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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第三章:TANSTAAFL(仮)
71/78

#5 ma‘raka

 ★


 戦闘は推移していた。

 互いに剣は捨て、徒手空拳の応酬へ。こうなると分が悪いのは勇者で、こちらの行動には得物を拾い上げるのを阻止する動きが牽制として混じっている。

 透明化と明らかに届かない距離からの斬撃。勇者王イョンが用いていた二つの厄介な攻撃について分かったことが一つずつ。


「一つ!」


 左の貫手が何もない空間を打つと、勇者が姿を現す。理屈は一切わからないが、透明化している最中の勇者に触れると透明化は解除できる。

 突き出した左腕に両腕を絡ませようと迫る勇者の動きを掻い潜り、服を掴んで体を回す。小さく浮いた勇者の体を道場の床へと投げ付けるが、敵ながらさすがと言うべきか。かなりの低空で投げ飛ばしたにも拘らず、猫のように体を捻った勇者は空中で姿勢を完全に整え着地してみせた。四肢を地面に着いた体勢。得物に飛び掛かる直前の肉食獣が、全身に力を溜めるのと同じ姿勢だ。


 来る。


 飛び掛かってきた勇者の肩口に前蹴りを放つ。低い姿勢での飛びつき、こちらの足を刈り取るつもりだろう動きだった。飛び掛かりの勢いを初動で殺された勇者が床を蹴り、こちらから距離を取る方向へ飛んで姿を消した。イスマーアルアッドはその動きを追い、勇者が飛び退った方向と同じ方向へと踏み込む。ちょうど勇者の直剣が転がっている方角である。

 二歩目を踏み、姿勢を低くする。上半身を大きく前傾させた姿勢だ。対する勇者の姿はいまだ見えぬ。しかし――右前方だ。踏み込みの足で体を支え、前方への移動の速度をすべて拳の突き上げに転化する。

 何かに触れた感触の直後、硬い物を殴る痛みが来た。

 姿を現した勇者が拳の上に乗っている。揃えた両足で、こちらの拳を捉えたのだ。結果として、

 ……飛ぶのか!

 空中で蜻蛉を切った勇者が着地した時、その手には剣が握られている。


「ちょっとびっくりしました」

「勇者は剣を選ばないと聞いたのを、ちょうど思い出したんだ」


 ――二本。

 動きとしてはまず、勇者は自分の取り落とした剣の元へと向かった――ように見せかけて、こちらが投擲したままになっていた剣を拾いに行った。勇者は、自分の背後に剣が二つ重なる瞬間を待っていたのだ。自分はそのことに、勇者を蹴った時点で思い至った。自分と勇者が取り落とした直剣を結ぶ直線状に、飛ぶ勇者とこちらが投げた剣が重なっていたのだ。取る、と思った――だから行った。


「しかしまあ、これで形成逆転ですね」


 二刀を構えた勇者が言う。見たことのない構えだ。一見滅茶苦茶にも思える構えだが、例え二刀の心得がなくとも、こちらが無刀とあっては不利であることがあまりにも明白である。

 なにより、勇者には不可視の斬撃を飛ばす能力がある。


「っ!」


 勇者が無造作に剣を振るった。十字の斬撃が迫り来る。

 勇者の戦法について分かったことの二つ目――遠距離からの斬撃は、得物を手にしていないと扱えないらしい。徒手空拳に持ち込めば面倒な攻撃は防げるということに他ならないが、ついに再び勇者の手に剣が握られることを許してしまった。

 ……困ったな。

 さほど威力がないのが幸いだが、丸腰のこちらに対して遠・中・近距離すべてを使い分けてくる敵は厄介者以外の何者でもない。端的に言って面倒ですらある。

 両袖を犠牲にして斬撃を散らす。先に布で受ければ、やはり肉体には来ない。しかしだからといって、膠着状態を続ければこちらの衣服がどんどん剥がされていくだけだ。


「こっちだってやられっぱなしというわけにはいかないな」

 

 言えど、やはり決め手はなかった。互いに互いを打ち倒すための有効打を持たないのだ。このままがむしゃらに突貫しても事態は打開されない。勇者の体力が尽きるが先か、こちらが勇者の攻め手を防げなくなって倒れるが先か、勝負は、激しく不毛な消耗戦へと縺れ込んでいた。


 ★


 男は、スーチェンのとある村で生まれ、およそすべてのスーチェンの子供たちが辿る道を踏み外すことなく武術の師を見つけ、修行し修め、かつ更なる強さを求め未だ修行を続ける身であった。

 憧れ、そしていつか打ち倒すべしと掲げる人物は当然スーチェン首長その人である――否、正確には「であった」とでも言う方が適当だろう。男は、自分の目標であるウー王が、隣国ヤハンの女王に敗退したことを知る。さらにその直後、素性のわからぬ者――その者は、不遜にも勇ある者を自称しているらしい――がその女王をも打ち倒してしまった、とも。


 男は厳しい師の元での長年の修行、そして何より弛まぬ自身の努力によって相当な実力を有し、同じ流派の中では並ぶ者なしと謳われた使い手ではあるものの、まだ年若く、従って大戦時代の記憶は一切有していなかった。

 それゆえ焦がれに焦がれ憧れたウー王、その強さは、もはや彼の中で神格化されるに至っていた。いつか自分が討ち、倒すべき神へと。

 しかし、神は倒された。隣国ヤハンの女王ごとき(・・・)にだ。きっと、いや間違いなく、卑怯な手を使ってに違いない。ウー王は確かに武を持って並び立つ者なき実力の持ち主であったが、であるからこそ、一敗地に塗れる時は謀略に負かされたときだろうと、男はそう決めてかかった。

 ヤハン女王は偉大なるウー王の敵。必ずやこの手で――と逸ったが、このことを知らせて聞かせた師は彼をとどめさせ、続けた。


「勇者王イョン」


 呟く。

 もはや敬愛するウー王を討った女王はおらぬが、こいつを打ち倒せば自分は間接的にウー王を超えられる。直接的にウー王を超える手段がなくなった以上、もはやこうするしかない。むしろウー王の仇を取ってくれたとも言える相手に恨みはないが、自分のために死んでもらう。


 男は、イスカガンにある皇宮へと忍び込んだ。特別に許可を得た場合でなければ、武器類は入城時に取り上げられてしまうからだ。こんな簡単に擦り抜けられるのでは、わざわざ城門で管理などしている意味もないのではと思ったが――ぐるりを囲む図書館の屋根から壁伝いで城内に着地した時、男はイスカガン騎士団の有能さをその身をもって知ることになる。


「やあ、こんにちは。穏やかじゃないでスね」

「一体どういったご用件でシょうか、入場スる(サい)は、(シょ)定の手続きをお願いシているのですが」


 自分は確かに、周囲の状況をよくよく確認し、誰も居ない状態を十全に確保してから侵入したと思っていたが、そうはいかなかったらしい。

 相手は二人組だが、にこやかな態度とは裏腹に、有する気配が常人のそれではない。どこか気持ち悪さすら覚えるような異様な雰囲気に、男は抵抗することも忘れ、その場に立ちすくむ。

 

「えーっと、あ、いや、その、私は……旅の商人なのですが、どうやら道に迷ってしまったみたいで――」


 我ながら苦しい、否、聞き苦しい言い訳である。どう道を間違えば皇宮の敷地内に迷い込むのか。何か言わねばと思って咄嗟に出たのがそれだった。

 言い訳の出来は酷いものだったが、これが男の思考の切り替えとなった。図書館の屋根の上から散々精査した地形を脳裏に浮かべ、どの経路でこの二人を撒くか、高速で思考する。

 騎士達の手がこちらに伸びてきた瞬間を見計らって、男は右へ飛んだ――飛ぼうと思って僅かに身を屈めた。ごく小さな溜めで左右へ飛ぶことを可能にする技。戦いの場では足運びこそ最優だ。騎士の手を掻い潜り、大きく距離を取る。

 そこで男はふと、違和感を感じて振り返った。逃げるなら一目散に逃げるべきだとは頭が理解していたが、感じた違和感が思わず男の視線をそちらに向けさせたのだ。


 ――なかった。

 一瞬前まで二人、確かに居たはずの騎士の姿が、跡形もなく消えている。左右、視界の中に影はない。上か、と思って見上げたがさにあらず。では背後か、と慌てて視線を戻すがやはり居ない。元々希薄だと思ってはいたが、周囲に気配も消えている。


「消えた……?」


 理屈はわからないが、なぜか騎士たち二人が姿を消している。息を潜めている程度では自分の索敵が逃さない――そもそも騎士たちが自分から隠れる理由もないわけだが。

 男は周囲に誰も居ないことをすばやく確認すると、物陰に姿を隠し、一先ず様子を伺うことにした。 

 理由がないとは思いつつも、騎士たちが姿を隠せそうな、隠している可能性がありそうな場所を探す。自分が降り立った場所は、短く刈り込まれた柔らかい下草が一面を覆う場所だ。ちょうど何かの建物の裏側となっており、人通りは皆無と言って良い程少ない。綺麗に整えられた常緑樹と灌木が一定の間隔を保って並ぶが、これらの陰になら姿を隠せそうだ。

 一旦何のために、という疑問は頭から追い出し、ではどこに姿を消したか、という点を探す。確実に向こうはこちらの居場所を把握しているだろうから、いつでも武器は振るえるようにしつつ、周囲へ視線を配っていく。

 皆同じ種類の常緑樹だった。二本ほど元気がないように見える木があるが、その辺りは日当たりが悪いのだろうか。他には特に異常はない。当然、二人の騎士の姿、および痕跡は見つけられない。


 そのまましばらく息を潜めていたが、やはりどう考えても騎士たちが姿を消している。そう判断した男は首を傾げつつもその場を離れ、ウー王の仇の仇を求めて皇宮内を彷徨い始める。

 騎士たちは姿を消したが、それが何故か、どうしてかを考えるのは後で良い。むしろ皇宮不法侵入と無許可の武器持ち込みで後がなくなった。背水の陣、もはや後がないとなれば、嫌でもやる気が上がるというもの――勇者王イョンを倒し、必ずやスーチェン王ウーを超えてみせる。


 ★


「ふむ」


 ニールニーマニーズは、司書を捕らえている木材に触れてみた。手のひらに伝わる感触は、何の変哲もないただの木肌だ。

 本棚や手摺り、床など、図書館を構成しているものには木材が多く使われている。それらのうち、司書を捕らえる木の触手は本棚と手摺から伸びているようだった。司書は完全に気を失っている。詳しく様子を見るが、気道や内臓などが強く圧迫されている様子はなさそうだった。呼吸も正常である。

 事典や図鑑など並ぶ本棚、ちょうど先程までアルファとイルフィが居た辺り。本棚と手摺から数本ずつ生えた木の触手は、すべて司書に巻き付いている。


「アルファ、イルフィ、ここは僕に任せて一旦お医者様を呼んできてもらえないかな? できる?」

「え、ええ、大丈夫よ」「のこぎりとかも持って来た方が良いかしら?」

「ああ、頼めるかな」


 ……さて。

 双子たちの背中が見えなくなってから、更に念のため数秒待つ。

 周囲に人間の気配はないことを再度確認して、司書に巻き付く木材に再び触れた。これが変形しただけの木材であるならば、自分の《魔法》でも操ることができるはずだった。予想通り木材はニールニーマニーズの思い描く通りに動き、ささくれ一つない新品の木材、手摺りの姿へと戻った。ついでに司書を木材で抱き止め、階下の机の上に寝かせておく。

 少なくとも自分ができたということは、やはり《魔法》による仕業で間違いない。万が一、億が一の自然現象の可能性は考慮するまでもなくあり得ないだろう。

 ちなみにと逆の操作をやってみると、再現は容易だった。今までは地面から木を生やすことにしか《魔法》を使ったことはなかったが、木であれば自在に操ることは可能である。知識として知っているのと、実際にやってみるのとでは話は違う。


 自分の《魔法》を使えば再現できる。

 司書が被害に遭った時自分はこの場に居なかったし、当然《魔法》は使っていない。


 であれば導かれるべき結論は、別に自分と同じ《魔法》を使うものがいる、だろうか。

 まさか、という思いが非常に強い。樹木であればどのようなものであれ自在に操ることができるという《魔法》は、自分だけのものであるはずだ。これは前提知識として、《魔法》を得た時に同時に獲得している。

 無意識のうちに司書を捕縛してしまったのか、という可能性は排除できる。そもそも自分は今まで、加工された状態の木を操作するということを考えたことすらなかった。

 なぜなら、無意識で《魔法》は使えないのだ。《魔法》というのは意外に万能ではないので、どこにどのように何を――ニールニーマニーズの《魔法》の場合だと木材を――どうする、ということを、相当詳しく設定してやらないと発動しない。

 余談だが習熟はするので、たとえば樹木を真上に生やす程度のことであれば今ではほとんど無意識でもできるようにはなってきており、そこに更に枝を真横に延ばす、近くの者・物を捕まえるなどといった指定であれば付け足すのにほとんど集中を要しなくなっていた。

 閑話休題。であればこそ、司書を捕縛する木の触手はますますニールニーマニーズの仕業ではあり得ないのである。


「一体誰が、どうやって――?」


 ニールニーマニーズは呟き、眉を顰めた。

 全く見当がつかぬ、当て推量しようにも材料が足りない。少なくとも自分と似た芸当を出来る者がいるのかもしれない、ということは、懸念材料として頭に留めておくことにする。

 



 脱★衣★剣(嬉しくない絵面)

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