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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第三章:TANSTAAFL(仮)
69/78

#3 vulthoom

 ★


 気が付くと、真っ白い空間だった。

 

『ごきげんよう、お久しぶりね』


 聞き慣れた声。されど、どことなく異質。全く異なるのではない。ごくわずかにだが、ずれて(・・・)いる。雑音混じり――そんな声だ。

 双子が声の方に視線を向けると、そこには一本の「何か」があった。

 一本。

 下――あくまで双子たちが地表面に対し垂直に立っていると仮定した場合の、下――から上にかけて、次第に細くなっていく。

 それ(・・)は柱のようにも見えるが、とても柱ではなかった。

 木の幹に似ている。すなわち、無機物的ではない――有機物的な形。


『来ちゃった』


 目視できるのは、自分たちが立っているのと同じくらいの低さまで。それより下は白い靄のようなものに包まれ、本体を確認することはできなかった。声は、そちらの方向から聞こえてくるように思われる。

 それは金属的な光沢を持っていた。水生生物の持つそれにもよく似ている。二人には、それが複数あるうちの一本でしかなく、本体はとてつもなく巨大であるだろうことが何の根拠もなく理解できた。あるいは元から持っていた記憶を、実物を見ることで呼び覚まされた――そのような感覚を得た。

 

「ウルフゥね」「随分と久しぶりなのだわ」

『私としてはほんの一眠りって感じなのだけれど――実際、他の(・・)に比べたら私なんてよく目を覚ましている方よ』


 話しつつ、先端がうねる。二人には、それがどことなく愛らしい仕草である様に感じられた。空いている方の手を伸ばすと、それが自身を折り曲げてこちらへと近づいてくる。

 触る。

 通り抜ける。それは両腕を通り抜け、双子の胴体をすり抜けた。


『こうして一部だけ持ってくることには成功したのだけれど、まだまだ不完全なのよ。触れることはできない。あくまで、見た目だけ』


 目の前、触れられそうな距離で波打っているそれに再び手を伸ばしてみるが、やはり掌が何かを触る感触は得られない。本人が言う通り、実体はないようだ。あまりにも現実的な質感を伴ったそれが目の前で蠢いているが、そもそもここは自分たちの夢の中なのだから、そのようなこともあり得て然るべきだろう。

 アルファとイルフィは、恐らくウルフゥがいるであろう位置に向かって声を向ける。


「それで今日は、一体どういう御用かしら」「世間話をしに来たわけではないのでしょう」

『ええ、その通りよ。……気を付けなさい、私が一眠りしている間に、目覚めた奴がいるみたいなのよ。今はまだ完全にとは言えないけれど、現状、私たち以上に目覚めてしまった奴がいる』

「いまいち要領を得ないわね」「目覚める目覚めない、というのはどういうことかしら?」

『以前会った時よりは少しだけ具体的に話しても良いのだけれど、それでもこれ以上のことは言えないわ』


 困ったようにそれはうねり、先端が落ち込み俯くかのように振舞った。それを見たアルファとイルフィは可笑しさを感じ、小さく笑みを零す。


「目覚めた人については言えないってことなのね?」「じゃあ、私たちは何に気を付ければいいのよ」

『ごめんなさい、それも言えないわ――』


 そして、気付いた時と同じく唐突に白い靄は晴れていき、目の前にあったそれも空間と同じく姿を消した。アルファとイルフィは寝台から体を起こすと、どちらからともなく顔を見合わせる。

 お互い、言わんとすることは了解していた。しかし、夢で何を見たのかを思い出せない。何故か懐かしさ、あるいは郷愁じみた感情が心中で燻ぶっているように感じる。

 あ、とお互いに何か言いかけ、そして何を言おうとしたか、思考が雲散霧消してどちらからともなく口を閉じる。

 そうしてしばらく見つめ合っていたが、やがてぽつりと、片方が言った。


「ヴルトゥーム……?」「なんとなく、断片的にそんなことを言っていたような気がするわ……」


 言っていた、では誤りがある。実際、そのような言葉は先程の空間で発声されていない。「ヴルトゥーム」という意味合いを持った空気や雰囲気といったものを、どことなく暗黙の了解的に感じ取ったのだ。

 一体、どういう意味だろう。聞いたこともない。なんらかの固有名詞であることはわかる。夢で出会っていた誰かの名前でないことも分かる。しかし、それだけだ。皆目見当がつかない。

 調べるわよね? と目で問うと、頷きが返ってきた。図書館はまだ復旧中だろうか。だとすれば、誰か詳しい人に一緒に来てもらった方が良いかもしれない。せっかく、他者と一緒に居ても健康を損なうことが少なくなりつつあるのだ。慣れが症状を緩和するのであれば、少しずつでも慣れていきたい。

 双子は自分たちの居城を出ると、図書館常駐の本の虫(ニールニーマニーズ)の元へと向かった。 


 ★


 さすがに四六時中刺客が来続けるということもなく、簀巻きの山を前に、ニールニーマニーズは一息を吐いていた。

 彼が腰かけている半円は、その両端を地面に接している。木の幹だ。地面から生やした樹木を折り曲げ、先端部を再び地面に突き差すことで半円を描く。

 両の膝に頬杖をついて、ぼんやりと思索に耽る。簡単な話で、この刺客共をどう料理してやろうかと、そういう話だった。

 殺して埋めるのが最も手っ取り早いように思うかもしれないが、これらは皆故郷へ帰れば名のある武人だろう――「武王」の称号を欲しいが為に逸っただけの者たちを皆殺してしまっても拙いのではなかろうか。否、安易に挑んでも帰らぬ者となるだけだという見せしめとして丁度良いかもしれない。

 ……いや、こいつら暗殺者気質なんだよね。

 もしかしたら誰にも認知されない可能性まである。見せしめにすらならない。であればどこか郊外へ放逐するか。無事故郷へ帰った時に師や友へ勇者イョンに挑みに行って敗北したことを喧伝してくれるとは思わないが、それとなく止めてくれる可能性に賭けるか?

 それが一番現実的なような気もするが、果たしてどうだろう。

 ひとまず刺客たちを、地下茎を膨らませて作った空洞に格納して立ち上がる。尻の後ろで先程まで腰かけていた幹が地中に沈んだ。

 ニールニーマニーズは大きく伸びをすると、晩夏の空気を肺一杯に吸い込んだ。暑くなくなったのは良いが、これから日光が弱まっていくのかと思うと少し気分が落ち込む――ような気がする。いざとなれば南へ行けば良いだろうか。幸いなことにイスカガンはそこまで酷い寒さに見舞われることはないが、その程度の寒さでもニールニーマニーズには少し厳しく感じられる。ここ最近、日に日に下がっていく気温と共に特にその傾向は強まっているように思われた。

 はあ、と止めていた息を大きく吐き出し、脱力。数秒そのままの姿勢で一切の考えを止め、思考の切り替えとする。


 と。

 ふと、気配を感じて顔を上げると、見たことのある影が二つ。

 ちょうど、建物の角を曲がってすぐという風情で立ち尽くしていた。


「……や、やあ、奇遇だね」


 使うところ(・・・・・)を見られていたら厄介だ。背筋を冷たい汗が伝うような感覚を得る。どこからだ、一体、どこから見られていた? 油断していただろうか、という思いが脳をよぎるがそれに限ってはあり得ぬと断言できる。波が収まったとはいえ、刺客の突然の襲撃に対応できるよう最低限皇宮敷地内を歩く足音はすべて確認していたはずなのに。

 幸いなことに、現状、外から見て魔法の痕跡は一切ない。刺客や不自然に生えた木々はすべて地中だし、自分の外見もいつも通りのニールニーマニーズだ。多少見られていたとしても、「気のせいだ」で押し通すことができるのではなかろうか。

 否。そもそも、


「大丈夫なのかい――こんなに僕に近付いて。ぐ、具合悪くなったりとか!」


 ずい、と一歩を踏み出してみる。

 対人恐怖症、というよりは対人拒否症とでも呼ぶべき双子の妹たちの症状は、当然ながら知っていた。僕と接触――近付くことで意識を失ってしまえば、少し可哀想ではあるけれど、「夢でも見たんじゃないかな?」で押し通せるだろうからね。

 しかし双子の反応は、自分の想定している二つの選択肢、そのどちらでもなかった。第一が気絶。二人には悪いが、こちらが理想。前述の通り、目覚めた後も寝惚けてたんだよで押し通す。第二が逃亡。こちらも十分可能性としてあり得る話だが、取り得る対処としては、迅速に接近捕縛、然る後医務室へ連行――という点で第一の選択肢と大して変わらぬ。

 

「ニーニー、今お暇かしら」「もしかして、何かしているところだった?」


 話し掛けてきた。

 肩の力を抜く。声の様子や態度から判断するに、双子たちは、何も目撃していなかった可能性が非常に高い、と言えるだろう。無意識のうちに強張っていた全身から力を抜き、待機状態だった樹木を休眠させる。


「いや、暇だよ。久し振りだね。何か用かな」

「その……それが、ちょっと調べたいことがあるのだわ」「図書館を案内してほしいのよ」


 双子たちの何の変哲もない態度に、少し拍子抜けを覚えつつ「それくらいならお安い御用だよ」と返す。道中聞けば、他者との接触に慣れれば、今までのように体調を崩すことはなくなりそうだとのことだった。今はその訓練中で、用事があったついでに図書館について詳しそうなニールニーマニーズに白羽の矢を立てたということらしい。

 それとなく探りを入れたが、双子が角を曲がってニールニーマニーズの姿を確認した時、自分はちょうど伸びの後の脱力中だったらしい。内心で胸を撫で下ろしつつ、襤褸を出してしまわないよう、素早く話題を変える。


「それで、調べものって? 一体何を調べるのさ」

「ええ、私たちもそれがなんなのか、よくわからないのよ」「分かっているのは名前だけだわ」


 二人が声を揃えて言った単語は、ニールニーマニーズにはどうも何かの固有名詞のように思えたが、聞き覚えはなかった。

 この時彼は、双子に自分が《魔法》を使っているところを見られていないか、それを確認することに固執しすぎた余り、ある一つのことを見逃している。しかし彼がそのことに気付く機会は訪れない。

 末妹たちが一体どのように、《魔法》で姿を隠している自分の居場所を正確に見つけ、かつ《魔法》で拡張された五感で周囲を探る自分の警戒を潜り抜けて接近できたのか、を。

 もっとも――この場でこのことについて探ったとしても、答えは出なかったのだが。


 ★


 不可視の斬撃。衝撃は来る。仕組みは一切わからないが、これはそういうものなのだと思考を切り替える。明らかに勇者の手にする得物ではあり得ない射程(・・)距離からの一撃に、直感で対応する。刃が空気を裂く僅かな感覚のみで、体を躱すのだ。

 幸い今のところ、避け損なった一撃はない。間一髪刃先が服をなぞった斬撃の痕が複数、衣服に刻まれているのみだ。直接の裂傷は避けている。

 斬撃の衝撃こそ受けれど、勇者の攻撃がこちらに対して有効であるとはとても言えない状況ではある。しかしそれは自分についても同様で、現在、自分に一定以上近付かせまいとする勇者の動きがイスマーアルアッドの攻め手を鈍らせていた。

 互いに剣を得物としているというのに、射程距離、などという言葉が必要な時点でおかしい。素の身体能力であればこちらに分があるが、《魔法》などという埒外の技能を持ち込まれては対応も難しい。

 ……そこに文句を言うつもりはないけれど、泣き言くらいは言いたくなるよ。

 虚空に向かって剣を振るう。甲高い金属音に遅れて衝撃が手のひらを痺れさせた。また少し刃が毀れ、鉄片が差し込む日光を反射する。

 勇者の居場所は依然視認できぬが、斬撃が飛んでくる角度の正面であることはほぼ間違いないと踏んでいる。彼の振るう剣の射程がどこまであるかはわからないが、服を切らせて幾度か実験したので一つわかることはあった。斬撃は、何であれ物体に当たれば消失する。初期に避け切れず、やむを得ず腕で受けた不可視の斬撃は、しかし布一枚裂い(・・・・・)ただけで(・・・・)皮膚には(・・・・)到達せず(・・・・)に姿を消したのだ。

 このことから導き出せることとして、つまり、

 ……勇者を壁際に追い込めば、射程距離の差は埋められる。

 事前の取り決めとして、建物への故意の攻撃は禁止ということになっている。あらかじめ許可を取り付けてはあるが、ようやく再建された道場をまた傷つけた、あるいは壊したということになっては(メイフォン)に申し訳が立たない。

 であればこそ、勝機はなんとかして勇者を壁際、特に四隅のどこかに追い込み、距離を取られないようにすることにあった。

 されど一進一退。距離はじりじりとしか詰まらない上、詰まったと思ったらまた別の方向へ逃げられている。完全に千日手だった。

 互いに決め手がない。自分は勇者の不可視の斬撃を完璧に防ぐことができる。千回攻撃されても千回とも防ぐ自信があった。これを勇者の視点から見ると、イスマーアルアッドを近付けさせないことで攻撃の被弾を防ぎ続けているということになる。


「埒が明かないな!」


 イスマーアルアッドは、遂に持っていた得物を勇者が居るであろう辺りに向かって投擲した。

 

 ★


 ノーヴァノーマニーズ大王ヘイズトーポリは思わずあ、という声を漏らす。

 こちらからでは勇者イョンが何をしているかは全然見えないのだが、どうも両者とも攻めあぐね、膠着状態に陥っているということはわかっていた。

 戦闘は自分の専門ではないので詳しくはわからないが、戦況が膠着したときは、先に動いた方が負ける――とかなんとか、聞いたことがあるような気がする。

 ……実際がどうかは知らんであるが。

 投擲された剣は、中空で見えぬ何かにぶつかり道場の床を転がった。案の定無手になったイスマーアルアッドに、不可視の斬撃が迫る。

 ヘイズトーポリの視界の先、次々にイスマーアルアッドの衣服が裂け、前衛的な意匠を獲得していった。しかしどういう理屈か被弾は避けているようで、衣服意外に損傷はないようである。

 しばらく――と言ってもごくわずかな時間――イスマーアルアッドはそうしていたが、やがて、勇者と同じく姿を消した。

 否。同じく、というと語弊がある。勇者が姿を消しているのは、十中八九《魔法》によるものだろうが、イスマーアルアッドの動きは、純粋に体術によるそれだった。ただ早く床を蹴り、早く走ったのだ。独特の足捌きがイスマーアルアッドの姿を極限まで隠し、勇者の《魔法》攻撃の命中精度が一気に落ちる。

 駆け、跳ね、飛び、転がり、行く。

 

「喰らえ……ッ!」


 イスマーアルアッドの右拳が、振り抜く前の姿勢で中空に止まる。

 一瞬後、イスマーアルアッドの拳を両手で受け止める姿勢の勇者がその場に姿を現した。

 遅れて肉が肉を打つ快音がこちらまで届き、肌を震わせる。

 勇者イョンが拳の威力を受け止めきれず、大きく背後へ飛ばされた。床を転がり、四肢を着いてようやく止まり、体を起こす。彼の遥か背後、大きく吹き飛ばされた直剣がからんからんと音を立てて滑り転がっていった。


「あれっ、いつの間にか《魔法》が解けてる……?」


 言って、再び勇者の姿が宙に溶けるように消える。

 戦闘は剣の打ち合いから、拳の応酬へと推移した。イスマーアルアッドの蹴りが一瞬前まで勇者の居た空間に迫る。





 どうやって倒せば良いんだ。

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