これまでの正義とこれからの正義
一人の夜は意味があるのかないのかは、わからずとも色々なことを考えるものだ。ああ、確か、その日の最初のテーマは「評価」であったはずだ。
ある行為や品がどのように評価されるのかは、事後的に決定すると考えた。ひとつの小説を完成させたとして、それが人目に晒されない場合には、評価はされ得ない。本当だろうか。思考を巡らせる。
「自己評価」なんて言葉はあるが、価値判断が自分一人のみであるので、満足できる人はそう多くはいないだろうな・・・。そこまでのナルシシズムは無いと信じたい。「事前情報」はどのような扱いかな・・・。事前の情報を元に下した判断を「評価」と呼べるのだろうか。 彼是浮かぶ疑問。答えのない解答が私はたまらなく好きだ。
この後のテーマは鮮明に覚えている。コピー機の最高画質ぐらいハッキリと。馬鹿な空想。あんなことを考えなければ良かったのかは現在でもわからない。今回に関しては、事後的な「評価」に拠るのであるから。
「異世界モノの法律ってどうなってるんだろう?」
* * *
みんな大好き異世界モノ。皮肉に聞こえたならば、謝罪したい。しかしながら、disrespectのつもりは毛頭無い。かくいう私もこのカテゴリーの爆発的な人気に魅了された一人である。破壊的であるともいえる。他のカテゴリーを淘汰する程の人気。主人公の知見によって事件を解決していく展開は、やはり爽快である。また、主人公の葛藤は非常に自己投影し易い点にも着目したい。従来の世界は私達の生きる世界であり、多くの人間は個性を持たないが、その者が別の世界に降り立ったならば、従来世界での一般常識は、異世界での奇策になり得るのである。
そういう理由から異世界モノが流行り、ジャンルとして確立したのではないだろうか。前置が長くなった。性格だろう。
・・・本題に入ろう。
結論からいうと、私は、その世界での「立法者」となった。
* * *
法律がなかった。秩序はあった。それで良かったのだ。今までは。
成文化されたものは無く、人々は争いを避ける。他人の利益を害して、自分の利益とする考え方がない。
「物的支配欲」とでも呼称しようか。そういった価値観が希薄だからこそ、確立はされてないにせよ、過去に起こったケースを記憶がある限り持ち出してきて、話合いによって早期な解決を図る。
例えば、二者間で所有権の有無にて、疑問が生じたときには、上記のように「以前はこういった似たケースがあった」等、過去を参照することで、何れの者に帰属するのかないし持分割合を決定する。人々は紛争が長引くことを望まない。決定を不服とする者はおらず、そのような場合における制度も保証されていない。
市場は形成されており、競争はあるが、敵対はしない。皆に一定の生活が担保されている。大富豪はいるが、大貧民はいない。一種の社会システムの到達点にいるといえるのではないだろうか。ううむ、この異世界を言葉の羅列だけで表現するのは非常に難しいな。
「たまには、休んで下さい。食事の時間以外は、『ケンキュウシツ』に引き籠りっぱなし!」
珈琲の匂いが立ち籠める。
「有難う。もうちょっとだけ。」
私はエスプレッソ派だが、出てきたのはアメリカンコーヒー。カフェインの摂りすぎを心配されたか。
「今日は、いつものエスプレッソのダブルは禁止です。」
先に言われてしまった。
アメリカンで思い出したが、かつての世界では、英米法があったな。先例拘束性。裁判官の判断は先例に拘束され、後の裁判に影響を与えるということ。判例の中から今後に影響を及ぼす部分と及ぼさない部分をカッティングしていくという作業が必要になる。裁判判断の根拠として判例が明確に承認されている英米法体系は、この世界の紛争解決ルールに親和性があるといえるかもしれない。
法律がない世界で、私は何故このようなことを考えているかというと、それは突如芽生えたからである。
人々に欲が。
* * *
互いの欲が抑制されていた時代は終わりを告げた。
アクシデントには理由がいらない事象もある。人は生まれながらにして、死する宿命を背負う。死を事前に知ることは、因果関係があればある程度予測は可能といえよう。怨恨や傷病によるか、自らで命を絶つに至ると認められたる精神状況であった場合には、これを直接的にせよ間接的にせよ、関連付けるのは容易である。推論が立ち易い。
しかし、アクシデントというやつは、そういったものもあるが、論理的に説明が出来ないケースがある。理由がいらないとは、自明であるということではなく、人知を超える事象に対して、我々が何も持ち合わせていないということである。因果関係が不明な事実には、人は無力であるし、逃避行動としてその事実をわからないままで無理矢理カテゴライズする。
人知を超えている領域を神の領域とするのは、なんとも消極的、受動的であるか!一方で可愛らしくもある。人々は何ら疑問も抱かずに欲を持った。「人間」になったのだ。
さて、 著しく不完全である人間は、態々、人間を超える必要はないだろうが、やれるところまではやらなければならない。欲に塗れたこの世界、秩序を形成するためにはルールが必須。つまり・・・
「つまり、ルールが無くても成り立っていた世界が急に崩壊したので、ルールが必要ってことですね。」
先に言われてしまった。・・・というかずっと隣にいたのか。
「あっ、スコーン食べます?」
「・・うん。」
美味い。チョコレートチャンクだ。珈琲に合う。冷めてしまったのは残念だが。折角淹れてもらった珈琲だ、飲んでからもう一杯貰おう。グイッと飲み干す。
「・・・そういうとこ、優しいですよね。」
何もかも心を読まれているとやりにくいな。
「エスプレッソ、淹れてきますね。ダブルは許しませんけど。」
フフッと笑う。
「トリプルで。ダブルは禁止だからね。」