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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第二章:皇位継承編〈下〉
51/78

#26 黒砂の使用

 ★


 飾りのついた縦襟、短いズボンに身を包む白い肌に、染みのような茶色が点在する。見様によっては、引き攣れた様にも罅割れた様にも見える。首から頬にかけてに特に大きなものが存在していた。

 濃い緑色の髪は一本一本が意思を持つかのように蠢き、天へと伸びている。


「光合成してるんですよ。止めようと思えば止められるんですけど……」


 熟れた果実が如き紅の瞳でそれを見上げ、彼は言い訳でもするかのように言う。

 頬を掻く指先が捻じれて節くれだち、枝のように尖っていた。

 腰の後ろに鉈を装備している。何の変哲もない、市販の鉈だ。少し刃が毀れている。


「ところでこれ、どうしますか?」

 

 ニールニーマニーズが鉈で己の右腕を切り落としつつそう言った。切断面から樹液とも血液ともつかない真っ黒の液体が滴り落ちるが、次第に芽が出て成長し、生身の腕が生える頃には止まっている。

 こちらを向く彼の背後には、木が二本立っていた。

 木には、下半身と両肩を取り込まれて磔にされた、二つの人影。

 上半身が裸の黒い肌。夥しい数の黄金の装飾品。頭に巻きつけられた白い布。

 男性と比べても相当背の高い女。完成された美貌。蜂蜜のような金髪。

 ともに、意識はない。

 無防備な姿を晒してここにいる。


 勇者様? と呼ばれて、勇者は我に返る。どうかしましたか? という問いになんでもないと首を振り、勇者は隠しておけるかと問うた。


「もちろんです!」


 イスカガン東部。集落や小さな国が点在する大草原。

 かつてキョウという小国家があった場所。組成不明で無害かつ無益と思われる謎の黒い砂が地表を覆う一帯。

 皇都からは少し離れ、望遠鏡でも使わぬ限りはこちらを視認することは叶わぬだろうといった距離。かつ緩やかとはいえ起伏のある場所であり、イスカガンからでは完全に死角になる場所でもある。ここからでは、着々と再建が進む皇宮の高層部分だけが見えた。組まれた足場の上を行き来する人影はあるのだろうが、勇者の肉眼では捉えられない。

 見渡す限り、目撃者はなかった。

 ニールニーマニーズが両手を地面に着くと、二本の木々の周りに次々に木々が芽吹き、黒い土壌を取り込んで急速に成長していく。ウーを始末した時とは比べ物にならない速度、そして成長する幹の太さ。

 それから少しして、


「あの、勇者様、両腕切り落としてもらってもいいですか? うっかり両手塞いじゃいました。ああ、そこですそこです、痛みとかないんで一思いにやっちゃってください。……ありがとうございます、助かりました」


 大草原地帯に木々が生えた(・・・)

 殺さず無力化できたのであれば、それに越したことはない。ウーは事情が特殊であり、例外だ。彼の王は常より「己を倒したものが居ればその場で王位を譲る」と公言していたことはあまりにも有名であり、突然失踪したとしても――実際はこの手で首を刎ねているのだが――王ではなくなったから隠居したのだ、と言い訳が効く。

 しかしアルタシャタやエウアー、ヤコヒメなぞはそうもいくまい。

 そもそも彼らは、突然行方を晦ませる理由がないのである。ヤコヒメは何としてでも排除したいのでどうにか理由をつけるつもりだが、他の二王もとなると難しい。

 かねてより仲が悪かったヤコヒメとウーが戦闘に入った。それに気付いた勇者がなんとか止めに入り、ウー王を打ち倒すものの、ヤコヒメは事切れたあとだった。

 ヤハン女王を殺すまでにもっと良い理由を思いつけば、それに差し替えるつもりである。

 スーチェンとヤハンは恐らく国同士の戦争状態に入るが、むしろ好都合だった。この戦争を鎮めれば、皇帝になるのにこれほどの手柄はないだろう。

 可能であればノーヴァノーマニーズに向かう一行と合流する、という目論見は今のところ保留だ。


「いやあ、日が当たらないところはやっぱり苦手ですね」


 自分で作っておいてなんですけど、と新しく生えた両腕の調子を確かめつつ、ニールニーマニーズが独り言ちる。

 木々は折り重なり積み重なり、日光に対するそれと同様に、周囲からの視認を完全に遮断していた。今いる場所は小規模な極相林の中心に位置する。


 勇者は懐から硬貨を二枚取り出し、一瞬瞑目した。

 脳内を切り替える。


「アルタシャタ様、エウアー様! 起きてください、大丈夫ですか!?」


 二人の肩を叩き、意識の覚醒を促す。

 最初に意識を取り戻したのはアルタシャタだった。


「…………何事じゃ」

「アルタシャタ様! 良かった、気付かれたんですね!?」

「おお勇者か、わしは一体何を――」

「こんな時に何なんですが、この前くださった宝剣、ありがとうございました。すぐ壊してしまってごめんなさい、これ、代金(・・)です。受け取ってください」


 動けず、なおかつ気絶から目覚めたばかりの者を相手に硬貨を握らせることなど、赤子の手を捻るも同然である。

 アルタシャタとエウアーを殺さない――殺せない――理由には、彼らに行方を晦ませる理由がないということ以外にも、一つ試したいことがあったというのが挙げられる。

 恐らく、というよりは確実にヤコヒメの《洗脳》下にある彼らに、勇者自身の《洗脳》を再び掛けることができるのか、試してみたかったからだった。

 術者が死ねば《洗脳》魔法は解除されることは知っている。試したことはないが――今まで使い手は自分しかいなかったのだ、試すことはすなわち自死を意味する――、魔宝珠を活性化させた時点で魔法についての詳細は脳に刻まれる仕組みだ。

 《洗脳》魔法の上書きは可能なのか?

 少なくともヤコヒメは己の《洗脳》の上書きをやっている。であれば可能なはず。


「――これはどうなっておるのじゃ、何が起きておる」


 勇者は眉間に皺を寄せた。

 硬貨は確実にアルタシャタの手に渡っている。怪訝な表情ですぐに放り出されてしまったが、何らかの対価として金銭の授受があったという事実さえ作れれば、《洗脳》魔法の発動には十分だ。硬貨はあくまで道具でしかなく、「やり取りがあった」という事実が重要なのである。


「ニールニーマニーズ」

「はーい」


 名を呼ぶとそれだけで意図を汲みとってくれたようで、アルタシャタの意識が刈り取られる。

 方法まではわからないが、目に見えぬ部分、すなわち木に埋まっている部分で何かがあったのかもしれないし、単純に拘束されている両肩が強く締め付けられたのかもしれない。両肩の拘束は首にまで及んでいる。

 

「今のが《洗脳》魔法ですか?」

「ああ――いや、手順は完璧だったはずなんだけどな、うまく発動しねェ」

「……へぇ、なるほどね」


 ニールニーマニーズが片眉を上げた。

 その後エウアーにも一通り試してみたが、やはり《洗脳》魔法の上書きは通用しなかった。

 ヤコヒメの使う《洗脳》は己のそれとは性質が違うか、あるいは出力で負けているのか。それとも何か特殊な手法が必要であるのか、ともあれ少なくともこちらからの上書きはできないようである。

 であればヤハン女王を弑するまで、


「誰も入れないようにはできるか?」

「任せてください」


 中心部から三十分ほど歩くと、木群れの外縁部に到達した。ニールニーマニーズが手近にあった木に触れると、枝葉の絡まりがより強固なものになる。

 鬱蒼と生い茂った、という表現がこれほどまでに似合う場もあるまいと勇者は思う。


「遅かれ早かれここを見つける人はいると思うんですけど、絶対に中心部には辿り着けないようになっています。まあ丸々焼き払われたらどうしようもないんですけど、それは勘弁してください」

 

 ★


「ああ、なるほど、そういう感じなんですね」

「簡単であろう。ところで見返りにミョルニを解剖させてもらうという話の続きなのであるが――」

「そんな話してませんが!?」「みい」


 大研究所――もとい、王城。その地下には、大きな空洞が広がっていた。

 ノーヴァノーマニーズの底面積の半分は優に超えるであろう、超巨大地下空洞。新区街道側にある一番背の高い建物を三つ縦に積み重ねてようやく届くか届かないかといったところに天井がある。

 トォルは今、ミョルニを引き連れて大王から魔法の手解きを受けている最中であった。ちなみにミョルニは相も変わらず何を考えているのかわからぬ顔で虚空を見つめ続けている。時折動いては姿勢を変えるが、基本的には何を考えているのか誰にも判別不能だ。

 数日前から連日行われているのは、大王が文献資料から推理復元した魔法の実践や、理論から魔法を組み立てる作業である。

 進行速度はごくゆっくりだった。昼過ぎから始まり、夕食前には終わる。大王は時間に対して悠長だ。

 そのような速度で基礎的な部分から徐々に順を追って進んだものであるので、今日に至ってようやく、トォルが採取してきた黒砂が出番を得た。


 だだっ広い空間は伽藍洞で、王城地下から壁に沿って取り付けられた階段以外の物体はほとんど存在しない。 

 最初に地下に降りた時、大王は天井を指さして言った。階段以外に唯一存在する装飾を指して、あれは魔法燈である、と。


「地下の存在は、吾輩にとって魔法の存在を裏付ける一助になったのである。見つけてからしばらくは何もない真っ暗な空間だと思っていたのであるが、魔法の研究をし始めた時にここのことを思い出したのである」


 発見は偶然であったという。魔法で光を出せないかと試行錯誤していた段階で、漏出した魔力が天井の飾り――だと思っていた――に触れた時、目も眩むほどの光が零れ、次々に隣接する飾りに光が灯っていったのだ。


「魔力を流すことで使用する照明器具の発見である。明らかに昔、魔法を使用していたという痕跡であるな」


 以来、この何もない地下空洞を、魔法の実験研究施設として使用しているという――


「おい、聞いているのであるか」

「えっ!? あっ、すみません、ちょっとわかりづらかったのでもう一回お願いします」

「聞いていなかったのであれば素直にそう言い給えよ。まあ魔法燈が気になる気持ちもわからないではないであるが」


 大王はそう言って、再び瓶から少量の黒砂を掌の上に溢す。

 右手は空。左手に砂を握っている状態である。


「今からちょうど実践してみせようと思った段階である。おさらいも兼ねてもう一度説明するであるから、きちんと傾注し給え」


 トォルは首肯した。

 大王が手の甲を上に向けて、握った両拳を左右に広げる。


「《発光》魔法だ、見給え」


 眩しくて見えません、と、突然強い光量を得た両目を手で押さえて、抗議の声明を出した。事前に少し警告するべきだろうに。あまりに強い光に網膜が焼かれ、眩惑状態だ。一時的に視界が塗りつぶされ、何も見えぬ。

 同じ光を見たミョルニが不快感を表に出しているのが珍しい。低い唸り声のようなものを喉元で鳴らしている。

 二人の抗議を受けて、しかし当の大王は、悪びれもせずに言った。


「どちらがであるか――どちらの手が、より、であるか」


 どちらか、と問われると左手だ。

 すなわち、黒砂を握りこんでいる方。右手の方は直視するのに吝かではない控えめな光量である。左手の方をこちらの両手で隠した。徐々に眩惑は薄れつつある。


「まあ見た方がわかりやすいということで、許してくれ給え。吾輩そもそも、事前に警告はしたであるからな」

「話聞いてなくてすみませんでしたーっ!」


 謝ると、満足気に頷いた大王が両手の光を消した。

 そうして握っていた砂を瓶の中に戻して栓を締め、懐にしまう。


「現状、この砂を通してから魔法を発動すると、効果が強まるらしいということがわかっているのである」

「明らかに光量が違ったと思うんですけど、それこそ十倍くらい」

「ああ、それは吾輩の話を聞かぬ不届き者を驚かせてやろうと思って、通す魔力の量を増やしたであるからな」

「あの大王、対照実験って知ってます?」

「実演希望であるか?」

「すみません話を続けてください」


 実際は、と大王が言った。


「この砂を通すと、魔法を発動する際の魔力効率が二、三倍になると推測している。以前ごくごく少量だけこれと同じだと判断できる砂を持っていたのであるが、実験に使用するうちに失くなってしまったので、少しずつ消費されるであろうこともわかっているのである」


 つまり三倍増しくらいで魔力通していたのかよ、とトォルは思った。完全に他人の目を潰しに来ている。いつの間にか黒く塗った眼鏡をかけているし、確信犯過ぎる。こちらに何の落ち度がなかったとしても、そもそも悪戯のつもりで目潰しを仕掛けるつもりだったのではなかろうか。

 なんとも質の悪い。今更言うまでもないことで、かつ口にすればまた目潰し等攻撃を受けることはわかり切ったことであるのでしない。


「そもそも同じ魔法を使うのでも、使用する際に消費する魔力量を調整することで、ある程度の出力を変えられることはすでに話したであるな?」

「ええ、はい。多分初日辺りに聞きましたよ」

「トォル貴様、全力で跳躍したら垂直にどのくらい飛べるか」


 やってみたらおよそ建物一階分くらいの高さだ。目測なので多少の前後はあるかもしれない。さすがにそのまま両脚ついて着地するわけにもいかないので、両足から膝、腰、尻、肩と順番に転がって衝撃を逃がす。

 大王が歓声と拍手を送ってくるのにどうもどうもと片手を立てておく。

 実際のところ、イスカガンの騎士団にはもっと飛ぶ者も居るだろう。あの騎士団は平気で人体の限界を超越してくる。


「ところでトォル――もっと高く飛ぶにはどうしたら良いか?」


 大王が問うた。

 まあ道具を使うしかないですね、と答える。

 彼女が言わんとすることはわかり切っていた。すなわち――


「生身の体では限界がある。だから、より高く飛ぶための台なりなんなりになりうる万能の道具がいる。その黒い砂がその可能性を秘めていると、そういうことですね」

「……その通りである」


 不服そうだった。

 

「あっ、すみません。ちょっと足りないところなど、どうか補足説明してください、お願いします」

「一度に個人が込められる魔力量には限界値があり、それを超越するのがこの黒砂である。それは貴様の説明でおよそ認識が間違っていないのである」


 大王が再び黒砂の瓶を手にもってこちらに突き付けてきたので、自分の両眼をきつく瞑り、近くにいたミョルニの両眼を手で覆う。


「この黒砂、吾輩が《発光》魔法を使うつもりで放出した魔力を一時的に吸い取るのである」


 身構えていたが何もなかったので恐る恐る目を開けると、大王はすでに瓶をしまっていた。


「黒砂にも貯蔵量の限界があるのであろうな、吾輩が放出した魔力量が一定を超えるとそれ以上吸い取らなくなり、その状態で尚魔力が侵入すると、一気に貯蔵された分の魔法が溢れると、そういう仕組みである」

「あっ! もしかして魔法燈もその仕組みに似て――」


 ミョルニの目を塞いだままでいて良かった。再び目を焼かれたトォルの悲鳴が空洞に木霊する。


「そのことについては吾輩が説明するのである」


 トォルは痛む目を抑えながら、続きを促した。


 EX除くとこの回で50部だそうで。

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