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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第二章:皇位継承編〈上〉
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#2 参列の王達

 空間がある。

 四方を壁に囲まれた、間に合わせの小屋だ。

 イスマーアルアッドは居並ぶ各国の使者たちを見て失礼がないかと心配したが、そもそもこのような木組みの小屋で礼儀も何もないと思いなおした。


「白いのはまだ来んのか!」


 木組みの椅子、その背凭れに体重のほとんどを預けた老人が怒声を張り上げた。声の向きはこの場にありながら、受け取り手はこの場に居ない。

 細身の男だ。しかし、見上げるほど背が高い。

 例えるならば、中肉中背の人間を上下に引き伸ばしたかのような体躯だ。

 肌や髪の色から、東洋の出であろうことはその場にいる誰もが予想できることだった。しかし、この男が東洋の出身であるかどうかなどはわざわざそのような判断をせずとも、大陸に住む者であれば容易に判断できる。

 特徴的な肌の色だ。

 顔に刻まれた皺が相当な高齢であることを物語るが、全身の皮膚はとても年老いた者のそれではない。アレクサンダグラスが動く山であったならば、彼は動く鉄だ。全身が、鉄。鍛え上げ内功を練り上げた体、皺一つない血色の良い皮膚の下、黒鋼の色が透けて見える。

 この男を現すのに、一騎当千を体現する、という風な表現がなされることがある。あくまで慣用句的な表現であるが、この男に限っては紛れもない事実であり、先の大戦の折、「俺ならできる気がする」と宣言して部下を下がらせ、実際に千人規模の敵を一人で相手取ったという記録が残されている。

 下女を二人背後に控えさせ、子供はおろか大人が見ても心臓が止まりそうな憤怒の表情を浮かべるこの男こそが、東方スーチェンが王、ウーである。


「あら嫌だ嫌だ、どっかからお猿さんが紛れ込んでるみたいですねぇ。猿回しの猿でしたら「おすわり」「待て」も得意だし、きっと野生の猿だわ」


 隣に座る女が、背後に控えている下女に同意を求めるように「ねぇ」と微笑みかける。微笑みかけられた下女は「おひぃ様、お猿さんに聞こえはったらどうするんです」と澄まし顔のまま答えた。

 こちらも東洋の出である。スーチェンの隣、ヤハンの国のために用意された椅子に座っていることからも分かるが、何より特徴的なのはその衣装である。皇宮に仕える下女にも複数ヤハン出身のものがいるが、それと同じ形の意匠――前合わせの布を帯で止めるそれは、着物と呼ばれる服装である。

 椅子に浅く腰掛け、背筋をまっすぐ伸ばして座る姿は、凛とした、という形容を着こなすが如く。高い位置で結った黒髪は、散りばめられた髪飾りも相まって星空のようだ。

 柔和な笑みを湛えた顔からは年齢を推測することは難しいが、一騎当千を相手にここまで言える女となればアレクサンダリアには一人しかいない。

 東洋ヤハンの女王、ヤコヒメだ。千年を生きているという噂がまことしやかに囁かれている。


「今すぐ戦争しても良いのだぞ……」

「あら嫌だわ、わたくし一言でもウー様のことをお猿さんなどとお呼び致しましたでしょうか?」

「おひぃ様、もしかして本当にお猿さんなのとちゃいますか」


 イスマーアルアッドから見て円卓の向かい側、そのやり取りを楽しそうに眺めていた男が、ついに耐えきれなくなって笑い声をあげる。小屋内の円卓に用意された八つの椅子のうち、埋まっているのは四つ。イスマーアルアッド、ウー、ヤコヒメと、そしてこの男だった。

 褐色の肌に黒の髪と瞳。黄金の装飾具を着けられるだけ着けた上半身は裸であり、身にまとう布は下半身を隠す緩めのズボンと頭部に巻きつけた特徴的な帽子だけである。足元は裸足だ。


「ガハハ! 貴様ら本当に仲が良いの!」


 純金飾りのついた杖の先端を差し向けられたウー(ワン)はそっぽを向き、ヤコヒメは扇子を口元に当てる。

 呵々大笑を上げる男の名前はアルタシャタ――砂漠の国ペラスコを治める王である。恐ろしく前向きな男であり、あまりにもお人好し過ぎることから、陰で彼を操る者こそが真のペラスコ王であるとする見方が有力だ。本人は全く気にしていないが。

 

「それにしても遅いの! あとは誰ぞ、フィンとことアンクスコんとことかの?」

「アンクスコのはどうせ来ぬだろうて」

「別嬪さんなんじゃての! 一回くらいは拝んでみたいが、毎回来よらんのは何故じゃ? イスマーアルアッド。知らんかの?」

「えっ、あ、は、はい。あまり調子がよろしくないとは聞いているのですが……」


 急に話を振られても困る。

 ……胃が潰れそうだ……!

 便宜上旧イスカガン国の代表としてこの席に座っているが、他の出席者の格が違いすぎる。評判はともかく、彼らは例外なく、大陸大戦で覇を競い合った時代を生き残りし化け物たちなのだ。

 現在空いている席は四つ。イスマーアルアッドの座る席から時計回りに一つと、反時計回りに三つだ。

 シンバの王は現在病に伏せっており、今回は欠席だ。

 「吾輩思索に忙しいゆえ無理」と書いてある書状だけを持たされた使者が、ノーヴァノーマニーズに用意された椅子の後ろに両手を揃えて直立不動。イスマーアルアッドはなんとなく彼に親近感を覚えた。

 アンクスコにも連絡の使いは出してあるが、何の音沙汰もない。しかしこれはもはやいつも通りであり、そもそも相互不干渉を条件にアレクサンダリアの軍門に下った国である。これが通常通りだった。

 ゆえに残りはフィンを待つのみ。

 集合時間からはすでに四半刻ほど遅れており、ますますイスマーアルアッドの胃と精神衛生を蝕んでいるのである。

 ……フィンにだけ三時間前倒しで集合時間を伝えてあるのに……!


 結局フィンの女王はそれからたっぷり半時ほどの時間を要して姿を現した。全く悪びれもせずに。


「久しぶりに首都に来たもんだから興奮しちゃったのよ」


 フィンの人間、特に女性は美形が多いことで有名である。基本的に身長は高く、出るべきところと引くべきところを完璧に弁えた完成された姿態と、神が手ずから与え給うたがごとき美貌、家系によって大きく色味の違う美しい髪、瞳を持つ。

 その中でも王家の象徴ともいえる黄金の髪と翡翠の瞳を持つ彼女こそが、フィンの女王エウアーだ。彼女のありとあらゆる行動には「艶めかしい」という形容詞が伴い、見る者の視線を男女問わず釘付けにする魔力のようなものを垂れ流しにしている。

 踵の高い編み上げ靴で床を鳴らしながら、彼女は遅刻などなかったかのように堂々と、用意された自分の席へと向かった。

 控えていた召使が椅子を引くのに合わせ、音一つ立てずに座る。


「フフ、ありがとう」


 椅子から手を離しかけた召使の手に自身の手を重ね、エウアーが言った。そのまま蛇のように手袋に包まれた両腕が召使の腕を這い上り、頬と腰にそれぞれが行く。


「や、やめ、やめてくださいエウアー様」

「ああ、素敵な表情をするのね貴方。――ねえイスマーアルアッド」

「は、はいなんですか!」

「この子、借りるわね。今晩」


 爪や指先で召使の薄皮を撫でつつ、女王が吐息を吐く。鮮血のように真っ赤な下が彼の首元を這い、軽く吸って痕をつけた。召使は解放されてすかさず距離をとるが、女王の接吻を受けたとあっては夜伽番からは逃れられぬ。

 召使は視線で助けを訴えてくるが、イスマーアルアッドは断腸の思いで許可を出す。許せ。ある意味参列した誰よりも恐ろしい存在なのだ、逆らうと何をされるかわからん。噂では若者の精気を吸って永遠の若さを得ているというが、案外事実なのではないかとさえ思える。


「さて、これで揃ったでしょ。始めましょうか」


 妙に血色の良いエウアーが言った。

 ウー王はこの中の誰よりもエウアーが苦手であるため、登場した瞬間から先程の威勢を忘れたが如く鳴りを潜め、その横でヤコヒメは目を細めた。優雅に頬杖を突いたアルタシャタは先程から笑いが止まらず、若輩者のイスマーアルアッドとノーヴァノーマニーズの使者は二人して身を縮こまらせている。

 真っ赤な唇を笑みの形に歪め、エウアーが二の句を告げる。


「アレクサンダグラスが死んだ件と、今後のアレクサンダリアについて、ね」


 ★


「勝負だ勇者!」


 一度は竜に敗れてしまったが、そのうち勝つつもりだったのだ。最終的に勝てばそれで逆転、最後に勝った者が勝利。そもそも負けたつもりなどなかった。しかし竜は勇者にあっさり討たれてしまった。だったら勇者を倒せば実質竜を倒したも同じ。それに、純粋に強者として勇者と戦ってみたいという気持ちも強い。つまり一石二鳥だ。

 勇者が寝泊まりしている小屋の扉を蹴破って押し入る。


「あ、おはようございます」

「おはよう! 早速だが武器を持て!」

「ちょ、ちょっと待ってください、これから朝ごはんなのでご一緒にどうですか」


 見れば、机には簡素ながらも美味そうな料理が並んでいる。なるほど、腹が減っては戦はできぬとそういうことか。さすがは勇者だ。ならばとメイフォンも席に着き、下女が給仕してくれる料理に舌鼓を打つことにした。

 メイフォンはどちらかというとパンの類より米や雑穀の類を好むが、たまには悪くない。勇者に合わせ、西洋寄りの朝食を口に運ぶ。

 見た目は本当に風采の上がらぬ男である。中肉中背、最もよくある焦げ茶の髪、瞳。大陸中の平均を採ったがごとき容姿であり、例えば異常ともいえるほど肥大した筋肉の持ち主であるとか、視線で物が切れそうなほど鋭い雰囲気の持ち主であるとか、まったくそういったことはない。

 斯様に凡庸な男がどうして強いのか。

 メイフォンは勇者の強さの秘密というものが知りたくて、ここしばらくはひたすら彼の元を訪れるという生活を送っている――が。


「ご馳走様でした」

「うむ。馳走であったな! たまにはパンも悪くない!」

「そうでしょう? 良かったらまたご一緒しましょう」

「そうだな! またな勇者!」


 毎回のらりくらりと勇者はメイフォンからの戦闘要求を回避し続け、結局この二人の対峙はいまだ実現していなかった。

 この後昼寝から覚めるまで、メイフォンは勇者との対戦を望んで訪れたことを思い出さない。


 ★


 アルファとイルフィは常に二人でいる。

 例外なくこの通りであり、これは彼女たちが絶対に離れ離れにならないということを意味すると同時に、他の者とほとんど接触しないということをも意味している。

 皇宮から避難する折は、やむを得ず、必要に駆られて他の兄姉たちや使用人と行動を共にしたが、仮とはいえ皇宮に帰ってきた今となっては別だ。彼女たちは今、人目を憚り、丸太小屋の林立する一帯から少し離れたあたりに焼け残った木の枝に二人で腰かけていた。


「イスは毎日毎日難しいお話ばっかりね」「早く遊んで欲しいのだわ」


 幹のほど近くに腰かけ両足を揺らす彼女たちの姿は、木の葉に隠れて凡そ外側から見つけることはできないと、そういった位置にある。

 鳥が飛んでいるわ、と片方が空を見上げ、子猫が歩いているの、と片方が見下ろした。瓜二つの姉妹。あまり意見の合わない双子。

 二人の意見が同じとなることはあまりない。二人で一人である彼女たちは、一人でありながら、二つの思考、二つの視点を持つことができるという有用性を本能的に知っているからだった。常に意見が異なるということは、常に二つ以上の意見が見つかるということである。すなわち、他人の二倍、彼女たちは考察できる。

 当然簡単な欲求が重なるということはあるが、それは仕方ないことである。しかし何か難しい問題があるのなら、彼女たちは一人でありながら二つの頭脳を以て事に当たることができるのだ。

 ゆえに、


「私は図書館のあったところの瓦礫傍とかしばらく良い感じだと思うのだわ」「でも雨が防げないのよ。それなら小屋の軒先とかが良いと思うの。あっちの方は人も来ないし」


 彼女たちは精査する。

 当面の身の隠し場所について、だ。

 丸太小屋はアイシャやメイフォンと同室になるため、基本的には使わないことにしている。イスマーアルアッドの暇さえできれば専用の小屋を建ててくれるようにお願いしに行くのだが、しばらくその暇はできなさそうだ。

 原因は不明だが、他人に近づくと息苦しいような感覚に襲われ、やがて体の調子が悪くなるという体質を持つ彼女たちにとって、身の平穏を得ることのできる場所を見つけることは急務である。

 

 と。

 尚もああでもないこうでもないと秘密基地の場所について議論を続ける彼女たちに、声を掛ける者がいた。


「おーい君達。そこの二人」


 焼け残った木は三本あり、その中でも特に葉の密集した一本を選んで座っていた二人は、少し遠くからかけられた声が自分たちに向いているとは夢にも思わなかった。

 まるで気にすることもなく、議論を続ける。

 しかし、


「隠れん坊か? 悪いが道に迷ってしまったんだ、少し聞かせてくれ」

「……ねえアルファ」「やっぱり私たちに言ってるわよね……?」


 息を潜め、小声で遣り取りをする。

 声の主の足音は確実にこちらに近づいて来ており、声は完全に双子に向いていた。


「すまん、怪しい者じゃない。私はセラムだ。君たちは?」


 

 王様たちが集合するまで良いやと思っていたからざっとしかキャラ設定決めてなかったんですけど、性格考慮しつつ配置決めていくと、何人も欠席が出てビビりました。



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