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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第三章:Prologue
67/78

#1 sichuan

 ★


 青い月が地表を見下ろしている。

 

 ★


 空間があった。

 張り詰めた空気の中、参加者たちが対等に意見を交換するための、厳かな空間だ。

 高い天井。壁に設えられた色硝子が透かす光が床面の赤い絨毯に複雑な文様を落とし、時間の経過とともに、その形を変えていった。

 円卓に座る八人のうちの一人が立ち上がる。

 白衣を羽織った老人。全身に刻まれた皺が、その老齢を物語る。しかし想定される年齢の割には背筋はしゃんと伸び、矍鑠たる様を見せつけている。背の高い老爺だった。イスマーアルアッドが今まで出会った者達の中で、最も背が高い。

 イスマーアルアッドは、その左腕に義手が装着されていることに気が付く。弟トォルのような生身を模したそれではなく、機能性が追求された意匠。腕の先が幾本かに分かれ、先端はそれぞれ異なる形状を有している。生身の右腕を挙げ、


「まずはそうですな、欠けた八王の冥福を祈るのが先ですかな」


 数秒黙祷し、


「そしてこれからの話をしましょうぞ。わしはまず、我々は事実の確認から進めていくべきだと提案したいのです」


 言った。

 まずはそのようにすることとなった。


 ★


 スーチェンの使者が最も早くに辿り着き、そして王室管理の役割を担っているという彼はこう言った。


「スーチェンの王位は、長らく前々王――諡号を文公――によって守られていました。我が国では、退位までの間に王が敗北を喫した場合、無条件での王座受け渡しが決められております」


 しかし、と彼は声を潜め、


「実のところこれは、前々武王のあまりの強さに、我々が冗談で言い合っていた内容でしかなかったものなのです」


 そうだというのに、


「ある日これを耳にした文公が面白がって正式に宣言し、結果、現役の武王を打ち倒す者が現れた場合には本当に王座を受け渡すことに決まってしまいました」


 スーチェン王、故・(ウー)は、国内で並ぶ者のいない武芸者として名を馳せた。大陸大戦の最初期から終結まで王座を守り続けた、正真正銘並び立つ者のない英傑である。

 自分を倒した者には無条件で王座を譲る。自分以降も同様に、敗北したものは無条件でそのようにする。これは、自分が絶対に何者にも負けること能わぬという自信を示している。

 だが。

 厳密に言うと、ウー王は(・・・・)アレクサン(・・・・・)ダグラスに(・・・・・)敗北している(・・・・・・)。誰一人部外者を寄せ付けなかったという二人の勝負の内容を知る者はもはやこの地上に存在していないが、試合に勝って勝負に負けたと、そのような結果となったらしい。すなわち、負けたが、勝った。勝負には勝ったが、アレクサンダグラスには負けた。ウー王は明言している通りスーチェン王座をアレクサンダグラスに譲ろうとしたが、彼の大皇帝は勝負には勝っていないので、とそれを固辞した、ということになっている。先述した通り真相は闇の中であり、本当にそのようなやり取りがあったのかはもはや誰も知るところではないが、結果としてウー王はスーチェンに君臨し続けており、スーチェンはアレクサンダリアに下るところとなった。

 やがて時は流れ、ウー王は再び無敗の記録を少しずつ、だが着実に伸ばしていた。


「報告によりますと、ウー王はヤハン女王ヤコヒメ様に敗れております」


 そのため、その時点でスーチェンという国に帰属するすべてはヤコヒメのものとなり、ヤコヒメはヤハンの女王でありながら、同時にスーチェンの女王となった。魔王だろうが何であろうが、ウー王が「無条件で」と明言してあるので致し方ない。武の国の王たるもの、ぽっと出の魔王ごときに敗れるとは情けない、国民はそれに気に入らないのであれば新たな魔王をこそ打ち倒せば良いと、そういうことだった。

 むしろあのウー王よりも、魔王の方が勝機はあるのではなかろうかと言い出す者まで出る始末であったが――その結論は出すには早すぎた。スーチェン内での報告は続き、さらにはヤコヒメを打ち倒した者がいるという。

 その者は不遜にも「勇気ある者」を名乗る若者だった。


 ★


「それにしてもさあ、武人ともあろうものが闇討ちとか卑怯だと思わないのかな? ねえどうなのさ、その辺り。喋れない訳じゃあないんでしょ、ちょっと会話しようよ。僕、スーチェンの事で知りたいことたくさんあるんだよね。もうやめようよ、正々堂々勇者様に挑めないような奴らが僕に敵うわけないんだからさ」


 言っておくけど、僕の方が勇者様より強いんだよ、とは言に出さず、ニールニーマニーズは眼下に転がる数名の男女を見下ろした。その代わりに「やれやれ」と言いながら、生やした幹に腰掛ける。

 覆面。転がる男女は、皆徒手に見えた。しかし全身に暗器を隠し持っていることをニールニーマニーズは看破していた――否、看破するまでもない。もぞり、ごくわずかな動きを見せた一人の男の手の甲を枝で叩くと、小さな筒のようなものが転がる。先ほどまで何も握っていなかった手だ。拾い上げると手の平に隠せるくらいまで小型化された鉄砲のようだった。

 小さな魔王は暗殺者たちの体を蔦で縛り上げると、身動きを取れないようにした。その途中口に含んだ針を飛ばしてきたのにはさすがに少し驚いたが、幹が自動的に動いて弾く。猿轡のように枝を噛ませると、今度は耳の動きや目の動きや、とごくわずかにでも動かせるところから暗器を放ってきて辟易した。

 結局全身雁字搦めにして、一切の身動きを封じることになる。

 彼らの目的は、勇者を打ち倒すことだった。皆スーチェン新王の座を狙っての狼藉である。

 そう、文公を倒して「武王(ウーワン)」の称号を得たヤコヒメ――をさらに打ち倒した勇者こそが、新たなるスーチェンの「武王」なのだ。

 ニールニーマニーズは湾曲した幹に深く背中を預けると、小さく溜息を吐いた。正々堂々と訪問する武人は城の者たちが上手く押しとどめているが、暗器を得手とする者達にそのような方策は全く関係ない。現在の彼の目下の目標は、それら暗殺者たちを秘密裏に無力化することだった。秘密裏の隠密行動を余儀なくされているのは、非力な自分が彼らを始末するのに魔法に頼る必要性からだ。


「それにしてもひっきりなしで面倒くさいな、こいつら全然会話してくれないし。せめて言葉を返してくれたりすれば退屈しのぎになるのにさ。あーあ面倒だな、勇者がスーチェン王である限りずっとこういうのが来続けるわけでしょ、いっそ僕がスーチェン王にでもなろうかな」

「その話、聞かせていただいた」

「はいはい隙あり隙あり」名も知らぬ襲撃者の足元から生え出した木々が、その全身を捕らえて封印した。「ちょっと謀反の話をするとすぐ担ぎ出そうとして出てくるんだから。なんなんだコイツら、僕を王に頂いた方が与し易いとか思ってるのかな? やっぱり見た目のせいかなあ、どう考えても強そうじゃないしね、この体。成長期まだかなあ、切実に。ある程度体も大きくなったら箔も付くだろうし、その時は謀反でも――」

「その話、聞かせていただいた」

「はいはい隙あり隙あり」


 こいつらやっぱり馬鹿なんじゃないの、とニールニーマニーズは半目でそう思った。


 ★


「――というわけで」


 言う。

 ノーヴァノーマニーズ大王ヘイズトーポリの眼前、状況の整理として、自分の現在について述べる。

 現在勇者は、スーチェン王――のみならず。

 ヤハン、ペラスコ、フィンの名誉顧問就任。及び、イスカガン名誉騎士号の授与。スーチェンの王位のみならず、ヤハン、ペラスコ、フィン、イスカガンにおいて、直接的な権力は有さぬものの一定の発言力は持つといった役職を授与されている。

 スーチェンよりの使者に続いて次々に到着した各国使者団により、正式に各国の取り決めに従ってそのようになったという書状が届けられた。イスカガンにおける名誉騎士号は、他国名誉顧問の扱いに比べると発言力的には少し劣るが、一定の戦力・知力など、能力の保証を意味する。

 

「一度にあまりに多くの称号など頂いてしまっていまいち実感も湧いてこないんですが、新しくスーチェンの王に就任いたしました、勇者改め勇王――イョンです」


 実際のところスーチェンの王になるというのは、考えたことこそあれど、実現難易度のあまりの高さに選ばなかった選択肢だった。アレクサンダグラスはともかく、他の八王を倒すことはほぼ不可能であると言って過言でない。

 シンバ老王ベルナルドなぞは今すぐにでも寿命で死んでしまいそうな様子であるが、大陸の大戦がはじまるずっと前からこの調子だったという。本当に恐ろしいのは、オオカミの群れの中で平然とした顔をしている羊だ。

 そのまま、ちら、と視線を隣にやると、ちょこん、といった様子でノーヴァノーマニーズの大王が椅子に掛けている。机を挟んで反対側に居るこちらからだと、顎から下は陰に隠れてしまって全く見えない。緑味掛かり、緑味が勝ったような色の髪が覆う顔はあまりにも小さく、まるっきり非力な幼女でしかなかった――大王も同様だ。大戦時代にノーヴァノーマニーズの大王を名乗っていた者は彼女とは別の者だそうだが、この若い見た目で「大王」の名を継いでいることを軽視するほどこちらとて愚かではない。少なくとももう、愚かな一手を指すことは許されないのだ。

 イスカガンの新王イスマーアルアッドとも、すでに切り結んで敗北している。スーチェン王が敗北すなわち退位の宿命を逃れえぬのであれば、これからは迂闊な勝負をも避けて行動せねばならない。

 アンクスコ女王シュリースフェンは実在すら怪しい存在だ。居場所すらわからないとなれば論外、もはや倒すことはおろか戦うことすら、よしんば戦わずとも《洗脳》すら、実際問題として不可能な話となってくる。

 現在亡き者にしたウー、アルタシャタ、エウアーについては、さすがに魔王ニールニーマニーズの力を持ってすれば特に難しいことはなかった。第一彼らは人間(・・)だ。あるいは武闘派で知られるウー、アルタシャタあたりが生身でもニールニーマニーズとやり合うのではと思ったが、存外に呆気なかったものである。

 しかしヤコヒメである。彼女はあまりにも規格外だった。自力で魔王の力を獲得している人間など、勇者をもってしても予想だにしなかった――というのが、勇者の慎重さ加減に拍車をかけていた。今この瞬間にもベルナルドやヘイズトーポリが魔王の力を持ちだすかもしれないし、ニールニーマニーズの証言を聞く限りでは、ベルナルドは非常にその可能性が高かった。

 魔王と互角どころか、打ち倒すほどの力を保有している――であれば、その正体は魔王以外でありえない。

 白衣の老人。八王の一角がニールニーマニーズの証言と同じ容姿を持っている。この符合が偶然であると切り捨てるには、勇者の楽観さではあまりにも足りなかった。


「では、勇者――いや、えっと、イョン王の方が良いのだろうか」

「ああいや、これまで通り勇者とお呼びください。僕も慣れない名前より、勇者の方が良いです」

「では勇者。八国の欠けた王をどうするか、ということに対して私たちには意見する権利がない」

「ええ、そのようなことは各国中枢が勝手にやるでしょうからな。我々が今から議論すべきは皇帝をどうするか! 現在同票のイスマーアルアッドと勇者イョン――わしとブラボー、ノーヴァノーマニーズ大王は、その見届け人ですな」

「イスマーアルアッド様、勇者イョン様、どのように決着をつけるおつもりでしょうか」


 この場の目標。

 細かい擦り合わせ、現状の確認なども当然あったが、最大にして唯一の目標は、皇帝の決定である。八王のうちその三つが欠けているが、今は亡き王たちの投票が有効である為に、後に立つ、あるいは勇者イョンのようにすでに立った新王の意見は今回の皇帝選考には入らないことになっている。イスカガン新王としてのイスマーアルアッドに投票権がないのも、同様の理由がその一つだ。それゆえ、ヤハン、ペラスコ、フィンの新王を待たず、皇帝を決める段に至っている。


「えーっと、そのことなんですけど」


 挙手。視線が集中するのを感じながら、こちらは慎重に手札を切る。

 ウーは死んだ。アルタシャタも死んだ。エウアーも死んだ。自分に投票してくださった王達は今や欠け、更には一度直接対決でイスマーアルアッドにも敗れており、政治の才はどう考えても彼の方が勝る。さらにはスーチェン王位を力不足の身ながら受け継ぐことになって――固辞したが、であれば首を寄越せと言われて受け入れざるを得なかった――おり、とてもではないが自分にアレクサンダリアの皇帝などが務まるとは思えない。


「――なので申し訳ございません、僕は、僕は、皇帝候補として選んでいただいた身ではありますが、こちらの方、辞退させていただけないかと思います」


 怖気づいたという誹りを受けるのも仕方がありません、


「皇帝、そして大陸を治めるという任は、僕のような卑小な人間にはとてもではありませんができそうにないのです」



 凄い台風でしたね……丸一日停電しました。


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