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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第一章:魔王降誕編
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#7 皇帝の暗殺

 かつて大陸は戦乱の渦中にあった。

 憎しみが憎しみを生み、隣国はすべて仇であった。

 生きるも地獄、死ぬも地獄。毎秒怨嗟の声が、阿鼻叫喚の悲鳴が、肉が断たれる音が、骨が折れる音が、血が滴る音が、大地にこだましていた。

 後に大英雄となる若者が見いだされたのは、大陸のほぼ中央に位置するイスカガンという小国でのことだった。

 将来を嘱望される若い騎士――アレクサンダグラス。

 周辺の小国との防衛戦で戦果を上げた彼は、度重なる戦争で子供をすべて失くした老王より王位を禅譲され、イスカガンの若き王となった。

 彼は周辺諸国から次々と併合し、無駄な殺生は行わず、徳を以て治め、次第に勢力を発展させ、ついには大陸のほとんどを併呑してしまった。

 昨日の敵が今日の友――突然そんなことを言われて簡単に意識を変えることができるのは人間ではない。しかし、アレクサンダグラスの必死の活動で世界は徐々に許すことを、平和を覚え、大陸中に空前の大平和が訪れた。

 大陸統一よりはや十年。子供たちへの教育の義務化、地方分権による統治、主要な国同士をつなぐ街道の整備による交通の便の改善、法制の整備など、アレクサンダグラスの統治はおよそ成功であると言える成果を出していた。


 かつて大英雄アレクサンダグラスは、大陸の東岸から西岸のそのほとんどを征服し、そのことごとくを支配下に置いた。ほとんどの文明、文化が大陸に存在する以上、これは人類史始まって以来初の偉業となる、世界征服、天下統一とも呼べる一大事業である。

 大皇帝アレクサンダグラスの大陸征服から十年。二百年続いた戦乱の世は彼によって終止符を打たれ、今大陸には空前絶後の大平和が訪れていた。のちにパックス=アレクサンダリアと歴史書に記されるこの時代は、しかし――――


 わずか十年で、その終焉を迎えることになる。

 他ならぬ、大英雄の落命によって。


 ★


 大陸国家アレクサンダリア、その皇都イスカガン。

 人種の坩堝、人口八千万。大陸最大の都市である。

 その中央にまさしく聳え立つのが巨大な城、皇宮だ。まるで城壁かのように円を描く巨大図書館。その内縁部に八つの城が並び、最も中央部に一際大きな城が屹立している。中央の城を囲む八つの城は、それぞれは大陸八大国文化に則り建造された美しい城だ。しかし、全体で見るとてんで統一性のない混沌の城である。さながらさまざまな人種の入り混じる街を象徴するかのような異様であった。

 中央の城最上階には大陸統一の大英雄、アレクサンダグラスが国事行為や謁見などに使う皇帝の間があり、そこから階層を下がるごとにアレクサンダグラスの執務室と居城を兼ねた階、大臣や大使達用の討論・会議室のある階、彼らが控える部屋のある階、以下召使や他の皇宮に仕える者たちが仕事をしたり暮らす階という風に続く。

 それが発見された時、皇帝の間がある階層には誰も居なかった。

 物言わぬ死体が三つ、あったのみであった。

 二つは、皇帝の間入口扉の前に立つ騎士たちのもの。

 そしてもう一つは、建国の雄、アレクサンダグラスのものであった。


 ★


 その報告を受けたとき、イスマーアルアッドは教会で日課の礼拝を行っていた。

 教会のドアを蹴破らんばかりの勢いで飛び込んできた召使を窘めようと思って振り返ったが、彼の尋常ではない様子に眉を顰める。


「何かあったのかい?」

「イスマーアルアッド様! 皇宮中央、皇帝の間まで御同行願えますでしょうか! 話はそこで致します!」


 何か不測の事態が起こったのだ。イスマーアルアッドは取るものも取り敢えず、天空回廊の直通通路で皇宮、アレクサンダグラスの居室がある場所へ移動する。

 するとそこには、すでに他の弟妹たちが勢揃いしていた。


「トォルは居なかったんだね?」

「はい、トォル様は皇宮内におらず、連れてくることができませんでした」


 碌な説明もなく集められたのは皆同じだろう――イスマーアルアッドは思う。しかし、何かがあったのだということだけは感じ取っていて、一様に口を噤んでいる。

 常に城に居ない風来坊トォルがいないのは仕方がない。イスマーアルアッドは、弟妹を代表して口を開いた。


「正直に名乗り出なさい。――誰が殺した?」


 弟妹達は皆そうじゃないと首や手を振って否定した。


 ★


 およそ今まで、――トォルはいないものの――自分たち皇子皇女が一つの場に召集されたことは一度だってなかった。それゆえ一同、この場の空気から、少なくともアレクサンダグラスの身に何かがあったのであろうことだけは感じ取っていた。

 ニールニーマニーズは、腕組みをしたまま部屋を見渡す。

 メイフォンは壁にもたれかかって俯いており、アイシャとマリストアは椅子に座っていた。アルファとイルフィは、イスマーアルアッドが入室してきたときに彼の背後に隠れるようにして身を縮こまらせている。

 一つ咳払い、先程の発言はなかったことにしてイスマーアルアッドが改めて口を開き、アレクサンダグラスの秘書官に話を促した。


「何があったのか話してみなさい」

「はい。簡潔に申し上げますと、つい先程、アレクサンダグラス様が死体で発見されました」


 なんとなく予想はしていた話だ、ニールニーマニーズは話が続くのを待つ。

 他の兄姉も身動ぎ一つしない。アルファとイルフィはイスマーアルアッドの背に隠れてしまって見えない。


「第一発見者は彼です」


 秘書官が背後に控えていた騎士に話を振る。

 皇宮騎士団制式の鎧を身にまとった中年の騎士だ。鋭い眼光が強者であることを思わせる。

 

「ありのままに話してみなさい」


 イスマーアルアッドの促しに答え、訥々と話し始めた彼の言葉をまとめるとこうだ。

 皇帝の間の扉番は常に二人いて、連続三時間そこで警護を担うことになっている。交代は一時間半ごとで、一人ずつだ。普通他の国では、皇帝の間に相当する謁見の間の内部にも警護を置くが、アレクサンダグラスはそれを禁じたため、内部に騎士は置いていなかった。

 彼が今日最初の定められた時間に交代に向かったところ、扉の前で二人の同僚が矛に心臓を貫かれ倒れているのを発見した。

 彼は慌てて彼らに駆け寄ったが、すでに事切れていた。その後嫌な予感とともに皇帝の間の扉を開けると、アレクサンダグラスも、椅子に項垂れるように座っていた。

 確認すると、アレクサンダグラスもすでに死んでいた。

 死因は心臓を刃物のようなもので貫かれたことで、明らかな他殺であった。

 門番二人に使われた凶器は残っていたが、アレクサンダグラスを殺したであろう凶器は見当たらなかった。

 争ったような形跡はなく、心臓刺傷による一撃死であると推定される。

 また、その返り血を浴びた犯人の足跡が血痕という形で残っていたが、扉を出て数歩で完全に途絶えていた。


「以上です」


 中年の騎士が話し終わったのを見計らって、マリストアが手を上げる。


「見つけたのは一時間以内の話でしょう。その時間だとしたら、お父様はいつも商人や国民との謁見にあてていたはずよ。その時間には誰がいたの?」

「東方の小国からやって来た一人の商人です」


 秘書官が答える。


「その時間にその商人以外に皇帝の間に入った人間はいたの?」

「おりません」

「じゃあそいつが下手人よ」


 それ以外ありえない、と同調の声を上げたのがニールニーマニーズだ。だが、と続け、


「そんなことは誰が考えてもわかる。いや、今更そんなことがわからなくて僕たちを集めたわけがない。いいかいマリストア。これからまず真っ先に僕たちが求めないといけないのは、フーダニット(誰がやったか)でもハウダニット(どうやったか)でもなく、今後どうするかだ」

「わ、わかってるわよそのくらい」

「とりあえずぅ、父さんが死んだことを国民に公表するかしないか、する場合なら次の皇帝をどうするか、ですかねぇ。おいお前」

「はい」指差された秘書官が答える。

「箝口令は敷いていますかぁ?」

「はい、既に」


 イスマーアルアッドが挙手した後、口を開く。


「父はいつかこうなる可能性も見据えて遺書を用意していたはずだが、それは今どこにあるのかな」

「はい、そのことなのですが……」


 秘書官の言葉尻が窄んでいく。

 ニールニーマニーズは一瞬彼の方へと視線を向けた。


「……それが、どうもなくなってしまっているようなのです」


 沈黙。

 他の兄姉が言葉に迷ったのを見渡して、静寂と口火を切る。


「盗まれた可能性が高いね。どうする?」


 問いかけの形だが、続け、


「いくら箝口令を敷いたって、下手人にバラされたら意味がないよ。そうしたら国民たちの間でも、絶対に混乱は生じる。迅速な発表が必要だ。そのためにはアレクサンダグラスの後継を決めないと。僕はイスマーアルアッドに一票入れるつもりだよ」

 

 やや早口気味にそこまで言い切ってしまう。


「そうね、私もそのことについては異論はないわ。さっさと後継を決めて、下手人を捕まえちゃいましょう」

「待ちなさい。父の遺書に何と書いてあるかわからない以上、遺書の奪還が先だ。一旦皇帝代理という形でどうだろう。それなら私が引き受けよう」

「お姉ちゃんもそう思いますねぇ。ことは大陸全土に関わるんですからぁ、やっぱり父さんの遺志を確認しないというのは認められませぇん」


 と。

 その時、ずっと沈黙を保っていた末妹――アルファとイルフィが倒れこんだ。

 イスマーアルアッドがそれを背中で受け止める形になり、慌てて体勢を変えて二人を抱き止める。


「アルファ様! イルフィ様!」


 秘書官が駆け寄ったのを手で制して、イスマーアルアッドが二人を抱き上げた。


「二人をこの場に呼んだのは間違いだったようだね。休ませておいてあげなさい」


 そうして末妹二人をアレクサンダグラスのベッドに移動させると、彼は部屋の外で控えている召使に水や薬などを持ってくるように命じた。

 双子の眠るベッドに腰かけるイスマーアルアッド。


「少し眠ればよくなるだろう。二人はまだ幼い」


 二人の末妹が倒れたこともあって、冷静であるようで冷静でなかった皇子皇女たちが我に返った。

 ニールニーマニーズが腕組みを解き、提案する。


「とりあえず、今後どう動くかだけを決めよう。どうやら僕たちも混乱していたみたいだ、僕たちだけで話しても仕方ないし、秘書官、今すぐ大臣を全員集めてくれ。あと――トォルにも、できれば連絡を」


 ★


 会議はきっかり一時間後に始まることになった。

 ニールニーマニーズは、その間に皇帝の間に寄ることにする。


「アイシャ」

「まあ、部屋に戻っても何にもないですからねぇ」

「他は居城に戻るのか?」

「そうみたいですねぇ。準備とかするんじゃないですかぁ」


 アレクサンダグラスの居室から出て、皇帝の間がある一つ上の階に続く階段でアイシャが追いついてきた。

 階段をのぼりながら、どちらともなしに話し始める。


「正直なところ――僕はアレクサンダグラスが殺されたなんて話、本当だとは思えないんだ」

「いきなり呑み込める話ではありませんからねぇ」

「いや、そうじゃなくて」


 ニールニーマニーズが足を止め、数段先んじたアイシャも足を止めて振り返った。


「あの大英雄アレクサンダグラスが、たとえ不意打ちだろうが何だろうが、ただの商人に刺し殺されるだなんて想像もつかない。いやそもそも、あの男が、殺されたくらいで死ぬようには思えないんだ」


 ★


 筋骨隆々という言葉はまさにアレクサンダグラスを形容するために考案されたがごとき言葉である。

 精鋭揃いの騎士団の中にいてもなお頭一つ、否、二つ分優に突出した身長に長い手足。アレクサンダグラスがイスカガンの一騎士でしかなかったとき、彼はその偉容から「動く山」と呼ばれていた。

 彼に大陸統一を達成させた要因の一つに、この恵まれた体格が挙げられる。しかもアレクサンダグラスはこれに甘えることなく自身に激しい修練を化し、自己研鑽を怠らなかった。結果生まれたのがもはや人間兵器ともいうべき筋肉の塊であり、面白おかしくトゥルバドゥールが唄いあげるところによると、やれ自分の身長より倍もあるような大岩を放り投げて敵軍を牽制した、剣を持たせたら握力が強すぎて柄がねじ切れた、挙句の果てには敵の剣刃を生身の筋肉で受け止めたなど、事実なのか脚色なのかわからない話がいくつも噂されている。

 とにかく、個人の戦力で言うと文字通り一騎当千、東国スーチェンの王と覇を分け合った豪傑であったにもかかわらず、その最期は実にあっけなく、心臓を一刺し――


 ニールニーマニーズが信じられないと言ったのは、アレクサンダグラスを殺せる人間がいたことについてである。


 ★


「まあ確かに、そう言われるとそうかもしれませんねぇ」


 二人が皇帝の間に到着すると、ちょうどアレクサンダグラスの亡骸が、侍医や召使たちによって運び出されようとしているところだった。


「アイシャ様! ニールニーマニーズ様!」

「やっぱり刺殺?」

「はい、その通りです」

「凶器は見つからなかったんだよね。傷跡から推測はできそう?」


 アレクサンダグラスのあの樽のような胸筋を貫くとは、いったいどれほど鋭い得物だったのか。ニールニーマニーズは矛だと予想していた。そして扉番に用いられた凶器と同じ種類のものであろうとも。

 しかし侍医の返答は予想外のものであった。


「いえ。傷口の大きさから見るに、華奢な果物ナイフか短剣のようなもので貫かれていました」


 ニールニーマニーズとアイシャは、一瞬言葉を失った。

 ……華奢な短剣ごときで、しかも人間の腕力で、あの筋肉の塊を貫くなんて――いったいどんな化け物だったんだ、その商人は……?


「並の人間の力では不可能でしょう。正直、人間以外の仕業ではないのかとさえ――思えてしまいます」


 人間以外の仕業ではないか、などといった非科学的な言葉をニールニーマニーズは一切信じないことにしていたが――今回ばかりは納得してしまいそうだった。


 メイフォンは真面目な話続けると飽きて寝ちゃうタイプ。

 


 


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