……!
大通りに面した三階にあるこの部屋は、窓が四つも並んでいて、それぞれに分厚いカーテンがついている。
窓の外は檻に覆われ、外からは入ってこれないようになっている。
壁には絵画が飾られていて、よくわからないが高そうだ。
そして、ソファ。
ふかふかの豪華なソファ!
ベッド。
ふわふわの豪華なベッド!
「うおー!」
「フャーン!」
俺が走ると、オストリカが一緒に走ってきた。
ボーンとベッドに飛び込む。
オストリカはベッドに飛び込んだ。
俺と赤猫で、ぼよーんと跳ねる。
凄いクッションだ……!!
「まるで……王様が泊まる部屋みたいじゃないか」
「そりゃ、スイートルームだもん。この宿の一番いい部屋だよ? ベッドもソファも、ついてくるご飯も最高なんだから!」
「おお……! しかしメリッサ、よくそんなに金を持ってるなあ……。今日一日で、めちゃくちゃお金を使っただろ?」
「そうだねえ。手持ちはほとんど使っちゃった。宿は一週間分取ったから、もうほかに使うお金は無いと思うけど……。これって、ゴールディさんからもらった活動資金なんだよね」
「活動資金?」
「そ。詳しい話は、後でね。今日はね、宿のお風呂に入れちゃうんだから。すっごく広いし、ほとんど貸し切りだよ? クリスくん、ペスやトリーを入れてあげたら?」
「あ、そうか! それができるのか!」
俺はポンと手を叩いた。
そして、ポケットから弾丸を取り出す。
せっかくだから、部屋の中で呼び出してみよう。
トリニティを取り出すと、その銃身を二つに折る。
真っ二つになったシリンダー部分に、ペスとトリーを装填。
「出てこい、ペス、トリー!」
引き金を引く。
すると、銃口のうち二つが輝き、青い光が迸った。
飛び出してくる、キメラのペスと、ハーピーのトリー。
『ガオ……ガオ~ン』
ペスがぐーっと体を伸ばした。
弾丸状態は窮屈なんだろうか。
『ピョ?』
トリーは辺りを見回して、首を傾げている。
その後、俺が腰掛けたベッドを見つけると、『ピョピョピョ』と叫びながら走ってきた。
そして、ぴょーんとジャンプしてベッドに乗る。
トリーがぼいーんと跳ねた。
『ピョー!』
『ガオ!?』
ペスが興味を示した!
あいつもこっちに向かってくるぞ!
「待て、ペス! でかい! お前、でかいから!」
「クリス君! 召喚モンスターは多分サイズをちょといじれるはずっ!」
「本当か!? ぎゃーっ!」
上から、ドシーンと降ってくるペス。
俺は慌ててトリニティを構えた。
無いはずの弾丸が、シリンダーに入っている。
これは、装填されたペスとトリーの弾丸だ。それが透き通りながら、まだ入っている。
「小さく……小さくなれっ」
ペスに向かって引き金を引く。
すると、銃口からは薄青の光が伸びた。
ペスは光に当たると、しゅるしゅると小さくなる。
大型犬くらいの大きさまで縮み、そこで俺の上にドーンっと覆いかぶさった。
『ガオガオ』
『ピョピピ?』
「フャン」
トリーまで小さくなってしまったようで、小型犬サイズになっている。
それとオストリカ、三匹のモンスターがベッドに集まってきた。
そして、みんなで俺をぺちぺち叩いたり、舐めたり撫でたりしてくる。
「や、やめろー! わ、わははは! くすぐったい、くすぐったい!」
「いいなあ! 私もちょっとそこに飛び込むから、クリス君しっかり受け止めてね!」
「は!?」
なんだかとんでもない話が聞こえたぞ。
「ちょ、まっ」
「えーいっ!!」
慌てて半身を起こした俺が見たのは、飛び込んでくるメリッサだった。
素晴らしい勢いの飛び込みを受けて、ベッドに押し倒される俺。
彼女の勢いに、ペスもトリーもオストリカも吹き飛ばされてしまった。
「あら」
俺に馬乗りになりながら、メリッサが首を傾げた。
口に手を当てて、誤魔化すように笑う。
「ちょっとはしたなかったかも? ごめんあそばせ」
「フャーン!」
モンスターたちを代表して、オストリカが抗議の声を上げたのだった。
「まず、この宿に一週間滞在するの。それって言うのも、私がゴールディさんに第一階層で行なった調査の報告をするから。その間、君は第四階層を歩き回って、召喚と新しい武器に慣れておいて欲しいわけ」
「ふむふむ、なるほど……。ダリアたちはその事、知ってるのか?」
「もちろん。この間のハーピー退治で、しばらくゆっくりできるだけ稼げたみたいだしね。私の仕事は、これから彼女たちとゴールディさんを繋いだりすることなの。ただ、もちろん一番頼りになるのは君なんだからね、クリス君」
「ああ。なんか、まだ全然実感が湧かないけど、まかせとけ!」
新たな魔銃二丁と、モンスターたち。
なんだってできそうな気がしてくる。
選王侯家のゴールディが、俺を気にするっていうのが本当にイメージできないんだが、メリッサが言うんだから本当なんだろう。
「……ということで、私はお風呂に入ってくるね! さっき予約を入れておいたの。上がってくるまで、クリス君は自由にしてて」
「おう!」
「……覗いてもいいよ?」
「い、いや、そそそ、それはさすがに」
メリッサはむふふ、と人の悪い笑みを漏らすと、部屋から出ていった。
その後を、当然のような顔をしてオストリカがついていく。
「あれは誘いだったんだろうか?」
『ガオン』
『ピィ』
答えは出ない。
悶々とした頭のまま、部屋に番としてペスを残し、俺は宿の中を歩き回ることにした。
肩の上に、トリーが乗っかっている。
ぶらぶらと宿の中を廊下を行くが、これがもう、冗談のように広い。
「確か……宿屋じゃなくてホテルって言うんだったっけ? 海外のお客を泊めるために、王国で作ったとか……」
廊下ですら、絨毯が敷かれている。
毛は短いけれど、硬い床を歩いているという気がしない。
思わずしゃがんで、絨毯に触れた。
これは何というか……何かの毛皮みたいな。
「金がかかってるなあ……」
しみじみとしながら、俺はまた歩き出した。
ここは三階。
来る時に上がってきた階段が見えてくる。
これもまた、とんでもなく広いんだよな。
「なあトリー。下に行く? 上に行く?」
『ピヨピヨ』
「分かんないよな。さて、どっちに行ってみようか……」
俺が腕組みして考えていると、下の階から上がってくる者がいる。
それは、灰色の髪をした、俺と同じくらいの年齢の男だった。
ホテルの中だって言うのに、青い鎧を身に纏い、腰には剣を佩いている。
その剣から、妙な圧迫感を感じた。
あれ、魔法の剣……魔剣だ。
「む」
そいつは俺を見上げた。
「おっと」
俺は道を空ける。
彼は上がってくると、俺に軽く会釈した。
なんだ、礼儀正しい奴だなあ。
俺も、慣れない会釈を返す。
彼はカチャカチャと音を立て、四階へ上がっていった。
その後から続くのは、やはり青い鎧を着た男たち。
「おや? ホテルにどうして冒険者のガキがいるんだ?」
男たちの中から、目付きの鋭い男が歩み出た。
「ここの宿泊費は、とてもお前みたいなガキには払えない金額のはずだぞ。ボーイは何をやってるんだ。入り込んだガキがいるならつまみだせばいいだろうが」
「おいブラス、そこまでにしておけ」
目付きの鋭い男は、ブラスと言うらしい。
彼を呼び止めたのは、ヒゲの落ち着いた感じの男だった。
「いや、隊長。俺は、せっかく、こんないいホテルに泊まれるってのに、こ汚えガキがいるのが嫌なんですよ。ボーイが仕事しないってんなら、俺がつまみだすわ」
ブラスが俺に向かって上がってきた。
『ピイーッ!』
トリーが肩で、警戒の鳴き声を出す。
それを見て、ブラスが顔をしかめた。
「モンスターを連れてやがるだと!? ますます見過ごせねえな」
「あんた、なんなんだ。何の権利があって、そんなことしようとしてんだ」
「何の権利だと?」
ブラスは肩をすくめた。
「俺たちはな、選王侯家メルクリーの青の戦士団なんだよ。独立裁量証を持つ、この第四階層では無敵の存在なのさ。ってことで、俺の裁量でてめえをつまみだす。ぶっちゃけ、その妙に可愛らしい顔が気に入らねえんだよ」
なんてやつだ。
つまりこいつら青い鎧の一団は、メリッサと同じ立場の連中ということになる。
だからといって、こいつの好きにさせる気は無い。
『ピ!』
トリーが飛び上がり、俺の腰にぶら下げた、青と金の魔銃に飛び降りた。
俺もそいつに手を掛ける。
「魔銃使いか! おもしれえ! 俺の剣は銃より早いぜ!」
ブラスが身構える。
こいつは正気じゃない。
こんなホテルの廊下で、やる気だ。
「仕方ない。俺もやるぞ!!」
俺は身構えた。
対人戦なんて、やったこともない俺だ。
だけど、青い魔銃に触れると、不思議と心が落ち着いた。
そして、これからどう動けばいいかが理解できる。
「お前が教えてくれるのか」
魔銃は一瞬だけ、そのシリンダーを鋭く輝かせる。
俺の中に、その声が届いた。
「そうか、お前の名は。よし、頼むぜ、サンダラー……!」
第四階層はホテルの廊下で、いきなりの決闘が始まろうとしている……!