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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第二章:皇位継承編〈上〉
44/78

#20 思惑の錯綜

 ★


 結論から申すなれば、もっとややこしいことになった、と、セラムは来訪者を目にしてそう思った。

 自分の記憶が不確かでなければ、入店したのはノーヴァノーマニーズにいるはずの兄の姿である。流体についての研究に没頭し続けて大王城兼研究室にほとんど籠りっきり、正直顔を見るのも何年振りで、実は兄など居なかったのではないかと思い始めたのですらも更に二、三年前の話――一緒に暮らしていた時期なぞ、己が五歳になるかならぬかくらいまでのはずである。

 黙っていればきっと気付かないだろう、と思う。ほとんど十年来の兄との再会というだけでも面倒なのに、背後に面倒を煮詰めたような女がいる。今も、おい、対応しなくて良いのか、と後ろからこっちの肘を突いている――うるさいな、今やるつもりだったんだよ。


「ん、んん。……いらっしゃい。贈答用か? 何を探している」

「――セラムか?」

「えっ」


 一発でバレた。


 ★


「実を言うとですね、僕も何がどう消費されて魔法が発動しているのか、っていうのが詳しくわかってないんですよ。でも、魔法を使うとなんとなく体が軽くなったような気がして、使い続けると空腹感と喉の渇きを覚えますので、多分熱量(カロリー)とか水分とか、そういうのが消費されてるんだと思います」


 勇者が立てた指を真似する様にこちらに示す。指示の通りに指を立てると、彼がこちらの指を握った。


「ちょっと指先に意識を集中してください。いいですか、一点だけを見つめて――」

「あっ」


 白い靄のようなものが、指先からわずかに噴出するのが視認できた。それはだんだんと密度を増していき、初めは目を凝らしてようやく見ることができるくらいだったものが、完全に向こうを見通せないくらいになるのにさほど時間を要さない。

 ……体内の至る所に、同じものが見えますねぇ。

 勇者の体内にも、視線を落とすと自分の体内にも、白い流体じみた塊が胎動しているのがわかる。しばらく見つめていると、靄は一所にとどまることはせず、体内を常に移動し続けていることも分かった。


「白い靄のようなものが見えましたよぅ」


 ★


「それを吾輩は『魔力』と呼ぶことにしているのである」

「はあ」

「あるはずだ、あるに違いない、という方針で研究を重ねた結果、まじないの源流――呪術的な自己暗示という方向性から、ついにこれを視認することに成功したのである」


 大王が手のひらを天井に向ける。

 わざわざ目を凝らさずとも、その上に白い靄が集まっているのが見えた。溢れて伝う「魔力」をミョルニが啜る。


「お、こらミョルニ、くすぐったいのである」

「まあわかってると思うんですけど、僕とミョルニにも見えてますよ、それ」


 であろうな、と言って大王が魔力の塊を握り込む。靄は文字通り雲散霧消した。

 珈琲カップを手に取り、冷めた中身を飲み干して、


「正体はまだ目下研究中であるが、『魔力』に命令することで、基本的に『魔法現象』は発生するのであるな」


 トォルにとって魔力、すなわち白い靄とは、今まで他人には見えないが自分――とミョルニ――にだけ見えている、益もなければ害もない、ただの『何か』だった。

 ミョルニがたまにこれを喰らい、また、飛竜に変身するたびに消費しているということは知っていたが、これを使って何かが起こせるということは考えたこともなかった。そもそもそういうものだと知らなかったからだ。

 ……命令する。こうかな。

 やってみたら出来た。


「貴様説明を聞く前に勝手にやってみる癖、全然変わらんであるな」

「まあなんというか、はい」


 命令を解除するように意識すると、浮かんでいた書類が自分の左手に落ちる。空気に命令するような者は普通に考えていないわけである。白い靄が見え始めたのが十歳になる前くらいで、数年後他人に見えていないことに気付いてからも、この白い靄――魔力は、ただそこにあるだけの存在でしかなかったのだ。

 もう一度命令。白い靄は形を変えて書類を再び持ち上げる。


「やってみるとまあ、これどうやって作用してるんだか本当にわかりませんね」


 念じたまま、かなり細かい制御まで自在にできる。大王は《浮遊》と呼んだが、本質は《物体操作》だろう。遠隔的に、手を触れずに物を操ることができる。

 試しにミョルニに白い靄を向けてみると、近付く傍からひょいと手を伸ばして口に運び、すべて胃の中に消えた。


「吾輩も仮説を幾つか立てる試みはしているのであるが、如何せん未知の分野であるから、いまいち進まんのである」


 ★


 ……暗示の延長、ですかねぇ。

 勇者の教示を思い出しながら、アイシャは《発光》魔法についての試行錯誤を積み重ねていた。

 自分の専門であるおまじない――すなわち呪術は、強烈な自己暗示により効果を発揮するものである。薬品の使用や、呪術的儀式としての場の設定により、いかにもといった雰囲気で対象を飲み込み、発動する。

 おまじないの成功確率というものは、日々の積み重ねによるところが大きい。アイシャが常に睡眠不足の状態を保つようにしているのもその為であるし、例えばある日雨が降ったのは自分が行った雨乞いの儀式のお陰であると吹聴したりといった、ある事象を自分のおまじないが起こしたという擦りこみを繰り返すこともする。

 極端な話、自分がどれだけ場を整えようとも、呪術(オカルト)なぞ信じぬと鼻で笑うような者にはかからぬし、信じやすいものが相手であれば眼前で柏手を打つのみで術中に陥れることもできる。

 要するにおまじないとは、いかに相手を説得できるかが要なのだ。説得力が増せば増すほどおまじないの威力は増す。

 翻って魔法は、この説得力をはじめから最大値で発揮するものである。勇者が「光そのもの」ではなく、「光を発生させた」という事象を発生させるのが魔法だと述べたが、呪術の専門家(オーソリティ)からすると、この認識では六十点ですねぇ。「光を発生させた」という事象を発生させるに足る「説得力」を補うのが魔法だ。

 指先に光を灯すとする。この時、魔法は「光そのもの」ではなく、「光を発生させた」という事象を発生させる。外からならこの見方でまあ差支えはない。ただ、この技術を応用するとなると、もっと一般化した見方が必要になる。それゆえ、アイシャはおまじないの理論に魔法を当てはめて考えてみたのだ。


 「魔法」とは何か。光そのものを起こすとするとき、何もない空間に、何の説明もなくいきなり光が出現しなければならない。

 通常の物理法則なりなんなりに則れば、それらしく見えるなんらかの方法があるだろう。それこそ火を燃やせば光は発生するし、天に突き出した指先に雷が落ちればそれはそれで光を得られはする。理由はなんだって良い。その理由を肩代わりする存在こそが、すなわち「魔法」なのだ。

 魔法を理由に指先に光が灯る。マッチを擦れば、あるいは松明を持てば、周囲が照らされるのは自明だが、それと同じ結果をもたらすありとあらゆる行為を代替する技術こそが魔法だ。

 勇者の言を借りるなれば、「光そのもの」でも「光を発生させた」でもなく、「光を発生させたということを発生させるもの」を発生させるといったところなわけだが、


「まあぶっちゃけ、感覚でやっちゃう(タイプ)の人だったら、ここまで難しく考えずとも使いこなしてそうですねぇ、コレ」


 魔法の正体は恐らくこの推測で間違いないが、結局のところ、魔法を使えば不思議が起きるという認識で間違いないので、魔法を起こすことが目的ではなく手段であることをきっちり理解してさえいれば、使用には差し支えなさそうだ、というかなんというか、

 ……とりあえずお腹空いたので、休憩も兼ねて腹ごしらえでもしますかねぇ。

 指先に光を灯すだけでも、ものすごい空腹感だ。

 

 ★


 どうしてこんなところに、と兄が次に問うであろうことはわかりきっていた。ゆえに先んじて、


「新しい世界を知りたいと、そう思ったんだ」


 ★


 前に見たのは十年前――いや、さすがに十年も昔ではない。そのはずだ。自分が研究室に閉じこもりきっていたのが悪いのだが、お互い顔を忘れていなくてむしろ驚いた。人違いの可能性も考慮しつつ、声を掛けたが、妹その人で間違いなかったのである。記憶の奥底に眠っていた、幼い妹の面影が目の前の少女と重なる。

 新しい世界を知りたいとはどういうことか、と一瞬考えたが、セラムの背後に控える背の高い女を見て察した。妹がこの人だと決めたのであれば、口出しはすまい。目が合ったので、妹のことをよろしくお願いしますという意を込めて会釈しておいた。

 力強い頷きが返った。


 ★


 メイフォンは、食虫植物のことについてセラムに聞きに来た。何とはなしに寝室に置いてあった図鑑を眺めていたら、虫を捕まえて栄養にする植物の項があったのだ。格好良いと思ったので、この店にもあるのかと、それを問いに来たのだ。

 そうするとなにやら取り込み中だった。なのでしばらく静観していたが、少し聞くくらいなら構わないだろうか、否、ちょっと様子を探ってみるべしと思って、手元の花弁について言及した。どうやら花の加工をしていたらしい。花屋の仕事については詳しくないが、装飾品も作るようだ。

 その手際を見て、自分は魔法みたいだなあと感心して褒めてみた。そうするとなにやら要領を得ぬことを口走ったが、寝室にある本棚の隅に書きかけの小説が置いてあったのを見つけた直後だったので、深く言及はしなかった。あんなに強引な男は実際にはいないと思うぞ。普通に強姦だろアレ。そういえばなんか水分を奪うとか言っていたが、なんというかこう、全部搾り取ってやるぞとかそういう意味だろうか。広義の搾取というか。うわ、そんなことまで、と、誰も居ぬ寝室で周囲の目が気になり始めたので、原稿を元あった場所に戻しておいた。会話の運びでもしかしたら読んだことがバレたやもしれぬ。

 恥をかかせてしまっては可哀想だと、若干手遅れな気がしないでもないがどう挽回しようかと考えているところに、一人客が来た。

 詳しい事情は全くよく分からないが、どうやらセラムの知り合い――兄であるらしい。目が合ったと思ったら会釈をされたので、深く頷いておいた。

 一瞬の後、会釈の意図に思い至る。久しぶりの再会、兄と妹。なるほどあいわかった。


「店番くらいなら任せてくれ、金の勘定くらいならできるぞ」


 積もる話もあるだろう。

 セラムの背中を押して、彼女の兄に近付ける。

 

「あ、ああ、そうだな、……少し頼めるか? …………いや待て、本当に大丈夫か?」

「すみません、ありがとうございます」


 ★


 舌打ちがすっかり癖になってしまっているのだが、今のそれは、意図的に、心の底から忌々しさの発露という形で出した。

 納刀。

 

「殺さなくて良いんですかぁ」

「黙れ」

「そうですかぁ」


 残念です、と言ってヤコヒメは、自分の腿を軽く叩いた。ないはずだったというのに、先程見つけてからずっとあった膨らみが裾から(まろ)び出て、一瞬のうちに人型をとった。


「お腹空きました――食べてええですか」

「おおよしよし、でも駄目ですよ、もう少しだけ我慢してくださいねぇ――ソウビ」


 幾通りも脳内で試してみたが、思いつきうる限りのありとあらゆる手順において、ヤコヒメに切り付ける前に、自分は蹴りで絶命した。背中を汗が伝う。

 攻撃の意思がないことを示すために、勇者はあえて胡坐を掻いた。


「お前は、一体どうするつもりなんだ」

「ん、勇者様の真実について、ですかねぇ」

「いいや――描かれた平和の世界について、だ」

「そう言われましても、わたくしはこちら側ですからねぇ」


 ソウビが場所を変え、ヤコヒメの背後に影のように立った。


「イスマーアルアッドにはどうして俺の洗脳が聞かねェんだ、教えてくれ」

「さあ。わたくしは知りませんねぇ」

「俺が何をするつもりなのかはわかってんのか?」

「さあ。どうでしょうかぁ」

「……俺を野放しにするつもりか?」

「ええまあ。次に私たちの御大将になられる方には、この程度のちっぽけな脅威、自力で解決してもらわないと困りますからねぇ。度が過ぎたらちょっと手も出しちゃいますけど」


 舌打ちは我慢した。

 仕返しと言うわけではないが、ぞんざいに顎で話の続きを促す。微笑で流されたので余計癇に障った。


「当面お前は俺のことを邪魔しねェってことでいいんだな?」

「そうですねぇ。まあ、気が変わらなければ」

「お前他の――いや。やっぱりいい」

「うふふ、何を聞こうとしたかは全く見当がつかないのですがぁ、――賢明ですねぇ、まったく」


 とりあえず、当面のところはヤコヒメにこちらを妨害する意思はないようである。彼女の嘘か本当かわからぬ言しか判断材料がないため、あくまでヤコヒメを信用するならば、という但し付きにはなってしまうが、

 ……ひとまずは脅威じゃねェ。

 いずれ脅威になることは決められているが、それは今ではないと、そういうことだ。

 

 ★


「それじゃあわたくしは先に戻りますねぇ。ええまあ、貴方が何を為さんとしているか、全貌まではわかりませんがしっかり考えて行動してくださいねぇ。今のところ、貴方にはまだ利用価値があるので生かしてやっている――そのこと、胸に刻んでおくことですよぅ」


 という女の声が、車輪が回る音と共に遠ざかって行った。

 少しして、彼女と会話していた男が舌打ちと共に立ち上がった。苛つきを隠そうともせずに、こちらに近づいてくると、幹を蹴飛ばす。


「―――――――――ッ!」


 彼の足音も消えるのを待って――アルファと(・・・・・)イルフィは(・・・・・)暫定隠れ家(・・・・・)である焼け(・・・・・)残りの木(・・・・)の上(・・)から、慎重に下りた。一応見渡すが、誰も居ない。空いている方の手で胸を撫で下ろす動作が同時に発生する。


「ねえ」「わかっているわ」


 尋常ならざる様子に、見つかればどうなるかわからぬと、死に物狂いで気配を消していた。向こうがこちらに気付いていなかったと断言はできないが、仮に気付いていたとしても、少なくとも現状見逃してはくれたとそういう状態である。

 彼女たちは車椅子の女と、勇者が立ち去った方とは真逆の方から建物の角を曲がり、自室に戻ることに決める。


「とりあえず誰にも秘密よ」「それがいいわ。少なくとも今は――」


 油断していなかったと言えば嘘になる。曲がった先に、車椅子の女性が、背後に下女を控えさせた状態で居た。

 明らかにこちらに用事があると、そういった風であった。


 


 二章……終わりませんね?



※章タイトル微妙に変更しました(2018/6/16)

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