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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第一章:魔王降誕編
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#6 事件の発端

 ニールニーマニーズの生活圏にいる年下というものは、およそ存在しないと言っても過言ではない。

 皇宮にいるときでもそうだし、学院にいるときも大体そうだ。

 前者では唯一皇子皇女の中で自分より年下な双子の末妹が全くと言っていいほど姿を見せないからで、後者では自身が飛び級で初等課程をすっ飛ばし、いきなり後期課程に学んでいるせいであった。

 学院に居れば初等課程の子供たちと会うこともある。しかし、初等課程二年目以降の子供たちはみなニールニーマニーズと同年代以上ということになってしまう。そうすると初等課程一年目の子供だけが彼の年下ということになるのだが、逆に初等課程一年目となると学院で学ぶことが多く、初等課程後期や後期課程のように頻繁に図書館に出入りするということは全くといっていいほどない。そのためほとんど図書館に入り浸りな後期課程学生の身分ではまみえることがない。

 それらの理由で、ニールニーマニーズはほとんど遠目に見かける程度しか年下と交流がなく、それゆえ、アルファ、イルフィとの遭遇は、彼が物心ついて以来ほぼほぼ初めての年下との交流といえた。


 足音を殺して近づいているが、これは完全に警戒心の強い小動物に近づくときのやり方と同じである。

 ……近づく前に起こしてしまったら、一目散に逃げられそうな雰囲気だからね。

 決して疚しい気持ちがあっての行動ではない、と誰にあてたものであるかわからぬ言い訳を心の中でしつつ、そろりそろりと距離を縮める。

 二人は庭園の隅に生えている常緑樹の根元で、互いに寄り添うようにして眠っていた。

 あどけない寝顔だが、近づいてよく見ると、わずかに眉を顰めている――うなされているようだ。

 ニールニーマニーズは彼女たちのすぐそばでしゃがんで膝をつくと、二人の肩に手を伸ばす。


 と。


「あらぁ。珍しい光景ですねぇ」

「うわぁ!」


 背後。耳元すぐそばで囁かれた声に彼は飛び上がって驚いた。数歩の距離を取り、体をそちらに向けると、


「アイシャ! いつからそこに!」

「お前が周囲を確認して、いたいけな童女二人にいたずらしようと抜き足差し足忍び寄っていったところからですよぉ」

「人聞きの悪い言い方をするな!」


 先程までニールニーマニーズがいたあたりにしゃがんだアイシャがいた。先程彼に耳打ちするときに立てた左手を当てたままの口元は笑みの形に歪んでいる。

 背中を冷たい汗が伝うのを感じる。


「ぼ、僕はただ、珍しい生き物を見つけたからただ己の知的好奇心を満たすために接近を試みただけであってそのようにさも疚しい目的があったかのように言われるのは不本意だしこれは名誉棄損に相当するぞ……!」

「あらあらそうなんですかぁ。皇宮に不審者が出るなんて、珍しいこともあるもんだと思ったんですけどぉ、お姉ちゃんの勘違いだったんですねぇ」


 遭遇率の極めて低い妹で、かつ珍しい年下に偶然遭遇できたので少し話してみるかというぐらいの気持ちだった。これは本当だ。しかし不意を突かれたせいで述懐が我ながら不審すぎる。

 落ち着け僕、とニールニーマニーズは一つ深呼吸。メイフォンが何やら言っていたのを思い出す。天人合一、自然と一体化することで病を祓い体の調子を整える――


「落ち着きましたかぁ」

「気が動転しただけだから気にしないでくれ。ください」


 そうだ、現実逃避をしていても仕方がない。我が家の姉たちは現実逃避をしたくらいで逃がしてくれはしまい。向き合わなければ物事は解決しないのだということはメイフォンから日々学んでいる。尚その学んだことが生きる場面は今のところないのだが、今後絶対来るに決まっている。そうじゃないと僕が救われない。

 落ち着いて状況を整理することにする。

 大体の問題は、対象をよく観察し、そのうえでよく考えることによって解決する。どちらも欠けてはならない。まずは観察だ。

 数歩の距離に依然しゃがんだままのアイシャ。目と口が弓の形に歪んでいる。嫌な笑顔だ。傍らに書物の類が顔を覗かせた袋を置いているので図書館に向かう途中だったのだろう。なんでわざわざこんなところから? イスマーアルアッド居城、メイフォン居城の間であるここから彼女の居城まではそれなりに距離があるはずだ。図書館は城のぐるりを一周しているものの、ここから一番近くの区画に並べられた書物類にまじないの本はほとんどないはずである。自分のように特殊な事情がなければ、わざわざこんな所を通らずとも彼女の居城すぐそばの通路から図書館へ向かえば良いはずだ。あまり詳しくはないが、まじない関連の書物はアイシャ居城のすぐそばに区画があるはずであるし、

 ……だとしたら、いったいなぜこんなところまで――?


「あぁ、お姉ちゃんがここにいるのはぁ、ほんの気まぐれですよぉ」

「気まぐれって……」


 メイフォンと同じだ。その場の雰囲気で適当に行動を決める。ニールニーマニーズの苦手な人間は大体そうだ。いつも気分でとかそんな適当な理由で自分の行動を決めてしまう。

 彼に言わせるとすべての行動にはきちんと理由があるべきで、「気分で」行動したように見えても、必ず複数の要因があった結果そのような行動に辿り着くのである。

 ニールニーマニーズが苦手なのは、そういった要因について深く考えず、他でもない自分自身の行動理由を「気分で」「気まぐれで」という一言で片づけてしまえる人間たちだった。特に理由もなくなんとなく行動することを気持ち悪いと感じないのだろうか。自分の体を動かしているのは他の誰でもなく自分だ、誰かに操られているわけではないのである。常に自分の行動理由は自分自身で把握しているべきだ。

 気まぐれに行動しても、大体の場合は損を被るのである。


「ところで、良いんですかぁ」


 そこで、アイシャの発言で思考の海から引き戻される。何を、と問うと、彼女は言った。


「いたずらしようと思ってた獲物が逃げちゃってますよぉ。いいんですかぁボーっとしてて」


 アイシャが指差すのは、常緑樹の根元。

 先程まで、双子の末妹が眠っていた場所だった。

 ニールニーマニーズはどこから反論すべきか迷った挙句、こう言った。


「いたずらなんてしないってば!」


 ではなぜ、末妹に接触しようと思ったのか――様々な理由はあるものの、つまるところ一言で表すなれば、

 ……気まぐれだよ。

 気まぐれに行動するとロクなことがないと再認識できたので良しとする。


 ★


 不規則な生活習慣が何もかもの原因である。そう、少し歩いただけで息切れがしたり、ちょっと太った気がするのも不規則な生活習慣のせいですぅ。

 真っ当な生活習慣を手に入れよう、とふと思った。健全な精神は健全な肉体に宿る、とメイフォンが言っていた気がするので、運動することにした。

 昨晩も文献を漁ることに没頭しすぎて結局一睡もしていない。運動しようと思って居城から外に出ると、あまりの太陽の眩しさに一眠りして体調を整えてから行くべきなのではないかと心の中の悪魔が囁いたが、

 ……ここで眠ったらいつまで経っても昼夜逆転生活のままなのですぅ。

 そういうわけで、なんとなく気分で各居城の間にある庭園を伝って散歩をしようと決めた。いきなり走るだなんて自分には無理である。とりあえず歩こう。歩くくらいならできるはず。

 特にこれといった理由もなく、反時計回りに居城を伝っていく。

 トォル居城を超えるあたりまでは順調で、なんだやればできるじゃないか、真人間になるのは何と簡単なことかと思っていたが、メイフォン居城辺りで体力が尽きた。

 初日から無理をしても仕方がないと、メイフォン居城とイスマーアルアッド居城の中間にある庭園の端っこに日陰を見つけ、腰を下ろす。ついでに図書館に寄って帰ろうなどと考えていた自分が恨めしい。わずか数冊しか入っていない袋が鉄の塊でもあるかのように感じる。

 己の体力のなさには絶望したが、よく考えれば自分のところから数えて居城を三つ分超えてきたのだ、まあ悪くない成果だろう。普段の生活圏内で言えば一番遠くの学院だって、基本的には図書館を経由して少し休んでから行くのでせいぜい居城一つか二つ分くらいの距離しか連続では歩いていない。初日から五割増しだ、上々だろう。

 ……少しだけここで休みますぅ。

 その後熟睡した。


 そして起きたら太陽が真上を超え、少し傾いたところだった。

 五、六時間程度眠っていたことになる。真人間になるのは何と難しいことだろうとアイシャは実感する。とりあえず寝てしまったものは仕方がないので、明日から真人間になることに決めて立ち上がる。

 尻についた土を払い落とし、書物の入った袋を持ち上げると人影が図書館の方へ向かって歩いていくのが見えた。

 白い肌に金髪の後姿は弟ニールニーマニーズのそれだった。彼の居城からはまるで正反対なこの場所を通る理由が、まさかアイシャと同じく真人間になるためということはないだろう。どうもメイフォンとは仲が良いみたいなので、きっと彼女の居城から出てきたのだ。

 なんとなく面白そうなので、足音を殺して彼の後姿を追う。

 すると、急に彼が立ち止まった。慌てて木陰に隠れる。それからニールニーマニーズの視線の方向を見ると、木にもたれかかるようにして二人の童女が寝顔を晒していた。

 アルファとイルフィである。アイシャとて、滅多なことでは彼女たちと遭遇する機会がない。前に見た時の記憶では、まだ掴まり立ちができるようになったとかそれくらいの時期だったはずである。

 ニールニーマニーズが周囲の様子を探った。そのままそろりそろりと足音を消した状態で双子に近寄っていく。アイシャもそれを追った。


 ★


 自分も忍び足で妹に近づいたことを棚に上げて、気配を消して近づいてくるなという苦言を呈するか否かで迷った挙句結局やめたニールニーマニーズが図書館へ行き、アイシャが疲れたからと居城に帰ったころ、アルファとイルフィの二人はイスマーアルアッドの教会に駆け込んでいた。


「イス! ねえイス!」「居ないの?」


 教会の主ともいえるイスマーアルアッドは今は不在のようである。


「いないようだわ」「話を聞いてほしかったのだけれど……仕方ないわね」


 双子は教会隅の長椅子に腰かけ、先ほどのことについて思い出していた。

 大きな音に驚いて目を覚ますと、目の前にニールニーマニーズとアイシャがいたこと――ではなく。

 目を覚ます直前まで見ていた、悪夢の内容についてだ。

 正確にはよくわからない内容の夢だったというだけで、悪夢かと言われると答えに窮する。しかし決して心地の良い夢ではなかったので、やはり悪夢であると言って差支えはないだろう。


「ねえ見たわよね」「見たわ、変な夢」


 霧のかかったような場所だった。

 数歩先くらいまでしか見通せない不思議な空間に、彼女たちは浮いていた。アルファとイルフィは身動きが取れず、声も出せないことに気付く。

 どれくらいかはわからないが、しばらくそうしていると、声が聞こえた。


『嫌なことが起こるわ』

「嫌なこと?」「いったい何のこと?」


 双子は声が出せるようになっていることに気付く。


『嫌なことは、嫌なことよ』

「具体的に言ってくれないとわからないわ」「曖昧な物言いだとニーニーに怒られてしまうのよ」

『私からは具体的なことを言ってはいけないことになっているの』

「じゃあヒントだけでも良いから教えてほしいのよ」「それくらいなら教えてくれても良いはずだわ」

『そう、そうね、それくらいなら許されるかもしれないわね。じゃあ、言うわね』


 声は霧の中、全方位から聞こえるような気もするし、前方、後方、あるいは左右かもしれなかった。どこかから聞こえてくる声は、少しだけ何を言うか考えるような間を取った後、言った。


『リューコツには気をつけなくちゃダメ。リューコツが、大陸に災いをもたらす火種になるのよ――』

「リューコツ?」「リューコツなんて聞いたことがないのだわ」

『ねえ、誰かが近づいてきたみたいよ。説明してる時間はないみたい。だから、リュウコツには気を付けるってことだけ覚えておいて――』


 声が遠ざかっていく。

 双子は、どちらともなしに聞いていた。


「待って、貴女は誰なのだわ!」「お名前を教えるのよ!」

『――私は、ウルフゥ――』


 その声は、双子の声と似ているような気がした。

 

 といったところで自身周りに立ち込めていた霧のようなものは一瞬のうちに晴れ、気付いたころにはニールニーマニーズの大声で眠りから覚めたところだった。

 実のところ、物心ついて以降イスマーアルアッド以外の兄や姉と交流したことは一度たりともない。特に理由は無いが、それこそ本能とも言うべき部分が、彼らに近づくべきではないと告げていたからだ。

 しかしだからといって全く近寄らなかったかと言えばそうではなく、小柄な体躯を利用して、隠れたまま他の兄や姉の生活を垣間見るということはよくしていた。彼らはみな自分の得意分野を持っていて格好良い。

 まあそのようなわけで彼らと交流するようなことは今までなかったのだが、先程は声を掛けられるくらいの距離まで接近を許してしまった。眠る前は良い場所を見つけたと思ったものだが、また違う場所を探すべきかもしれない。

 閑話休題。

 目が覚めた後、変な夢を見て気が動転していたというのもあり、ついいつもの癖で逃げ出してしまった。

 せっかく憧れの兄や姉と会話できるかもしれない機会を不意にしてしまったことに今更気づき、窓から教会の外を覗いてみたが既に二人の姿はなかった。


「今度勇気を出して話し掛けに行ってみましょう」「珍しく気が合ったのだわ」


 このころ、彼女たちの脳裏からは、すでに先ほど見た不思議な夢の内容は消え去っていた。


 ★


 大臣との謁見から五日。

 ようやく商人は、大皇帝アレクサンダグラスとの謁見の機会を得ることができた。

 気さくで民を大事にする人柄であるとは聞いているが、それでもやはり緊張する。

 皇宮中心の城最上階、皇帝の間の扉が開いた後、緊張しすぎたせいか彼の頭は真っ白になり、ふと我に返った時には、背後で皇帝の間の扉が閉まった後だった。

 しまった、商談は――? うまくやれたのか――?

 頭が真っ白になりながらも、自身の仕事がうまくいったという実感のようなものはあるのできっと緊張しながらも上手いことやったのだろう。商談が成立したのであれば、必ず書面のようなものを交わしているはずだと思い、手元に視線を送る。

 目に入ったのは。


 真っ赤な果物ナイフ。

 そして血塗れの両手、体。


 皇帝の間に入る前、扉の両脇に立っていた見張りの騎士たちは物言わぬ姿となって、胸から生えた長柄の矛で壁に縫い付けられていた。

 普段は絶対にしない投げ銭をし、なんとなく良いことが起こりそうだと思っていた商人の期待は、ことごとく踏みにじられたのである。今後、きっと良いことなんて起こりそうもない――状況に追いつかない頭の片隅で、商人はそんなことを思っていた。


 アルファとイルフィ、実は口調で書き分けています。



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