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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第二章:皇位継承編〈上〉
38/78

#14 魔法の実在

 ★


 朝、ニールニーマニーズの安眠を妨げたのは突然の来訪者だった。

 小屋の外から召使の声。寝台から降り、玄関まで行く。

 扉を開けさせると、そこにいたのは勇者だった。

 なんとなく寝巻の襟を整え、部屋に招き入れると彼は言った。


「調子はどうですか」

「ばっちりです!」

「そうですか、それは良かった」

「あっ、兄を探しているのでしたら、昨夜は帰って来なかったみたいですよ」

「ああいえ、僕が用のあるのはニールニーマニーズ様――お前だ」


 眼前で勇者が指を鳴らす。

 ニールニーマニーズは、糸の切れた操り人形のように寝台に頽れた。


「ニールニーマニーズ様には特別に、魔法の一端をお見せいたしましょう」


 片膝をついて、騎士がするかのように、恭しく頭を垂れて。 

 対するニールニーマニーズは、先程倒れたのと同じくらい唐突に跳ね起き、それから開いた眼は輝いていた。


「えっいいの!? 本当に!? 見せて見せて!」思わず、唾がかかるような位置まで詰め寄るニールニーマニーズ。「……あっ、すみません」


 対する勇者は、表情一つ変えないで、こう言った。


「いえいえ、それくらい食い付いてくれた方が披露し甲斐があるってものです」


 そして勇者は、ニールニーマニーズに魔法のほんの一端を披露して、小屋を去って行った。


「僕がわかることは以上です。実のところ、僕も魔法についてはほとんどわからない。ですので、ニールニーマニーズ様にはどうか、魔法について解き明かしてほしいのです」


 そう言い残して。


 ★


 イスマーアルアッドは外にいた。

 昨夜アルファとイルフィを寝かしつけて円卓小屋へ戻ると、既に晩餐会はお開きになっていた。それゆえ、その足で本日の準備に来たのだ。


「この分だと何とかなりそうだね」

「そうですね! あとは私たちに任せて、少しだけでもお休みになられてはいかがでしょうか! 寝ないとぶっ倒れますよ!」


 午後から、アレクサンダグラスやイスカガンの先王が眠る聖廟に行く。

 では、聖廟はどこにあるのか。イスカガンにかつてあった皇宮の、その地下深くにある。しかし先の魔王戦において皇宮が崩壊してしまったため、現在その入り口は瓦礫の下だ。

 アレクサンダグラスを埋葬するにあたって、取り急ぎ最低限の通路は掘り起こされている。その時は葬儀官と大皇帝さえ通れば良かったが、今回は背の高い者が大勢通るのだ。

 葬儀官は代々背の低い家系だが、彼らでさえ腰を屈めるような穴である。どうしてウーやエウアーが通過できるだろうか。順次瓦礫の撤去は行われているのだが、武器や火薬、危ない薬品の類が出土する一部皇族の居城周りが遅々として進まない。これを機に聖廟入り口周りだけでも先に瓦礫を撤去してしまおうと、そういうことであった。


「おーい気をつけろ、その辺火薬埋まってっから下手に触ると爆発すんぞ!」

「爆発すんの!?」

「ぎゃあああ変な煙出た!」

「吸うな! 息止めろ! 伏せろバカヤロウ! アイシャ様の居城があったとこは危険だっつったろうが!」


 阿鼻叫喚である。

 ……なんだかちょっと楽しんでいないかい。

 聖廟周りにも、飛散した火薬や薬品の類が及んでいる。既に瓦礫の八、九割は撤去が終わっているが、うっかりすると危険物が出土するので気が抜けない。

 ゆえに。


「完全に撤去が終わったら、少し休みをもらうことにするよ」

「そうですか! お疲れの出ませんように!」


 そういうことにした。もう少し働くことにする。


 ★


「まあ落ち着き給えトォル、吾輩は三大欲求には抗わないことにしているのである」


 という宣言をトォルは聞いた。

 取り出した瓶をまたしまうのも面倒なので、大王の机に並べる。


「――作業効率を下げるであるからな」重なって声が二つ。大王と、自分の声だ。

「――でしょ、わかってますよ大王」


 三大欲求には抗わない、作業効率を下げるから、というのが大王の口癖だ。他にも本や史料、機材を買うのに金は惜しまない、国事は直接行わない、などの言葉のあとに「作業効率を下げるから」という言葉が続くこともある。

 数年前、皇宮から出て以降何百回と聞かされた口癖である。


「まずは朝餉である。脳にも栄養をやらんとな」


 机に取り付けられた紐を引くと、小間使いが料理の入った皿を持って来た。木をくりぬいて作った器に、山盛りになった緑だ。


「絶対肉の方が栄養になりますって」

「野菜を食い給え。話はそれからである」

「味するんですか、なにもかけないで」

「ああするとも。吾輩の五感はどれだけ細かなことであろうとも詳細に把握する。味覚も例外なくであるな」


 大王の膝から降ろされたミョルニが葉っぱの山を凝視している。


「興味あるかねミョルニ、試しにどうであるか」


 トォルは観念して、置いてあった椅子を引いて腰かけた。大王は何が何でも食事を採るつもりだ。野菜が無くなるまで梃子でも動かないだろう。だったら待つしかない。

 ……それくらい待つさ。そもそも左程急ぎでもないし。

 口に野菜を詰め込む大王を、頬杖ついて眺めていると、突然何の脈絡もなくミョルニが動いた。


「あっ、こら」


 思わず声が出る。

 彼女の手が葉っぱを拾い上げ、口に運んだのだ。


「おいトォル、見たであるか。ミョルニは野菜嫌いを克服しようと――」


 そして吐き出した。


「いや無理なんですって。野菜消化するには向いてないんです」

「ちっ、こらミョルニ、そんなところに吐き出すな、屑籠にでも出し給え」

「うちのミョルニがどうもすみません、こらミョルニ、こっち来てなさい」


 結局大王が野菜をすべて胃に収めるまで半時間ほど待った。


 ★


 いっそ殺してくれ、とセラムはそう思った。

 大体すべて自分の誤解であったことが判明したからであった。メイフォンは自分の身を案じて様々声を掛けてくれていたというのに、自分はまったく明後日な解釈で、これでは脳内桃色の誹りも免れない。しかしここまで親身になって私のことを心配してくれるメイフォン様良い人過ぎる。

 とりあえず今すぐにでも五体投地したいくらいだった。そうできないのは、第一皇女が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるからで、掛け布団を跳ねのけようものなら大人しく寝ていろとすぐにすっ飛んでくる。

 あの女、一体どういうわけか料理ができるらしく、今は買い出しに出かけているところだった。


 しばらく見張りもないのに大人しく横になっていると、メイフォンが帰ってくる。


「普段自炊はしないのか」


 大体外食だ、と返答。怒られるだろうか、となんとなく思ったが、そうか、という短い答えが返ってくるのみだった。

 今となってはまったく自炊をするという努力は放棄しているが、イスカガンに出て来たばかりの頃は一応頑張ってはみた。そのため、簡単な包丁やまな板の類であれば一通り揃ってはいる。それらをざっと確認して、メイフォンは調理を始めた。

 眠れそうな気分でもないので、寝台の端に腰かけてセラムは彼女の背中を眺める。高いところで結わえられた長い黒髪が、彼女の動きに合わせて跳ねる。まるで尻尾のようだ。

 手慣れた手つきで調理を進め、すぐに朝食が完成する。

 振り返ったメイフォンがこちらを見、眉を顰めた。


「大人しく寝ていろと言っただろう」

「空腹で寝れん」

「……食欲があるならもう大丈夫か」

「だから体調が悪いのは誤解だって言って――」


 まあまあ、と手で制され、その手はそのまま手招きに移行する。

 セラムは立ち上がると、台所に置いた机に移動した。雑多に置かれていた花や紙束、その他を机の上から降ろし、空間を作る。


「飲みすぎた次の日はこれに限るな」

「これは?」

「茶漬けだ。茶は知ってるか」


 頷き、口をつける。これは米か。緑色の液体に漬かっている。


「本当であれば他に具を乗せたりするのだが、昨夜散々飲んでいたから今朝は抜きにした。胃を休めろ」


 温かい米と茶、いっそ素朴すぎる味付けが体に優しい。

 美味い、と言うとやはり、そうか、という短い返答があるのみだった。


 ★


「勇者様はぁ、なにか趣味とかあるんですかぁ」

 

 アイシャが言った。勇者が答えるよりも早く、続けて、


「ああいえ、違うんですぅ、余暇をどのように過ごされているのか、気になりましてぇ」

「余暇、ですか」


 場所はイスカガンの西部だ。

 アレクサンダリア第二皇女アイシャと二人連れ立って歩いているためか、道行く人々や露店の店主たちがこちらに手を振ったり声を掛けたりしてくるのを丁寧にいなしつつ、二人は道を歩いてゆく。


「イスカガンに逗留し始めてからは、微力ながら皆様のお手伝いをさせていただいています」

「立派ですねぇ」

「勇者の力はこの世すべての人々のためにありますから」


 特に意味はないが、なんとなく左手甲にある紋をアイシャに掲げておく。力を入れると少し発光するという、それだけの代物だ。

 心証を良くしておこうと、ただそれのみが目的のなんということはない雑談だったので、当たり障りのない、勇者として百点ともいえる無難な回答を選んで口にする。

 そこで勇者は、隣を歩いていたアイシャが歩みを止めたことに気付き、振り返った。


「――その『人々』の中には、私たちも入っていますかぁ」


 意図を図りかね、勇者は言葉に窮する。

 ……一体どこまで気付いてる……?

 一瞬で最悪の可能性に考え至り、反射的に身構え――ようとしたことを悟られないように、咳払いを一つ。


「……どういう意味でしょうか?」

「ええ。勇者の力が皆のためにあるというのであれば、私にもお力添えいただけませんかと思いましてぇ」


 一歩、アイシャの足がこちらに踏み込まれる。

 右腕が勇者の胸板を這い、お互いの吐息がかかるような距離に顔面が来る。視線が絡む。奇妙な熱を帯びた瞳にこちらのすべてを見透かされているような気がして、勇者は身動ぎ一つできなかった。


「私にも、魔法を教えてくれませんかぁ。朝弟に教えていたこと、知っているんですからねぇ」


 第二皇女の告げた言葉の意味を理解して、勇者は内心胸を撫で下ろしていた。計画に支障はない。紛らわしい言い方してるんじゃねェよ、塵が。

 内心の毒をおくびにも出さないで、勇者は半歩体を後ろに引き、言った。


「あはは、バレちゃってましたか。特別ですよ」


 ここじゃなんですし、場所を替えましょう、と続けて道を引き返す。

 再びこちらの隣に並んだアイシャが悪戯気な笑みを浮かべてこちらを覗き込むように見上げ、口を開いた。


「ふふ、カマかけてみるものですねぇ」

「……な」


 勇者は己の笑顔が引き攣るのを隠し切れない。真っ先に殺すのはコイツに決めた。絶対にだ。勇者は硬く胸に刻む。

 言ってしまったものは仕方がない。切り替える。計画に支障は少ない。

 聖廟に入ることができるかは正直まだわからないが、八王の半数以上がすでに手駒だ。昼までの時間で、なんとかなるだろう。アイシャに魔法の手解きをすることに決める。彼女への洗脳はまだその時ではないが、いずれその時がくれば、どちらにせよ魔法の研究はさせるつもりだった。

 ニールニーマニーズもそうだが、アイシャはさらにこういう分野の専門家ともいえる存在である。魔法についての理解が進めば、こちらとしても、得る物が非常に多い。

 いずれさせる予定だったことを、少し早めただけに過ぎない。

 それだけだ。


 ★


 アイシャは、内心で勝鬨を上げていた。

 勇者が今朝、男部屋から出てきたであろう道を歩いてきたのを見て、まあ万が一にでも当たっていれば運が良かった、くらいの気持ちで言ってみたのが正解だった。

 人気のないところに男女で、と言うとマリストアが好きな本みたいだが、自分たちは今、皇宮跡地に向かって歩いている。勇者にも個室が当てられていたはずで、そこで良いだろう。

 その様なことを考えながら歩いていると、会話の途切れた機会を見計らってか勇者がこんなことを言った。


「あっ、当然教師料と言いますか、その、お金の方を……」

「ああ。当然ですよぅ、あとで召使に命じておきますので、受け取ってくださいなぁ」

「……ちなみにアイシャ様、街で急にお金が必要になったりしたらどうするんですか?」


 図書館と学院と自分の居城。これまでこの三つのみを生活の場としてきたアイシャである。街で急に金が必要になった経験が今まであっただろうか、と少し思い起こしてみるが、とんと思いつかない。

 そもそも自分はお金に触らない生活を送って長い。もしかしたら産まれてから一度も触ったことがない可能性すらある。

 これまで金銭のやり取りが必要なときには、召使に言いつけて支払いを頼んできた。

 お金を支払う機会が今までなかった、と答えて、ふと思いついてこんなことを続ける。


「お金は身を滅ぼすと聞きましたしねぇ」


 必要がなければ、触らぬに越したことはないだろう。


 ★


 机の上に置いた瓶の中身をしげしげと眺めていた大王がふむ、と頷いたのをトォルは見た。


「して、これはなんであるか」

「大王はそもそも、イスカガンに魔王と呼ばれる存在が出現したことはご存知ですか」

「おい、吾輩を愚弄してくれるな。他人が知っていることで吾輩が知らぬことなどこの世に存在しない」

「……今日のミョルニの下着の色は」

「履いていない。正解だろう。この前は黄色、そのさらに前は紐であったな。吾輩を出し抜こうと毎度策を弄するようであるが、もっと精進し給え。そうだ、今度は貴様の下着の色を当ててやろうか――」


 さて、とトォルは話を切り替えた。


「魔王は、これまた突如現れた勇者と名乗る剣士が討伐しました。その瓶の中に入っているのは、それぞれ魔王だったもの、魔王が巣食っていた魔城だったものの残骸です」

「吾輩の知らない物質であるな」

「……さっき知らないことはないとか言ってませんでしたか」

「他人の知識の裡にあるもので知らぬものはない、と言ったのである。この瓶の中身について知悉している者がこの世に居れば、吾輩もこの砂のような物質についていっぱしの見解を述べたところであろうな」


 片方の眉を上げ、まるで当たり前のことを口にするかのようにそう言って見せる大王であるが、知識の番人ノーヴァノーマニーズの大王にこうまで言わせるということは、すなわちこの瓶は、この世に存在しなかった――否、可能性として取り上げられてすらいなかった、未知の物質であるということになる。

 大王が言う「知らない」には、実在しないという意味だけでなく、実在する可能性がある、理論上存在できる、という物質も照らし合わせたうえで、完全に、まったく見たこと聞いたこと嗅いだこと味わったこと触ったこと考えたこと一切非ず、という意味が含まれる。


「組成も物理法則も滅茶苦茶な物体である」


 そうであるがゆえに、


「これは、魔法の実在を裏付ける存在であるな。やはり実在したか」


 トォルは息を呑んだ。



 私のイメージなんですけど、「召使」は男女関係なく大人の従者、「下女」は少女の従者で使い分けています。なんとなく。

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