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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第三章:TANSTAAFL(仮)
78/78

#12 karou

 ★


 本当に久しぶりだった。自分の部屋なのに久しぶりに来た場所のように感じるし、実際にそうだった。

 皇帝になってからこっち、休む暇なく働き詰め。朝晩の区別なく訪れる者たちと引継ぎの打ち合わせをし、それが途切れるとアレクサンダグラスの遺した各種資料に目を通す。膨大な紙束の山を前に、面会時間の終わったあと──夜間も仮眠以外の睡眠時間を確保できなかった。

 今更ながら、父の仕事量には驚かされる。

 とてもではないが、人間に、それも個人に熟せるような量ではない。少なくとも最低限度の生活を送る上では。


 表には出さないようにしていたが、身の回りの世話をしてくれる召使にはやはり隠し通せなかったようで、ついに丸一日の静養を言いつけられてしまった。自宅謹慎である。目の下にくっきりできたクマを隠すためにマリストアから化粧を習ったり、こけた頬を隠すために綿を含んだりしていたというのに、さすが毎日顔を合わせるだけあって鋭い。

 私はまだまだ働ける、と主張したが、胴上げの要領でその場にいた複数人に持ち上げられ、寝台に放り込まれてしまった。抗おうとするも抗えぬ眠気と疲れで、一瞬で眠りに落ち、今に至る──昨夜の話だ。日が暮れてすぐ、面会時間が終わったころのことだった。

 体を起こすと、控えていた下女がすっ飛んできて言った。


「おはようございますイスマーアルアッド様。どこへ行かれるのですか」

「いやあ、久しぶりに随分休ませてもらった。お陰様でまた頑張れそうだ」

「どこへ、行かれるのですか」

「執務室だ。今日の予定を教えてくれ」


 当然だ。

 丸一日の静養を言い渡されているが、この大陸に私より偉い人間はいない。確かに休養は欲しかったし、働いているときはゆっくり眠ることだけを楽しみに無理を通し続けてきたが、その望みは叶えてもらった。しばらくはまた身を粉にして働く期間だ。周囲に迷惑が掛かる。

 寝巻から着替えようとするが、下女が動かない。普段であれば着替えを用意してくれるのであるが、と疑問に思っていると、扉が開いて数人の召使と侍医が入って来た。


「私の方から──」侍医が診察鞄の口を開いた。「イスマーアルアッド様へ本日の御予定の方を確認させていただきます」

「今日は医療関係? ここで良いかな……あっ、着替えがまだなんだ。応接室かそこいらで待っていてもらえないかい──」


 失礼します、と言った召使たちが、イスマーアルアッドの体を寝台に倒した。疑問に思う暇もなく、どこからか取り出した縄でこちらの体と寝台が結び合わされる。

 侍医が粉薬の入った袋を数々取り出し、新皇帝傍付きの侍女に手渡していった。


「イスマーアルアッド様の本日の御予定は、まずは朝餉──」

「どこの大臣と会食だったかな。悪いが最近物忘れが酷くてね」

「──をこの部屋で摂ってもらいます。続いてお昼ですが、というか夜もですが、すべてこちらのお部屋で摂っていただきます」

「応接室か執務室で何かあったのかい? 召使たちが綺麗に維持してくれているから私の部屋で会食というのでも全然構わないが、先に着替えだけさせてほしいな」

「今日一日、イスマーアルアッド様が柔らかい寝巻以外を着用することは禁じます」


 だったらどうやって働くんだ、と問うと、


「そもそも労働を禁じているんですよ! このままの生活を続けたらあと数日で死にますからね! 寝ろ!」

「…………」冗談だろ、と表情で訴えたが、いつまで経っても侍医は発言を撤回しなかった。「……おやすみなさーい」


 瞼を下ろすとものの数秒で意識を手離すことになったので、我ながら相当疲れている自覚はある。


 ★


「イオラ様、御趣味は」


 参った。

 最初は対面に座っていたはずなのに、いつの間にか座席が隣に移動している。しなだれかかるようなことはしないが、それも時間の問題であると思わせるような距離感だった。

 ほんの少し座席を離しつつ、とっくに空になったコップを口に運ぶ。


「……強いて挙げるなら旅ですかね」

「旅ですか! 私この街生まれこの街育ちなので、外へ出たことないんですよ! よろしければ旅のお話、聞かせてください!」


 閃いた。


「すみません、恩人にこのようなことを言うのは心苦しいのですが……」

「あっ、失礼しました、お金ですよね? 旅人さんでしたら、旅のエピソードも商売道具ですものね」


 はいどうぞ、と、袂から取り出した袋をこちらの手に握らせた。たかが旅人の話程度に支払うにはとてもではないが釣り合わぬ額の入った袋である。体温で温められた金貨が手の中で温い。

 勇者の左手を握ったまま、サダが身を寄せてくる。黒布さえなければほとんど耳をついばむような距離で、艶めかしい囁きが発された。


「さあどうぞ」

「……………………」

「それとも、ここじゃ話し辛いというのなら、私のお部屋まで行きませんか?」

「い、いえ、ここで大丈夫です!」


 離れてください、と言ってみる。

 命ぜられるがまま、サダは机を挟んで勇者の対面に移動した。

 そのまま、「──死ね」命ずる。


「かしこまりました」


 にこやかな調子で承諾した彼女は右腕を振り上げると、自身の喉元に向かって勢いよく突き出した。

 すんでのところで右肘を掴み、自殺の貫手を止める。保険で進行方向上に突き出した左手がなければ、今頃サダの首には五つの風穴があいていたことだろう。少なくとも勇者の左手は、サダの貫手に深々と貫かれていた。思わず顔を顰める。

 鮮血が黒衣の膝に滴った。


「え? え? な、何が起きたんですか? って血! 血が出て──何ですか!? どういうことですか!?」

「──大丈夫ですよ、気のせいです。すべて忘れてください。僕のことも含めて、すべて」

「はい、かしこまりました」

 

 こちらからの支払いを受け取らない国だ。

 報酬などの形で支払ってもらえれば、充分《洗脳》は通用する。問答無用で金を押し付ければ良いこちらからの支払いではなく、向こうから支払いの意図を持って金を受け渡してもらう必要があるためやや面倒だが、

 ……やっぱこれしかねェわな。

 サダの五指を自身の左腕から引き抜くと、勇者は席を立つ。サダの父親──店主が料理の皿を持って近付いてきたが、急用ができたのでお先に、と会釈してすれ違う。

 左腕は言及されると面倒なので彼の視界に入らないように振る舞い、扉を開け、


「げ」

「なによもー、やっぱり勇者も飲みに行きたかったんじゃない! 今から二軒目行きましょ! それよりどう、似合うかしら? あたしはあんまり装飾の多い服って好きじゃないんだけど、この辺の服は結構気に入ったわ! 陽射し除けにもなるし」

「そんなことより、お前包帯か何か持ってねェか」

「そんなことってなによ、女の子が服を着替えたら褒めなさいよ!」

「うわあ! 綺麗な縫い目だなあ!」

「外から見えないでしょうが……!」


 目元以外をすっぽりと覆い隠す黒衣──サダをはじめ、ペラスコの女性が身に纏うものと同じ衣装のチャーリーが、サダの父親が営む居酒屋の扉を開けたすぐ先で仁王立ちしていた。

 財布を放り投げて来たので受け取ったが、中身はすっかり空になっている。まあ良い。さっきサダからもらった分がある。収支で言えば増加だ。それも微増などと吝嗇臭いことは言わず、数十倍増しである。


「で? なんで包帯なんて要るわけ?」

「お前は俺の左腕から血がだらだら流れてるのを見てなんにも思わねェのか?」

「は? スーチェンだったら日常茶飯事よそんなこと。あと出血は気合で止めてた」

「化け物と一緒にすんな殺すぞ」

「いやん、そんな言葉他人に向けて言っちゃダメよ。……待って待って暴力禁止、女の子殴るのは良くないと思うわ。晒し! 晒しならあるし、晒しで良いでしょ?」

「ちょっと待てちょっと待て」


 袖から腕を抜き、黒衣の中で何やらごそごそし始めたチャーリーを止める。制止空しく、はい、と手渡された白布は、汗に湿っている。

 再び袖に腕を通した彼女は、こちらの左腕に晒しを固く結んだ。これでよし、と言って傷口を叩かれたので、思わず口から悪態が飛び出す。


「一体どんな飲み方してたら腕に風穴が五つも空くわけ?」

「ちっと飲みすぎたんだよ」

「どういう体質!?」

「うるせェな、さっさと行くぞ」


 どこ行くのよ、と言われたが、今日はもう疲れた。時刻ももうすぐ昼下がりといった頃だ。適当な宿を取って夜に備えることにする。

 現地の女の《洗脳》を一人分──収穫がなかったわけでもない。停滞していない限り、上々だろう。

 先に飲みに行ってから宿に行きましょ、と、しきりに提案するチャーリーを無視しつつ今晩の宿を探す。少しくらい怪我人に気を遣ってみせる気はねェのかこいつァ。

 

 ★


 丸一日で良いから休みが欲しい、そうしたら一日中寝て過ごすのに、と思っていた自分の見積もりの甘さを恥じた。

 そもそも、眠り続けるのには相当な体力が要る。お年寄りの朝が早いのはその為で、寝続けるだけの体力がない者は、長時間寝続けるということができない。

 ゆえに朝食をとったあとの三度寝からごく短い時間で目覚めて以降、イスマーアルアッドはこれ以上寝ていられないと判断したのであった。


「すまないが、縄を解いてもらえないか?」

「小用でしたら、こちらを」


 下女が尿瓶を持って来た。

 朝食の時も寝台に縛り付けられたまま口に運んでもらったし、さてはこの召使たち、皇帝のことを人間だと思っていないな? しまいには執務以外のありとあらゆる生理行動の世話を見てもらうことになりそうで怖い。尊厳や外聞などをかなぐり捨てたらそれが一番効率が良いのかもしれないが、仕事が落ち着いたらある程度の改善策を考えたいところである。

 掛け布団に手を掛けた下女を制し、


「もう寝すぎて眠れないから、ちょっと外の空気を吸いたいんだ。絶対に働かないから」

「……そういうことでしたら、いくつか条件はありますが許可されています」 


 そういったやり取りを経て、イスマーアルアッドは自分の部屋から出ることが許された。少し冷えるので、寝巻の上に薄手の外套を羽織って天空回廊に足を踏み出す。


 外出に際して出された条件は三つだった。

 あと小一時間ほどで昼食の時間なので、それまでに帰ってくること。

 どうしても外に出すわけにはいかないので、外出したければ天空回廊及び各弟、妹の居城のみとすること。

 そして無理をしないこと。

 

 限られた範囲で短い時間とはいえ、気分転換にはなるだろう。大して趣味もない自分の殺風景な居城に籠っていては、暇すぎて逆にくたびれてしまう。

 時計回りに行くことにした。


 まずはメイフォンの居城だ。自分の居城周りに比べて木材が増え、赤や金、派手な装飾が多くなる。

 主は不在。

 何日か前に「武者修行の旅に出る」という書置きを残したきり何の音沙汰もない。どこそこの武人と戦って打ち倒したという噂であるとか、重すぎて誰も買わないような大剣の費用請求だとかが伝わってきているので、元気にはやっているのだろう。


 続いて目下頭痛の種となっているのがトォル。ヤハンの建築様式で、和室とかいう特異な造りの居城は無駄な装飾のない質素な部屋を持つ。

 こちらも主は不在だった。

 「ヤハンの新王になりました」とだけ書いてある手紙が届いた時には何の冗談かと思ったが、後日正式にヤハンから新王決定の通知が届いたのでその時口にしていた珈琲を噴き出してしまった。

 トォルとは政務のことで密に連絡を交わしている。


 アイシャは部屋で引きこもり、なにやら実験に没頭しているらしい。たまに出て来はするものの、基本的に居城に引きこもっており、学院が休校になっている以外は何ら変わらぬ生活を送っている。

 マリストアも同様で、こちらは時折臨時校舎へ顔を出してはいるそうだった。


 ニールニーマニーズの居城は、大窓をはじめとした、採光設備の多く取り付けられた意匠である。本人は学院の休校期間中にノーヴァノーマニーズ大王ヘイズトーポリ、シンバ老王ベルナルドらと大陸最西端へ向かった。もしかしたら向こうの学院に留学するかもしれないとのことだったので、一応証明書だけ認めて渡してある。

 こちらはメイフォンとは違い、マメに近況報告の連絡を寄越して来ていた。イスマーアルアッドの身を案ずるような内容も書かれていて、末弟の成長を感じる。


 最後にアルファとイルフィが使う居城の前を通りがかると、扉が開き、二人が飛び出してきた。衝突しそうになったので双子を抱え上げると、なにやら鞄を手にしている。


「あら、イス!」「ごきげんよう、奇遇ね!」

「やあアルファ、イルフィ。今から学院かい?」

「今日はお昼からなのよ」「午前中は誰も先生がいないのだわ」


 どうせ行くあてもない散歩だったので、目的地を変えて二人を城の玄関まで送ることにする。

 取り留めも止め処もない学校の話を聞きながら、のんびり城を歩いた。

 改めて広いな、と思いながら、双子を見送る。

 さて、と振り返ると、縄を持った召使が待ち構えていた。


「天空回廊までと申し上げましたよね?」

「……は、働いてはなかった」


 問答無用だった。




 睡眠はちゃんと取った方がええ。

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