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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第一章:魔王降誕編
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#4 姉弟の日常

 学院は皇宮の西にある。

 十一歳からおよそ五年間が初等課程だ。イスカガンに住む子供たちが通い、基礎的な知識の習得を目標とする。

 初等課程修了後には後期課程というものもある。これに年数はなく、己の好きな学問のみを追求することができる。それゆえ門戸も狭く、進学希望者の中から毎年ごく少数のみしか受け入れない。一人も受け入れない年というのも珍しくはない。学院創設からわずか十二年、そのうち五年、後期課程の門戸を叩く学生がいなかった年がある。


 大陸統一から十年。すでに身分の差というものは表向きあまりないということになってはいるものの、皇宮の住民が他の生徒から畏敬の念を集めないということは不可能であった。

 すなわちアレクサンダリア第二皇女アイシャ、第三皇女マリストア、第三皇子ニールニーマニーズである。彼らは全員基礎知識を学ぶ初等課程を修了し、さらなる専門性を高めることを目指す後期課程に進んでいた。

 アイシャは初等課程を三年で修了し、今年で後期課程五年目。マリストアが初等課程五年の後期課程一年目。そしてニールニーマニーズが初等課程をすべて飛び級し、入学した時から後期課程で今年二年目である。これは学院創設以来初の快挙だ。

 余談だが、第一皇女メイフォンと第二皇子トォルは初等課程が修了すると、後期課程に定められた試験を受けることを期待されていたにも拘らず「興味なし」の一言で断って、以来メイフォンは修行、トォルは放浪の気ままな四年を過ごしている。


 閑話休題。

 現在、後期課程に学ぶ若者の数は十三名。後期課程に進むと、大陸中から集められた学者たちに自由に師事し、皇宮のぐるりを囲む超巨大図書館の書物を余すことなく閲覧できる権限が与えられた。

 毎年五千ほどの子供たちが初等課程に入学することを思えば、十二年で十三名というのは異常な数字であった。非常に難解な試験が与えられ、それに合格せねば生涯学習は叶わないのだ。

 昔と違い、アレクサンダリア――少なくともイスカガンでは、身分というものはあまり体を為していない。身分自体はあるものの、身分に応じた特権であるとか、そういった旧時代的なものはすべて形骸化していた。強いて言うなら皇族が絶対的であることは変わらないくらいのことである。

 しかしだからといって、皇宮の人間が後期課程にこれほどまでに進むことができているのは皇宮と学院の癒着なのではという声はまったく謂れのなき言だ。


 マリストア入学まで、後期課程と言えば初等課程を飛び級して――すなわち通常よりも短い期間で習得するくらい優秀な者が入学するのが常であった。

 学院きっての大秀才であるニールニーマニーズが入学と同時に後期課程に入ったため、彼の入学一年目、姉であるマリストアはまだ初等課程の五年目を履修していたということになる。そのため、マリストアはあまり他の生徒たちから優秀ではないと思われていた。

 にも拘らず、マリストアが初等課程を無事に五年で終え、なおかつ後期課程に進んだことが余計に、学院と皇宮の癒着の噂を語る者の語調を強めることになった。

 アレクサンダリアの繁栄は、アレクサンダグラスが能力のある者を身分の貴賤にかかわらず次々登用したことによって為されたのである。ゆえに、いわゆる裏口入学というものがあるのであればそれをおかしいと思う声も上がった。

 マリストア様は本当に後期課程に進むだけの能力があるのか? 今更だが、そもそもニールニーマニーズ様が初等課程をいきなりすべて飛び級したというのもおかしくはないか?

 もちろんこれは他の初等課程の生徒や後期課程の学生たちがこそこそ噂していたものに過ぎないのだが、これを後期課程進学後三か月、どこからか聞きつけてきてマリストアは言った。


「私の頭の良さを疑っているのね? いいわ! 文句を言うやつはかかって来なさい!」


 自信満々に言い放った後、思い出したように付け足すのも忘れない。


「――もちろん、私の得意分野でよ!」


 この若干逃げ腰の入った宣言に、挑戦の名乗りをいの一番に上げた者がいた。


「マリストア、僕が相手してあげるよ。一年先輩の僕がね!」

「はぁい、それじゃあ僭越ながらお姉ちゃんが審判を務めさせていただきますねぇ」


 そういうことになった。


 ★


 後期課程に進んだ十三人が一堂に会するのはごくごくまれなことである。

 彼らの専門分野はわずか砂粒ほども掠らず多岐に渡り、それゆえ大図書館の中においてすれ違うことすらしない。況や十三人全員をや、一年に一度あるかないかといった珍しい光景である。

 彼らが師事する学者たちのうち、手の空いていた者も野次馬の人垣の中に見えた。

 実質アレクサンダリアの未来を担う頭脳が集まっているわけである――至極どうでも良い理由で。

 マリストアが後期課程履修を開始してからまだ三か月。ニールニーマニーズと対決することももう今回で十回を数えることになる。もはや彼らの対決は学院の恒例行事と化し、少しずつ見物客を増やしていた。

 集まった人垣の内ではマリストアとニールニーマニーズが対峙している。


「僕が勝ったらマリストア、今後僕のことはニールニーマニーズ先輩と呼び給え」


 革張り装丁の分厚い本に書かれた文章を目で追いながらニールニーマニーズが言い、こちらを一瞥しすらしないその言い方にむっとしてマリストアが言い返す。


「あまり調子に乗ると負けた時に恥ずかしいわよニールニーマニーズ!」


 八人いる皇子皇女たちは仲があまりよろしくない。その中でもこの二人の対立は顕著なものであった。理由は明快で、ニールニーマニーズの方がマリストアよりも早く学院後期課程に進んだことである。

 マリストアは四つも年下の弟に負けていることが腹立たしいし、ニールニーマニーズはそうやってつっかかってくる姉を己より劣っていると認識している。

 実際後期課程は研究する場であるため長年在籍している方が上であるとは一概に言えないのだが、そんなことは彼らには関係なかった。研究分野も違うため、当然どちらが上であるだなどと言った議論は無意味であるとする見方もある。

 ちなみに彼ら二人が優劣を決めることと、マリストア、ニールニーマニーズの裏口入学疑惑が晴れることにもそれ程関係性はないことにアイシャは気付いていたが、面白そうなので二人には黙っていた。


「それじゃあ勝負方法なんですけどぉ、何がしたいですかぁ?」

「これからの世界は金で回す。一定の元手を決めて一日でいくらまで増やせるかでどうだろう」

「はぁ!? 私がお金稼ぎだなんてできると思っているの? 私の専門外じゃないの!」


 常の通りならこのまま際限なく話が脱線していくので、アイシャは軽く二回、手を叩いた。


「はぁい、それじゃあ間を取って大食い対決にしますねぇ」


 見物客たちはいつもより早くアイシャが間を取ったことから、すでに彼女が弟妹の勝負に飽きてきたことに気付いていたが、話が面白くなりそうだったので気付かないフリをする。

 むしろアイシャが何の脈絡もない勝負を提案して、弟妹達が何も生み出さない泥仕合を展開するのを楽しむのが最近の通例となっている。


「毎度思うけど、いったいどことどこの間よ!」

「僕に不公平だろう! この女の方が図体が大きいのに!」

「あら! そんなところに居たの。小さすぎて気付かなかったわ!」


 マリストアは同年齢女子の平均身長に比べて頭一つ飛びぬけて大きい。対してニールニーマニーズは同年代男子の平均身長に比べて頭一つ分小さい。あるいはこの身長差に対するやっかみも、ニールニーマニーズからマリストアに対する敵視の一因かもしれなかった。

 アイシャが口を開く。


「公平だと思ったんですけどねぇ」


 マリストアもニールニーマニーズも、それほど食が太い方ではない。両方が公平に戦える分野など、それこそ二人ともが苦手なことで競わせるくらいしかない。

 尚も何か文句を言いたそうにした弟妹の機先を制して続け、


「自分が負けると思ったんですかぁ? なら仕方ないですねぇ、他にどうやって――」

「負けるわけないでしょ! こんなおチビさんに!」

「僕が負けるわけないだろう! こんなデカ女に!」


 アイシャが笑みを浮かべるのを見るまでもなく二人は己が乗せられていることに気付いていたが、そうだとわかっていても引いてはならぬ時がある。

 これはもはや、マリストアが裏口入学をしているのではないかといった根も葉もない噂払拭のために自分の能力を示すであるとか、実はニールニーマニーズも裏口なのではという疑念であるとか、そういう次元ではなく、ただ己の気に食わない奴相手に負けたくないという、意地と意地のぶつかり合いであった。


 ★


 祭りでもあるのですか?

 商人が人垣を構成する一人に声をかける。


 皇宮にたどり着いても、当然すぐに大皇帝アレクサンダグラスに会えるなどと言うことはなく、何日もかけた手続きと審査を経て、ようやく担当の大臣へのお目通りが叶う。そのうえで必要だと判断されるとまた何日も待たされてアレクサンダグラスと会うことができる。

 不思議な下女を連れた青年が親切にも、イスカガン西側にある皇宮すぐそばの宿を紹介してくれたので、そこに拠点を構えて数日。手続きはすべて済ませたが審査に時間がかかっており、大臣と会うのにもまだあと今日から三日はかかりそうである。

 青年は宿まで案内してくれた後、東に向かうと言って去って行ってしまった。

 今回は新たな流通の提案にやってきたにすぎないので、商品もそれほど持ってきていない。本格的に皇都イスカガンで商売をする人間はそもそも、徒歩で背嚢に品物を入れてなど来ない。馬車に大量の荷を載せてくる。最初から大量の品物を持ってくることもできたが、今回商人がイスカガンまでやってきた目的は商売ではなく、もっと大きな事業、皇宮との定期的な通商である。

 商人も手続きなどにいくらか時間はかかるだろうとは思っていたが、まさかこれほど日数を要するとまでは思っていたなかった。まあいくら大臣がいるとはいえ、すべてのことを最終的に決定するのは大皇帝アレクサンダグラスだ。いかなる武勇を持っていても、彼は一人しかいない。時間がかかるのは当然のことと言えた。

 仕方がないので、昼間は皇都イスカガンの街並みを眺めながら散歩。露店を見つけては様子をうかがうということを繰り返していた。

 そんな生活を続けること三日目、そういえば宿の近くに学院があったことを思い出して足を運ぶ。商人は読み書き計算だけは商売の師匠ともいえる父親から教え込まれていたが、学校というものとは縁のない生活を送ってきた。ほんの十年ほど前までは学校は貴族のものだったのだ。

 そこで学院のすぐそばにできている人垣を見つける。


 振り返ったのは、勤勉そうな雰囲気の中年男性だった。服装的に学者だろうか。


「貴方はこのあたりの人間じゃありませんね?」


 はあ、と相槌を打つ商人。


「当学院名物、マリストア様とニールニーマニーズ様の対決ですよ」

「……ああ! アレクサンダグラス様の子供たちですか! 初めて見ます……!」


 人垣の隙間から、金髪碧眼の男女が見える。少女の方はおよそこの世のものとは思えない美貌と少女の愛らしさを兼ね備えていて、少年の方はまだ幼い顔立ちに矮躯だが、どこか理知的な雰囲気を匂わせる。

 学者がさらに彼らの奥を差して言った。


「二人の傍に立っているのがアイシャ様ですよ」


 褐色の肌に緑の黒髪、どこか踊り子めいた衣装は扇情的である。暖かくなり始めているとはいえ、商人は極端な薄着すぎやしないかとその様なことを心配した。なんとなく眠たそうな表情を浮かべ――否、居眠りしている。


「それで、今はいったい何をなされているんですか?」


 見たところ、マリストア様とニールニーマニーズ様が昼食をとっているだけの風景にしか見えない。はて、対決――? 商人は首を傾げた。


「マリストア様とニールニーマニーズ様、どちらの方が頭が良いか大食いで競っているのですよ」

「大食いで……え?」


 さすがイスカガン、学校に通ったことがないのでよくわからないが大食いで頭の良し悪しを図ることができるだなんて――なんて面妖な国だ。しかし一週間に二、三回主権者の居城が崩壊するような国だから、そのようなこともあるだろう。平和の証だ。

 大食い対決は商人の出身の村でも年に一度、祭りの時に催される。見物客にわかりやすいよう、平らげた皿は山にして置くはずだが、それがないということは――


「――今始まったところですか?」

「いえ、小一時間ほど前に」

「ああなるほど、食べ終わった皿はあとで集計するために、山にしていないんですね?」

「いえいえ、お二人ともあれが一皿目ですよ」


 それにしてはやけに二人とも、表情が苦しそうなような。商人は一瞬不思議に思ったが、学者の「そういうものですよ」という一声でそういうものかと納得した。


「マリストア様とニールニーマニーズ様はああやって、何かと理由をつけては対決なさるのです」


 学者の言葉を聞いて、煌びやかそうに思える皇宮でも、我々庶民が思いも寄らない何かがあるのだろうと商人は思う。

 その後十分ほどかけて、ほとんど同じくらいに皿を置いた二人が手を合わせて「ごちそうさま」と言った後、同時に降参を宣言したので、今回も勝敗がうやむやになった。


「いつものことですよ」


 学者は言った。


 アレクサンダグラスはワンマン。



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