ここからスタート
邪神は滅びた。
だけど、俺たちには余韻に浸る暇なんか無かった。
だって、邪神が呼び出した異世界の怪物たちはまだいて、それをウェスカーたちが楽しそうに退治しているからだ。
「ウェスカー、薙ぎ払え!」
「あいさー! エナジーボルト!!」
大魔導の目から放たれた紫色の光線が、怪物たちを焼き払う。
漏れてきた怪物を、いつの間にやって来たのか、ゼインが両手に持った武器で次々になぎ倒していく。
「ええと、私の魔法はいつ使えば?」
「クリストファさんの魔法は無差別ですから、ここは使うべきではないでしょう?」
クリストファの隣には、褐色の肌の女性がいる。
あれが、勇者パーティの魔法使い、アリエルだろうか。
そして、ウェスカーに指示を下していた女性が、腰に佩いていた剣を抜き放つ。
レヴィアさんだ。
「行くぞ、道を開けろ!!」
喋りが凄く男っぽくなってる……!
「あー、昔のレヴィアさんだ!」
メリッサが何故か嬉しそうだ。
そして、レヴィアは全身に稲妻を纏うと、握った剣を投げつけた。
怪物の群れの中に、剣が突き刺さる。
大爆発。
邪神復活の跡に負けないくらい、巨大なクレーターができあがった。
……っていうか、もしかしてあのクレーター、レヴィアが作ったんじゃないのか……?
爆発の中に、ウェスカーが鼻歌交じりで入っていく。
そして、怪物たちが溢れ出す、空間に空いた穴をなんと手で掴んだ。
「ほいっ。ワールドグルー」
ウェスカーが空間をぺたりと閉じると、そこには何も無くなっていた。
「これで終わりかな?」
「そのようだ。あっ、リディアとルヴィアを迎えに行かなくちゃ。ウェスカー、送って!」
「へいへい」
「帰りますよ、あなた」
「おうよ。あ、甥っ子、送ってくれー」
「私、何もしなかったんですけど」
元勇者パーティ、とても賑やかだ。
どうにか、彼らのボルテージが上がって王都がめちゃくちゃになる前に邪神を倒せたみたいだ。
そこそこ暴れて、割と満足という感じだろうか。
「あ」
レヴィアが去り際、ウェスカーにまたがった状態でこっちに気付いた。
彼女の目が細くなる。
「ははーん」
「な、なあに、レヴィアさん」
「うふふ、仲良くね」
「おっ、なんだなんだ」
「ウェスカーはそういうの分からないでしょ。はい、急ぐ急ぐ」
「へいへい」
二人はそのまま、飛んでいってしまった。
ゼインたちも、ウェスカーが空間を切り開いて送ったみたいだ。
とんでもない男だなあ。
だけど、結局王都が無事で終わってよかった。
二つになったクレーターの前で、何もかも終わったなあ、という気持ちで俺はちょっと脱力する。
そこでふと気付いた。
メリッサの腕が、俺の腕にさりげなく絡んでいる。
……レヴィア、これを見て仲良くって言ったのか……!
「メ、メリッサ、腕、腕……」
「いいの」
彼女がぎゅっと、俺の手を抱き寄せた。
うわ、すごい力!
疲れている俺は、抵抗もできずに引き付けられた。
「終わったようですね!」
「流石ですわ! まさか、邪神退治を目の前で見られるなんて……。これは素晴らしい土産話になりますわ!」
「うおー! 王都は守られた! 大魔導の手から守られたんだー!」
おじさん元気だなあ。
レオンとアリナも無事みたいだ。
「まあ、流石に師匠は来なかったみたいですけどね。あの人たちのペースに巻き込まれるのが嫌だったんでしょう」
「なんで遠い目をしてるんだ、レオン……」
いや、深い話は聞かないでおこう。
邪神が倒されると同事に、あいつに従っていた信者たちはみんな、人間の姿に戻ったみたいだった。
だけど、邪神に植え付けられた信仰心は消えない。
しばらくの間、王国は邪神教団への対策に悩まされることになりそうだ。
「ああ、そこはお任せ下さい」
「うわっ、急に俺の考えに割って入ってきた! えっと、あんたはクリストファ……」
「ええ、その通り。我ら、闇の女神教団が邪神教団に対する壁となりましょう。何しろ、これは我が教団の勢力を伸ばす大きなチャンスでもありますから。既に神がいない信者たちと、現実に神がおり、信者たちと寝食をともにしている、今まさに伝説の渦中にある教団……! 勝負になりませんよ!」
「……メリッサ、次の敵はもしかしてこいつかもしれない……!」
「クリストファさんじゃ、否定できないなあ」
メリッサは笑った。
こうして、俺は一抹の不安を感じつつ、闇の女神教団と別れた。
……っていうか、この大陸、危険な要素を抱え込みすぎだろ……!
邪神の本体が眠ってたし、ある意味邪神よりも危険な勇者パーティとか、闇の女神教団が跳梁跋扈してるんじゃないか!
邪神を倒したはずなのに、何も終わった気がしない……。
……というわけで。
「お元気で! 僕はアリナさんを護衛してバブイルまで行きます」
「ああ、レオン、またな!!」
蒸気船ハブーの前で、俺たちの道は分かれる事になる。
剣と魔銃を打ち合わせて、それで終わりだ。
アリナには、次の選王侯家を継ぐという役割がある。
この旅が彼女にとっての最後の自由時間だったというわけだ。
「楽しい旅でた、クリスくん。メリッサさん」
彼女は俺と握手を交わした後、メリッサには、ぎゅっと全力で抱きついた。
「きゃっ。これが最後の別れじゃないんだから」
「ええ、そうですけど……なんとなく、惜しいなって。だって、とっても楽しかったから」
アリナの言葉は、俺たち全員の気持ちを代弁していた。
「お二人は、ユーティリットに留まるんですね?」
「うん。私はもともと、こっちが地元だし……それに」
ちらっと、メリッサが俺を見た。
ドキッとする。
ううーん、慣れないなあ……。
まだ、彼女と目が合うだけでドキドキする。
ちょっと前までは、メリッサといることに慣れて、そんなこと全然無かったのに。
「ふふふ。ってことで、私たちはこっちにいるけど、またバブイルに遊びに行くかも!」
「ええ、その時は歓迎しますわ! クロリネ家にも必ず来てくださいね!」
女子二人は、もういちど抱き合って別れを惜しんだ。
そう、俺は、ユーティリット大陸に残ることにしたのだ。
邪神は倒したものの、この大陸はやばい人が多すぎる。
また、何か大きな騒動が起きそうな気がするし、その時に俺がやるべき仕事がきっとあると思うんだ。
あとは、その。
「ばいばーい! またね!」
メリッサが、離れていくハブーに向かって手を振る。
蒸気船は大きく汽笛を鳴らし、その巨体を小さくしていく。
船の後ろでは、アリナとレオンが、いつまでもこちらに手を振り返している。
やがて、船はすっかり見えなくなってしまった。
ぎゅっと、メリッサが俺の手を握る。
「!」
「クリスくん!」
「お、おう!」
俺も、気合を入れて、彼女の手を握り返した。
そういうことだ。
俺の願いは、やっと叶った。
『ガオン?』
『ピヨピヨ』
『ブルル~』
『キュルルル』
今ではもう、弾丸の中に収まることはないモンスターたちが、俺たちの後ろで顔を寄せ合って、何か言っている。
言われなくても分かってる。
じれったいって言うんだろ?
でも、俺としては今くらいの距離が精一杯なんだ。
『ガオ』
「分かってるよ、ペス!」
ライオンの頭が、笑ったように見えた。
「フャーン!」
オストリカが、ペスのたてがみから顔を出した。
メリッサにくっつきたがって、身を乗り出している。
『ガオガオ』
それをペスが、何事か言って諌めている。
召喚モンスターに気を遣ってもらってるぞ。
「じゃ、じゃあメリッサ。戻ろうか!」
「うん!」
彼女がくっついてきたので、もう大変だ。
俺は心臓がばくばく言うのを止められない。
なんだ、なんなんだ。
こんなの聞いてないぞ。
ゆっくり歩いて、目指すところはキーン村。
俺たちは、ウェスカー、レヴィア夫婦の家に泊めてもらう。
メリッサの家でもいいんだけど……いきなり二人きりっていうのはさ、ほら。
俺が緊張しすぎて耐えられない。
確かにさ、確かに夢は叶ったよ。
俺は彼女と、肩を並べて歩けるようになった。
俺が抱いた気持ちは彼女に伝わって、彼女も同じ気持ちだった。
だから、これでハッピーエンドなんじゃないのか?
なのに、その先があるなんて!
想像はしてたけど、こんなにきっついなんて知らなかった!
まるでこれって、新しいスタートじゃないか!
握りしめた俺の手も、彼女の手も、ちょっと汗ばんでいると思う。
だけど、俺は男だ。
絶対この手は離さない。
ここがスタート?
いいぜ、やってやろうじゃないか!
あの地の底から始まって、バブイルの層を駆け上がって、大きな海を渡って邪神を倒した俺だ。
今更、やってやれないことなんかあるわけない。
「クリスくん? これから、よろしくね?」
耳元で彼女の声がした。
慌てて、顔を向けると、すぐ目と鼻の先に彼女の顔。
心の準備なんかしてるはずもない。
だけど、俺は精一杯の見栄を張るのだ。
見栄に見合っただけのものを、俺はもう持ってると思うから。
だから、
「あ、ああ! こっちこそ! よーし、やってやろうじゃん……!!」
俺たちの、新しい一歩が始まる。
この騒々しくて、厄介事だらけで、きついことばかり。
だけど、楽しくて、様々な驚きに満ちてて、それから。
「クリスくん、その意気その意気!」
大切な人がいる世界で。