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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第二章:皇位継承編〈下〉
64/78

#39 勇者の証言

 ★


 なるほどこういうことであるか、と、独り言ちる者がいた。

 実際に、小さく体を動かして。


 ★


 密室。

 肉と肉がぶつかり合う湿った音が、規則的に響く。

 馬乗り。

 見上げるこちらの左腕を舐りつつ、全身を使って腰を打ち付ける。

 突く。

 呼吸を合わせて腰を突き上げ、抽挿を繰り返す。

 弾む。

 呼吸が弾む。嬌声が甘くくぐもり、蕩けた。

 痛み。

 上下四本、左右に二本ずつの犬歯が、ゆっくりと指先に埋まっていった。

 傷み。

 指先に熱が生まれ、赤が一条腕を伝う。

 咀嚼。

 ぐちゅり、という水音。ごり、という硬い音。痛みに耐えかね突き上げられた腰が、喉奥から喘ぎの声を引き出す。

 啜る。

 腕を伝う赤が、小さな舌を染める。粘膜と粘膜が擦れる。

 悲鳴。

 連続した単音の嬌声と、低い呻き声が重なる。もはや突き上げの動きはなく、矮躯の上下が繋いだ体を離さない。

 噛みつく。

 人差し指。中指。薬指。小指。親指。小さな口一杯に頬張った肉が、指先から少しずつ、彼女の喉を通る。

 嚥下。

 体の上下に合わせ、喉も動きを同じくする。体の奥から何かが迫り上がってくる感触を覚える。

 咽喉。

 下腕部に取り付き、肘、二の腕と、徐々にかつ着実に、左腕は彼女の体内に収まっていった。

 果てる。

 こらえきれなくなって彼女の内に精を放つ。一度、二度、痙攣するかのように体が跳ね、突き上げられた体が震えた。

 舐める。

 左肩から先――腕など、まるで元から無かったかのように。


 ★


 両腕。

 今まで右腕のみで戦っていた者が左腕を解禁したとなれば、単純に戦力は倍増する。頑なに右腕のみしか使わなかったのが、とうとう左腕を出してきた。前進だ、とメイフォンは内心で自分を褒める。何の根拠がなくても自分を褒めるのは大事だ。武術にも当然様々の理論が存在するが、アレらは要は気合なのだ。であれば自分を信じなくてなんなんとする――できると思えば、できる。

 できるのだ。


「――っ!」


 一歩踏んだ足先で直剣を蹴り上げる。同じ動きの延長で右の短槍を突き込む。そのまま身を回し、左手の棒で払い、二歩目で小太刀を蹴り上げ、右手で錘を振るい左手で銃を放ち右足の薙ぎ払いと左の後ろ回転蹴りで牽制をしつつ、右の貫手と右手の直剣を同時に振るい、左手の長槍と左手の拳銃と左手の小太刀をほぼ同じくして放ち、左右の蹴りと――


「残念なお知らせなんだけど、腕二本あれば全部防げちゃうよ」


 トォルが言う。すべての攻撃が腕二本で防がれた。否――すべての攻撃で、腕二本を塞いだのだ。


「馬鹿者、きちんと頭を使え」


 頭突きを見舞わせる。

 入った。


 ★


 眼前で星が飛ぶ。

 額を鼻っ柱に叩きこまれ、立っていられなくなった自分は背後に倒れた。右手で拭うと鼻血が酷い。

 血に触れた腕が少し震えた。さすがに今は拙いって。


 正面、見上げる元気はないが、きっとメイフォンがこちらを見下ろしているに違いない。その顔に浮かぶ表情は想像できるようでいてトォルにはさっぱりわからなかった。

 ……はいはい、元からこうするつもりだったしね。

 

「……僕の負けだよ、姉ちゃん」


 体を起こす。口元を抑える左掌の口(・・・・)が、すべて鼻血を舐め啜った。部分的に《擬態》を解くような器用な真似もできるらしい。知らなかった、と頭の片隅で思いつつ、メイフォンを見上げた。

 額を切ったらしく、血が頬を伝った跡が残っている以外は目立った外傷はない。


「なんでもう傷口が塞がってるんだよ」

「気合いだ」

「気合いすげぇ」


 姉が差し出した手を握り、立ち上がる。


「貴様こそ、あれだけやったのにほとんど無傷じゃないか」

「気合いだよ」

「気合いか、なら仕方がない」


 便利だな気合い、と思うと同時、これほどまでに友好的なメイフォンは始めて見る、とも思う。やはり負けて良かった。わざと負けたというわけでは決してないが、ある程度こちらの優位を見せつけたうえで勝つ必要があった――というのがやはりトォルを気疲れさせていた。

 メイフォンが小手調べから本格的な動きに変えて、ようやく一撃貰う準備が整った。

 ……いつ見ても滅茶苦茶なんだよな。

 先程のメイフォンが取った戦法は、説明するに容易く、行うこと不可能な芸当だ。ばらまいた武器を蹴り上げ、振るっては投げ上げ、突いては空中に手放し、斬り上げては持ち替える。空中に浮かせた武器を自由自在に持ち替えながらの体捌きだ。あまりの鮮やかさに、一度に何発もの攻撃を受けているような気分になる。

 この原型とも呼べるものはイスマーアルアッドの後ろについて戦場を巡っていた頃から既に編み出されていたのだが、その時点では得物を三つが限界だった。翻って先程メイフォンが同時に操った得物の数はほぼ同時に八つ。明らかに強化されている上、間隙に徒手空拳での格闘術も仕込んできている。相当鍛えたのだろうなというのが少し、才能(ミョルニ)依存の自分としては心苦しい。


「というわけで僕の負けだ。満足してくれたかな」

「準備運動はこれくらいでいいだろう、どうだ、体は温まったか」

「え、なに、まだやる気……?」


 身の危険を感じたので立ち上がった時に握って以降そのままだった手を恐る恐る離してみるが、とても女性の――人間のそれとは思えぬ握力で固定されており、既に逃げられないことを悟る。

 できるだけ刺激しないよう、反対側の手でゆっくりと姉の指を開くことを試みるがまるで効果がない。岩だ。完全に捕まえられている。


「私相手では不足か? なあおい」

「痛てててて、ちょっと待って何だって? 会話する前に取り敢えずこの手どうにかしない!?」

「私を見下しているのか?」


 自分たちを囲む見物客たちが、固唾を呑んでトォルの返答を待っている。ふと見ると、

 ……くつろぎすぎじゃない?

 いつの間にやら椅子や机を出してきて、簡易の茶会とも呼べる空間が形成されていた。アレ、完全に面白半分では?

 トォルは、痛みに耐えかねふらついたように見せかけて、茶会を背中に置ける場所に移動する。少し声の大きさを絞れば、自分の発言をメイフォン以外に完全に隠すことができる位置取りだ。握り合った手を引き寄せ、顔を突き合わせる。


「ごめんね姉ちゃん、まだ今の姉ちゃん相手には僕たち(・・・)の本気は出せない。どうしても見たいなら、もっともっと精進して。姉ちゃんはどんどん強くなってるけど、人間として、人間の型に嵌まったまま強くなっても――僕たちには敵わないよ。ちょっと言い過ぎたかな? ……大丈夫かなこれ」


 各方面に気を遣った結果、これがトォルがメイフォンに対して贈ることのできる助言の限度だった。万力のように固く握りしめられた腕を逆に握り返して開かせ、手を離す。

 メイフォンの反応を待たず、トォルは踵を返した。


「ごめんなさい大王、負けちゃいました」

「野菜を食わんからである」


 そういうことにしようと思ったが、認めると野菜を食べさせられるかもしれなかったのでやっぱりやめた。


「メイフォン、怪我はないかい」イスマーアルアッドがトォルの横を抜けて行った。「見たところ大事はなさそうだね」

「正直良く見えませんでしたので、私にはさっぱりでしたぁ」

「私も部分的にだけ……ほとんど何も見えなかったわ」


 トォルは自分が乗っていた馬車に一旦乗り込むと、両腕を義腕に換装。ミョルニを伴って茶会の空席に腰を下ろす。

 大王の隣だ。


「おいトォル、貴様、そろそろイスカガンに戻る気はないのであるか」

「ミョルニ、お茶貰っていい? ――ああ大王もどうです、一杯」

「遠慮するのである。――話を逸らすのはやめ給え」

「…………」


 襞装飾の多用されたいつもの下女服に身を包んだミョルニが、赤色の液体が満たされた容器をトォルの前に置いた。少し錆びたような匂いが鼻をくすぐる。

 左手の義手ではまだ細かい作業は行えないが、右手の義手ならコップを口に運ぶくらいは可能だ。湯気が少し収まるのを待ち、一口。たっぷり間を取って口を湿し――ようやくのこと、


「僕はやっぱり一所に居続けるよりも、色んな所を放浪する方が性に合ってるんです」

「――次はどこに行くのであるか」

「あ、やっぱりわかります?」そろそろノーヴァノーマニーズを発とうと思っていたところだ。「シンバとかどうかなと」


 シンバ。八大国の中で、イスカガンに最も近い。皇族の中では、イスマーアルアッドの起源に当たる。老王にも幾つか聞きたいことがあるし、何より肉が美味い。


 しかしその思惑は、日の目を見ることなく保留されることとなった。


 馬が来たのだ。

 馬は、使者を乗せていた。

 イスカガンから早馬を駆って来た使者は、開口一番こう言った。


「申し上げます。――ヤハン女王ヤコヒメが異形の化け物へと姿を変え、スーチェン王ウー様、ペラスコ王アルタシャタ様、フィン女王エウアー様を殺害しました。ヤコヒメを《魔王》と認定しますが、既に勇者様とニールニーマニーズ様によって討伐済みです」


 ★


「……それは、確かな情報なのかい」


 長い沈黙の後、眼前のイスマーアルアッドが口を開いたのをマリストアは見た。

 使者によると――数日前、幾日か姿を消していた勇者とニールニーマニーズが城に帰ってきた。二人とも満身創痍だったが、なんとか一命はとりとめた。勇者とニールニーマニーズが、それぞれ先の内容を供述したと、そういうことだった。

 皇宮では、証言を受けて迅速に騎士団を中心とした調査隊を結成。精査の結果、三王の行方は知れず。また、ヤコヒメの遺品を勇者が持ち帰っていた。

 使者が続ける。


「調査隊は、勇者様とニールニーマニーズ様の証言を元に、魔王ヤコヒメとの戦闘を行った場所へ赴きました。先にイスカガンを襲った魔王――ヤコヒメとの区別の為、こちらを便宜上ナーガと呼称しています――との戦闘跡に類似した地形崩壊が認められたため、勇者の証言は信憑性の高いものとして処理しています」


 イスマーアルアッドは眉間に皺を寄せて短く唸る。


「わかった。我々はこれから、早急にイスカガンへ向かう。トォル、悪いが一時帰宅だ」

「まあ非常時だし、僕も空気は読むよ」


 ぎこちなく両腕を横に広げ、トォルが言った。


「大王は――どうされますか。出来ることであれば、存命の八王はイスカガンへ招集したく思うのですが」


 イスマーアルアッドの言に、大王は、腕組みをして黙り込んだ。

 ……自分の興味関心が向かない物事にはとことん頓着がないって感じの人だったけれど、さすがに非常時は迷うのかしら。

 正直、即答で断るものかとばかり思っていたのだ。

 その時、人垣の隅で手を挙げる姿があった。


「あの」


 小さく右手を上げる姿。

 短い金髪に白い肌。メイフォンの愛人、セラムだ。花屋であり――すなわち、一般人である。


「私はこの話を聞いていても良かったのか? 今からでも聞かなかったことにした方が良いか?」

「貴女は――」

「構わん」言いかけたアイシャを、メイフォンが遮った。「貴様は私の食客だ、ここに居ろ」


 言われ、セラムが承知した、と短く返答する。マリストアは彼女が作った花意匠の眼帯の位置を微調整しつつ、視線を大王へと戻す。すると大王は、セラムのことを凝視していた。視線に気づいたセラムが居心地悪そうに俯く。


「そこの――セラムと言ったであるか。イスカガン滞在中、貴様の住居を吾輩に提供し給え――ということでどうであるか」

「セラム」

「別に構わんが、良いのか? その、なんというか、小汚いぞ? 王が寝泊まりするような場所にはふさわしくないと思うが……」

「貴様の家には天窓がついているであるな」


 セラムが怪訝そうな表情を浮かべつつ首肯する。


「であれば十分である」


 そういうことになった。

 連れてきた召使の内一人をノーヴァノーマニーズへの伝令に出し、一行は、少し速度を速めてイスカガンへの旅路に着くことになった。

 

 ★


 アルファとイルフィは、馬車の中でそのやり取りを聞いていた。行きと同様、イスマーアルアッドと割り当てられた馬車である。

 ヤコヒメとの遭遇以降鳴りを潜めていた、他人と対峙したときに感じる圧迫感のようなもの――それが、一昨日の夜辺りから再び猛威を振るっている。イスマーアルアッド以外の者と一定距離以上に近付くと、急激に体温が上がり、それに伴う諸症状が一気に噴出するのだ。

 異物感。生暖かい透明の何かが、全身の表皮のどこからでも侵入してくる。それらは双子の小さな体の中で行き場を求めて縦横無尽に暴れまわり、痒みに似た軽い痛みから、発熱を伴った激痛を無作為にばらまいた。


「ヤコヒメが死んだからに違いないわ」「おまじないが切れちゃったってことね」


 外。先程までメイフォンとトォルが手合わせしていたはずの空間から聞こえる音声が、驚くほど鮮明に聞こえる。使者が二人の居る馬車を背に、すぐ傍に立っているからだ。ウー、アルタシャタ、エウアーも死んだらしい。

 双子は互いの手を強く握り合った。こうしていると、少しだけ症状が緩和されるような気がするのだ。

 ふと思い出し、


「ヤコヒメのくれたとっておき――あれは、どうなるのかしら」「また症状が出た時に、って言ったわね」


 使ってみる? 問うと、頷きが返ってきた。

 アルファは、イルフィが口元に運んだ錠剤を飲み込む。金属じみた香りが喉を下っていくと同時に、熱やその他の諸症状が嘘のように引いていく。

 

「――れ、あ、いあい、あ」「なん()か、急激にねむけ、が……」


 一瞬後、双子の意識は、白い靄の広がる空間にあった。いつもの場所――勝手知ったる空間である。


「うわあ、びっくりしましたよ、と僕は形式的に驚いてみせますけどね」


 勝手知ったる――黒い肌、長い白髪。中空、頭を逆さにして漂う姿がそこに居たという点を除いて。





 完治しました! もう生肉は食いません。

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