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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第三章:TANSTAAFL(仮)
70/78

#4 salutem

 ★


 花屋へ寄ったら開いていなかった。

 店の入り口に「臨時休業」の看板が掛かっていたので、扉を開けて中に入る。


「なんでだよ」


 声が来るということはやはりいるということだ。店舗の奥。

 挨拶代わりに片手をあげると、簡単な会釈が返ってくる。セラムは、作業机に向かって何かしているようだった。こちらからでは手元は見えぬ。


「……いや、何を我が物顔で入って来てるんだ、表に看板出してただろう」


 臨時休業って書いてあっただろ、と言われ、メイフォンは首を捻る。


「ああ、だから入って来たんだが」

「論理的に話したらどうだ……」


 言いつつ、メイフォンが空いている椅子に腰掛けるころには作業台の上が片付いている。土産代わりの茶菓子を並べると、セラムが立ち上がった。


「茶菓子に免じて茶くらいは出そう」

「珈琲が良い」

「……お前」


 半目がこちらを向く。こちらが構わず茶菓子の包みを開こうとすると、溜息一つ、カップを二つ用意して黒い液体を注いでくれた。

 湯気を立てているそれを受け取り、礼を言う。


「ちょうど飲もうと思ってたんだよ」

「何も言ってないぞ。……ん、美味いな」

「ああ、この前ノーヴァノーマニーズで新しい豆を買って来たんだ。この辺りでは取り扱ってないから口に合わないんじゃないかと思ったが」 


 イスカガンでよく口にするものに比べると確かに苦味が強い。その分酸味が薄く、普段酸味を我慢して飲んでいるコーヒーより好みに思えた。正直、格好をつける為だけに珈琲を飲んでいたようなところがある。実を言うと、本当は飲むなら甘い紅茶などが良い――だが、どうも子供みたいに思われるのが嫌で、外では頑なに珈琲一択だった。

 武闘姫などと陰であだ名されているのは知っている。自分としてもスーチェンとアレクサンダグラスの血を引く身として、生涯武の中で生きるつもりだ。このあだ名は少なからず悪くは思っていない。


「苦味が美味いと思ったのは初めてだ」


 カップに入っていた黒い水面を見つめ、無意識のうちに呟いていた。あ、と思ったが、既に言葉は発された後である。拙い、と思ったが、左隣のセラムは特に気にした風もなく、自身のカップを口元に運ぶ。


「イスカガンでは苦味の強い豆は売っていない。だからノーヴァノーマニーズからこっちに来てからは、ずっと酸味を我慢して飲んでいたんだ」


 言いつつ茶菓子に手を伸ばす。油分の強い焼き菓子だ。濃い甘みは、セラムの淹れた珈琲の苦みによくあうだろう。しばらく、時折の焼き菓子を砕く音が空間を満たす。

 メイフォンは両手でカップを持ち、背凭れに背中を預けた。視線を彷徨わせると、前来た時よりも少し部屋が片付いているように思う。心なしか、大きな天窓から差し込む日光の量が増しているような気がした。


「そういえば、ノーヴァノーマニーズの大王がここに泊まっているんだったか」

「そうだよ、その件だメイフォン、よく聞いてくれた! 後生だから引き取ってくれないか? どうして一般人の私が生粋の王様なんぞと共同生活が出来ようか、いいやできない! 落ち着いて眠ることもできないんだ……」

「なあ知ってるか、私も一応皇族なんだぞ」

「皇族は屋根の上を走ったりしないし、一般人を拉致して飲みに行ったりしない」


 返事の代わりに空になったカップを掲げると、セラムが二杯目を注いでくれた。立つ湯気の量は減っている。言及すると文句があるのかとかなんとか言われそうだったので、大人しく口を付けた。やはり珈琲は苦味を楽しむべきだ。酸味は無くて良い。濃くて苦いものに限る。熱ければ尚良いが、少し冷めても味は良い。

 さて、


「何の話だったかな、私がいかに皇族であるかの話だったか」

「あー、その話長くなるか? 長くなりそうなら私仮眠取っていてもいいだろうか」

「貴様は清々しいまでに皇族への敬意がないな?」


 セラムが自分のカップに二杯目を注ぐ。もともと多く沸かしていたようだが、私が来なければ一人で四杯以上飲んでいたのだろうか。改めて見れば、表情には疲れが色濃い。


「……その、なんだ、大王の世話がそんなに大変なのか」

「大変だよ。大変だとも! あの大王、私をベッドで寝かせておいて、自分は床で寝やがるんだ! 三食自分で用意するから台所だけ貸してくれとか言って三食とも見事な料理を、ついでだからって私の分まで用意しやがるし、これで気を遣わないことがあるか! 向こうは王様なんだぞ!? 更には宿泊費だとかなんとか言って私が二百年くらい遊んで暮らせるような金をぽんと渡して来るし、しかも毎晩だぞ! 毎晩! あとでしっぺ返しが来ないかと不安で夜も眠れないんだ……」

「……よくわからんが、良くしてもらってるなら別に――」

「いいわけあるか! 三時間の説得でようやく同じ寝台で寝ることと毎食ごとに交代で料理番をする、宿泊費は取らない、食費だけ出してもらうってことで合意を得たものの、そうしたら今度はお前、それじゃあ店番は任せてくれとか言い出すんだぞ! 閉めるわ! 店なんか開けられるか!」


 立て板に水。一度決壊した不満が止まることなく溢れ出す。こちらに身を大きく乗り出した肩を手で抑え、ちょっと落ち着けと言ってみた。

 セラムが自分の椅子に尻を落とす。何か言いかけたが、むんず、と残っていた焼き菓子を鷲掴み、鼻息荒くそれらを口に放り込んだ。


「つまりなんだ、大王が気を遣うのが落ち着かないということか」


 ……おお、栗鼠みたいだ。

 セラムが首を縦に振る。


「客人なわけだから、多少気を遣うってのは仕方ないことなんじゃないか」

「…………」興奮していても口の中に物を入れた状態で話さない程度の分別はあるらしい。珈琲で口の中の焼き菓子を押し流し始めたセラムに続ける。

「それが嫌なら金を貰って雇ってもらえば良いだろ。雇用契約を結ぶか、追い出すかのどっちかだ」


 ノーヴァノーマニーズに居た頃、大王は雑務等すべて召使に命じてやらせていた。少なくともメイフォンが見ている場ではそうだった。彼の王は用のある時こそ召使を呼びつけるが、基本的には一人で居ることを好む、らしい。アイシャ経由でトォルから聞いた。あの男は次会った時にでも息の根を止めねばならぬ。

 ともあれ、ヘイズトーポリは自分が客人であるという経験が皆無か、あるいは極端に少ないのだろうと思う。八大国の首長だという自覚がほとんどなく、結果良い客人としての振る舞いが宿主を困惑させることに気付いていない。


「それにしても、どうしてあの大王はわざわざ私の隠れ家で生活しようとするんだろうな」

「……おい私の家だぞ、勝手に隠れ家にするな」

「隠れ家風喫茶店で生活しようとするんだろうな」

「ウチは花屋だ!」

「あっ、珈琲美味かったぞ」

「花を買え花を……!」


 言いつつこちらのカップを回収し、流しへ。焼き菓子の包みを屑籠へ放り込んだセラムが、寝室の天井を示した。見上げると天窓、直上から少し傾いた太陽が見える。

 天窓がどうした、と問おうとすると、彼女が視線をそれを制する。


「日光を浴びられる場所じゃないと本調子が出ないそうだ。ノーヴァノーマニーズではそういう建築が普通だから、ノーヴァノーマニーズ出身の私に白羽の矢が立ったらしい」

「……光合成でもしてるのか?」


 髪も緑掛かっているしな、とセラムが言った。


 ★


 ニールニーマニーズは、双子の後頭部を眺めつつ図書館の中に居た。

 時折司書や学者、学院後期課程の者たちがすれ違うたびにこちらに会釈していくが、双子を見て「どこの子だ」という顔をする。アルファとイルフィはその度に折り目正しく挨拶をするが、見ている限り他人との接触で体調を崩すという特有の体質はかなり改善されているようだった。

 

「ニーニー?」「どの辺り?」

「え? ああ、もう少し先だよ。……あ、そこの角は右」


 見知らぬ人間が一人皇宮の敷地内に足を踏み込んだので捕縛する。

 離れている場所を見ることは能わぬが、聞くことはできる――すれ違った下女が「どちらへ」と声を掛けると、勇者王イョン様に商談を、と答えた。

 イョン様は只今会議中でございます、という返答に、「そうですか、ではどこかで待たせてもらえませんでしょうか」と商人風の女が言うが、既にこの時点でニールニーマニーズは捕縛の準備を進めている。皇宮には当然、門番がいる。幾つかある入口すべてに例外なく騎士が詰め、出入りする者は必ず手続きを必要とした。

 彼らがこんな女と会話していた記憶はない――どこかから不正に紛れ込んだ者であることは明白だった。

 でしたらこちらへどうぞ、とどこかへ案内しようと下女が踵を返した瞬間を見計らって、商人風の女を地下に引きずり込む。


「あ、ちょっと待ってアルファ、イルフィ、ごめん、もう一つ奥の角だったみたい」

「ちょっと、ニーニーがしっかりしてくれないと困るのだわ」「私たちは一つでも余計に角を曲がるといとも簡単に迷子になれるのよ」


 ごめんごめん、と謝りつつ、知覚を再び飛ばす。

 もちろん悲鳴をあげさせる暇もなく刺客らしき女は処理しておいた。それを変に思った下女が振り返ったところに、既にニールニーマニーズは女そっくりの木像を設置している。

 色や質感まで完璧に再現した木造だ。激しい動きをさせると形を維持することは難しいが、多少なら生身の者とすり替えておいても絶対に気付かれない自信がある。自慢の、文字通りの木偶人形だ。

 葉を擦らせて言葉――実態はそのように聞こえる音――を発させることも可能である。少し異質でしゃがれた雰囲気が出るが、気にならないくらいの差異でしかない。


『……ごめんなさい、急用を思い出シたので今日は出直スことにシまス』

『そうですか。出口までお送りいたしましょうか?』

『いいえ、大丈夫でシュ』


 ……あっ、ちょっと甘噛んだ。

 そんなときもある。気にしてはならない。気のせいで――木のせいだ。

 踵を返し、間近の角を曲がらせる。周囲に見ている者がなくなったことを確認してから、ニールニーマニーズは操り人形を地中に回収する。

 

「二人とも、もうそろそろだよ」


 ずんずん進んでいく双子を慌てて追う。今現在のところ刺客は確認していない。数はマシになったとはいえ、このように定期的にやって来ることは止まなかった――先程も、商人風の女を相手にしながらほぼ同時に別の場所で、別の刺客を処理していたのである。


「ニーニー? どうしたのかしら」「顔色が悪いわ、疲れたの?」

「え? ああ、そうかも。君達程じゃあないけれど、僕も引きこもりだからさ」

「無理はしちゃダメよ」「もう目的の本棚の近くまでは来ているのでしょう? だったらあとは私たちだけで探せるのだわ」


 大丈夫だよ、と答えはしたものの、少し眩暈がある。

 力の使い過ぎで疲れたろうか――早く双子を目的地まで案内してどこか落ち着ける場所を探そう。幸い事典・図鑑類のまとめられている本棚が見える位置には机と椅子が並ぶ場所がある。日の当たる所が良いが、贅沢は言ってられないだろう。書籍類が焼けるので、図書館に取り付けられた採光窓は大きくない。湿気対策で通風孔は多いが、決して居心地が良いとは言えなかった。


「――この辺りがそうだよ。悪いんだけど、僕ちょっとそこで座ってるね」

「ええ、ありがとうニーニー。お大事にするのよ」「無理は良くないのだわ」


 数段の階段を降りる。ある程度の大きさの空間に、机と椅子が十数個。本棚が林立する場所に比べるとまだ明るい方だ。天井に幾つか開けられた穴から差し込む光が直径の小さい円をいくつも床や机に投影している。

 ニールニーマニーズは直射日光を受けられる箇所で椅子に腰掛けた。

 真新しい椅子に体を預け、仰ぎ見ると双子が本棚と睨みあっている。探している名前はヴルトゥームと言ったろうか。正直、聞き覚えがない。自分が誰よりも物を知っていると驕るには、あまりにも学院の自分よりも年上の者たちのことを知りすぎていて難しかったが、それでも大概の人よりは物知りである自信がある。広く浅く、興味のある分野はさらに掘り下げて。

 記憶力も良い方だ、という自負もある。その自分が聞き覚えすらないとすれば、本当に、まったく知らないのだろう。

 ……その辺りの本棚は全部目を通したから、そこにヴルトゥームは載っていないと思うよ。


「あ、すみません」


 偶然司書が通り掛ったので、ヴルトゥームという単語に聞き覚えがないか尋ねてみる。彼はしばらく首を捻っていたが、帰って来たのは聞いたことありませんねという答えだった。

 背凭れの上端に首を乗せ、眇目で天窓を睨む。ついでにまた侵入者を検知したので捕縛。

 ヴルトゥーム。

 聞いたことがない。


「確かに記憶にないのにな」


 論理的に説明することはできないのだが、どうにも違和感がある単語だった。なにかが脳に引っかかっている。聞いたことはないと断言できるが、なにか知っているものを現しているかのような、そんな感覚だ。小骨が喉に引っかかっているようでどうにも気持ち悪い。


 と。

 その時だった。

 きゃ、から始まり長く続く悲鳴が、図書館に響いたのは。

 悲鳴は二つ、発生源は頭上、事典や図鑑が並ぶ本棚辺り。

 体を預けていた椅子を蹴倒して立ち上がると、階段まで駆ける。


「大丈夫かい!?」


 まず間違いなく、悲鳴は双子のものだった。

 階段を駆け上がったニールニーマニーズがまず見たものは、こちらに背を向けて腰を抜かしている双子。


「ね、ねえあれ……」「あ、あの人が声を掛けてきたと思ったら、き、急に……」


 指差す先。

 先程自分が声を掛けた司書に、手摺りや(・・・・)本棚が絡(・・・・)みつく姿(・・・・)

 まるで意思持つ生き物かのように、手摺りや本棚が捻じれて縒り合い、触手のように司書の体を中空に縛り付けている。

 手摺りと本棚はすべて木製だ。この事象には、当然見覚えがある。身に覚えがある。僕の力と同じだ、と思う。

 しかし司書をこんな風にしているのは、確実に自分の力でないことは確かだった。


「いったい誰がこんなことを――?」

「ね、ねえニーニー、これ、どうなってるの……?」「普通に考えたら、あ、あり得ないことよね……!?」


 司書が呻いた。

 

 

 


 ファミレスとかに置いてある謎フレーバーの紅茶が好きです。

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