名付けろ、モンスター!
「お望み通り、お前はここでさよならだ。生きて戻れたらいいなあ?」
「えっ!? こんな迷宮の奥底で!?」
所属する冒険者パーティから、俺、魔銃使いクリスは突如として解雇通告を受けた。
ここは、重層大陸バブイルの、広大な地下迷宮。
とてもじゃないが、優秀な冒険者パーティでなければ到達できない場所だ。
それは帰還も同じこと。
「こんなところで俺を置いていくなんて、死ねっていうのか!?」
「そうは言ってない。お前が奇跡でも起こして、迷宮を脱出できれば死なないだろう? お前はもうクビになったんだ。お前が生きようが死のうが、俺達にはもう関係はない。それに、お前が死んでくれたほうが、俺達の迷宮踏破のノウハウが漏れなくて済むからな!」
パーティリーダーのジョージが、半笑いで言う。
俺はこのパーティで、中衛からの牽制役をやっていた。
武器は魔銃。
魔力を弾丸にする武器で、こいつで弾幕を張り、仲間が突っ込むための戦場を作る役割なのだ。
魔力を消費するから、とにかく疲れる。
毎回、冒険が終わるとヘトヘトだった。
それなのに、俺は直接モンスターと戦っていないから、仲間内での立場は低い。
そこで、俺はついにパーティリーダーのジョージに辞表を出したと言うわけだ。
ジョージのやつ、辞表を受け取って、
「今お前に辞められたら、うちのパーティはどうなる? お前が空けた穴はみんなで埋めるんだ。迷惑をかけるな! それに、うちを辞めたって、牽制しかできないお前じゃよそじゃ通用しないぞ!」
なんて言って、目の前で辞表をビリビリと破り捨てたのだ。
俺はてっきり、辞められないのかと思っていたら……。
「ふふふ」
「ばいばーい、クリス」
パーティの仲間たち……元、仲間たちがジョージの後ろで笑っている。
「どうして……! 俺の辞表を破いたじゃないか!」
「あの時はな。だが、ちょっと大きな仕事の話が舞い込んできたんだ。俺たちパーティにも運が向いてきたってことさ。これはさる高貴な方からの仕事だから、辞表を出すようなやる気の無い奴を連れて行くわけにはいかないんだよ。じゃあな、クリス」
「勝手過ぎる……!! ジョージ、待てよ! みんな!」
彼らは俺をあざ笑いながら、ジョージの周りに集まる。
ジョージが取り出したのは、ワープストーン。
特定の位置まで、パーティメンバーを移動させる魔法の結晶だ。
これは、迷宮内に設置された魔導エレベーターまで通じている。
エレベーターまでは結構な距離があって、そこまでは当然のようにモンスターたちがひしめいているわけで……。
「お、俺も連れて行って……」
俺が慌てて駆け寄ろうとする目の前で、奴らはワープして行ってしまった。
冗談じゃない。
俺はたった一人、迷宮の地下に残されてしまったのだ。
△▲△
息を殺しながら、迷宮の奥を進んでいく。
あちこちに、強力なモンスターたちがひしめいているのだ。
気づかれるわけにはいかない。
だが、俺はモンスターたちに、不思議な特徴があることに気がついていた。
「あっちも、こっちも、キメラだけど……。こっちのキメラの周りには、青い光だ。こっちは赤い……」
キメラは、獅子と山羊、竜の頭を持っていて、尻尾が蛇という恐ろしいモンスター。
迷宮におけるこの階層でも、かなり強力なモンスターだ。
だが、不思議と青い光を持ったキメラは、あまり怖くなかった。
逆に、赤い光を持ったキメラは、気配を近くに感じるだけでも背筋が粟立つ。
「なんだ、これ……? だけど、青い光のモンスターのところを伝っていけば、なんとかなりそうだ」
そろり、そろりと歩みを進める。
一匹目のキメラをやり過ごし、次のキメラに近づいて……。
すると、振り向いた山羊の頭と目が合った。
「う、うわ……」
「メェ」
「どうも、どうも……」
ふと、俺の腰に佩いた魔銃が熱い。
抜くと、銃のシリンダーが輝いているではないか。
魔銃は、シリンダーに呪文を書き込んで使用する武器だ。
シリンダーを回転させて弾丸を放つと、呪文を詠唱したのと同じ効果がもたらされる。詠唱は弾丸を強化してくれるし、書き込む呪文の種類によっては属性魔法の力を与えてくれるのだ。
だけど、このシリンダーの輝きは、見たことがない呪文を描き出していた。
「はいそこ。名付けて、名付けて」
いきなり、そんな声がした。
俺は「えっ!?」となって振り返る。
なぜか、キメラも同じ顔になって振り返っていた。
声がした方には、瓦礫が重なっていて、そこに女の人が腰掛けていた。
オレンジのチュニックを纏い、猫耳フードを被った女性で、腕に子猫を抱いている。
薄暗い迷宮の中でも、彼女の緑色の瞳がとても印象的に見える。
「君、見えるんでしょ? それは、魔物の性質だよ。青い光を帯びた魔物は、君が名付けることで従えることができる。そういうものだから!」
「お、おう!?」
よく分からないが……。
俺は彼女が言った通り、キメラに向かって口を開いた。
「お、お前の名前は……」
ふと、脳裏をよぎるのは、小さい頃に飼っていた犬の名前。
「ペス」
「ガオンッ」
ライオン頭が、元気に返事をした。
その瞬間、俺の魔銃が輝き出す。
さっきまでの光とは、強さが段違いだ。
色は青。キメラが放っていた光の色と同じだった。
「すごいすごい! 一発で魔物を従えちゃった! なるほど、君は、魔銃を使って魔物を使役するタイプなのね」
「いや、そんなすごくは……。魔物って、モンスターのことか……? モンスターを使役する……!?」
俺は魔銃のシリンダーに触れる。
すると、シリンダーがひとりでにくるくると回転した。
キメラは突然青く光り始め、小さな丸い輝きに変わった。
それが、空を切って飛んできて、弾丸となる。
シリンダーに、キメラの弾丸が装填された。
「どうやら、あの子も君を主だと認めたみたいね。おめでとう! 君はこれで、召喚士ね」
「召喚士!? 俺が!? 俺は魔銃使いなんだけど……」
彼女は駆け寄ってきて、俺の銃をつんつんとつつく。
「ははあ……。これが、バブイル大陸の魔銃なのね。こんなに小さいサイズで、弾丸を発射する機能があるなんて。へえー、よくできてるわねえ……。あ、私はメリッサ。召喚士……というのとは違うけれど、海の向こうから来た魔物使い。君は? 一人で迷宮に入って武者修行中?」
「俺はクリス。武者修行じゃねえよ。いきなり、こんな迷宮の底でクビになっちまってさ……」
「クビ!? こんなところで!? それって、死ねってことじゃない!! 随分ひどい人たちもいたものねえ……。よし、クリス君。私が迷宮脱出まで、一緒に行くわね」
メリッサと名乗った女はぷりぷりと怒り、すぐに表情を笑顔に変えた。
近くで見ると、ものすごい美人……というわけではないが、人を安心させるような顔立ちをした人だ。
多分、十五歳の俺よりも少し年上。
彼女が抱いた猫が、「フャン」と変な鳴き声を出す。
こっちは、赤い色の猫だ。俺の髪の色も赤いから、それを見て親近感を覚えたらしい。
猫がしきりに前足を伸ばして、俺の髪を触ろうとする。
「あらあら、オストリカまで、君のことが気に入ったみたい。それじゃあ、エレベーターまで戻りましょう?」
「あ、ああ!」
不思議な同行者ができてしまった。
この時の俺は、戸惑っているばかりだった。
まさかこれが、俺の運命を大きく動かす出会いだとは、気づいていなかったのだ。