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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第二章:皇位継承編〈上〉
40/78

#16 聖廟の宣誓

 ★


 魔法の原理はわからないと勇者は断ったうえで、既存の知識では説明できない技術の一端を見せてくれた。

 簡潔に言ってしまえば、火の気のないところに炎を出す魔法と、中空から氷を摘み出す魔法だ。


「僕が今使える魔法らしき魔法はこの二つだけですね。コツとかそういうのくらいしかわからないんですけど、どうですか」

「それは僕にも使えるの?」


 言葉に気を遣う余裕がいつの間にかなくなっていたが、もはやそのような些末なことを気にしてはいられなかった。

 身を乗り出して勇者の手元を確認する。手品の類ではない、と思う。こちらの指定したありとあらゆる状況下で魔法を発生させる。それに加え、勇者の指示通りにやってみると、自分にも魔法が使えたからだ。

 脳内にある透明な摘みを捻るつもりで、と勇者が言った。脳内に実際にそのようなものがあると仮定して、捻ってみた。指先から炎が出た。逆に捻って、という指示に従うと、指先が氷を摘まんでいた。


「良いね! 僕自身が使えるってのが非常に良い。これなら十分に研究できると思う!」

「それじゃあ、魔法についての研究は任せても良いですか?」

「任せてくれ! もしかしたら、もっといろいろなことができるようになるかもしれない」


 既に幾つか案はあった。

 例えばほら、と言って机を撫でると、木製のそれは撓み、曲がる。意のままに歪み、何の変哲もない四つ足の机は奇妙な像になる。

 驚きで目を見開いた勇者に、自分はこう言った。


「この魔法の本質は熱を操る力だね。何が消費された結果、どのような干渉が起きてこのような影響を及ぼすのか、ということはまだ見当もつかないけれど、今から探っていけば多分そのうち分かると思う」

「……ちょっと見ただけでもうここまでできるんですか!? これは期待できそうです」

「アイシャにも話してみようと思うんだけど、ダメかな。勇者様が知っているかは知らないけれど、彼女はおまじないについて研究している。きっと研究速度が段違いに上がるはずだ」


 霊的なこと(オカルト)は姉の領分だ。自分よりも保持している知識の量が圧倒的に多い。そう思って提案すると、勇者は少し考えこみ、やがて、


「あまり魔法について広めたくはないんですけど……いえ、大丈夫です。ニールニーマニーズ様とアイシャ様の二人が居れば、きっと鬼に金棒ですね」


 その時、部屋の扉が叩かれた。

 召使がアイシャの来訪を伝える。ちょうど良い、と勇者と二人で頷き合い、彼女を招き入れた。


「それじゃあ僕は少し用事がありますので、名残惜しいですが席を外させていただきますね」

「任せてください、僕が魔法を解明してみせます」


 ニールニーマニーズは勇者がした説明をアイシャに繰り返し、魔法を実演してみせる。その途中でまた思いついたので、窓際の花瓶を手に取った。指を水に浸すと、即座に水蒸気と化す。衝撃で花瓶が割れ、飛び散った。

 幸い、お互いに怪我はない。

 ……熱を操るわけじゃないねコレ。運動量――操ることができるのは、運動量だ。


 ★


 昼下がりである。


「帰らんのか」

「何か言ったか?」


 どうして家主の自分を差し置いてそこまでくつろげるのか。

 セラムが睥睨する先、メイフォンが寝台に横になって本を開いている。本棚に並べてあった植物図鑑だ。先程から食い入るように眺めているのは、ページの繰り具合から食虫植物の項だと推測。

 図鑑を眺めるのに夢中になっているのなら良いか、と思い、


「今から少し仕事するから、邪魔だけはするなよ」

「任せろ、得意だぞ」


 ……本当に大丈夫か?

 まあ良い。この女にばかりかまけているわけにもいかない。切り替えは大事だ。別に元から悪かったわけでもないが、体調も万全である。昨日結局放置したままだった仕事を片付けねばならぬ。入り口に掛けてある閉店の札をひっくり返して開店にするが、どうせ今日も客は来ないだろう。花屋には常に閑古鳥が鳴いている。

 先程食事の際に片付けた机に陣取る。器具や素材を並べて椅子を引いた。

 翡翠葛の加工自体は済んでいるので、あとは意匠をどうするか考えるだけである。素材の確保・準備までと、デザインの確定以降は完全に作業なので、やればいずれ終わる。しかし、その間がどうしても詰まってしまう。

 そもそもが副業的に始めた事業だったのだ。花屋の店番をしつつ、客がいないときは趣味に没頭。それで日銭を稼ぐことができれば、それで満足だったのである。趣味で装飾品を作っていて、それを売り始めたら完全に逆転してしまった。それは良い。いや良くないが、まあ良い。日々をつつましく暮らせるだけの金を稼ぐことができて、適度な余暇があれば問題ない。

 問題なのは装飾品作成の才が己になさそうだという点にあった。趣味で作る分には自己満足の世界だ、それでも問題なかったが、売り物にするとなると話が変わってくる。

 偶然見つけて魔法と名付けた技術はあるし、これによって加工したドライフラワーが客から高く評価されているのも分かっている。花弁を一つ耳飾りに加工したり、花冠を一つ丸々首飾りや指輪の飾りにするのは簡単だ。意匠を考える必要がない。なにせ素材の味を丸々活かすだけで良いのだ。

 どうせ青なら、蒼薔薇等の花冠を丸々使える種類の花にして欲しかった。今更悔やんでも仕方がない。翡翠葛でやるしかないが、しかしデザインで頭を抱えるのは許してほしい。

 主素材である翡翠葛の花弁を並べては崩し、並べては崩しするがいまいちしっくりくるものが来ない。青一色なのがいけないのか。服飾品や装飾品は差し色が大事だと聞く。翡翠葛自体が緑味がかった青色をしているので、それこそ蒼薔薇などはっきりした色の青を混ぜるのはどうか。

 さっそく花弁を幾つか見繕ってくる。ふと目についたので菊も拝借した。

 机の上に並べ、魔法を行使する。

 この時、セラムは作業に熱中しており、それ以外のことは完全に意識外においていた。なぜなら今まで、自分の家に、客以外の人間がいたことがなかったからだ。


「おお、すごいなそれ。どういう仕組みだ?」


 それゆえ、背後からメイフォンが接近していることに、彼女はまったく気付いていなかった。

 思わず取り落とした薔薇の花弁が床で跳ね、鐘のように硬質な音を響かせたのを、どこか遠い世界の出来事であるかのように耳が拾った。


 ★


 棺はこの空間を構成するものと同じ金属で構成されていた。

 直線が一定の規則性を持って並んでおり、銀に似た光沢が揺らめく橙色を反射している。

 大きな立方体だ。


「御大を拝見するわけにはいかんのか」

「それはダメだ、よ」


 ウーが問い、葬儀官が即答した。

 

「じゃあ今から、次の皇帝、どうするか、報告して、ね」


 マリストアは、これからの行程について聞いていた。この場にいる者たち皆が、階段を降りる前に葬儀官から聞かされているのだ。

 宣誓だ。

 理想は死の間際。次の皇帝を前皇帝の前で宣誓することだが、まあ凡その場合そういうわけにはいかない。であれば自分が死んだ後、葬儀の最中にそうするべし、という決まりがアレクサンダグラスによって決められている。

 イスカガンの慣習を成文化し、葬儀官に託したものである。ただ、これを決めた本人もまさか自分が唐突に死ぬことまでは予想できなかったようで、葬儀も終わり、このように納棺された後にこの儀式が行われることと相成った。


 元々はイスカガンの慣習であったが、今は女神教という宗教の教義に基づくものであるとしている。

 種々さまざまな宗教を、すべてが一宗派なのであるとし、まとめ上げた統一宗教。皆、女神教という宗教が実体を伴わないことを承知の上で、偉大なる大皇帝(トーテム)への尊敬という形で共存(めがみきょう)に妥協した。

 大皇帝アレクサンダグラスは、アレクサンダリア建国の父にして大陸統一を成し遂げた大英雄でもあり、女神教の神と同等という扱いにもなっている。


 聖廟はアレクサンダグラスが葬られたことで性質を変え、ここで初めて儀礼的意味を持つ場になった。

 アレクサンダグラスの前で次の皇帝について宣誓するということは、女神教の宗教的権威を次期皇帝が得たと、そういう解釈なのだ。

 もっとも――純粋な女神教信者も一定数はおり、イスマーアルアッドもそのうちの一人なので、上記のようなことを口にすれば機嫌を損ねるだろう、とマリストアは思う。


「次期皇帝は、まだ決まっていない」


 この場にいる者を代表して、イスマーアルアッドが口を開く。


「現在の候補はアレクサンダリア皇家嫡子にしてイスカガン王位を世襲した私、イスマーアルアッドだ。八王から私を除いた七王の承認を得たのち、アレクサンダリア皇帝も世襲する」

「この宣言、に、異論のある者は、今のうちに、どうぞ。皇帝の前で述べられ議決されたことは、公式的に認定されますので、遠慮なく、ね」


 ★


 一つ手が上がるのを、勇者は見た。

 視線の集まる先、エウアーが口を開く。


「一晩考えたけれど、私、イスマーアルアッドは我々七王に並び立つ王の器ではあっても、我々の上に立つ皇帝としての資格は不十分じゃないかと思ったわ。だから別の候補者を擁立することにしたの」


 腕を組み、続けて、


「魔王討伐の功績、民からの信頼。象徴(トーテム)としての条件は満たしていると思うわ。実務についてはイスマーアルアッド、貴方と貴方の妹、弟たち、それから大臣が担当補佐しなさい。御大将アレクサンダグラスに宣誓、フィン王エウアーは、皇帝候補に勇者を擁立するものとし、フィンの承認は勇者へ出すこととする」


 挙手が二つ。


「同様の理由によりスーチェン王ウー、勇者へ承認」

「同じくペラスコ王アルタシャタ、勇者に承認」

「僕も宣誓します。えっと……突然のことでまだちょっと驚いているのですが、分不相応にも僕なんかに承認を頂いて、感謝いたします。僕のような風来坊を支持してくださることは非常に有難いことですし、必ずやこの期待に応え、大陸中のありとあらゆる民のために、この身を捧げることを誓います」


 勇者はそこまでを一息に言い切り、一礼してみせる。

 イスカガン王が抜けて七王。そのうち三王分の承認をこれで得たことになる。現在候補は二人いるので、あと一つ、承認を得れば自分が皇帝になることは確実だ。

 そしてあと一つの承認も、すでに手中にある。

 ヤハン王へと視線を送り、宣誓を促した――その時。

 イスマーアルアッドが懐から紙を取り出した。


「アンクスコ女王からも次期皇帝について書簡が届いている。私自身はイスカガン王位を持つ身として、勇者が皇帝になることについて、エウアー女王の意見と同じく特に異論はないのだが、彼女は私に一票くださった」

「現在イスマーアルアッド様承認一、勇者様承認三、です、ね。ヤコヒメ様はお決まりです、か」


 その場にいる者の視線が車椅子に腰かけた女王に向く。その隣にはソウビという名前の下女が澄まし顔で立っている。

 柔和な笑みを絶やさず、ヤコヒメがこちらに視線を向けた。

 この形に歪められた目が、こちらを見る。

 ……っ!?

 その時、言い得も知れぬ怖気、寒気が勇者の背筋を撫で、這った。なんだ今のは、という動揺を表に出さぬよう、平静を装う。ヤコヒメの顔には笑みが張り付いている。しかしこの場にいる何人が気付いているのだろうか、あるいは誰も気づいていないかもしれないが、彼女の笑んだ瞳がこれっぽっちも笑っていないことに、勇者は気付いたのである。

 自分を緩やかに仰いでいた扇子を一息に畳む、パチンという音が空間に木霊した。

 ヤコヒメが口を開く。


「怖い怖い、お金には気をつけないと駄目ですねぇ。ねぇ勇者様ぁ。うふふふ」


 呼びかけに返せないままこちらが沈黙していると、彼女は「国を滅ぼしてしまいますもの」と続けて、


「わたくしは大陸の外から来ましたのでぇ、他の皆様に比べたら勇者様について詳しくありません。ですのでぇ、皇帝候補であるイスマーアルアッド様と、勇者様でどちらが優位か、競っていただけると助かりますねぇ」


 勇者は、己の持つ一手札としての洗脳魔法に全幅の信頼を置いている。今まで任意の相手に魔法を掛け損ねたことはなかったのだ。己が吟遊詩人に扮していた時にメイフォンに二度かわされているが、これは洗脳魔法の不備ではなく、己が上手く魔法を発動させられなかったと、そういうことである。

 ……魔法を掛け損なったのか?

 思い返すが、確かに円卓会議の前に、ヤハン女王から手渡しで硬貨を受け取っている。間違いはなかったし、手順も誤らなかった。

 一体なぜ、という疑問に揺さぶられて思考が停止したが、僅かな間に小さく深呼吸し、切り替えとする。

 焦るな。事実解明と原因究明は取り敢えず今すべきではない。眼前、今起きていることについての対処が先だ。自分に言い聞かせ、すぐさま現状への対処を考え始める。

 そしてさほどの時間も要さず、勇者は、ヤコヒメの言った言葉を反芻して、詰めの甘い女だ、と胸を撫で下ろした。

 直接対決で自分が負ける道理がない。否、そもそも先程イスマーアルアッドが宣言した通り、彼自身が皇帝になること、そして自分を皇帝にしないことについて、特に異論を持っていないのである。洗脳魔法を抜きにしても、手ぬるい。

 落ち着いて考えれば、大した問題ではなかったのだ。


 しかし数分後、この安堵は覆されることとなる。


 ★


 木組みの小屋がいくつも並んでいるその一角、皇族の男性陣が使用する小屋の前に、二人の召使が立っていた。

 警備も兼ねた扉番であり、武術の心得もある。常駐の騎士団ほどではないが、騎士団の稽古に混ざることもあるほどで、並みの不審人物であればまず敵わない。

 また、彼らの仕事には、小屋の中にいる者が用のあるときにそれを請け負ったり、食事の配膳をしたりといったことも含まれていた。

 現在在室中なのは第三皇子ニールニーマニーズ。料理担当の下女が昼食の要望を聞きに来たので、部屋の内部へと声を掛ける。

 皇族には偏食の者が多く、とりわけトォルとニールニーマニーズが酷い。トォルが皇宮にいたときは肉以外を口にすることがなかったと言い、反対にニールニーマニーズは肉を食わない。最も、トォルが完全に何があろうと頑として肉以外を口にしなかったのに対して、ニールニーマニーズは全くと言うことはなく、時折思い出したように肉やその他も口にする。それゆえ、毎食下女が聞きに来るのが常であった。野菜(いつもどおり)か、それ以外も必要か、だ。


「ニールニーマニーズ様!」


 小屋の外から呼びかけてみるも、反応がない。

 耳を澄ませると何事か呟いている声は聞こえるので、知らぬ間に不在になっているというわけでもないようだ。

 扉を叩き、室内に入る。

 召使は、ニールニーマニーズに声を掛ける前に、なんとなく違和感を得て部屋を見渡した。何の変哲もない部屋だ。寝台、四つ足の机、椅子が幾つか、収納棚、少しの花瓶や調度品その他。

 窓際、よく日の当たる場所で、爪を噛みながらニールニーマニーズが何事か呟いている。

 再び呼びかけると、こちらに視線が向く。


「あっ、ああ、ごめん、気付かなかった。何か用?」


 失礼いたします、と先に断り、要件を告げた。わずかの迷いも見せず、いつも通りで良いよ、という返答。そして再び何事か呟き、言った。


「アイシャも一緒で良いってさ」

「はぁ。アイシャ様も、ですか? ……わかりました、そのようにいたします」


 部屋を出て、料理番にその通り伝える。

 アイシャは今マリストアが個室代わりに使っている医務室にいるはずだから、そちらの方へも同じものを運んでおくように、と。





 サブキャラのつもりだったんではじめ名前出さなかったんですけど、ソウビっていう名前は初登場時から決めていました。

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