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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第三章:TANSTAAFL(仮)
77/78

#11 widmannstatten

 ★


 大陸南西部には、広大な砂漠が広がっている。

 照り付ける日差しが地上全てを焼き尽くし、生命のほとんど存在しない土地だ。

 しかしそういった場所にも住む者はあって、彼らは皆、砂漠の途中に幾つか存在するオアシス周辺に集まって生活していた。

 一面の砂茶色の中に緑が身を寄せ合い、中心地には川や池など、なんらかの水場が枯れることなく存在する。

 オアシス都市は、周囲の過酷な環境よりも比較的涼しく、暮らしやすい環境として栄えた。知恵と技術の国であったノーヴァノーマニーズからもたらされる様々な技術の半分以上が、このオアシス都市を経由して大陸へと伝播していく。


 大陸中の富は、集積した。

 莫大な、莫大な金銀財宝人材文化技術知識、すべてが集うこの地で、最も多くの富を集めた者が、いつしか王と呼ばれるようになった。

 王は、当時十七あったオアシス都市をまとめ上げ、ペラスコという国を建国した。

 栄華ますます盛んにして、計算上同じ文化水準の生活を続けるのであれば、毎年の出生率が一割ずつ増加したとしても二百年は暮らしていけるだけの財産が計上された。全国民が、である。それも、その時点であった財宝だけで、だ。もちろん富は流れ込み続ける。

 ペラスコはただオアシスにあるというだけでその財産を指数的に増やしていき、黄金の国は永遠に黄金であることを誰も疑わなかった。


 しかし、大陸中を巻き込んだ大戦。

 大陸中の誰もが目撃していないため分からないが、その末期に、国土の九割とフィンの国土の半分が焦土になった。それが今大陸西部に南北に広く横たわる大荒野である。もちろん建造物や植物、実に十六のオアシス都市などは跡形もなく蒸発した。

 万年黄金国家とまで呼ばれたペラスコも流石に衰退の一途を辿る。而して幸運であったのは、ペラスコ中の富が偶然ペラスコ最南端の寒村に移送されており、なおかつ王家や十割近い国民がそこに移住していたことである。原因不明の荒漠化によって喪われた者は、数人規模で済んだ。


 そのような偶然があってなるものか。

 しかしペラスコの国民や、同じく直前に北部へと移住して難を逃れたフィン国民たちは、なぜ自分たちが移住したのか、ということを覚えていなかった。不思議だなあとは思えども結果として命は助かっているわけで、大陸の実に五分の一を焼き払った大災害に対し虫の知らせ的な直感が働いたのでは、というような結論を付けることしかできなかった。


 残存する唯一の都市。純金でできた黄金の王宮がここの象徴だ。正直日光を乱反射してぎらぎら目に悪いと全市民から不評である。

 その黄金宮からまっすぐ伸びる幾本化の道の一本に、勇者は立っていた。先程服屋へ行く前にアミールを目撃した場所から、宰相は河岸を変えていた。数軒隣、角にある店だ。先程は軒先の椅子に座っていたが、今度は店内に入っていたので危うく見過ごすところだった。真横を通った時に開いた窓から恰幅の良い体が目に入り、思わず二度見してしまった。

 勇者は同じ店内に入るために、角を曲がった。


 と。

 とん、という軽い衝撃。

 足早に移動していたこちらとぶつかった者があった。勇者としては軽く触れた程度の認識であったが、相手は派手に倒れ、尻餅をついている。褐色の両足が勇者に向かって突き出されたあと、ぱたり、地面に着いた。


「……あ」勇者は慌てて腰を屈めると、倒れた相手に手を差し伸べた。「大丈夫ですか!?」


 相手は女性だった。最初は呆っとしているようだったが次第に脳の処理が追い付いてきたのか、剥き出しになっている下着に気付き慌てて衣服の裾を整えた。艶めかしい両足と徹底しているのか趣味なのか黒い布が黒衣の中に消える。


「お、お見苦しいものを……!」

「な、何も見えませんでした」


 紫紺。

 見覚えがある目があり、目が合った。

 背中に手を添えて、助け起こす。


「ごめんなさい、ありがとうございます。お怪我はありませんか?」

「僕は大丈夫でしたが……貴女こそ大丈夫でしたか? 服とかも破れてたり……」


 相手は、先程服屋の店先で別れた親切な現地人だった。その場で黒衣のあちらこちらを摘まんだりして確かめた後、大丈夫そうです、という声が返る。


「改めてごめんなさい、私の前方不注意でした」

「いやこちらこそ──」


 お互いに頭を下げ合うが、その時、すぐ傍の扉が開いて肥満体が腹を揺らしながら店を出てきた。ちょうど二人がいる方向とは反対側、すなわち黄金宮の方へと向かって歩いて行く。勇者はそれでは急いでいるので、と後を追おうとしたが、まさにその瞬間に女に先を越されてしまった。


「あの、旅人さん。少しお時間ありませんか? もし旅人さんさえ良ければ、お茶でもしていきませんか?」

「僕は少し用事が──」

「あっ! さっき転んだ時に足首を痛めてしまったかもしれません!」

「……………………どこまで行きましょうか」

「実はここ、私のお父さんがやってるお店なんです」


 黒衣で両の目以外を隠した女は、奇しくも先程までアミールの居た居酒屋の扉を叩いた。


 ★


 扉を開けると、中は暗闇に満たされていた。

 ノーヴァノーマニーズ大王が扉を開けたこちらの脇をすり抜けて何事か壁に向かって操作すると、彼女を中心にした同心円状に照明が灯っていった。

 わ、と声を上げるニールニーマニーズに、背後から説明の声が来る。


「魔法灯ですな。ニールニーマニーズ君は見るのは初めてかね」

「はい、初めてです」

「改めて言うまでもないと思うであるが、このことについては他言無用である」

「ああ、大丈夫! そんな勿体ないことしないよ」


 大王は何か言いたげな表情でこちらを見たが、すぐに背中を見せ、こちらである、と手招きを寄越した。

 伽藍洞の空間だ。強い光を放つ魔法灯によって隅々まで照らされる空間には、壁の外周に沿って遥かに長く伸びる階段だけがその影を落としていた。まだまだここからでは随分な距離があるが、底面は水平に見える。しかし、壁や天井は、


「球形?」

「そうであるな。計算してみたが、かなり正確な真球に近い形をしているのである」

「相当広いように見えるけれど」階段を下りつつ、正面の背中に疑問を投げかける。「これ、ノーヴァノーマニーズの地下にあるわけだろ? どうやって地表を支えているのさ」

「それは知らんのである。この空間は吾輩が造ったものではないであるからな」


 少なく見積もっても、ノーヴァノーマニーズ居住区域の底面積、その半分は優に超えるだろう。如何にノーヴァノーマニーズで居住できる面積が狭いとはいえども、相当な広さである。

 壁を小さな手のひらでなぞりながら、大王が言った。


「もちろん調査はしているのである。表面は金属であるな。何か所かに渡って穴を開けて調べてみたのであるが──」と、ニールニーマニーズは、ヘイズトーポリが次々に指差した箇所に視線をやる。「どこも層になっていて、金属層の次は分厚い混凝土(コンクリート)層である」

「やけに厳重ですな」


 ニールニーマニーズは銀色の光沢を放つ壁の表面に触れる。

 軽く見た程度では特にこれといった特徴もない、表面が磨かれた普通の金属だ。鉄に見えるが、自分は金属に詳しいわけではないのでそれ以上のことはわからない。


「と、もうすぐ底であるな」


 三人の足が、空間の底を踏む。真球の曲面からは折れ曲がり、平らな床が広がる。

 ヘイズトーポリが階段の裏手に回ると、そこには木製の棚が取り付けられていた。膨大な量の紙束や、瓶に入った何かが納められている。

 彼女はその中の一つを手に取ると、蓋を開けた。


「これが壁を覆う金属の標本である。気を付けて扱ってくれ給え」


 ベルナルド共々受け取ると、拳大の金属片である。

 よく磨かれた表面には、複雑な結晶構造が表出していた。近しい表現ならば格子模様がそれに近い。あるいは雪の結晶。

 シンバ老王はひとしきりこれを眺めたあと、


「隕鉄ですな」

「ほう、やはり知っていたであるか」

「この構造は結局、人為的には再現できませんでしたからな」


 隕鉄。地表に降り注いだ隕石のうち、金属核の部分がそう呼ばれる。それはニールニーマニーズでも知っていた。

 だが、一目見てこれを隕鉄であると判別できるほど、詳しくは知らない。


「この構造って?」


 ニールニーマニーズが素直に問いを発すると、老王は片眉を挙げて、口髭の奥で口端を持ち上げた笑みを作った。


「良い質問ですな、ニールニーマニーズ君。ミス・ヘイズトーポリ相手ではお互いに知らぬ知識がないから面白くない」隕鉄の格子模様を指さして、「ウィドマンシュテッテン構造ですぞ」

「大雑把に言うと鉄とニッケルの合金であるな。この構造は要するに分離したニッケル結晶なのであるが、これができるには百万年単位で時間がかかるであるから──」

「この構造が出ている金属片があれば、これは隕鉄である、と?」


 大王と老王の首肯がこちらへ来る。

 ニールニーマニーズは自分の手の中にある金属片を再びしげしげと眺め、空間の金属表面を眺めてみた。なるほど、言われてみれば同様の構造が析出している。磨かれた時にできた溝か何かかと思っていたが、どうやらそうではないらしかった。手元の金属片の方が良く磨き込まれているので確認しやすい。

 大王が手を差し出してきたので、隕鉄をその上に乗せる。


「不思議ですな、ニールニーマニーズ君?」

「これだけの空間を覆う量の隕鉄をどうやって集めたか、ってことかな」

「それもそうだが──これだけの量の隕鉄、ノーヴァノーマニーズ大王が調査のために切れ目を入れた部分以外に一切の溶接痕が見つからないということです」


 ふむ、とベルナルドが鼻を鳴らし、そこ、と足元を指さす。

 調査のために穴を空けた部分らしい。正方形の模様が残っていた。研磨された後らしく、表面上は正確に平面だ。


「まあこれは階段を降りる際の与太話である。早速本題に入るのであるな」


 返却した標本が入った瓶を棚に戻したヘイズトーポリが、また別の瓶を片手に帰ってきた。

 こちらを見据えて、言う。


「《魔法》、という言葉についてどう思うであるか」

「うん、まあ。便利だなあ、って僕は思うかなぁ」


 ニールニーマニーズは腕を組んだ。

 ベルナルドの様子も観察するが、特に驚いた様子などは見られない。やはり、予想していた通りだ。八王は、僕たちに何か隠している。そしてその何か、というのは十中八九《魔法》の存在だ。

 自分が勇者から得た《魔法》についての研究を進めるために、ほんの少しでも可能性があるならとノーヴァノーマニーズまでやって来て正解だった。スーチェンへ向かった勇者の居場所は常に確認していたが、スーチェンへ入って二、三日の内にその存在を追えなくなってしまったのでその死は間違いない。だったら、と白羽の矢を立てたのが研究都市ノーヴァノーマニーズだったのだ。

 イスカガンよりは規模は小さいものの、それでも十分に大きな、大きすぎるとも言える図書館があると聞いて来たのだ。まあ、そこへは最初にちらっと案内してもらった限りで、ほとんど内部を確認していないのだが、


 ……いきなり本命が来たか!


 ★


「こんにちは、いらっしゃい!」


 気の良さそうな主人が、二人を出迎えた。


「二人なんですけど、料金は先に払いますから──」黒衣の女が店主に硬貨を数枚手渡した。「──これで二人にお茶と、適当なお茶菓子を出してくれる? お父さん。よろしくね」

「ああ、わかった。好きな席に座ってくれ。お客さんもどうぞ、娘がお世話になっております」


 にこやかな笑顔と共に、こちらに頭を下げる店主。勇者も同じくいえいえこちらこそ、と頭を下げた。「先程困っているところを助けていただきまして」

 店主がどうぞごゆっくり、と言って店の裏に入っていった。黒衣の女が空いていた二人掛けの席に勇者を案内する。先程アミールが座っていた席からはかなり離れた場所だった。店内の奥まったところに位置している。

 観葉植物が窓を隠していた。


「旅人さんは、どこからいらっしゃったんですか?」

「──足首の手当てとかはしなくても大丈夫なんですか」

「え? ああ、そうでした。ごめんなさい、アレは嘘です」


 女は目を笑みの形に歪めて言うが、そんなことは勇者とて承知の上である。足首の手当ては、というのは当てこすりのつもりで口にした。

 勇者は机の上に置いた右手の指で机を数回叩いた後、


「……何事もなかったのであればそれは良かったのですが、その、どうしてそのような嘘を?」

「はい。えっと、その、お恥ずかしいのですが……旅人さんがすごく素敵だなって、思いまして……」

「……………………ん?」

「その、先程角でぶつかった時は本当にただの偶然だったのですが、旅人さんに助け起こしてもらった時にこれは運命だ! と、そう思い……いえ、天啓を受けたのです。アレはまさしく天啓でした! 私は、貴方の嫁になるのだと!」

「えーっと……その、は? ……あ、いや、お、お気持ちは嬉しいんですが、僕には心に決めた人が……」

「私の信ずる神は、一夫多妻を認めておりますので! 問題! ありません! お嫁さんにしてください!」


 勇者は内心で頭を抱えた。

 助け舟はないかと店内を見渡したが、二つコップの乗った盆を携えた店主がこちらへ向かっているのが目に入っただけだった。

 勇者の視線に気づいた黒衣の女が顔を上げ、茶を受け取る。


「あっ、ごめんなさい、焦りすぎました。お互いの名前も知らないのに、結婚なんて無理ですよね。私はサダと言います。旅人さん、お名前を教えてください!」


 勇者は黒衣の女──サダの勢いに、イョン、と名乗りかけ、慌ててイオラと発音した。まさか死んだ人間の名前を名乗るわけにはいかない。この女がイョンを知っているかどうかはわからないが、用心するに越したことはなかろう。

 用心の話をするのであれば今すぐここを立ち去るべきであったが、なぜかそうすることはできなかったので、代わりに勇者は茶を口に含んだ。





 ウィドマンシュテッテン構造が大好きすぎて、高校生の時に隕鉄買いました()

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