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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第三章:TANSTAAFL(仮)
74/78

#8 mahiin

 ★


 緑が密集している。

 大陸と陸続きの部分が高く盛り上がった半島部。背の高い樹木が生い茂り、その間を色とりどりの小動物が三次元的な動きを以て縦横無尽に往く。

 小動物は糧だった。黒や茶色の影が陣形を作って次々と獲物をしとめていく。

 そのうちの一人が放った矢が、枝から飛び立った鳥を射落とし、しかし射た者は残念を感じることを免れ得ない。鳥は、真っ逆さまに落下し、小さな水柱を立ててその姿を消した。

 森の中には幾本か細長くのた打ち回るような川が、北西から南、あるいは南東の方角にかけてゆったりと流れている。支流は多岐に渡り、それらはおよそ例外なく大海へと注ぎ込んでいた。

 川に落ちた魂は、海に還る。

 彼らの主は海だ。海は女神であり、死んだ魂はやがてすべてが海へと流れ込む。

 森と海の境目は誰にもわからない。

 南東に歩を進めるといつの間にか足元は水に満たされ、やがて木々もなくなり気付いたら海にいる。女神はいつでも彼らのすぐ傍にいて、いつもすぐ傍にいない──ということだ。


マヒィーン(たくさんね)!」


 黒い肌、同色の髪。荒い縫製の布に身を包んだ少女が、集めた獲物を見て感嘆を口にした。森に幾つも存在する集落の間から諍いを取り上げた正真正銘の女傑であり、今も男女問わず周囲の者から尊敬または畏敬の籠った視線を一身に集めている。


 ホテル様、と呼ばれ、少女は振り返った。

 同期した視線の先、シュリースフェンは男の姿を認める。各集落に数名ずつの割合で居る、大陸標準語を通訳できる男だった。

 アンクスコ領内へは、他地域出身の者は入ってはならないということになっている。基本的に大陸からの来訪者、およびそれに付随する厄介を持ち込ませないための処置であったが、かつてシュリースフェンは大皇帝アレクサンダグラスと契約し、以来アンクスコは、名目上はアレクサンダリア麾下、八大国の一角であると、そういう扱いを受けていた。

 つまりはこの通訳の男がわざわざ大陸最南東端にあるこの集落までホテルを訪ねてやって来たということは、何か重大な──とイスカガンが判断した──情報がアンクスコにもたらされたということである。

 シュリースフェンはホテルの口を借り周囲の人払いを済ませると、言った。


「貴方が何を言いに来たか、当ててみせようか。一つ、アレクサンダリア二代目皇帝にイスマーアルアッドが決まった」


 イスカガンに置いた上位端末やその他の端末からも、これは間違いない。


「面倒だから纏めるわね、スーチェンの王が勇者王イョンに変わった。ヤハン、ペラスコ、フィンの王位が空位」


 続けて、


「イスマーアルアッドの即位式は、ほかの八王の空位が埋まってから。ああ、アンクスコ女王シュリースフェンは出て来ないからね。補足ある?」


 通訳の男は、ありません、と呟いた。そんなに頻繁に言伝をする訳では無いが、たまにこのホテルと呼び崇められる少女を相手にすると、いつもどうやってか言いに来た内容がすでに伝わっていて、「当ててみせようか」と見事にすべて言い当てられてしまうのであった。

 凄いなぁ、という尊敬の念は当然薄れはしないけれど、今更改めて驚くということもしない。これくらい出来て当然で、だからこそアンクスコには平穏が満ち、諍いが絶えたのだ。

 シュリースフェンは、この下位端末の思考を読み取りなんとなく申し訳ない気分になった。通訳は、すべて下位端末だった。


 ★


 イスマーアルアッドを長子とし、イルフィを末子とするイスカガン皇家には、その他には兄弟は居ない。姉妹もだ。

 叔父や叔母は居た。居たが、皆先の大戦で絶えたと聞いている。ゆえに各国それぞれ一人となった王妃のみをアレクサンダグラスが娶ったのだと。

 つまりヤコヒメが、アルタシャタが、エウアーが死んだことにより、その後継者たるに最も正当な嫡子はいない、ということになる。

 ゆえに後継者問題は各国に重い問題としてのしかかったが──しかし歴史的に見ると、余りにも迅速に、国内での紛争などにも発展せず、呆気なく決まった。

 スーチェンが例外的に勇者を次の王として即位させたが、これを除くと最も早かったのはフィンだった。エウアーの祖母の玄孫が新たなフィン王として担ぎ上げられた。

 少し遅れてペラスコ。アルタシャタの弟が、その孫を暫定次期王とされた。次期王はまだ幼いため実務はアルタシャタの弟が行い、儀礼的な面を主に担当する。

 一番──比較的、という但し書きがつく──後継者争いが紛糾したのはヤハンであった。極端にヤコヒメの血族、つまりは王族の血を引く者が残っていなかったのである。だがある日、先王ヤコヒメが夢枕に立ち、ある者を次の王にすべしと囁いた。それも一人のみならず、複数人に対してだ。表向きにはヤコヒメの遠い血族であると発表されたその者は、確かにヤコヒメの面影をその顔に残していた。

 黒い髪と同色の双眸を宿し、両肩から義腕を伸ばして傍らに白髪黄眼の下女を侍らせた若者。

 シンバ、ノーヴァノーマニーズ、アンクスコに王位の変更はなし。

 大皇帝アレクサンダグラスの暗殺に始まる次期皇帝に関する何もかもは、嫡子イスマーアルアッドが順当に後継することで幕を閉じた。

 即位式は、近いうちに執り行われる予定となっている。

 

 ★


 トォルは、なんだか騙されているような気がするぞと懸念はしつつも、自分たちの起源、正体について唯一の手掛かりであるヤコヒメ・ソウビに着いてヤハンへ渡った。

 今日は遅いからここでと言われてそこそこ高級そうな旅籠でもてなしを受けた。すっかり酔って床に着き、次に目が覚めたら玉座に座っていた。

 二日酔いで痛む頭を抑えながら、傍らで当たり前のように立っているミョルニに問い掛ける。


「わたくしは信じていました、トォル様が皇家の次男で終わる男ではないと」

「んん?」

「おめでとうございますトォル様、いえ、ヤハン新王トォル様。今後も変わらぬご愛顧どうかよろしくお願い致します。……痛いことでも大丈夫ですよ、丈夫なので」


 こそ、と耳打ちされた後半部はさておくとして、ミョルニの言葉を字義通り捉えるとすれば、自分はヤコヒメが死んで空位になったヤハンの王位に座らされたことになる。

 先程から痛む頭を抑える義腕が、なにか硬いものが頭に乗っている感覚を伝えてくるがやはりこれは間違いではなく王冠か。であれば今こちらの身を包む上等そうな衣服は、普段の旅装とは当然違い、王のために仕立てられた服装だろう。

 義腕に嵌められた手袋も無駄に上質な肌触りである。なんとなくミョルニの頭に手を置いてみると、彼女は目を細めてされるがままになっている。既にミョルニは充分成熟した少女の体を持ち、決してその背は低い方には分類されない。そのミョルニの頭に、椅子に座った状態で手を伸ばしても充分窮屈でなく届く。

 ……現実逃避で更にひとつ、この椅子が玉座らしき証拠を見つけてしまった。


「ちなみに夢ではないよねこれ」

「夢のようですよね、わたくしは今幸せです」

「そっか。なら良いか」


 良くない。

 今からでも辞退できるものだろうか。見渡すと、上下逆さまの人影がいきなり眼前に現れた。蜘蛛の下半身をもつ女怪、ツチグモヤソメことヤコヒメである。

 ……大きいな。

 体積の話である。


「逃げれませんよぅ。逃げれませんが、もしそれで気が済むのなら向こうの扉を開けてみてくださいなぁ」


 扉、と目線をやると、遠くに背の高いものが見える。

 今更だが、相当広い空間だ。長方形の部屋。今自分が座っている玉座らしきものは一段高いところにあり、赤い絨毯が木製の扉まで敷かれている。左右は壁──漆喰か? 白い色が真新しい。

 ミョルニがこちらの手を引くのに身を任せ、立ち上がる。

 召使の類はこの部屋にはいないらしかった。背後、天井に張り付くヤコヒメ──とソウビ──以外に人影はない。


「これ開けたらなんか矢が飛んできたりしない?」

「一体わたくしたちのことを何だと思ってるんですかぁ」


 傍らのミョルニに目で合図すると、頷きが返ってくる。自分の両腕代わりの彼女は扉を開けた。

 一迅の風が吹き込み、行き場を失くして掻き消えた。

 ミョルニに手を引かれ、トォルは前に足を運ぶ。

 ……ああなるほど、そういう──

 左右。

 跪いた老若男女が、こちらに向かって頭を垂れていた。


「えーっと」トォルは一瞬言葉に迷い、「楽にしてていいよ」


 言うだけ言うと一歩踏み戻し、ミョルニが扉を閉める。

 黒檀の扉が重たい音を立てて部屋を密封し、トォルは振り向いた。


「気は済みましたかぁ」

「もしかして万が一にでも逃げ場ない?」

「アレ全部、自主的に新しいヤハン王のために集まった人達なんですよぉ」

「……もしかして既に国内に知れ渡ってる?」

「はぁい、お仕事はさっさと片付けるのが信条ですのでぇ」


 はぁ、という相槌とも溜息とも知れぬ空気がトォルの口から漏れた。


 ★

 

 大陸最東端、勇者王イョンの率いるスーチェンが、極東ヤハンに宣戦布告を行った。


 ★


 かつて大陸統一の折り、国家間での戦争行為はその規模を問わず禁止とされた。

 当然だ。

 長い長い戦争に疲弊し疲れ切ったがゆえの八大国同盟であり、イスカガンを盟主とした大陸国家アレクサンダリアの建設である。

 今スーチェンの宣戦布告は、大陸に再びの戦火をもたらした──ということもなく。

 スーチェンを除いた七大国が集団的自衛を行使するよりも早く、勇者王イョンの殺害を以て、一切の戦禍を生むことなく鎮火した。

 勇者王イョンは、かつてスーチェン王ウーの時代に副王であった男に殺された。ウー王の弟である。

 兄の仇及び、宣戦布告撤回のためだった。


 ★


 乳色の肌。切れ長、白眼の比率が多い黒瞳。襟足の高さで短く刈り込まれた髪、例外的にもみあげが左右で二房胸元に垂れている。

 まだ青い体を包むのは派手な装飾を排した白い長衣だった。両横、腰あたりまで入ったスリットから、同色のズボンが覗く。肌の露出は顔と手先のみだが、体の線がやけに強調された衣装である。

 少女はチャーリーと自己を紹介した。スーチェン人かと思ったが、他所の出身か。少なくとも、スーチェンでは聞かぬ名だ。


「一体どこ行くつもり」


 チャーリーがこちらの進路を塞ぎ、言う。狭い路地裏、こちらの正面で片側の壁に背中を付け、反対の壁に片足の裏を付けている。

 上からは行けそうにない。左右の建物、好き勝手に増設された小部屋規模の建築物が空を覆い隠していた。

 見るからに面倒そうな相手。ポケットを探り、掌の裡に硬貨を隠して握る。金貨だ。


「お金でしたらお支払いいたしますので、どうか手荒い真似は……!」


 一歩二歩と後ろに下がり、両膝を地面に着く。

 揃えた手の上に金貨を一摘まみ乗せ、差し出した。

 眼前でチャーリーがどんな表情を浮かべているかは知らないが、金貨に手を伸ばす。──取った。

 立ち上がり、膝についた埃を払う。時間を無駄にした。お行儀悪く壁に裏を付けた足に手を伸ばし、道を開けさせる──否、開けさせようとする。


「……ん?」

「ああごめんなさい」親指と人差し指で摘んだ金貨が、指の中で曲がり、潰される。「《洗脳》魔法は効かないのよね──」


 瞬間。

 掴んだ足を引き、肩と腰を入れて女を巻き込み、投げ飛ばす。

 反射的な動きだった。空中で蜻蛉を切り、器用にも両側の壁を蹴って速度を殺したチャーリーが猫のように着地する。

 金貨──もはや金塊と化したそれが地面で小さく跳ねたところを、(チャーリー)が横抜きに振るった左手で拾う。

 ……殺るか?

 腰に佩いた剣を抜き放ち、思い切り振り被る。

 着地と同時、発条のように跳ね起き姿勢を整えたチャーリーが、焦ったように両手をこちらに突き出した。


「ちょっと待ちなさい! 別にあたしはあんたを殺しに来たわけじゃないわよ」


 「射程」距離内であったので剣を振るった。とん、と音軽く、まるで無重力下であるかのような身のこなしでチャーリーが空中に身を躍らせる。剣の振り抜きは、直線状路地裏の先で炸裂した。

 外れた攻撃は意識から外し、チャーリーの落下予測位置に剣戟を飛ばす。二発、三発。


「話! 聞き! なさいよ!」

「言ってみろ、聞くだけなら聞いてやる」

「なんかお母さんから聞いてた話と違うんだけど! あんたなんか粗野じゃない!? 本物!?」

「用件はそれだけか」


 軽業師かのように三次元的な軌道で剣を潜り抜け続ける少女の左足首に腕を伸ばし、掴む。甘い剣戟で誘い込んだところに計算通り来た。戦闘経験は浅いか、ほとんどないのであろうことが筒抜けである。

 剣を握ったままの右手で胸ぐらをつかみ、チャーリーの回避を止めさせた。


「三秒だけくれてやる。後悔はその間に済ませろ」

「ねえ勇者! あたしを仲間にしない? 足手纏いにはならないわ、だから旅のお供にしてほしいの」

「誰の差し金だ?」

「え? あたしはあたし(お母さん)以外の言うことは聞かないわよ?」

「自分自身の意思で、か。何のために」

「なぜ? 理由を聞くの? そんなの、今のこの大陸がおかしいからに決まってるじゃない。本来あるべき姿はこうじゃないわ。太陽の代わりに夜は戦火が照らし、雨の代わりに矢が降り剣を振り、人々が互いに憎しみ合う、そんな『在るべき真世界』を、私も取り返したい」

「……《洗脳》を受け入れたら考えてやってもいいが」

「やぁよ、あたしは男なんかに肌を晒す気なんてないから」


 猫が嗤う。

 アオザイは良い文明。

 マヒーンはヤノマミ族の言葉です。綴りはない。


※ノベルバやめました。

 

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