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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第二章:皇位継承編〈上〉
29/78

#5 大陸の平和

 ★


 大皇帝の訃報を聞いて、最西端の大王は、己はそのような些事にかまけていられるほど暇ではないと、そう思った。

 しかし無視してしまうのもそれはそれで都合が悪い。

 そこらを歩いていた若者を一人捕まえて、書状を一通持たせてイスカガンへと向かわせた。

 議題は分かりきっている。おおよそ次代皇帝をどうするか、だ。

 己は自分の思考や研究にさえ没頭できれば他はどうでもよろしい。誰が次の皇帝になろうが何だろうが、今までと同じく不干渉。商人や個人が勝手に交流する分には全く構わないし、ノーヴァノーマニーズの市民たちが研究のために大陸中を自由に訪れることができるという現状が護られるのであれば、己から申すことは何一つない。

 なにせ、忙しいのだ。

 時間はいくらあっても足りない。

 世界には未知が多い。多すぎる。そして、それに対する己の知識欲が留まることを知らぬ。睡眠を摂取するだけの時間を除き、後のありとあらゆる時間は思索と研究に費やしてきた。しかし足りぬ。寿命が足りぬ。仮に百年あっても、この世のすべてを解き明かし、知ることは叶わぬ。

 しかし寿命ばかりはどうあっても伸びない。だったら生きていられるうちに限界まで知識を、真理を得ようと、そう思った。

 ゆえに、大皇帝の訃報など取るに足りぬと、そう断じたのだ。


 ……許せアレクサンダグラス、吾輩は今、あるものの研究で忙しいのである。


 心中では黙祷を捧げておいたので問題はなかろう。


 ★


 あの大王絶対殺す、とノーヴァノーマニーズの使者は、白熱する議論を一歩引いたところで眺めながら硬く胸に誓っていた。

 液体の濾過についての論文をまさに執筆している途中で、原稿に行き詰って部屋を出た瞬間に大王に見つかり、今に至る。

 問答無用だった。大王に気付いたこちらが挨拶する間もなく手には書状を持たされており、これは何か、という問いを発する前に馬車に押し込められていた。

 とにかく出不精であるあの大王は、およそ自分の研究に関係のない限り絶対に自分の研究棟から出ようとしない。何か用があれば、一番最初に見つけた学者を使者に立てる。それがわかっているから普段は気を付けているはずなのに、徹夜で判断力が鈍っていたか。悔しいことに、あの大王の口癖である「徹夜は作業効率を落とすので何が何でも寝ろ」が真理であることに臍を噛む思いである。

 内心で涙を流していると、先程急に即位したイスカガン王が話をこちらに振ってきた。


「……え? は、はい! なんですか?」

「ノーヴァノーマニーズとしては、誰を皇帝に立てるべきと御考えか」


 拙い、と内心焦りを感じた。

 全く話を聞いていなかった。今はどういう流れか。皇帝を誰にするか、という議論をしているところまでは聞いていた。落ち着いて思い出せ、と使者は自分の記憶を探る。

 スーチェン王が自分こそが皇帝に相応しい、とまず名乗りを上げたはずだ。


 ★


「なにせ我がこの大陸中で一番強いことは自明の理だからだ」


 ウーが言った。

 単純な個人戦力だけで言うと、もはやアレクサンダグラスなき今、これは疑いようのない事実だ。メイフォンも良い線をいくだろうが、しかしウー王とメイフォンの明確な違いというのが軍勢を率いた戦であり、あらゆる戦、試合での勝敗という点で見れば軍配は彼の王に上がる。

 強い、とは何か。単純に戦闘力だけで判断するなれば、上述の理由によりウー王がその最有力候補であることは疑いようのない事実である。

 イスマーアルアッドはしかし、違う、とそう思った。


「おひい様おひい様、ちょっと戦いが得意なだけのお猿さんが増長してはりますよ。ガツンと言ったってください」

「これは付き合いが長いから茶化しじゃなくて本音の忠告なのですけれど、腕っぷしだけで国を治めるのは不可能ですよ?」


 ペラスコ王が杖を床に突く。

 視線が集中する先、アルタシャタは何かを言おうとして口を開け、一瞬だけ動きを止めて、


「茶のおかわりをくれんかの」


 ヤコヒメ傍付きの下女が茶を手渡した。

 一口、口に含み。


「これからは頭使わんといかんの。戦乱の世はわしらの代で終わったんじゃ、スーチェンの」

「むぅ……」


 スーチェンの王が動きを止める。

 こちらとしては、頭を使う、というのにもまだ少し違うと、そう感じる。


「私はパスよ。国を背負うなんて柄に合わないもの」


 視線をエウアーに送ると、首を横に振る動きが返ってきた。


「では」


 とイスマーアルアッドはノーヴァノーマニーズの使者に向かって、


「ノーヴァノーマニーズの大王からは、何か?」


 ★


 勇者は、ノーヴァノーマニーズの使者が顔色を青くしたり赤くしたりしているのを眺めていた。

 突然円卓の視線が集中し、委縮したようになる。

 

「も、申し訳ございません、大王からは何も聞かされておりませんので……」


 大王から持たされたという書状の内容を思い出し、勇者はいっそ気の毒に思った。丸投げにも程がある。知識の探求のし過ぎでその他を疎かにしがちだという前評判だったが、まさか会議に来すらしないとはさすがに己も予想していなかった。

 身を乗り出していたウー王が椅子に座り直し、腕を組む。

 エウアーが口を開いた。


「なら、貴方の個人的な意見で良いから聞かせて頂戴。良いわよね?」


 前半は使者、後半は他の王へと向けた発言だ。

 勇者は構わない、という意図を込めて右手を差し出しておく。


「えっ、ぼ……わ、私の意見ですか!?」

「ある意味では、この場にいる誰よりも冷静な見方ができる立場にあるかもしれんの」

「是非とも聞かせてもらおうか……」


 可哀想に――と、同情を禁じえなかった。


 ★


「ねえマリストア! そろそろ! そろそろどうかな! まだ!?」


 という、足置き台からの抗議をマリストアは聞き流した。

 

「アイシャ、もうちょっと右。そう、そこ! そこよ」

「あれあれ!? 僕、無視されてない?」


 場所は、仮に設置された木組みの小屋。

 部屋には今、マリストアの他にはニールニーマニーズとアイシャ、それから召使が数名いた。いつもの東洋出身の下女に命じて茶を淹れさせる。


「無視もなにも、今の貴方は家具じゃない。私、家具に話し掛けるような奇特さは持ち合わせていなくってよ」

「じゃあ家具やめたー! はいやめたー! ほらどうぞ、教えて聞かせて魔法の秘密!」

「だから、何度も言うけど私だってわからないのよ、全然――ああ、ありがとう」


 茶の入った器を両手で受け取る。

 白磁の器が目に美しい。西方の茶だった。紅い色をしている。たまには気分を変えてみるかということで、気の向いた時だけ茗以外の茶を飲むこともある。飽きが来なくて良い。

 

「わかることだけでいいから! 全部! この通り! 足でも靴でも舐めるから!」

「それはやめて」

「床でも壁でも舐めるから!」

「それもやめて」

「じゃあ僕は何を舐めれば良いんだい!?」


 いったいどうして何かを舐める前提なのか。

 マリストアの目下の頭痛の種は、ニールニーマニーズとアイシャが押しかけ、このように魔法についてどのような些細なことでも良いからと付きまとうことだった。

 こちらとしても別に隠すつもりはないのだが、わかることがほとんどない。なにせ記憶が混濁している。それでもなんとか包み隠さずすべて伝えたのだが、二人はそれで満足してくれない。滅茶苦茶を申し付ければ諦めるかと思い、試しにアイシャとニールニーマニーズに使用人の真似事をさせてみたが、

 ……この狂人ども、嫌がるどころか率先して足置き台や按摩器になりに来るのよ……!

 普段から下女にこんなことをさせていると思われている可能性がある。

 ニールニーマニーズが四つん這いになってさあ! と叫ぶので初めは何事かと思ったが、少々付き合えば正気に戻ってくれるかと期待して足を乗せてみたのが間違いだった。途中で小屋に帰ってきたメイフォンは「まずい物を見てしまった」みたいな顔で無言で扉を閉めて出て行ったし、アイシャの肩揉みはどんどん上手くなっているわでもう何が何やらわからぬ。

 

「ねえ、いい加減諦めたら? 時間もったいなくない?」


 正座し、伸ばした両手で上体ごとこちらを仰ぎ始めた弟に駄目元で提案してみる。

 すると、素直に動きを止めて立ち上がったので、逆に引いた。


「わかった。迷惑をかけたね、ごめん」

「え、ええ……」

「最後に一つだけお願い、良いかな――」

「え、ダメよ」

「――解剖させてほしいんだけど」


 とりあえず、反射的に否定しておいて幸いだった。


 ★


 誰が良いのか、という話になると、候補はこの場にいる者でほとんど締められるであろうと、ノーヴァノーマニーズの使者はそう思った。

 適当な誤魔化しでこの場を逃れるのはどう考えたって不可能。必ず、誰が良いかを述べなければならない。だが、自身は一介の学者だ。何の政治的知見もなければ、権力や武力があるわけでもない。ただ大王に使わされた可哀想な一般人なのである。

 であれば。

 あくまでなんの薬にもならない意見でありながら、かといって誰かの毒にもならないような意見を上奏せねばならない。そうでなけれなばノーヴァノーマニーズの未来、というより自分の未来が暗い――命を懸けて、無難な回答を導き出さねばならない。

 最も無難といえば、まずは欠席者であろうか。

 この場に居ない者から考えることにする。八王の座に名を連ねる者であれば、ここに出席していない者でも皇帝を継ぐ権利は多少なりとも存在するだろう。


 では、まずはノーヴァノーマニーズの敬愛すべき大王はどうか。恐らく推薦したという時点で、帰国すれば何らかの実験台にされること請け合いだ。

 イスマーアルアッドに視線を送る。シンバの王は病がちであると先程聞いた。ならば彼の王も除外。アンクスコに至っては女王であること以外何もわかっていない。当然なしだ。

 この場に居ない者という選択肢はやはり駄目だ。最終的に本当にどうにもいかなければノーヴァノーマニーズの大王を差し出すことに決めておき、次へと移る。あんまり痛くない実験だと嬉しい。


 今度は、この場にいる者で考えてみる。順当に言えば、イスマーアルアッドが妥当だろう。なにせ亡くなったアレクサンダグラスの嫡子だ。どう考えても彼が適任ではないか。

 ほとんど終盤のみとはいえ、大戦経験者でもある。蟻地獄という大層な字まで頂戴しているのだ。

 通常の場合であれば、どう考えても彼が適任なのではないか? 使者は口を開きかけ、しかし王たちが眼光鋭くこちらの言葉を今か今かと待ちわびているのを見て、考え直す。発言は他の候補も洗ってからだ。この場にいる王共は皆、イスマーアルアッドが皇帝最有力候補であることを承知の上で議論に臨んでいる。


 一旦イスカガンの王については保留ということにして、他の候補についても考えてみる。

 円卓を時計回り。まずはスーチェン王、ウーだ。武力、という面において彼の右に並ぶ者はおよそいないだろう。しかし知力が足りない。

 続いてヤハン王、ヤコヒメ。武力も知力も未知数。権謀術数に長けると聞くが、この平和を恒久にしようという世の中において必要な能力だろうか。

 ペラスコの王は見た目に反して老獪であり、最も掴みどころがない。能力も未知数であり、己の実力を隠している可能性もあれば、傀儡王の噂が根も葉もないものではない可能性もある。

 エウアーは駄目だ。風紀が乱れる。


 だとすれば、と使者は、やはりイスマーアルアッド様が、と口に仕掛け――

 イスカガン王と目が合った。


「済まない、少し良いだろうか」


 挙手による差し込みだった。


 ★


「そもそも」


 言う。視線が集中する。国民の忌憚なき意見として気軽に答えてほしかったのだが、ノーヴァノーマニーズの使者が思わぬ長考に入ってしまったので助け舟を出したつもりだった。種を蒔いたのもイスマーアルアッド自身だが、申し訳ないことをした。

 右手を振り上げ、続ける。

 実際のところ、


「皇帝を誰にするか――という話であれば、当然、アレクサンダグラスの第一子である私が適任であることは言うまでもないだろう」


 しかし一義的に自分を皇帝にするという風に推し進めないのは、他国の進退を伺う必要があるからだ。例えばアレクサンダグラスが死んだので、当然嫡子であるイスマーアルアッドが継ぐ、という風に宣言したとする。これを受けて、では離反する、などと言い出す勢力があれば都合が悪い。

 上記は八王新顔にして最年少であるがゆえの気遣いであるが、もう一つ、国民からの感情があまりよろしくない、という懸念もあった。表立って噴出しているということは幸いにしてまだないのだが、多かれ少なかれ皇宮に対する不満・不信を抱く国民は少なくないと聞く。

 あくまで皇帝の最有力候補はイスマーアルアッド自身なのだが、では、と安直に皇帝として即位するわけにもいかぬ、というのが現状だ。


「さて、ではここで改めて問うが、ここに集った八王諸氏は、この大陸における平和の継続か、戦乱の世か、どちらを御所望か?」


 こちらは八王の満場一致で平和を願う、だった。


「重ねて、ではその平和は、八国が手を取り合う、大陸中の平和か?」


 そもそも八国は、それぞれがそれぞれ固有の文化、国土、国民、その他を持つ。わざわざアレクサンダリアという統一された一国である必要はあるのか? イスマーアルアッドは言外にそう問うた。

 皇帝アレクサンダグラスに忠誠を誓うという形で八大国が手を取り合い、大陸の平和を形成していたが、別に皇帝などいなくとも、八国同士で盟約を結び、対等な国家関係を築くということも不可能ではないだろう。

 つまり、


「皇帝は本当に必要か?」


 言った。





 使者視点のギャルゲーですか?

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