第四階層でショッピング!
ガラガラと、音を立てて馬車が走っていく。
第一階層では見ることがない、豪華な四頭建てだ。
俺は慌ててこれを避けた。
「危ないなあ……。だけど、さすが第四階層だ。馬車まで豪勢なんだな……」
「そうね。ちょっとあれはひどい走り方だけど、メルクリー家の関係者が乗ってる馬車だね」
メリッサはちょっと怒っているようだった。
むくれながら、走り去っていく馬車を見つめている。
メルクリー家とは、五大選王侯家の一つ。
メリッサが食客となっている、ゴールディ家とは対立関係にあるそうだ。
「たまにいるのよ。平民は人間じゃない、みたいなの。選王侯だって言っても、同じ人間に変わりないじゃないねえ。私を轢こうとしたら、真っ向からひっくり返してやる」
むふーっと鼻息を荒くするメリッサ。
彼女は有言実行だと思うので、メルクリー家は今後道を行く時に気をつけてもらいたい。
「気を取り直して行こう、メリッサ。俺を案内してよ。なんか、どこまでも続く石畳と、二階建ての家ばかりで、俺は目が回ってくるよ」
「はいはい! そうだねー。第四階層は上流から中流階級の住宅街だからね。ココらへんは、本当になんでも手に入るんだよ? きっと、クリス君が気にいる魔銃だってあるよ」
「うん、絶対あるって気になってくるよ。人も多いし、変な臭いもしないし……」
「下水が完備されてるからねえ」
「下水……! なんだ、それ……」
メリッサに第四階層案内をされながら、商店街に向かっていく俺。
到着した商店街は、その入口がでかいアーチになっていた。
『マルボックス商店街へようこそ!』
そう描かれた入り口をくぐる。
広い道の両脇には、様々な種類の店が立ち並び、道の中央にも数々の露店。
食料品、日用雑貨、アクセサリー、酒類、武器に防具、果ては迷宮から持ってこられた素材を、未加工のまま並べる店。
「ほええええ」
俺は目が回ってしまった。
「いい匂いがする……」
「あっ、メリッサどこに行くんだ! 俺を一人にしないでくれ!」
露店の一つから流れてくる香りに誘われ、ふらふらとメリッサが俺から離れていく。
そこは、よく分からない肉を、野菜と挟んで焼いている屋台だった。
串に刺してタレを付けて……。
「これ今焼いてるの全部ちょうだい」
「メリッサ……! また食欲に負けて……!」
ということで、串焼きを紙袋にたっぷり詰め込み、食べながら歩く俺たち。
「ごめんね……。食べ物には勝てなかったよ……」
メリッサは肩を落としながらも、もぐもぐと串焼きを食べ続けている。
「今度はちゃんと案内するから。魔銃は魔法の道具だから、普通の武器屋だと扱ってないんだ。というか、この辺りだと武器屋も武器と防具だけじゃ生活できないから、金物屋もやってるんだけどね」
「へえ……」
武器屋の店先を覗くと、第一階層では絶対に見かけないような、上質な武器と防具が並んでいる。
槍に斧、剣、弓。
鎧も、軽装の革鎧から板金鎧まで幅広い。
どれも、付いている値札は目玉が飛び出るような値段だ。
これ一つで、第一階層の冒険者が依頼でもらう報酬三回分はするだろう。
「そこ、ただの武器屋だからクリス君には用がないところじゃない? ダリアさん達ならまだ用があるかもだけど」
「そ、そうかもしれないけどさ。値段が凄くて……」
「店頭にあるのは、安めの二級品だよ? 奥には一級品から特級品まであるから」
「もっと高くなるのか!?」
ひええ、と俺は震え上がった。
物価が違いすぎる!
「よう、メリッサちゃん! 今日はメリッサちゃんにピッタリの武器を入荷しといたんだけど!」
俺が立ち止まっていたら、武器屋の主人が飛び出してきた。
俺を無視してメリッサの前で揉み手をする。
「こんにちは、おじさん。私向きの武器? 私、それなりの魔物までは素手でいけるんだけど……」
「そんな、メリッサちゃんの手が傷ついちまうだろ!? ということで、この鞭を見てくれ! ハイメタルの糸を撚り合わせた芯に、ドラゴンヴァインの表皮を巻き付けていてな、強靭さとしなやかさを両立……」
「ドラゴンヴァインってあれでしょ? 私が石で叩いてやっつけたやつ。だめだよー」
「ううっ、これでもダメかぁ……。今度はもっと強いのを用意しておくよ……!」
武器屋の主人、目に闘志を宿しながら店内に戻って行った。
というか、ドラゴンヴァインってなんだ? 石で叩いてやっつけた……?
メリッサを見たら、彼女は悪戯っぽくウインクして来た。
「鞭なんて凶悪な武器、私っぽくないでしょ?」
「でも、石……」
「次行こう、次!」
串焼きをいつの間にか食べ尽くしていたメリッサ。
紙袋を町のあちこちにある屑籠に放り込む。
そして、俺の手をぎゅっと握って引っ張り始めた。
「おっ」
メリッサの手は、暖かくて柔らかい。
ちょっとドキドキしてしまう。
風が吹いて、彼女の髪がふわりと舞い広がる。
いい匂いがした。
「フャン」
ずっとメリッサの腕の中で昼寝をしていたオストリカが起きて、彼女の髪をぺしぺしと前足で弾き始めた。
「ダメよ、オストリカ! また絡まっちゃうでしょー」
「フャンフャン!」
赤い子猫のオストリカは、メリッサの腕を抜け出して彼女の肩に飛び乗る。
メリッサはそれをキャッチしようと、くるくる回った。
俺は巻き取られるみたいに彼女に近づいて……。
どしん、とぶつかった。
すぐ目と鼻の先に、メリッサの顔がある。
「お、おおお」
「あっ、ごめーん」
メリッサはぺろりと舌を出した。
この距離だと、彼女の目が大きくて、まつげが長いのがよく分かる。
同年代の女の子と、こんな距離に近づくなんて初めてだ。
俺はもう、何も考えられなくなった。
「ほら、オストリカ。クリス君とごっつんしちゃったでしょ。謝ってー」
「フャーン」
結局、俺はポーッとした頭のまま、彼女に手を引かれて歩いていくことになった。
どう道を歩いたか、覚えてはいない。
だが、気がつくと俺は、奇妙な佇まいの店の前に立っていた。
入り口は木造っぽいのだけれど、真っ黒に塗られている。
看板があって、俺には読めない難しい文字で綴られている。
バブイル語の上位表記だと思う。
「ここ。魔法の道具を扱っているお店なんだよ? 私のこのビスチェ、ここで買ったの。入り口はちょっと入りづらいけど、中にはオシャレなアクセとかたくさんあるんだから」
「お、おう」
俺はと言うと、店の姿に圧倒されていた。
見た目だけじゃない。
奥から漂ってくる、なんとも言えぬ圧迫感がある。
「分かる? 魔法の道具ばかり扱ってるお店だから、魔力が高い人には、店の空気が重く感じるって」
「ああ。なんか、凄く重いよ。なんだここ。迷宮の地下第三階層だって、ここまで重くないって」
「そりゃそうだよ。この階層の冒険者たち、迷宮の地下第七階層スタートなんだから。最低でもそこから取れた素材で、魔法の道具は作られてるの」
「地下第七階層……!?」
「さあ、入ろ!」
俺はぐっと手を引かれた。
入り口をすぐのところで、飾られた白銀の全身甲冑が俺を出迎える。
兜は獅子を模した形をしていて、鎧全てが魔法の素材で作られているのが分かる、凄い圧迫感。
「おや、いらっしゃい」
店の奥には、丸メガネを掛けた小柄なお婆さんが座っていた。
「こんにちはー」
「おやおや、メリッサちゃんじゃないかい。あんたがうちに用なんて珍しいね?」
「うん、今日は私じゃなくて、彼の武器を買いに来たの」
メリッサが、俺の背中を押して前に出した。
「ど、どうも」
「ほう」
お婆さんの目が、眼鏡の奥でキラリと光る。
「ほうほうほう!」
眼鏡の奥が、キラン、キラン、キラキラッと光る。
「その子はなんだい? ここの冒険者にしちゃ若すぎるみたいだけど……だけど、魔力だけなら特級以上じゃないかい?」
「分かる? 彼ね、魔銃使いで……召喚士なの!」
「しょ、召喚士!! おやまあ!」
お婆さんは驚き、椅子ごとひっくり返りそうになった。
そこで、椅子がふわりと浮かぶ。
「確かに確かに。こんな魔力、世界魔法を使う魔法使いでも無ければ無用の長物さ。だけど、世界魔法を使えるほどの魔法使いは今の時代にはいない。なら、この魔力をどうする? 召喚士! 確かに確かに! そう言われりゃ納得さ! しかも魔銃使いだって? ちょっと待ってな!」
奥へと戻っていくお婆さん。
「どれどれ……。あったあった。召喚士! 大体の召喚士は、元となった職に関連する召喚方法を持っていたと言われているね! もっとも、直近に存在した召喚士は五百年前のドーバー・ド・バードだ。この男は魔法使いで、呪文によって召喚してた。その前が八百年前のチェリー・ケイで、この女は召喚モンスターを石に変えて胸の谷間に……」
「おばあちゃん! それはいいからー! 戻ってきてー!」
「ハッ! そ、そうだったね。いやあ、まさかあたしが生きている内に召喚士に会えるなんてねえ。しかも、魔銃使いということは、銃から召喚する召喚士だろう? ああ、なるほど! そのためにアレがあったのかい! こりゃあ、ユービキス神の導きかも知れないね!」
お婆さん、勝手に盛り上がっているぞ。
何が何だか分からない。
「待ってくれ! ええと、分かるように説明を……」
俺が口を開いたら、店の奥から顔を出したお婆さんが、ちょいちょい、と手招きした。
「こっちにおいで。恐らく、あんたにしか使えない魔銃がある。こいつは多分、ずーっとあんたを待ってたんだ」
その途端、店の中に漂う圧迫感が一気に軽くなった。
いや、店奥に向かう道から、圧迫感がなくなったのだ。
まるで、俺を招いているみたいに。
「俺にしか使えない、銃……?」
何かの招きを感じながら、俺は店の奥へと進んでいくのだった。