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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第一章:魔王降誕編
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#5 姉弟の日常2

 マリストアとニールニーマニーズが学院で対決しているという報を受けて、メイフォンはまたかと思うようになっている自分に気が付いた。

 ……確か三日前くらいには大食い対決とかなんとか言っていたが、今回は何対決だ?

 大食い対決もそうだが、大体の対決が引き分けに終わっているというのに全くよくやる。しかし闘争心を持つのは良いことだ。


 いま彼女がいるのは、メイフォン居城に特別に併設された道場だった。

 固く踏み固められた土の地面、四方を囲む壁、そして瓦の屋根。父に大陸統一を成し遂げた大英雄、母に一騎当千、無双といった二つ名を欲しいがままにしたスーチェン王が娘を持って生まれ、幼き頃から武勇に優れる彼女は、学院初等課程の入学祝いにと父にこのような道場を建ててくれるよう頼んだ。

 五歳になるころには同じ年の異母兄トォルと一緒に父にくっついて、アレクサンダグラス麾下の騎士たちと一緒に訓練をした。初めはついていくのがやっとだったが、二年も経てば既に彼女は一般的な成人男子の騎士と同じくらいの運動ができた。

 更に二年後、九歳のころにはおよそ今と同じくらいまで体が成長し、十歳になるころには完成した。一切の無駄が省かれた細身の体。肌の下には頑健な筋肉が収まっている。この頃にはもはや、騎士で彼女に敵う者はいなくなっていた。

 そのころメイフォンは騎士団と一緒に訓練することをやめた。と同時に、今までは徒手空拳のみだったのを改め、学院初等課程をわずか二か月で休学すると、武器の扱いについて大陸中を回って学び始める。

 彼女は、剣術、槍術、棒術、楯術、弓術、直近では鉄砲術など、ありとあらゆる武器の扱い方を尋常でない速さで吸収した。

 あくまで個人の戦力として彼女に敵う人間は、恐らくもう大陸には存在しないだろう。あるいはアレクサンダグラスや彼女の祖父であるスーチェンの王でさえ、もはや敵うかどうか定かでない。

 戦闘という一点において、彼女は天才であるとしか形容できなかった。天賦の才だ。

 もはや大陸に、彼女が師事するに足る人間は存在しない。そもそも設定した課題を、たった一度の挑戦で達成してしまうような人間に何を教えることがあろうか。

 

「強い相手が欲しいなぁ」


 呟いてみても、誰もそれに返答する人間はいない。

 道場には誰も入らないよう厳命してある。種々雑多な武器が置いてあることもあって危ないからだ。

 徒手、剣、槍、棒……と順番に一通り型を確認していき、すべて確認し終えると、道場の真ん中に結跏趺坐して座る。

 常人が目に負えないような速度で得物を切り替え、舞い続けたというのに全く乱れもしない呼気を段々と大きく深いものにしていき、瞑目。天人合一、自然と人間には深い関係があり、繋がっているのだ。自然と一体化することで気血の調子を整え、病に罹りにくくなるなどの効果もある。これは彼女の母の国、スーチェンに古くから伝わる考え方である。

 そしてそのまま、鋭い集中、わずか体感時間数十秒のうちに現実時間で三時間を過ごした。


 ★


 メイフォンの一日は朝、日が昇ると同時に始まる。

 起床して着替えると、メイフォンはイスカガンの街の外周をわずか二時間足らずで一周する。その後皇宮に帰ると朝食を摂り、柔軟体操などしつつ体をほぐす。このとき、静的なものにならぬように注意しつつ行う。腱や関節を伸ばして静止する類の体操は体を傷めることに繋がるので、動的なものを中心にゆっくり一時間ほどだ。入念すぎるかもしれないが、腹ごなしも兼ねているのでその程度で良い。食後すぐの激しい運動は良くない。

 入念に体を温め終えた後、ようやく武術の鍛錬に入る。いつも通りの順に型をこなしていき、瞑想を終えるころには大体昼餐の時間くらいとなる。

 瞑想を終えたメイフォンは結跏趺坐を胡坐に組み直すと、上体を反らして大きく伸びをした。脱力。吸った息を吐き切り、しばらく余韻を楽しむかのように動きを止める。

 そして再び息を吸うと、口を開いた。


「誰かいるか」


 道場の入り口に向かって声を掛ける。問いかけの形だが、二人控えていることは知っていた。

 はいここに、と言って召使が二人、道場の入り口に顔を出す。


「昼にしたい。用意してくれ」

「かしこまりました」


 昼餐は粥である。

 これもスーチェンの伝統に則ったものだそうで、武人はその日の修行を終えると粥を食うのだそうだ。


 ★


 昼餐の後。学院から帰ってきたニールニーマニーズを拉致。


「もはやお迎えかと思うようになったよ僕は。おかしくない?」

「じゃあ誰を拉致すれば良いのだ、誰を」

「生身の人間を的にしたいって前提がまずおかしいんだよ!」

「そうは言ってもだな」


 壁を壊すにはコツがある、とメイフォンは思っている。

 ただ力任せに武器を振り回すだけでは硬い物は簡単には壊せない。言語化するのは難しいが、

 ……こう、グイっと、捻る感じで力を通すイメージでだな。

 槍の穂先が磔にしたニールニーマニーズの脇腹脇を通過し壁に突き刺さる。

 一瞬のち、壁が瓦解した。


「む。いつもより壁の崩壊が甘い」

「大工さんたちの腕が上がってるんだよきっと」

「そうか。こう、打ち込んで壁が崩壊しないのはなんとなく不快だな」

「姉さんが不快なのは心中お察しするけれど、今日は僕もあんまり気分良くないんだよね! マリストアには勝てないしさ。ねえ、毎回思うけどこれ本当に僕必要なのかな! 壁壊したいだけなら最初から壁に打てばよくない!?」


 初めから壁を相手にして壁に打ち込むのと、人間相手にするつもりで壁に打ち込むのとでは随分と趣が違う。具体的には気合の入り方が違う。気合の入っていない攻撃なんぞなんの意味もない、とは父にして師、アレクサンダグラスの受け売りである。

 アレクサンダグラスはかつて、よくトォルとメイフォンに言ったものだった。とりあえず気合いだ、と。気合が足りなければどんな業物を振り回しても鈍らと同じだ、と。この言葉の意味が分かるまで一年かかったが、一年かかってもまだ六歳そこらだったので我ながら自分には少し武道の才能があるのでは? などと思ってしまうこともあるが自惚れは身を亡ぼすのでイカン。

 そしてその気合は、無機物相手にはどうしたって入らないのだ。考えてみれば、小さい頃は大体トォルを相手にしていた気がする。


「気に食わない人間に攻撃するときが一番気合が入るのだ、許せ」

「暴言が過ぎるな!」

「む、そんなつもりはなかったのだが……お前を傷つけてしまったのなら謝ろう。しかし外傷はないようだが」

「外傷は確かにないけど! この畜生、わかってて言ってるな!」


 実を言うとメイフォンは、この頭でっかちな弟がそれほど嫌いではなかった。己より優れている人間は比較的好きだ。彼女は初等課程の方も休学しがちだったほどで当然勉強はからっきしであり、頭の良い人間にはなんとなく尊敬の念を持つ。アイシャやマリストアにも同様だ。

 また、アレクサンダグラスを師匠とすると文字通り兄弟子となるイスマーアルアッドのことも尊敬していた。武力だけで言うなら今や自分の方が強いが、イスマーアルアッドの強さは武力だけに非ず、メイフォンが武力だけをアレクサンダグラスから継いだのに対し、彼は皇帝としての器というかなんというか、人の上に立つ者の資質というものを兼ね備えているのだ。

 もう一人の兄、トォルは心底気に食わない。しかし普段は城に居ないので、特に気にしていない。

 アルファとイルフィの双子末妹はイスマーアルアッド以外には懐かないし姿を見せない珍獣のような存在なのでよくわからない。

 城に無数に仕える召使や軍の兵士たちを的にするのは何となく物足りない。皇族相手であるならこの命惜しくない、と大真面目に言えるような人間相手に攻撃するのは面白くないからだし、無抵抗の人間を攻撃するなとは父にして師のアレクサンダグラスから言い含められていた。


「僕だって無抵抗じゃないか!? 僕が抵抗したことがあったか!? 最近はもう諦めの境地だぞ、姉さん付きの召使が鎖持って立ってたら自分から掴まりに行くからな!」

「私に意見できるうちは抵抗の意志ありだ」

「暴君かよ!」

「元気じゃないか」

「え?」

「マリストアに負けて傷心だったんだろう。それだけ騒げたらもう大丈夫だろう」

「――良い話みたいにしようとしても僕は騙されないぞ、そもそもあれは無効試合で引き分けだ! 勝ててはいないけど、負けてもない!」


 よくわからなくなったので、ハハハ愛い奴め、と額を突いておく。

 万が一、億が一でもあり得ないが、もしも攻撃が当たってしまった場合に頑丈な男で、比較的拉致しやすい年齢、体躯で、なおかつ己に対し反抗できる者となるともうニールニーマニーズ以外に条件を満たす人間がいない。

 ……だから仕方がない。仕方がないのだ。


「さて、お前も元気になったことだし、新しい壁の強度が気になるから今日は壁が壊れるまで付き合え」

「対価を要求するー! せめて! もはやもうこの境遇には文句言えないから!」

「ハハハ金さえ払えば斬り付け放題か――太っ腹だな」


 ちなみに壁は次の一撃で完全に壊れてしまったので、皇宮大工にもっと強度を上げるべきだと進言しておいた。


 ★


 どうも大工から盛大な勘違いを受けているような気がしてならない。

 壁に大穴を開けた後、メイフォンは今日もふらっと出かけてしまった。鍛錬以外の彼女のもう一つの趣味、武器探しだ。イスカガンに持ち込まれる武器類の中から気に入ったものを探すことが主だが、ごくごく稀にイスカガンから出て、何日かかけた遠征をおこなうこともある。

 そのようなわけで、当然磔にされたままで放置されていたニールニーマニーズはいつも通り大穴を直すために駆け付けた皇宮付きの大工たちに鎖を解いてもらった。

 彼らはこちらに生暖かい視線とサムズアップを送ってくるがアレは毎回どういう意図だよ。

 どうもメイフォン居城の壁が壊れるのはニールニーマニーズがやっているらしいなどという噂が流れているらしいが、噂の出どころは十中八九彼らであろうことは想像に難くなかった。


 そのような経緯を経て、作業の邪魔だからと丁寧に追い出されたニールニーマニーズは、メイフォン居城から出て図書館へと向かうことにする。

 メイフォン居城とイスマーアルアッド居城の間にある小さな庭園を通り、図書館へ。

 アレクサンダグラスの居る皇宮中央の城とそれぞれの居城の間には、所狭しと兵舎や馬屋、食堂、訓練施設、召使の居住区などが時には上下への展開も交えつつ整然と配置されているが、皇子皇女たちの八つの居城の間にはこのように庭園が整備されている。

 小さいとは言ってもあくまで城の規模で見ればという話であって、実際は歩いて端から端まで行こうとすればニ十分ほどと、ニールニーマニーズにとっては軽い運動になるような大きさはある。

 他の居城間の庭園に比べれば、イスマーアルアッドの教会とメイフォンの道場が併設されているせいで若干手狭に感じるが、どっちにしろそこそこ歩く羽目になることに変わりはない。

 もはや通い慣れた道で、今更不満に思うことさえしなくなったのは我ながら毒されているように思う。しかし自分の本領は頭脳労働なので、武力には屈するしかない。実際に怪我をしたことは一度だってないし、むしろ学院帰りに結構な頻度で迎えに来てもらえて僕としては楽というかなんというか。

 などといったことを考えながら綺麗に整備された庭園を歩いていると、見慣れないものが目に入った。

 イスマーアルアッド居城の近くに生えている一本の常緑樹。その木陰で、銀色が二つだ。

 黒い肌と銀色の髪、瓜二つの顔。手を繋いだ状態で樹の幹にもたれかかり、静かな寝息を立てている。十年ほど昔の微かな記憶を辿るにあれは恐らくアレクサンダグラス皇子皇女が末妹、アルファとイルフィの双子だろうとニールニーマニーズは推測する。

 およそ兄妹が勢揃いする機会というものは存在しないので、ニールニーマニーズが最後に二人を見たのは彼女たちがまだ歩き方を覚える前であるとかそういった時期だった。

 面影はある。年は十歳だ。それくらいだろう。間違いない、自分の妹だ。これは珍しいものを見た、とニールニーマニーズはなんとなく得をした気分になる。

 周囲を確認するも、今は庭師や召使など、誰もいないようであった。

 皇子皇女の中で、ニールニーマニーズの唯一の――否、唯二つの年下である。


 ニールニーマニーズは図書館に行くという予定をいったん白紙に戻すと、足音を立てないようにして、寄り添うように眠っている二人の妹たちへと進路を変えた。


 ★


 ようやく大臣とのお目通りが叶い、商人は皇宮へと参じた。

 マリストアとニールニーマニーズが大食い対決で引き分けとなり、お互いに二度と顔も見ないと宣言しあってから三日後のことである。

 商人は、家系に伝わる秘伝の採掘場から大量の竜骨を掘り出すことができ、それによって市場に流通している希少な竜骨よりもはるかに安価に大量に竜骨を仕入れることができる、ということを資料や実物を交えつつ説明した。

 そして五日後の夕頃に、ようやくアレクサンダグラスとの謁見が許されることとなった。

 メイフォンは初等課程卒業に七年かかってます(二留)。


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