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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第一章:エピローグ
24/78

#24 アレクサンダリア皇宮跡地にて

 木組みの部屋がある。

 皇宮再建の前にとりあえずと、間に合わせでイスカガンの中央に建てられた丸太小屋だ。

 雨風が凌げる機能だけを真っ先に完成させてしまい、今は最低限生活に必要な機能をつけ足したり、他の丸太小屋を建造しているところだった。

 皇宮お抱えの大工たちの作業はさすがに迅速であったが、全壊した城を一から立て直すとなると、さしもの彼らでも一月は要するとのことである。

 昼夜問わず響き続ける木材を切る音や、杭や釘を打つ音。そんな音を聞くでもなく聞く者が一人、丸太小屋の中にいた。

 簡素な椅子の背凭れに全体重を預ける男――アレクサンダリア第一皇子、イスマーアルアッドである。


「やあイスマーアルアッド、探したよ」

「ニールニーマニーズか」

「僕だよ。大軍師ニールニーマニーズ様だ」


 部屋に入ってきたニールニーマニーズは兄の隣の椅子に腰かけ、手にしていた紙束を差し出した。


「とりあえず被害状況の計上が終わったんだってさ」


 ★


 騎士達が歓声を上げた。

 誰彼構わず抱き合い、涙を流す者もいた。

 お互いの肩を叩き、健闘を讃え合う。

 魔は取り除かれた。敵は居なかった。魔物は絶え、魔王は物言わぬ。


「勇者だ!」

「勇者様だ!」


 騎士たちは勇者に駆け寄っていく。

 老いた騎士たちや若い騎士、男も女も関係なく勇者を讃え、もみくちゃにする。

 もはや雨雲は、一切の欠片も残さず空から姿を消していた。

 白一つない青、完璧な晴れ。

 太陽が曙光を落とし、彼らを照らす。

 主を失った魔城が少しずつ崩壊し、草原に向かって落下し始めた傍から塵となって宙に溶け消えた。

 その中から拘束を失ったメイフォンが蜻蛉を切って着地し、僅かな隙も無く勇者に勝負を挑む。

 騎士たちが必死になって皇女を止めた。


「め、メイフォン様! メイフォン様が無事だったことを喜ぶ暇を私たちに――!」

「ええい邪魔をするな! おい勇者! 勝負だ!」


 勇者がそれを見て笑う。


「さすがの僕だって、大陸に名を轟かせる武闘姫・メイフォン様が相手では手も足も出ませんよ」

「メイフォン様メイフォン様、勇者様もお疲れ――そうだ、勇者様は万全ではないのですメイフォン様、万全の状態で改めて勝負為されてはいかがですかメイフォン様ぁ!」

「あはは、僕もちょっと疲れちゃいましたし、また今度にしましょう。ね? メイフォン様」


 メイフォンが渋々と言った様子で引いた。絶対だぞ! 絶対だからな! という念押しまで余念がないことから見るに、この勝負は近いうちに為されることであろう。

 騎士たちがほっとした表情で胸を撫で下ろし、メイフォンに怪我や具合の悪いところはないか尋ねる。

 勇者は終始、疲れた様子も見せずに朗らかに笑っていた。


 そして、その様を遠くから眺めていたイスマーアルアッドは、己の手から弓が滑り落ちたことに気付かない。

 突如現れた魔王は、これまた突如現れた勇者に屠られた。

 魔王は確かに死んだ。頭と胴体が別たれた巨躯が、草原に横たわっている。

 イスマーアルアッドの足は、勇者が現れ魔王を討ったその瞬間から、一歩も前に出ていなかった。魔王が除かれたことに関する喜びは確かにあるが、どこか遠い世界の出来事のように感じる。

 それが何故かはわからなかった。

 否――理解はしている。


 ★


「またこの空間ね」「なんだか久しぶりな気がするわ」


 ミルクのように真っ白な靄が上下左右の無限に広がる空間に、二つの、まったく同じ声が響く。

 アルファとイルフィはここがどこであるかを知っている。誰がいるのかも。


「ウルフゥだわ」「ウルフゥよね」

『まさかまた会えるだなんて思わなかったわね――』

「どこにいるの?」「姿を見せてほしいのよ」

『今はまだ、ダメ。でも、いずれ』

 

 双子は四方八方に視線を来るが、声はどの方角からも残響してやって来、出所は掴めない。全方位から話し掛けられているような気すらしてきて、イスマーアルアッドから他人と話すときは目を見て話せと言われている身としてはどうにも居心地の悪さを感じてしまう。


『結局、リューコツの侵入は防げなかったようね』

「リューコツがなんなのかわからずじまいよ」「それどころか何が起きたのかもよくわからなかったわ」

『まあ、もう起きてしまったことはいいの』

「そうなのよ。魔王は無事に退治されたもの」「終わってしまったことを今更蒸し返したところでなにも得しないのだから」

『そのことだけれど――まだ、終わっていないのよ』


 乳白色の空間に響く声の雰囲気が変わったことを感じ取り、思わずアルファが空いた方の手でイルフィの片裾を摘まんだ。繋いだ手を強く握り合う。

 口調は親しみやすいが、やけに無機質な声だ。


『今度は簡単よ。「竜骨」なんて回りくどい言い方はもうしない』

「…………」「…………」

『ユーシャに気をつけなさい。まだ終わっていないわ』


 アレは私たちの敵よ――ウルフゥはそう言って、気配を消した。


 ★

 

「これは魔王の呪いですね」


 寝台に寝かされたマリストアの状態を見るなり、勇者は断じた。あるいは見る前から分かっていたのかもしれない。

 突如現れた謎の飛竜が置いていったきり、一向に目を覚ます気配がない――皇室侍医が藁にも縋る思いで勇者に意見を求めてきたのだ。

 髪は半ばから毛先に向けて黒く染まり、左目の虹彩も同様の黒だ。極めつけは左腰から生えた片翼であり、まるで生えているかのように完全に体の一部として存在している。

 変わり果てた――そういった姿だ。


「どうにか救う手立てはありませんでしょうか……?」

「ああ、はい、大丈夫ですよ」


 勇者はそう言って、マリストアの片翼に左手を翳した。

 甲の刻印を光らせると、片翼が見る見る小さくなり、マリストアの体の中に消えた。


「おお!」

「髪はまた伸びれば元に戻ると思うんですが……」

「ありがとうございます、ありがとうございます!」

「いえ、すみません、その。目がちょっと……どうなるかわからなくて。お力になれずに申し訳ありません」

「――あ、頭を上げてください勇者様! これでマリストア様が目を覚ましてくれるというのなら!」


 頭を上げ、マリストアの様子を見る。

 そもそも、何もせずともマリストアは目を覚ましていた。力を使った反動で意識を失っていた、それだけの話だ。

 一度は「コレは要らない(・・・・・・・)」と、そう判断した。だが、あらかじめ聞いていた話とは違って、思ったより使えそうである。だったらまだ捨てなくて良い。なにせ物事に絶対はないのだ、誰とて発言を過つことくらいある。


 その後数分して、マリストアはすぐに目を覚ました。

 

 ★


 手鏡を覗き込んで、マリストアは今日何度目になるかわからぬ溜息を吐いた。

 きっと神が直々に、手ずから作り上げてくださったに違いない美貌――それを構成する自慢の金髪が、襟を境に無くなってしまっていた。

 蜜を宙に流したかのようだったそれはそれは見事な黄金の髪は、中ほどから毛先に掛けて黒く変色してしまっていた。傷みがあるとかそういうことはなく、それはそれとして綺麗な髪ではあったのだが、思い切って切ってしまったのだ。なにより中途半端で格好悪い。

 だが、髪はまた伸びる――多少は気分が落ち込んだものの、別に良い。


 マリストアはまた溜息を吐き、顔の左側を大きく隠す前髪を持ち上げた。

 左右で色の違う虹彩。

 右目が緑で、左目は黒。

 こればっかりは髪と同じく切れば伸びるということもないため、どうすることもできなかった。

 だが。

 ……これはこれで、黒曜石みたいで綺麗だわ。

 右目が翡翠、左目が黒曜石だ。左右で目の色が違うのは何となく神々しいし、別に良い。


 一度は生えた片翼も、勇者様のおかげで消えたのだと聞いた。

 では、彼女を悩ませる頭痛の種は一体何なのかと言うと。


「マリストア様! お茶をお淹れ致しました!」

「――貴女。すっごく美味しそうね……」

「え? あっ、このお茶ですか? ありがとうございますっ! 精一杯淹れました!」


 盆に茶をの入った器を乗せ、東洋出身の侍女が丸太小屋に入ってくる。

 右目を瞑らなくとも。左目だけで見ずとも。

 人間の体が、光って見えるようになっている。

 旋毛(つむじ)、左耳、瞼、頬、唇、顎から首にかけて、肩、両腕、脇、胸、脇腹、臍、横腹、上前腸骨棘、下腹部、股間、内腿、太腿、膝、(ひかがみ)、足の爪先、四肢の指の股。

 この侍女は他の誰よりも光る箇所が多い。

 思わず侍女を抱きしめ、犬歯を彼女の旋毛に突き立てようとしたところで慌てて左目を瞑る。


「ま、マリストア様、お戯れはおっ、お止しくださいっ、茶、お茶がっ! 零れっ!」

「……ごめんなさい、ちょっと眩暈がしちゃって」

「えっ、だ、大丈夫ですか? お医者さん、お医者さん呼んできましょうか!」


 間に合わせの椅子に腰かけ、左目を手で押さえる。

 侍女に大丈夫だと伝え、反対側の手で茶の入った容器を受け取った。


 早急に眼帯が必要である。

 少なくとも、左目を瞑っているうちは、人間が(・・・)美味しそう(・・・・・)に見える(・・・・)ことはないから。


「ねえ貴女、ちょっと……そう、本当に、心の底から、どーうしてもっ! 不本意! なんだけれど! ……眼帯になりそうなものを探してきてくれないかしら」


 彼女にとっての憂鬱は、完成された美貌を自ら隠すための眼帯を、日常生活を普通に送るためにはやはりつけなければならない――ということであった。


 ★


「おやぁ、こんなところで集まっていたんですかぁ」

「アイシャ? おい、こっちは男部屋だぞ」

「そんなこと言われたってぇ、マリストアが発情して下女を襲ってるんですぅ。さすがに入って行けませんよぅ」

「はぁ? あの姉も何をやってるんだ一体……」


 少し図書館跡地に様子を見に行って帰ってきたら妹が下女に手を出していた。個人の趣味に口出しするつもりはないので外から覗き見るに留めていたのだが、何事かマリストアが告げた下女が扉の方に向かって来たので逃げ出し、イスマーアルアッドとニールニーマニーズが仮の拠点としている丸太小屋へと訪れたのだ。

 イスマーアルアッドは小屋の隅で机に広げた資料に目を通しているようである。

 アイシャは何の遠慮もなく男子小屋に入り、空いている椅子を引いた。


「……本当に束の間の休息ですねぇ」

「僕の天才的頭脳に言わせると、今後休みなんてないだろうね」

「天才的頭脳をそんなに安売りしちゃっても良いんですかぁ」

「う、うるさいな! いいだろ別に!」


 ★


 イスカガンの街は静かだ。

 建国の英雄、大陸統一の父、世界平和を築いた偉大なる大英雄ことアレクサンダグラスの死を悼む。

 魔王が暴れまわったことにより失われた多数の命の喪に服す。

 街の復旧は逐次、進んでいく。まだまだかかるが、いずれすべて元通りになる。

 物の喪失よりも、者の喪失が街に静寂の帳を落としている。それは哀悼が口を閉じさせるという意味でもあるが、もう一つ。単純に人手が足りないということも意味する。

 露店を開いていた商人たちは居ない。

 行き交う人々も居ない。

 大道芸人やトゥルバドゥールも居ない。

 西側は比較的被害が少なかったためにその限りではないが、東側は酷い。都市としての機能は完全に停止してしまい、少ない人手で細々と瓦礫の運び出しや家屋の建築を進めているところだった。


「こうも静かだと、気が滅入っちまうねぇ」

「しばらくの辛抱ですよ」

「それもそうかぁ」


 イスカガンの東側で大工を営んでいた者たちに交じって、青年が働いていた。瓦礫の運び出しが終わったところから順に基礎を組み、柱を立てていく。

 土埃に汚れた頬を拭って汗を飛ばし、彼は丸太を担いだ。


「それにしても、勇者様がこんなところでいてもいいのかい。いや、猫の手も借りたい状況だから、アンタがいてくれるのは助かるんだけどさ」

「いいんですよ、どうせお城に居たってしばらくは何にも動きませんからね」

「そんなこったぁねーだろおめーさん、救国の英雄が何もこんなところで額に汗しなくても、もっと勇者っぽい仕事とか引く手数多じゃねーのかよぅ」

「もしかして僕、ここに居たら迷惑ですか?」

「えっ、あ、いや、全然! 全然! 助かってる、助かってるよすごく! アンタがいるだけで百人力だけどよ!」


 少し声の調子が変わったのに中年大工は慌て、必死に言い訳するが、勇者の顔に笑みが滲んでいることに気付いて思わず空を仰いだ。

 額の汗を肩に掛けた布で拭い、


「かーっ、役者だねぇアンタ」

「光栄です」


 ★


 かつて大英雄アレクサンダグラスは、大陸の東岸から西岸のそのほとんどを征服し、そのことごとくを支配下に置いた。ほとんどの文明、文化が大陸に存在する以上、これは人類史始まって以来初の偉業となる、世界征服、天下統一とも呼べる一大事業である。

 大皇帝アレクサンダグラスの大陸征服から十年。二百年続いた戦乱の世は彼によって終止符を打たれ、今大陸には空前絶後の大平和が訪れていた。のちにパックス=アレクサンダリアと歴史書に記されるこの時代は、しかし――――


 わずか十年で、その終焉を迎えることになる。

 他ならぬ、大英雄の落命によって。


 しかし魔王は討たれ、勇者が救国の英雄として立った。

 これは、人間が魔物たちから「本当の世界」を取り戻す物語だ。

 次回、第二章プロローグ。テンポあげてアクセルベタ踏みしていきます。


※今話はちょっと間が空きすぎちゃうと思ったので一日に投降したんですけど、以降は今まで通り、いまだしばらく4の倍数の日18:00に定期投稿は継続します(2018/4/1)

※各話サブタイトルについていた「#n」の数字を第一章での通し番号に統一しました(2018/4/1)

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