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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第二章:皇位継承編〈上〉
39/78

#15 地下の聖廟

 ★

 

 集まった面々を見て、イスマーアルアッドは意外を感じていた。

 八王が順番に、ウー、ヤコヒメ、アルタシャタ、エウアーの四人。それから勇者とヤコヒメ傍付きの下女。道案内の葬儀官と、イスマーアルアッド、マリストア。それから召使が数名程。

 良く晴れた日だった。じっとしていても、日の当たるところに居れば軽く汗ばむような、そんな陽気である。


「アイシャとニールニーマニーズは? てっきり来るものだとばかり思っていたのだけれど」


 背後。日陰に陣取ったマリストアが言う。イスマーアルアッドが感じたものと同じ意外を、彼女も感じているらしい。


「何をおいても真っ先に来そうな二人が来てないなんて」

「ニールニーマニーズ様もアイシャ様も、今は部屋に居られます。アイシャ様は医務室代わりの個室ですね」

「あの、一応今私の個室ってことになってるんだけれどあの部屋……」


 彼女と召使の会話を聞くでもなく聞きながら、イスマーアルアッドはこれ以上人が来ないことを確認した。イスカガンにいる八王はすべて居るし、アイシャとニールニーマニーズが来なければ、他の皇族も来やしないだろう。

 葬儀官との最終確認も済ませたので、手を一つ叩き、衆目を集める。


「さて、時間になった。まずは、集合がこのような屋外になったことをお詫びする」


 ★


 イスマーアルアッドと葬儀官が聖廟へ降りるに際しての注意を呼び掛ける間、マリストアは先程八王に挨拶した後のことを思い出していた。


 聖廟に続く階段入口に到着したとき、既にイスカガンに滞在している八王は揃っていた。順番に名前を交換し、軽い会話をしてから日陰へ。

 一際目立つのは仁王立ちの大男だった。

 足を肩幅に開き、腕組み。肌の下からは鍛え上げられた筋肉が黒を透かしているが、特段腕や足、首や胴が太いといった印象は受けない。ただ、長い。同年代平均身長からだと頭一つ背の高いマリストアよりも、さらに二つも三つも背が高い。東洋風の顔立ちには相応以上の皺が深く刻み込まれており、その中でも眉間に一つ、一際深い皺が刻まれている。スーチェン王、動く鉄、武王ウーだ。瞑目して微動だにせず、ただ時が来るのを待っている――かのように見えるが、


「おうスーチェンの、貴様大丈夫かの? だから昨夜あんまり飲みすぎるなと言うたのじゃ」


 撤去しきれなかった建物の基礎部分に胡坐。頬杖をついてウーに声を掛ける男。若い男だ。イスマーアルアッドと同じくらい――少なくとも見た目では、三十を上回らない。頬杖をついている腕とは反対側、右手に黄金の錫杖が握られている。下半身のみを辛うじて隠すだけの衣服と、動きに制限がかかりそうなくらい大量の黄金装飾の隙間から覗く肌は、滑らかな褐色をしている。ペラスコ王、傀儡アルタシャタだ。よく言えば豪胆、悪く言えば空気を読めぬ、そんな人物である。


「大丈夫だ、酒は抜けている」

「なんであれ自分の限界を見極められない男は駄目よ、そんなんじゃ女は満足しないわ」


 召使に用意させた椅子に腰かけた女の上に、日傘の影が落ちている。マリストアと同じか少し高い位の身長を、踵の高い編み上げ靴でさらに増していた。血色の良い肌は象牙、蜂蜜を宙に溶かしたような見事な髪と月のように青い瞳。完成された大人の妖艶さをこれでもかと振りまく彼女はフィン王、魔女エウアーだ。若者の精気を吸って若さを保っているなどという噂があるが、本人は面白がって、この噂を肯定も否定もしないという。

 紅の引かれた唇の前で手を合わせ、ころころと笑んでみせる。丁寧に削られた爪が光沢を放つ。

 一つ吐息し、アルタシャタが口を開いた。


「貴様の性欲が底抜けすぎるだけじゃ」

「あらなに、貴方また私の御相手してくださるの?」

「二度と御免だの」

「つれないわね、あんなの会話と一緒でしょ」

「わしはしおらしい女の方が好きだの、貴様は獣じゃ獣」


 ……け、獣って、やっぱりその、激しいのかしら……!

 ちょっと詳しく聞かせてほしいところであるが、ぱん、と一つ大きな音が、二人の会話を中断させてしまった。

 音のした方――少し離れた日陰に視線を送ると、車輪のついた椅子に腰かけた女性が柔和な笑みを王たちに向けていた。


「そういうお話はお日様が見ているうちは控えるようにしましょうねぇ」

「イスマーアルアッド様やマリストア様、それに、うちのおひぃ様もおるんですよ」


 島国ヤハンの王、女王ヤコヒメ。側近にいつも同じ下女を置いている。

 着物。布を巻き付け、帯を締める。スーチェンで生まれ、スーチェンとは違う進化を経た衣装だ。複数の色を重ね合わせて幾通りもの着方を可能にする。

 高い位置まで結い上げた緑の黒髪に髪飾りを散りばめ、瞳は同じく黒。乳白色の肌、東洋の顔立ち。物腰柔らかな態度に少しだけ語尾の伸びる口調。着物の裾からは本来覗くはずの爪先が見えず、本来ある筈の膨らみは膝下あたりを境になくなる。

 小柄な女だ。マリストア、エウアーの二人が女性にしてはかなり背が高いので、余計に小さく見える。また、背後に控える下女もあまり背が高いとは言えず、座った状態のヤコヒメの頭の後ろに顎がある。こちらは肩の高さで切り揃えられた禿(かむろ)で色は黒。夕日のような色の瞳を有し、それと同じ色の着物の袖を襷掛けにしている。


「あの、一応僕も居るんですけど……」勇者が小さく挙手しながら口を開いた。

「そう、勇者の、貴様は腰とか無事かの……?」「一応大丈夫です」「色んな意味で強いの……」

「勇者様も不潔ですよぅ。体だけの関係なんてよろしいわけがありません」


 葬儀官と何事かやり取りしていたイスマーアルアッドが手を叩いたのは、その時だった。


 ★


「実際のところどうであるか。ミョルニのその衣装は貴様の発注であろう」

「えっ何の話ですか急に」

「貴様らが朝から性具店に出没していることはすでに割れているのである」

「……そんなことより魔法について詳しく話を聞かせてほしいとか思うんですよ僕は!」

「まあ落ち着き給え、食後の珈琲が湯気を立てているうちは、吾輩にとって遊興に使って差し支えない時間であるからな」

「だからといって他人の私生活を丸裸にするのは感心しませんよ」

「付き合い給えよそれくらい。魔法について話し始めたら――長くなるのは必然であるからな。休められるうちに脳は休めてやり給え」


 ★


 いざ地下に入るという段になってようやく、イスマーアルアッドがこちらに言及した。

 

「ところで勇者様」


 少し言いづらい、といった様子で切り出す。

 

「聖廟に入ることができるのは、皇帝の血族と、八王のみということになっていますので……」


 部外者は入ることができないと、そういうことだ。

 聖廟という場を考えても、まあ妥当だろう。勇者としてもここで食い下がるつもりはない。そもそもこの場にいる者は、すべて己の魔法の下僕であるので、その必要がないのだ。指示を出せば、それで通る。

 ゆえに、口を開こうとしたその時――


「別にいいじゃないですかぁ」

「だが、同じ理由でノーヴァノーマニーズの使者にも辞退願っている以上――」

「そんなこと言ったって、わたくしは見ての通り足がこれですし」言って車椅子を軽く叩いて、「ソウビに背負ってもらうつもりでしたが、これを咎めはしないですよねぇ?」


 名を呼ばれた下女が右手を上げた。

 勇者は意外を感じる。

 どうやらヤハンの女王がこちらを地下に伴うことに積極的であるらしい。魔法を使わないで済むのであれば、使わぬに越したことはない。所詮人の身であるから、過ぎた力の使いすぎは身を亡ぼす――と釘を刺されているからだ。

 最も、たとえこの身が滅びようとも、必要とあらば行使をためらうつもりはなかったが。「在るべき真世界」に辿り着くまで力つきるつもりはないが、逆に言えば辿り着きさえすればあとはもう己の身なぞどうなろうと構わないのである。


「イスマーアルアッド様、大陸統一の偉業を成し遂げた大英雄様の元へ参るのに、勇者では資格が足りないでしょうか」


 畳みかけるように続けて、


「僕が魔王を討伐するのがもっと早ければ、魔王の凶刃が大英雄を貫くこともなかったのではないかという後悔が、毎日毎夜、僕の心に棘を刺すのです。邪魔になるようなことはしません、どうか大英雄への弔いに連れて行っていただけませんでしょうか……!」


 一条の涙が頬を伝う。それを気にする素振りをあえて見せず、真正面からイスマーアルアッドを見据える。

 使えるものはなんだって使え。自身の体なぞ尚のことで、自身の体で思い通りにならぬ場所はとうになくしている。旅芸人をやる時だってなんだって、この技術が役に立たなかったことはない。使える場面では適宜駆使していく。

 果たして今回も効果覿面で、葬儀官が分厚い本をぱらぱらとめくり、口を開いた。 


「八王・皇帝血族が特別に許可を出した者は同伴を許可する、って項目、ある、よ」


 結局それを後押しとして、イスマーアルアッドはしばらく何事か考え込んだが、結局こう言った。


「……そういうことであるなら、従おう。勇者が聖廟に同行することに意義のある者はいるか?」


 挙手はなかったので、そういうことになった。

 勇者はやはり、いつの時代であっても、官僚への賄賂(せいい)は有効なのだとそう思った。たとえ硬貨一枚であっても、この通りなのだから。

 当然、先程葬儀官が述べたような項目は定められてなぞいない。


 ★

 

 階段は緩い螺旋を描いていた。

 葬儀官が壁の溝に松明を近づけると、聖廟の地下までを炎が駆け下っていった。薄暗いが、何もないよりははるかにましと、そういった光量である。


「内側は危ないので、できるだけ壁に寄って歩いた方が良い、よ」


 葬儀官が言う。

 円の内側は吹き抜けになっており、誰かが蹴飛ばした小石が十数秒後に音を反射させた。向こう側の炎がかなり遠くで揺らめく。


「陰気なところなのね」

「聖廟だなんだと言ったって、要はお墓ですよぅ。落ち着いたところの方が良いに決まってますよねぇ」


 最後尾で二人のやり取りを聞くのはマリストアだ。

 左目には眼帯を着用している。やむを得ない事情があるとはいえ、この暗闇で視界が片方塞がっていることは相当危険だ。全体としては自分にあわせてくれているようで、少しゆっくりな行軍となっている。

 そのまま二十分ほど階段を下ると、ついに先頭が地面を踏んだ。次々に平らな面へ降り立ち、マリストアもそれに続く。

 見上げると、階段の入り口が相当な高さから光を吐き出している。


「薄暗いとなんか落ち着くの!」

「ああ、わかるわソレ。完全に真っ暗じゃなくて、お互いの輪郭が見えるくらいの薄暗闇って燃えるわよね」

「おーいペラスコ語とフィン語の通訳ができる者はおらんかの」

「おい脳内桃色、貴様場を弁えるということを知らんのか」


 イスマーアルアッドが持って降りた車椅子を置き、ヤコヒメが車椅子に移るのにマリストアは手を貸す。といっても彼女傍付きの下女――ヤコヒメ曰く、ソウビと言うらしい――も慣れたものであり、危なげなく完了する。

 それを見計らって、葬儀官が言った。


「皆さん、お静か、に」


 松明が、階段降りてすぐの台座に近づけられる。

 すると炎が壁を駆け、一瞬の後、空間を照らすのに十分な光を生み出した。


「ようこそ、イスカガン皇宮地下聖廟、へ」


 ★


 イスマーアルアッドは、眼前の光景を言い表すに足る言葉を思いつくことができず、また、周囲にいる者も凡そ同様のことを感じているらしかった。

 螺旋階段が中央に設置されているこの空間の広さはちょうど皇宮の床面積程度で、床面から天井にかけてが球に近い形状で覆われている。

 角がなく、なめらかに続く床と壁、それから天井。その上を縦横無尽に走る火の列が幾何学模様を描き、光が壁や天井に鈍い光を反射させている。ふと我に返り、足元を爪先で突いてみると硬質な音が返ってくる――


「金属か」

「そうだ、よ」


 所狭しと火の色を反射しているために判別は付きづらいのだが、元は白銀の色をしているらしい。目を凝らすと、揺らめく炎の陰に隠れて無数の直線が表面を走っている。鉄――でもなさそうだ。

 イスカガン皇宮の地下にこのような空間が広がっていたことは驚きだったが、だがそれだけだった。

 墓と言えば想像するようなものが、この場には何もない。十字架や石碑、碑文その他。

 伽藍堂のだだっ広い空間が広がっているだけで、他に何もない。螺旋階段が中心にあり、空間に火を灯す用の台座が設置されているのと、螺旋階段の内円の直下に当たる部分に砂礫が山になっているくらいだろうか。


「ここが――聖廟なのか……?」

「間違いない、よ」


 問うと、力強い頷きが帰ってきた。

 葬儀官が聖廟で間違いないというのなら、ここは確かに聖廟なのだろう。しかし納得がいかず、続けて、


「しかし、何もないように見えるのだが……」

「間違いない、よ」


 一言一句違わぬ力強い返答。

 イスマーアルアッドが一瞬言葉を失った隙に、葬儀官はくるりと踵を返してそのまま十歩ほどを前に進めた。そこで立ち止まる。

 そして跪き、十字を切って真言を唱えたあと、両手を床に這わせた。


「呼出、アレクサンダグラス様の棺」


 彼らが見守る先。壁に大きな――といっても空間全体で見たら十分小さな――穴が開き、真っ暗闇の中から壁と同じ形状の棺が迫り出してきた。

 それはごくゆっくりと移動し、葬儀官の目前までやってくると、音もなく静止する。


「どうぞ皆さま、こちらがアレクサンダグラス様の眠る棺だ、よ」




 葬儀官私生活では一言も発さない日が多そう。

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