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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第三章:TANSTAAFL(仮)
68/78

#2 illogical

 ★


 無料の昼食はない。


 ★


「今更そのような言は通用しない、と吾輩は主張するところである」


 ノーヴァノーマニーズ大王ヘイズトーポリは言う。ほとんど顔の高さに机の縁があり、ええい邪魔であるな、と立ち上がるも大して視界は開けない。背の低い者に対して配慮がなさすぎるのである。

 ――今更そのような言は通用しない。スーチェン、ペラスコ、フィンの三王より投票された身でありながら、今更辞退するなどということあってはならぬ。現在シンバ、ヤハン、アンクスコよりの三票を持つイスマーアルアッドと対立し、シンバ老王ベルナルド、自分と、そしてアンクスコ女王シュリースフェン全権代理は彼ら二人の対決を見届けにやって来たのだ。


「確かに今勇者イョン、貴様が皇帝候補を辞退すればイスマーアルアッドが無条件で皇帝即位であるな」

「はい、僕としてもその方が良いかと思います。スーチェンの統治者とアレクサンダリアの統治者、二足の草鞋は僕では正直……」

「馬鹿を言い給え。吾輩はイスマーアルアッドにも貴様にも投票しておらぬので何とも言えぬであるが、皇帝になるのにスーチェン王位が荷物だというのであれば、スーチェン王位なぞ放棄すれば良いであろう」


 自分はイスマーアルアッド、勇者の両候補に投票せず、新候補としてイスカガン第二皇子トォルを擁立した身である。アレはなかなかやる。学院卒業したころから大陸中を転々としているが、たまにノーヴァノーマニーズに現れた時には色々教授してやった。こちらとしては、直弟子のつもりでいる。イスカガンで習得した武力は中々であり、知識は並み程度だが、理解力や読解力は頭抜けている。その上、ミョルニという魔法生物(・・・・)まで連れていると来た。性格が軟弱なのが玉に瑕であるが、吾輩はアレこそアレクサンダグラスを継いで大陸を治めるにふさわしい器であると考えたところである。

 ……当の本人は悪ふざけや酔狂で投票されたと思っているのかもしれないが、吾輩は本気である。

 本気で、トォルこそが皇帝に相応しいと思った。ゆえに、投票した。であればこそ、経緯は知らぬが三票を得、第一皇子イスマーアルアッドと対立した身で今更これを辞退するなどと、そんなふざけた話などあるものかとヘイズトーポリは思ったのだ。

 勇者が辞退すれば、スーチェン、ペラスコ、フィンの三票が空票となり、八つの投票権のうち四つ、実に半分もの票が無効票であるにもかかわらずイスマーアルアッドが当選することになる。


「勇者イョン、イスマーアルアッドよ――貴様たちはどのような手段であれ、公明正大かつ誠実に、我々が納得できる形で決着をつける必要を有するのである」


 先に述べた様に、新王に投票権はない。であればここで勇者の棄権を認めると、完全に三票が死ぬ。イスカガン王即位を宣言し受理されたイスマーアルアッドが、投票の公平性を保つために投票権を持たないというのはある意味当然のことだろう。そのことで、今回有効となる票は七つ。自分は第三者であるトォルへ投票したため、残りは六票。

 三票ずつ得ているのだ。

 投票した本人がこの場に居ない、というのが余計に話をややこしくさせているのだが、この期に及んで票を得た本人が辞退するとなれば、ウー、アルタシャタ、エウアーの投票権は蔑ろにされたということになる。究極的に言えば、今後も似たような事態となった時に、僅か一票で、いやあるいは、一票すら得ていない皇帝が誕生する可能性すらあり得てくるのだ。


「そのような事態をこそ、吾輩は避けたく思うのである」

「愛らしいお嬢さんがすべて言ってくれましたがね、勇者イョン。我々としてもそのような横紙破りは認められませんぞ」


 シュリースフェン全権代理が頷く。お嬢さん呼ばわりに思うところがないではないが、向こうはこちらが今よりもっと小さかったころから既に今と同じ見た目をしていたのだ。当時からずっと老王は冗句めいた言い回しを好んだものだったし、確かにベルナルドすればこちらはまだまだお嬢さんだろう。自分としてはそのようなつもりはないが、比較対象があまりにも年上すぎる。

 勇者は椅子に座り直し、頬杖を突いた。そして微かに眉根を寄せたが、すぐに姿勢を正す。


「分かりました。――いえ、失礼いたしました。決めましょう、皇帝。僕が皇帝になった暁には、スーチェンをアレクサンダリアの行政上の都に移すことにします」


 ★


 広い空間だった。

 城の一階層まるまるの壁を取っ払った空間。必要に応じて空間を区切り、用途に応じて使い分ける。今はすべての襖、障子を開け放っており、天空回廊から反対側の壁まですべてが開け放たれていた。遮る物のない晩夏の風が駆け抜ける。

 今、廊下から最も遠い欄干側まで追い詰められ、比較的暇な二人に詰問されているのはトォルだった。


「トォル! しばらく見ないうちに何よアレ、誰よアレ! どこで拾って来たのかしら!?」

「お姉ちゃんも気になりますよぅ、お兄様。大兄様の結婚ですらまだなのに、先に婚約者だなんてぇ」


 両手を上げ、やや引きつり気味の笑みを浮かべながら、トォルは助けを求める視線をミョルニに送る。

 ……布団を敷くのは今じゃなくても良くない!?

 隅に設置された押し入れを往復して、敷布団、掛け布団と続き、やがて枕が二つ並べられた。それも隙間も作らずぴったり隣にだ。言うまでもないが、敷かれている布団は一組だけである。


「ああ、いや、その、違うんだ」

「何が違うんですか」


 屏風を運んできて廊下側からの目隠しとしつつ、ミョルニが言った。


「ミョルニちゃんミョルニちゃん、こっち! こっち来なさいよ!」

「今日は眠れると思わないでくださいねぇ」


 布団の周囲を襖で完全に区切ったミョルニがこちらへ近づいてきて、失礼します、とトォルの隣に正座した。そのまま左の義腕を持ち上げ、己の腿に乗せさせる。それを見たアイシャとマリストアが、また黄色い悲鳴を上げた。

 いい加減面倒なので、トォルは白旗を上げる。


「じゃあ何を話せば良いのかな……」

「馴れ初め! お互いどこが好きなのか! 結婚式はいつ!?」

「四年前です。美味しいところです。式はいつにしますかトォル様」


 澄まし顔でミョルニが次々に質問に返答していく。ノーヴァノーマニーズでは結局、彼女へ左腕をも捧げたのだが、恐らくその結果として、うっすらとだが彼女の顔には表情が確認できるようになった。ほんの少しだけ得意げな表情を浮かべているが、眼前の二人はそれには気付いていないだろう、とトォルは思う。すべてミョルニが返答してくれるなら任せよう、と思っていると、矛先がこちらに向いた。

 え、何? と、往生際悪く、無駄な抵抗も試みてみる。


「ですからお兄様は、ミョルニちゃんの一体どこを好きなんですかぁ」

「えー、ああ」


 視界の隅でミョルニがこちらを見上げているのがわかる。ひとまずの生返事を置き、改めてミョルニのどこを好きか、考えてみる。

 そもそも自分はミョルニのことが好きなのだろうか。元はと言えば、自分の右腕で、今は両腕だ。文字通りの意味であり、字面以上の意味でもある。そして今は――というかずっと、肉体関係も持ち、四六時中行動を共にする。左腕も捧げて以降、別行動できる距離が少しだけ伸びたが、それでも同じ部屋に居ると言えるくらいの距離まででしかない。

 ミョルニのことは好きだろうか。少なからず好ましく思っているのは事実だ。

 ……うわ。

 改めて考えると顔面に熱が上がってくるのを感じる。ミョルニのことは好きだ。世間一般的に見てこちらがミョルニに対して抱く感情が好意であることは認められることであろう。


「……一応聞きたいんだけど、無回答はあり?」

「私たちは構いませんがぁ、ミョルニちゃん的にはその回答はちょっとないんじゃないでしょうかぁ」

「どうなのミョルニちゃん、貴女も聞きたいわよね?」


 アイシャとマリストアの視線を受け、ミョルニは小首を傾げる。こちらの居る方に向かって――すなわち、しなだれかかる様に。

 ミョルニが口を開いた。


「いえ、その、二人きりの時に散々聞かされておりますので……」


 トォルは、眼前の二人からの無言の拳を腹に受けて前のめりに倒れた。


 ★


 メイフォンは道場に居た。

 自身で掘り出していた武具も当然多くあったが、すべてを、となるとやはり難しかったので、そこはもう専門家に任せてあった。結果として所有していた武器や防具などの六割程度が簡単な補修や手入れで元に戻る程度、残りの三割が代替の素材さえあれば修理できる程度、そしてごくわずか、一割は見つからなかったか、とてもではないが修理できないほど傷んでいる、といった内訳だった。

 己の所有していた物たちは形状・状態その他、すべて記憶している。片端から手入れと状態確認をしていき、もはやどうにもならぬ物は残念だが廃棄、多少使えそうなものは鋳潰して他の武具の修理に使う。確認しただけだが、全てを見終わった現状、どうやら機構の複雑なものほどさほど被害を受けていないように思う。

 メイフォンは自分で修理できそうにないものだけ選り分けて、他のものは順に手入れし修理し、再び仕舞いなおす。ついでにノーヴァノーマニーズで買い込んできた武具類も整理して並べていく。

 いつもであれば新しい武器を買って来ればニールニーマニーズだが、どこを探しても見つからない。どうやら怪我をしている、それもかなりの重傷だった、と聞いて医務室へ向かったが影も形もなかったので、さすがに諦めた。一体どこに居るのか。仕方がないので真面目に武具の手入れを急ぐ。

 やがて、あらかた修理に出す武具類を選別し終えたので、メイフォンはそれらを担いで道場を後にした。


 ★


 もう面倒だ、わかりやすく決闘して決めよう、ということになった。

 唯一勇者がイスマーアルアッドに勝ちうる可能性のある土俵である。

 シュリースフェンは、同期した視界でその光景を覗き見つつ、口を開く。


「はい、手っ取り早くて良いと思います。ここで勇者様が死に、スーチェン王位をイスマーアルアッド様が、ということになりますとまた手続等面倒なことになるかと思われますので、殺すのはなしにいたしましょう。いかがですか。それとも殺したいですか」


 ってね――。

 伸ばした右腕を前から後ろ、背泳ぎの要領で回す。体が半回転して、仰向けからうつ伏せの姿勢へ。水中、重力の軛から解き放たれた空間だ。時折姿勢を変えるのは気分転換の為――とはいえ、景色が変わることはないわけですがね。

 アンクスコ女王シュリースフェンは、皇帝会議の最終戦ともなるこの会議における自身の目標を、勇者追い出しと設定していた。教授(・・)が何を考えているかはわからないが、少なくとも目的は同じだろう。勇者を皇帝にはしたくないはず。だからこそ、ブラボーの同行を許したのだ。ベルナルドは、ブラボーとこちらが何らかの形で繋がっていることを承知の上で秘書として使っている。

 視界の先、イスマーアルアッドが言った。


「いえ、私もそれで異論はない。勇者イョン、どうか。勝った方が皇帝だ」

「先程はあのようなことを言いましたが、こうなった以上、僕も負けるつもりはありませんよ」

「では」ベルナルドが柏手を打った。「話は決まりましたな。善は急げ、早速始めましょう」


 ……まさかこの場でやるつもりなんですかね。今すぐ?


 ★


 広い場所が良かろう、ということで、五人は場所を移した。

 イスカガン皇宮内で最も戦闘に適した場所。騎士たちが訓練等行っている場所も考えたが、昼日中のこの時間では彼らの業務・鍛錬の邪魔になるということで除外。となれば候補はほぼ一つに絞られる――すなわち、メイフォンが個人で所有している道場だ。武器庫と隣接している板張りの建物であり、相当広い。使用者本人の運動量に合わせて、かなり大きく作られている――騎士たちが鍛錬を行う場所と比べてやや狭いくらいだろうか。

 実際は警邏や休暇などあるためそのような機会はないが、常備騎士総勢七百名が同時に鍛錬できるくらいの面積はある。騎兵の訓練を、となると無理はあるが、剣や槍を振り回す程度一切問題にならないくらいの広場だ。メイフォンは、それとほぼ同じ規模の道場を、個人で使用しているということになる。最近は手狭になったなどと言っているが、再建の際に、城の構造上今より規模を大きくすることは叶わなかったらしい。


「勝手に使って構わないんでしょうか」

「ああ、一応こうなることも想定して、今朝許可を取っておいた。使う前に一言声を掛けてくれとは言われたが、見つからぬのでは仕方ないだろう」


 互いの距離、二十歩。勇者と対峙する。

 得物は直剣だ。怪我をしないように、刃を潰した上で更に緩衝材を装着している。


「勇者としての力は、使っても構いませんね?」

「むしろ使える力はすべて使ってもらわないと、あとで負けた時に言い訳されても困る――勇者様、是非使ってください」


 では構えて――ベルナルドが言った。その背後でヘイズトーポリとブラボーが椅子に座っている。

 イスマーアルアッドは直剣を正眼に構え、対する勇者は右手だけで把持した得物を大きく振りかぶった。


「始め!」

 

 ベルナルドが手を振り下ろすと同時、こちらは床を蹴り、勇者へと肉薄するべく動く。対する勇者の動きは、大振りの直剣の振り下ろし――と同時にその姿が掻き消える。

 相手は視認できないが、構わず一歩を前へ。あと二歩で射程圏内。姿が消える直前の勇者の位置から見て、この場所に位置していることは高確率だ、という場所へ一切の無駄を排して迫る。

 行った――否。

 イスマーアルアッドは、正面からの振り下ろしの一撃を受け、前進の勢いを殺された。左の肩口から下方向への衝撃を受け、体が曲がる。

 移動の運動が無理矢理に発散され、体勢を崩しながらも、イスマーアルアッドは返す刀で勇者イョンがいるであろう場所を切り払う。姿は見えねど自身に当たった剣の位置・角度から、大体の居場所を修正し、確かに直撃する。

 はずだった。


「っ!」


 直剣が空を薙ぐ。

 左膝を床に着き、水平に切り払った姿勢。僅かな硬直時間、勇者がその場に姿を現した。


「馬鹿な!」


 勇者は戦闘開始以降、その場を一歩も動いていなかった。彼我の距離、イスマーアルアッドの目算であと五歩。戦闘中の高速でなら二歩――どちらにしろ、直剣ごときの長さでは届かぬ距離だった。


「次は僕から行かせてもらいますね!」


 次もですかね――という声が、勇者の姿と同時に書き消える。

 立ち上がると、背後へ飛び退る。こちらとしては、相手の手札がわからぬ以上距離を取るべきだと判断したのだ。

 気配を探る。





 TANSTAAFL

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