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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第二章:皇位継承編〈上〉
33/78

#9 宴席の代理

 ★


 体中に熱を感じる。何も見えないし聞こえない。

 見慣れているようで見慣れない真白が視界を埋め尽くす。低いさざ波のような音が耳の奥で聞こえる。脳が揺さぶられているような感覚を覚え、地面がどちらかわからなくなる。

 自由な方の手をなんとか持ち上げると、どうやら横たわっているようだ。力尽きて落ちた片手を下草が押し返す。転がった。指一本すら動かすのが億劫だ。

 俯せに倒れている。頬に触れる地面が冷たい。

 酷い熱だ、と思った。繋いだ手がそれを知らせてくれる。体が際限なく膨張して、破裂しそうな感覚があった。その感覚はどんどん進行していく。

 揺れるような感覚を得た頭が強い痛みを訴える。涙が顔面を伝うが、顔が熱いのか涙が熱いのかもはやそれもわからぬ。


 ぼんやりと記憶が追いついてくる。

 ともあれかくもあれ、一旦丸太小屋の方へと戻ることにして、周囲を十全に警戒しつつ木から降りたところだった。あ、と思う間にはすでに膝から力が抜け、座り込む。最初に眩暈が来た。これくらいならしばらくじっとしていれば治まるかと思って耐えたが、すぐに痛みに変わった。どちらからともなく上体を倒し、そしてしばらく意識を失っていたらしい。

 どれくらい時間が経ったのかはわからないが、気絶していたようだ。

 誰かが遠くで何事か言ったのが聞こえた。激しい雑音のようなものが耳元すぐ傍で鳴っていて、誰の声か、何と言っているのかは聞き取れないが、誰が来たかは雰囲気で分かる。


「イス」


 声が出たかどうかはわからない。二つ口がある。どちらかは聞こえているはず。

 体が抱き起された。体が膨張し続けるような錯覚が止まり、少しずつ萎んでいくのを新たに感じる。ぼやけてはいるが、視界に色が戻った。こちらの名を呼ぶ声が聞こえる。自由な方の手でイスマーアルアッドの裾を掴んだ。握力は少し戻り切っていない。手が滑り落ちる。剥き出しの腕に乗った。


「……冷たいわ」「気持ち良いわね……」


 気分が落ち着く。

 目で見る、あるいは声を聞くまでもなく、やはり気配で感じた通り、イスマーアルアッドがここにいた。


「会議はいいの?」「どうしてここがわかったの?」

「会議は一旦休憩だよ。立てるか?」


 アルファとイルフィは、おんぶ、という声を隣の口から聞いた。

 諸症状はすでに八割方引いていたが、足元が少し覚束ない――というのを建前として。


 ★


「何故ってそんなの、暇だからだよ」


 というのがニールニーマニーズの主張だった。


「あ、お姉ちゃんも同じくですよぅ」


 対面に座ったアイシャが言う。

 もはや当たり前のように、召使たちがマリストアの居る個室に夕餉を運んできた。一応病人だ、とは彼らに主張しているものの、別にどこかが痛むとか動かし辛いとかそういったことはないので、普通に机に移動して食事を取る。

 椅子が四つ用意されているので、もしやもう一人もと思って天井や窓の外を見たがいない。あの姉はあの姉で神出鬼没だ。今頃どこで何をしているやらわからぬ。人様に迷惑をかけていなければ良いが。


 ★


「おい、私を送ったら帰るんじゃなかったのか。おい。それ私のベッドだぞ」

「良いだろう減るものでもなし。一緒に寝よう。さあ」

「…………やっぱりその、なんだ……するのか? ――おい。寝てるのか……」


 ★


 あのメイフォンに限って、まあ大丈夫だろう。マリストアはそう結論付けた。

 料理を口に運ぶ。そろそろこんな精進料理みたいな物ばかりでなく普通の物も食べたいのだが、それが運ばれてこないということはまだ侍医からの許しが出ないのだろう。自覚症状はないがまだどこか本調子ではないところもあるのかもしれない。物事に必然はないのである、完全に元気だ、健康だとそう思っても、素人にはわからぬ不調があるのかもしれない。

 姉や弟が付き合ってくれるのが救いだ。これで目の前で肉や魚を並べられたら暴れる自信がある。


「別に私に付き合わなくても良いのよ?」

「何がさ」

「いやこれ、食事なんだけれど」

「迷惑でしたかぁ?」


 迷惑と言えば迷惑である。ただまあ、食事に限らずここに居座られること自体が迷惑であるので、そうじゃなくて、と前置きしつつ、


「貴方達、自分の部屋に戻ればもっと良い物食べれるんじゃない? わざわざ私に合わせて病人食食べなくても」

「え? ああ、そういうことですかぁ。大丈夫ですよぅ、私は普段からこういう食事ばかりですのでぇ」

「僕もだ」


 下女を呼びつけて聞いた。


「ねえあの、私の晩御飯なのだけれど……」

「あ、御要望がありましたら、一応お肉と魚のどちらも御用意できますよ!」

「……ねえ。ちなみに、ここ最近精進料理ばっかりなのは」

「アイシャ様、ニールニーマニーズ様がお見えでしたので、同じものをご用意させていただいた方が良いかと思いまして! お口に合いませんか!?」


 ……アイシャとニールニーマニーズ追い出して今日は肉よ、肉食ってやるわ。

 そのようにした。


 ★


 途中、湖があった。

 滑空の勢いを数歩の踏み出しで止め、軽い歩行を挟んで地に降り立った。

 トォルはミョルニの背から飛び降りると、背嚢を下ろして伸びをする。その間に彼女は人の姿に変わっている。白髪、黄昏色の瞳、ミルク色の肌。矮躯を包むのは、心なしか襞装飾の多い下女服。湖畔にしゃがみ、水面に映る己をじっと見つめている。


「もうすぐ日も落ちるし、今日はこの辺で野営しよう」


 町があれば良かったけど、と思うが、東に広がる草原地帯と異なり、西に進むと急峻な山岳地帯や森林地帯が増え、人の暮らす集落と集落の間隔が格段と広くなってしまう。ミョルニは疲れというものを一切見せないのでわからないが、一日飛べば疲れもあろう。そうじゃなくとも、己が辛い。一日竜の背に座っているのも姿勢やその他の面で疲れが溜まる。

 背嚢を開き、慣れた手つきで野営の準備。時期が時期ゆえ焚火に使えそうな乾いた枝葉は落ちていない。しかし、最近日中が暑くなり始めるのに合わせて夜もそうなり始めている頃だ。寝袋に包まっておけば、火がなくとも風邪を引くことはないだろう。

 調理に火がないのは困るが、まあないものは仕方がない。いつの間にか隣に立っていたミョルニの口に干し肉を放り込み、自分も欠片を口にする。

 ……だから調理できないんだって。

 しまった、という無念を感じる。しばらく水には困らない旅路を選択した西行きであるからと、煮る必要のあるものばかり買い込んだのだ。簡単袋から出して煮るだけと書かれたそれにこんな便利な物がと調子に乗った。

 火を通さずとも栄養補給のできる携帯食料の類は次に寄った町で必ず補充しなければと記憶に刻む。


 灯りがないので、今日はもう寝ることにした。


「じゃあミョルニ、よろしくね」


 寝袋に潜り込み、横になった隣にミョルニが座った。彼女が片手をこちらの頭に乗せる。野生動物や野盗の心配は彼女がいれば不要だ。先日戦った魔王のようなものが現れたら話は変わってくるが、飛竜に敵うものが跳梁跋扈しているような世界ではどのみち安眠できる場所など確保しようがないので、気にするだけ無駄である。殺すなら一息で殺してほしい。苦しみたくないので。

 そのようなことを考えているうちに、トォルは眠りに落ちていた。


 ★


 マリストアに追い出されて部屋を出ると、ちょうどイスマーアルアッドと行き合った。


「……誘拐現場?」


 彼はアルファとイルフィの二人を器用に背負っている。眠っているようだ。見ようによっては攫ってきたようにしか見えぬ。

 イスマーアルアッドは双子を背負い直すと、口を開いた。


「あっ、ちょうど良いところに。夕食はもうとったかい?」

「夕食? マリストアに追い出されたし、実はまだなんだよね」


 ニールニーマニーズが二口くらい摘んだところで、マリストアに文字通り蹴り出されてしまったのである。どうして文句も言わずに自分たちと同じ料理を食べているのだろう、減量だろうかと姉の体重を心配していたことがばれたのかもしれない。顔に出ていただろうか。

 別に菜食主義者というわけではないが、特に肉や魚を食べたいと思ったことがないので必然的にパンや野菜ばかりを摂取する生活が長い。アイシャもアイシャで極端な小食なので、偶然にも食生活が似る。

 アイシャもまだだよ、と続けて、


「どうかしたの?」


 いろいろな意味を込めて問うた。

 これがメイフォン相手だと想定の斜め上の回答が返ってきてしまうため、言葉の粋を尽くして己の意図を伝える必要が出るのだが、健常者が相手だとこれで意図を汲んでくれるだろう。

 

「ああ、ちょっと双子に熱が出てしまったようでね。他の人は寄せ付けないし、私が今から面倒見るのだけれど、ちょっと頼まれてくれないかい」


 アイシャが構いませんよぅ、と言って、ニールニーマニーズも同じ意味を持った頷きを返す。

 また双子を背負い直して、イスマーアルアッドがついて来てくれ、と言う。兄の背中を追ってしばらく進むと、とある小屋の前で立ち止まった。木組みの丸太小屋とはいえ、他の小屋群と比べれば一回り大きい小屋だ。

 扉の前に立つ召使がイスマーアルアッドと二言三言交わし、扉が開かれる。


「すまない、私は少し席を外すことになるから代理の者を連れてきた」


 は、という声がアイシャと被った。もちろん疑問の意味を伴った発音で、である。


 ★


 勇者は何食わぬ顔で居住まいを正す。

 褐色の肌に、絶妙なうねりを持つ緑の黒髪を束にした女。最近暖かくなってきているとはいえ、やや気が早く思えるような薄着。アルタシャタと並べると一目瞭然なのは、彼女も正しくペラスコの血を継ぐ者であるということだった。浮かべる笑みがやや引きつって見える。


「初めまして、ようこそイスカガンへ。兄に代わりました、ニールニーマニーズと申します」


 アイシャの隣、背の低い方。白けた金髪に碧眼を持つ少年が一礼してみせる。立襟と襞飾りがあしらわれたシャツに燕尾服、丈の短いパンツ。こちらはこちらで少し暑いのではと感じるような着込みようだが、当人は至って涼しい顔である。


「申し遅れました、アイシャです」


 ★


 無情にも背後で扉が締められる。とりあえず自己紹介だけはした。名乗ったし大丈夫ですよぅ。

 召使の案内で席に着く。勇者とスーチェン王との間にニールニーマニーズと並んで腰かけた。それと同時に料理が運ばれてくる。超多国籍国家であるイスカガンでは当たり前の光景なのだが、それぞれの前に並ぶ皿はそれぞれの出身に合わせて違う彩りだ。二人の前には野菜やスープの類が並べられる。

 アイシャは料理が並べられる間に円卓に着く面々を見渡していた。

 ニールニーマニーズが左隣。そこから順番に、スーチェン王ウー、ヤハン女王ヤコヒメ、ペラスコ王アルタシャタ、フィン女王エウアーと並び、次がノーヴァノーマニーズの大王――順番的に言えばそうであるはずだが、事前に聞いていた特徴と違う。


「あ、すみません、私はノーヴァノーマニーズ大王代理の者です」


 見ていたことに気付いてノーヴァノーマニーズ大王の席に座る青年が名乗ってくれた。アイシャは会釈を送っておく。そういえば、とアイシャは大王についての噂を思い出した。曰く、西方の大王は、公の場にほとんど必ず代理の者を送る、と。なるほど、であれば事前に聞いていた特徴通りだ。

 その隣には勇者。シンバの老王、アンクスコの女王は不在であり、よって以上の八名がこの場に着席していることになる。


「そろそろええかの?」


 アイシャの丁度正面に座る男――ペラスコ王アルタシャタが口火を切った。続いて、


「アイシャ、貴様がアイシャかの。初めまして――わしがお祖父ちゃんじゃ」

「初めまして御祖父様、御高名はかねがね承っておりますぅ」


 ペラスコ王女を母に持つアイシャにとって、アルタシャタは祖父に当たる。しかし、地方分権が主体であるアレクサンダリアでは王が土地を離れる機会は少なく、まさしく今のような緊急事態以外では自国の領土を出ることはない。特に平和が続くここ十年においては、一度足りとてそのような機会は訪れなかった。

 ゆえに、アイシャが物心ついて以来では完全に初対面となる。 

 ……お祖父ちゃんと言われましても、ですねぇ。

 アレクサンダグラスや側近の部下たちからいくら話を聞いているとはいえども、距離感がいまいちだ。親族という感じもしない。

 次の言葉が出ず、数瞬の沈黙。会釈を送ると会釈が返ってきた。微妙な笑みを交わす。器に入った水を飲む動作で間を埋める。


「貴方達なにを固くなってるのよ。晩餐会なんて気楽で良いのよ気楽で。ねえニールニーマニーズ、貴方は今彼女とかいるの?」

「おいヤハンの。あの脳内桃色女の方こそ猿じゃないのか。年端も行かぬ童に手を出そうとしておるぞ」


 ウー王が隣に声を掛け、しばらくしてから下女がヤコヒメの肩を叩いた。

 箸で肉料理を摘まんでいたヤコヒメが顔を上げる。


「えっ、あっ、すみませんウー様、もしかして人間の言葉を話されました? 聞いておりませんでした」

「貴様……!」

「貴方達失礼ね、私がそんなに見境ないって言いたいわけ?」

「光栄です」


 ニールニーマニーズが半目で言った。

 


 イスカガン皇族は比較的夕食遅めの時間帯ですね。

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