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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第二章:皇位継承編〈上〉
41/78

#17 勇者の誤算

 ★


 訪れたのが遅かったというのもあるが、ノーヴァノーマニーズの大王が手指の腹を合わせて「さて」と言った頃には、もう正午を回ろうとしていた。

 なんとなく襟を正し、トォルも座り直す。


「魔法について論じてみるのである」


 続けて、


「まず、魔法とも呼ぶべき法則が実在する――そう仮定した経緯について話そうと思う。拝聴し給え」

「ええ、まあはい。……拝聴いたします」

「よろしい。ところでトォルくん、貴様、科学じゃ説明がつかない、と生きていて思ったことはないかね」


 問われ、ミョルニにちら、と視線を送る。

 ……これがいるしなぁ。

 なにせ飛竜に変身するし、飛ぶ。彼女の存在を抜きにしても魔王を見たし、他には王国騎士団もまあまあ出鱈目だ。壁を駆け上がったり岩を割ったりする騎士が普通に居るし、それらすべてを素手でやってのける女もいる。まあ姉なわけだが、あの女は竜と同じくらいの挙動をやってのけるだろう。案外イスカガンを襲った蛇竜と殴り合いなぞしているのではなかろうか。あれが魔法かと問うたら当の本人たちは鍛えたらできるようになったとか言いそうで恐ろしい。というか多分言う。

 肯定した。


「吾輩はそれこそこの世に存在するほとんどの文献、論文に目を通している。まあこれにはコツがあるのであるが、それについては後述するとしてだ。文献類を遡っていくと、ある年を境に物理法則を無視したとしか思えない、滅茶苦茶な論文が散見されるようになるのである」

「……古い論文だから、脇が甘いとかそういうわけじゃないんですかね?」

「否である」

「にゃあ」

「そういうわけでもないらしい。物理法則に則るとあり得ない事象だが、このあり得ない事象をあり得たらしめるとある共通の法則があることに、吾輩は気付いたのである」


 大王の手招きに応じて近づいて行ったミョルニが、膝の上に座って鳴いた。大王はそれを意に介しもせず、細い腰に両腕を回す。ミョルニの体に隠れてまったく姿が見えず、彼女がこちらに語り掛けているようだ、とトォルは思った。

 同じことを大王も思ったようで、ミョルニの両腕を背後から操作し、論を進める。腹話術のつもりだろうか。


「このとある法則は、既存の物理法則では絶対にありえないことなのだが、これが実在の法則であると仮定するとありとあらゆる論文の辻褄が合う。起こった現象を最もうまく説明する仮説が真であるとするなら、その起こった現象とやらもまた真であるな?」


 話が込み入ってきたが、大体その通りだとトォルは脳内で反芻する。演繹的推論とは真逆の過程を経る推論方法について言っているのだろうか。

 向かい側まで距離のある峡谷を、迂回しているのでは無理な移動速度で通過したという事実がある時に、もしもその誰かが先端に鉤のついた縄を持っていると仮定すれば、あるいは空中を歩く術を習得していると仮定すれば、直接直線的に向こう岸に渡ることができるだろう。結果から過程を想像し、より合理的な仮定を検証して、最も合理的な説が真であれば、この仮定が導く結論は事実だと言える。

 しかし上述の例ではどう考えても現実的でない仮説が二つ並べてある。特に後者、空中を歩くことのできる人間なぞこの世に存在しないからだ。そもそも実在しない魔法が実在するなどと、それこそ御伽噺であるまいし――


「でも大王、実在しない魔法について論じても仕方ないでしょう? 仮説形成について論じるのに、最も合意的でない過程だと思いますよ、僕は――とでも言いたそうな顔をしているのであるな、トォルくん」

「表情からどれだけ読み取ってるんですか……」

「いやなに、これにもコツがあるのであるよ。まあなんだ、魔法はあるのである。こんなの魔法でもなければ証明できぬぞと思って、駄目元で試してみたら出来たのであるな」


 大王が立ち上がり、指を擦らせた。二度の失敗を経てようやく鳴らすのに成功し、鋭い短音が書棚に吸い込まれ、消える。

 僅かな間。

 本棚が大きく振動し、並べられた本、論文、石板などが次々に飛び出してきた。それらは床に落ちる前に体勢を立てなおして徐々に一列に。そして寸分の隙間もなく大王の前に整列した。

 

「よもや信じぬとは言うまい、トォルくん。ただ、ミョルニの正体についてはまだ口にしないでくれ給えよ。吾輩が当ててみせるものである」

 

 トォルは両手を肩の高さまで上げて、参りましたと言った。ミョルニを捕まえられているのでは、具合が悪いからと逃げ出す手も使えないからだった。

 

 ★


「競うと言うと、一体何を競えば良いでしょうか?」


 問うと、ヤコヒメは思わせぶりな笑みをこちらに送ってきた。

 知恵か、戦闘力か、はたまた運か――? なんであれ、万に一つもイスマーアルアッドに負ける道理はない。ヤコヒメに対して、どうにも洗脳魔法が掛かり切っていないか、どこかでしくじったかして上手く機能していないが、この程度の試練で良いのであれば、さしたる問題ではない。

 そもそも対戦相手を自分の意のままに操ることができるのである。負ける要素が存在しない。


「決闘が良いと思いますねぇ。命を取れとまでは言いませんがぁ、相手に参ったと言わせた方が勝ちってことで」

「待てヤハン女王、私と勇者が決闘したところで、皇帝への向き不向きに何か関係するのだろうか。無用な血を流すのは反対したい」

「んー、良いじゃありませんかぁ。どうせ一撃で決まりますよぅ、この勝負。ねぇ勇者様。儀式ですよぅ、儀式儀式」


 一体何を知っている? 一撃で決まる、と言い張ったヤコヒメの真意は計り知れないが、

 ……俺がイスマーアルアッドに一太刀、それで終わりを宣言すれば問題ねぇ、か……?


「候補同士が決闘して、どちらが強いか判明した。ヤハン女王はその強さを以て勝者を選択した。これで問題ありますかぁ?」


 今のところ、イスマーアルアッドに洗脳魔法は間違いなく機能していると思う。しかしヤコヒメの件がある――勇者は確かめてみることにした。


「すみません、少し考えさせてもらっても良いでしょうか」

「ええどうぞ、少しだけなら構いませんよぅ」


 怪しまれないように、イスマーアルアッドがこちらの思うままに動くかどうか確認する。見えにくい位置で指を鳴らし、腰に佩いた剣を抜くよう念じる。

 果たして皇帝候補は剣を抜き放ち、


「私は勇者様が皇帝になる方が良いと考えているが、アンクスコの女王から一票受け取った身。棄権はしない」


 そう言った。

 そのままこちらに向かって剣を構え、こちらはいつでも大丈夫ですよ、と続ける。


「あ、あの、イスマーアルアッド様、さすがに御大の御前ですからぁ、ここで戦うとかはちょっと良くないと思うんですよねぇ」

「えっ、あっ、すまない、今決闘するということではなかったのか」

「スーチェンの戦闘気狂いならともかく、わたくしは場を弁えますよぅ」

「我も場くらい弁えるわこのグイ――」

「あの! ……別に良い、よ」


 葬儀官が手元の書類に視線を落としながらウーの抗議を遮った。

 勇者もヤコヒメと同じく、さすがにこの場で決闘することになるとは思っていなかったので、葬儀官の言葉には少し驚く。

 ……人様の墓の前で決闘なんざ、さすがに嫌だろ。

 そう思ったが、葬儀官が読み上げる条項を聞く限り、むしろ候補が複数あった場合に皇帝の前で決闘することは推奨されてすらいるらしい。皇帝継承についての宣言をするのと同じ理由で、決闘の公式性を得るためだ。


「問題ないのなら、もうここでやりますか?」


 アルタシャタからせしめた宝剣を抜く。

 んー、と眉根を寄せてヤコヒメが少し考えこみ、パチンと扇子を開いた。


「まあお二人ともやる気なら、別に場所とか変えなくても良いですよねぇ。さっさと済ませてしまいましょう」


 そういうことになった。


 ★ 


「八王が一角、ヤハン女王として宣誓いたします。互いに全力を出して相手を負かしてくださいねぇ。わたくしが優位だったと感じた方が勝ちということにしますよぅ」


 ソウビに車椅子を押されて移動したヤコヒメが、対峙した二人を眺める。

 他の者たちも皆、その背後に移動していた。

 勇者が抜いた剣は薄い片刃に緑色の宝飾が所狭しと鏤められており、イスマーアルアッドの抜いた実直な直剣に比べて貧弱に感じられる。マリストアには、勇者の抜いた剣が実戦用のものでないという風に思われた。


「おい勇者の、その剣は宝剣だの」


 贈り主のアルタシャタが警告する。鍔迫り合えば、折れるのは勇者の剣。マリストアの予想はやはり正しかった。

 対して勇者は自信に満ちた堂々たる態度を崩さず、反りの強い宝剣を、眼前に立てる。


「大丈夫ですよ。僕が握った剣は、すべて勇者の剣です。――宝剣開放、ゴールディオス」


 宣言と同時、宝剣が細かい振動を得た。甲高い金属音のようなものが空間に浸透する。潔癖なまでに白い光が剣から発され聖廟の橙色を塗りつぶしてしまった。

 ゆっくりとした動作で剣を振りかぶり、鋭い呼気を一つ。


「それじゃあ――」


 ヤコヒメが言う決闘開始、発声と同じタイミングで、両雄動く。


 ★


 勝敗が決まるのに一合の打ち合いも必要としなかった。

 ヤコヒメの合図と同時、勇者とイスマーアルアッドの両者が地を蹴り、行った。

 勇者が二歩目を踏む前に、イスマーアルアッドの刀が勇者の首を刎ねていた。――否。薄皮一枚のところで刃が止まっている。痛みはあとから熱となって来た。

 勇者はまず、なぜイスマーアルアッドが自分に勝ったのか、ということを考えるなどという愚は犯さない。何が起きたか、どうして起きたか、対策はあとで考えろ。今必要なのは、現状の対処だ。


「う、ぐぐが――」

「伏せろ!」


 多少首が斬れるのも厭わず、身を屈めてイスマーアルアッドの後頭部を守るように、ゴールディオスを差し込む。

 激しい打突音が腕を痺れさせた。

 「彼女」はすぐに飛び退き、こちらとの距離を取る。勇者はイスマーアルアッドから身を離すと、ゴールディオスを振りかぶった。

 根元から毛先に向けて、黄金から黒に変遷する見事な長髪。右の瞳は翡翠、千切れた眼帯から覗く左の瞳は黒曜石。腰あたりから生えた左の片翼は闇を凝集したがごとき禍色で、鋭い牙の並ぶ口からはぐ、ともが、ともつかない吠え声が漏れ出し、連続している。


「怪我はありませんか、イスマーアルアッド様!」

「ええ、お陰様で何とか――背後からの接近に気付ないとは不覚をとりました。守ってもらったことにも気付かずに――」

「御託はあと! 構えて! アレは強いですよ!」


 獣のように四肢を使い、今にも飛び掛かる獲物を見定めているかのような体勢のマリストアに剣を向け、勇者はイスマーアルアッドと肩を並べる。


「大丈夫です、よ。どうかこちらへ、避難いたしましょう、ね」

「構うな。おい勇者、イスマーアルアッド。手助けは要るか」

「大丈夫です」同じ内容の声が二つ。

「おひい様、私の後ろに隠れとってくださいね」

「わしも守ってくれんかの、ついでに」

「ああ、じゃあ私もお願いしようかしら。貴女強そうだわ」


 全員、背後にいる。

 自分の表情を見ることのできる者は居ない。

 イスマーアルアッドに負けたと思った時はほんの一瞬頭が真っ白になったが、マリストアを連れてきておいて正解だった。やはり自分の手駒は自分の思い通りに動いてこそだ。

 まだ失敗を覆すことは不可能に非ず。


「すみませんイスマーアルアッド様……! マリストア様の魔物性を完全に討ち祓うことができていなかったみたいです!」

「……どうにかできるんですよね?」

「はい、今度こそ――必ずや」


 決闘において、勇者はイスマーアルアッドに首を取られた。しかし勇者は、対戦相手の背後から迫る魔の手から彼を守るべく動いており、実際に守った。決闘での負けは不慮の事故により無効――筋書きはこうだ。

 あとは適当にマリストアを抑えて、魔性を調伏したことにするだけである。

 ……なに、難しいことじゃねぇ。

 魔物の爪を剣の腹で払い、体を捻る。右、左。イスマーアルアッドが補助の動きに徹してくれるお陰で戦闘を組み立てやすい。打ち合うこと幾合、宝剣が半ばから折れる。実戦での使用が想定されていない代物だからこれは当然だ。


「勇者様!」

「くっ」


 宝剣が折れた衝撃で吹っ飛んだ自分に馬乗りになる形で、マリストアが追撃を仕掛けてくる。

 紙一重、無理矢理捻った体のすれすれを爪が裂いた。皮膚が捩じ切れ、血が飛び散る。しかし運がよかったのはその一撃だけで、追撃がこちらの首を掴んで締めあげた。目と目が合う。黒と蒼の瞳がこちらを見下ろす。

 胴を挟む両足が万力のようにこちらの両腕を、片手が首をそれぞれ締め上げ、完全に身動きの取れなくなった勇者が完成した。苦しむふりをしながら、勇者はもがく。

 イスマーアルアッドがこちらに近づこうとしたが、マリストアが首を捻って牽制した。背中の方に限界まで倒して、可動域のぎりぎりまで角度を得た首。イスマーアルアッドが歩を止めた。マリストアの口端は吊り上がっている。

 その隙をついて、勇者はマリストアの拘束から逃れ、反対に馬乗りになる。


「――魔を討ち祓え、ゴールディオォォォォス!」


 ゴールディオスがマリストアの真っ白い喉を貫くと同時に、彼女の変身を解除する。宝剣を抜くと、そこには汚れはあるが傷一つないマリストアが気絶しているのみだった。

 宝剣は半ばから折れているが、迸る光は元々あった刀身の形を保っている――実際に刺したように見えたのはこの光の部分だけで、余計な傷を負わせることなく済ませることができる。

 途中で刀身を折ったのもすべて計算の上のことだ。


「――これで一安心、ですね」

「ありがとうございます……! 勇者様、一度ならず二度までも、妹を救っていただいて」

「はい、これでもう大丈夫ですよ! マリストア様の魔性は勇者である僕が、完全に討ち祓いましたから」


 背中の熱が酷いが、これくらいで負けを帳消しにできるのなら必要犠牲だ。

 ゴールディオスの光を消し、納剣。

 イスマーアルアッドにマリストアの介抱を任せて自分は胡坐を掻く。さすがに疲労が強い。葬儀官が軟膏と包帯を取り出し、応急処置をしてくれるに任せる。痕が残ると言われたが、それくらい構うものか。


「えーっと。決闘は延期にした方が良いですかねぇ?」


 空間の隅の方で完全に観戦状態に入っていた八王たちの中から、ヤコヒメが車椅子を押されてこちらへやって来る。

 イスマーアルアッドがマリストアの容態を確認しつつ、口を開く

 

「……ヤハン女王、今回は私の負けだ」

「そうですかぁ」


 勇者がうまくヤハンの票も得られそうだと思って見ると、ヤハン女王の黒い瞳がこちらを見下ろすのとぶつかった。

 涼しげな――といえば聞こえが良いが、冷徹な、といった方が近いんじゃねぇか、などと頭の片隅でそんなことを思う。


「御大将アレクサンダグラスに宣誓。ヤハン王ヤコヒメ、ヤハンの承認をイスマーアルアッドに出す――ということでよろしくお願いいたしますねぇ」


 勇者は我が耳を疑ったが、聴覚に異常はなかった。



 ウー王が途中で言いかけた「グイ――」ってのは、グイズのことです。日本鬼子(リーベングイズ)。日本を差別する最大限の侮辱表現だそうなんですが、日本人、これを「ひのもと おにこ」と読んで萌えキャラ化するという強メンタル。ちなみにモチーフは確かに日本ですが、ヤハンと日本はほぼ関係ありません。

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