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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第一章:魔王降誕編
23/78

#23 曙光の勇者

 魔物たちの気が一斉に逸れた。

 非常備の市民兵たちは潰走し、残ったのは常備騎士たちが五百ほどだ。さすがに熟練の騎士だけあってか――少なくとも表面上は――取り乱すなどしておらず、冷静に転がった弩弓に走る。火薬を詰めた陶器の弾を番えると、導火線に着火して空に放つ。

 次々に魔物に着弾し、弾は爆発した。

 東方最強の武術国家スーチェンでさえも手を焼いたという騎馬遊牧民が考案した擲弾だ。火薬の力で陶器は炸裂し、細かい破片が魔物に突き刺さる。

 もはや無力化は不可能だった。極力不殺が目標だったが、イスマーアルアッドが指令を下さずとも魔物たちの命を奪う爆弾が宙に炸裂する。

 隙を突いた一斉砲撃は魔物たちの半分以上を撃墜し、彼らがこちらに向き直るまでに次弾は装填済みだった。


「十分効くぞ!」

「狙え狙えーっ! 撃ち漏らすな!」


 雷鳴が轟く。

 稲妻の幾本かはニールニーマニーズの試算通り魔物の群れに直撃するが、それで墜落する魔物よりも弩弓で墜とす魔物の数の方が多い。元より魔物は数に入っていないのだ、魔王用に特注した擲弾の威力は覿面である。

 上空では魔王と、突如として現れた白銀の飛竜が飛び、交戦している。飛竜が味方かどうかはわからないが、少なくとも今は魔王の気がこちらに向くことを阻害してくれている――だったら今のうちだ。

 雷と弩弓が魔物たちを狙う。

 初弾こそ上手く命中したものの、次弾以降の命中率はぐんと落ちてしまう。初弾と違って敵がこちらを警戒し見据えているせいであるが、最も大きな理由はやはりこの、


「いくらなんでも降りすぎじゃないか!」


 騎士の一人が思わず叫び、周囲の者は無言で同意する。

 酷い豪雨だ。弩弓の狙いが逸れるほか、多少の雨くらいなら火を保たせる特殊な導火線でも限度を超えてしまっており、不発弾が多い。

 飛行する蜥蜴が吐き出す光線が弩弓を次々に貫き、砲門も減る。無事な弩弓を何とか守ろうとするも、豪雨の泥濘が戦車の車輪を噛んで取り回しが難しい。

 魔物の数も次々に減っているが、こちらも厳しい消耗戦を強いられている。

 ついには魔物の数が十を切るが、対するこちらの弩弓も残り一つ。

 なんとしてでもこの弩弓だけは守らねばならない。

 また一体魔物に雷が落ち、擲弾が別の二体を巻き込んで落とした時、一際大きな衝撃が大地を、大気を揺らし、弩弓の乗った戦車を横倒しにした。


「見ろ!」


 騎士の一人が叫ぶまでもなく、視線はそちらにある。衝撃の発生源――魔城のすぐ近くだ。


「魔王が!」


 青緑の蛇竜が地に塗れていたのだ。


 ★


 蛇竜は厄介を感じていた。

 マリストアだけならあるいは十分に戦えるかもしれないが、いきなり乱入してきた白銀の飛竜が拙い。そもそもマリストアの攻撃はあくまで徒手空拳に頼ったものであり、必然的に近距離攻撃が常となるために対処が容易である。しかし飛竜――彼女がどうやら落雷を操っている可能性があるのだ。命中率の高い遠距離攻撃は遥かな脅威である。

 竜の鱗を指先に纏ったマリストアは腰から生えた翼を駆使して空中殺法を仕掛けてくるが、広い場所では蹴る足場がないためか起動が大きくなりがちである。どうやら飛行能力までは有していないようで、魔城の壁や地面を蹴りつけることで高速軌道を維持しているものの、それゆえ一度交錯した後は再びの接触まで余裕が生まれるのである。

 飛竜の目的はわからないが、どうやら自分の味方でないらしいことはわかった。

 甲高い咆哮に呼応するかのように雷が走り、こちらや眼下の魔物たちに降り注ぐ。


「――――――――――!」


 負けじと光線を吐くが、先程マリストアに超過で放った時の影響で少し威力が落ちてしまっている。それでも十分に太い光線は黒雲を裂き、束の間荒れ果てた草原に光を落とした。

 ……クソッ、すばしッこいッ!

 飛竜は空を滑るように飛ぶ。自分のように全方位どこへでも瞬時に転じることこそできないが、逆に言えば止まり続けることができないがゆえにそれだけ速度も上がる。

 加速し続けているようなものだ。

 厳密には上昇する際には減速するため青天井ということはないが、とにかく敵が上にいるときは危険だ。まずもって攻撃は当たらないし、逆に敵の攻撃は尽く当たる。

 ゆえに、飛竜の上を目指した。

 しかし敵の手数が圧倒的に多い。上に行けば行くほど雷の落ちる密度は上がり、一度に数十もの雷を受けて思わず地に落ちた。鱗の薄い部分が焼け爛れ、雨が染む。

 煙を上げて負傷部分の回復が進むが、生物としての常識を超えたこの速度でも追い付かない。落雷の方が早い。

 やはりどう考えても飛竜が落雷を操っている。

 体をくねらせ再び宙に体を躍らせるが、どうしたものか――蛇竜は攻めあぐねていた。


 ★


 マリストアは、だんだん己の体に疲労が蓄積しているのを感じていた。

 翼はあれど、飛行能力がない。

 そのせいで余計な動きが増え、体力が削れていく。

 空中での姿勢制御や、滑空の真似事のようなものはできるが、腰から生えている翼では十分に上向きの力を得ることができぬのである。そもそも翼を動かすための筋肉があまりにも薄い。

 普段のマリストアであれば数秒で動けなくなるような運動量だが、それは身体能力が尋常でないくらい強化されているおかげでなんとか免れていた。降り注ぐ雨粒が止まって見え、魔城で未だ磔のメイフォンの声が耳に届き、一蹴りで空を飛び、爪の貫きは竜の鱗を裂く。

 右腕を引き絞り、蛇竜とすれ違いざま負傷している個所を突く。

 飛竜は味方だ。

 どういう仕組みかは知らないが、雷を操り、蛇竜と敵対している。とりあえずこちらに攻撃が来ないうちは味方だと思っていて良いだろう。飛ぶことに特化して雷まで操る――できることなら全力で敵対を避けたい。

 それにしても、


「――硬いわね、このっ!」


 蛇竜に爪を繰り出した後、そのままの勢いで魔城の壁に着地しすぐさま反転、再びの貫手を放つが、疲労が溜まって来たのか爪の鋭さが鈍ってきたような気がする。腕が重く、持ち上げるだけでも一苦労するようになってきてしまった。

 接近、攻撃。

 やはり爪は竜鱗の表面に浅く引っかき傷をつけただけにとどまり、しかも拙いことに竜の短い腕の振り払いの直撃をもらってしまった。


「――――――――――!」


 竜が咆哮を上げ、光を溜めた口腔をこちらに向ける。


「貴方、自分の腕ごと破壊するつもり――!」


 体中押し潰されそうな勢いで握られ、脱出すること能わず。マリストアは竜の腕ごと光の直撃を受けた。

 もはや痛みではなく、熱のみを感じる。妙に冷静な思考が、蛇竜の左手が光線に焼け爛れ、自分が宙に投げ出されたことを知る。


「――マリストア!」


 聞いたことのある、されど馴染みのない声が聞こえた気がして、だんだん意識が薄れていく。

 一目散にこちらに滑り落ちてくる飛竜の上からこちらに手が差し伸ばされたように見えたが、彼女の意識はここまでであった。


 ★


 マリストアが蛇竜と交戦しているのを見て、思わず戦闘に介入してしまった。

 自分は皇族と――少なくとも今は、他の兄弟姉妹と――遭遇してはならないことになっているため、飛竜の背に伏して彼女の目に映らないように細心の注意を払っていた。しかし最後の最後で、落下する妹を見てつい手を伸ばしてしまった。

 もはやどうにでもなれと白銀の飛竜――ミョルニを駆って意識を失った妹を拾うために急ぐ。

 自身の左腕ごとマリストアを撃った蛇竜が悲鳴のような吠え声をあげるのを背後に聞きながら、破壊が尽くされた草原にほとんど垂直に滑空する。


「――マリストア!」


 飛竜の駆り手――トォルが叫ぶ。

 背後から蛇竜の光線が迫るのをミョルニが感知し、回転して躱す。そのせいで距離が開いてしまい、限界まで体を乗り出し、なんとか腕を伸ばすがマリストアを捕まえることは叶わない。


 そのとき、何の前触れもなく雨が止んだ。

 分厚い雲の絶え間から朝の陽射しが幾本も草原に降り注ぎ、トォルは思わず目を細める。


 陽光を浴びて、一人の剣士が荒廃しきった草原に立っていた。


 ★


 剣士はまず、落下するマリストアを抱き止め、泥濘の酷くないところに外套を敷いて寝かせた。根元から毛先に掛けて、黄金から漆黒に変異する髪。左腰から生えた片翼が半ばから折れている。

 規則正しく胸が上下しており、出血も酷くはない。意識を失ってはいるが、この分でも死にはしないだろう。

 音もせずに近くに降り立った白銀の飛竜――その騎手に声を掛ける。


「やあ、また会いましたね」

「あっ! 頭のおか――勇者」

「妹さんはひとまず大丈夫ですよ。魔王のことは僕に任せて、傍にいてあげてください」


 それだけ言うと、トォルが返事をする間もなく剣士は剣を抜いて地面を蹴った。


 ★ 


「ミョルニ」


 声を掛けると、白銀の飛竜は小さく鳴き、瞬く間に人型に戻った。

 真っ白い髪に夕焼け色の双眸。その矮躯は滑らかなミルク色の肌。年齢は十あるかないかといったところ。トォルの従者、ミョルニである。

 無言のまま、ミョルニはトォルの背嚢から包帯や水、布などを取り出すとマリストアに向かい、応急処置を始めた。

 手持無沙汰になったトォルは傍に腰を下ろし、剣士が向かった先に視線を送る。


「マリストアもこっち(・・・)に来ちゃったね」


 ミョルニからの反応がないことは今更確かめるまでもない。そちらに視線を送ることすらせず、一方的に口を動かした。

 手当はミョルニに任せておけば問題ない。複雑な手術が必要なわけでもないし、人外は楽だ。即死でさえなければ大体の怪我は自然治癒で治してしまう。


「――さて、自称勇者の実力はどうかなぁ」


 ★


 使える弩弓は失われてしまった。

 残る魔物は三と数少ないが、対するこちらも疲弊が色濃い。


「あと少しだ、気を抜くな!」


 もはや誰のものかもわからぬ鼓舞が次々に飛び交う。

 まだ魔王が残っていることはみな承知の上だが、気持ちで負けていては勝てる勝負も落としてしまう。況や泥仕合をやだ。

 魔王の咆哮と飛竜の甲高い鳴き声、それから雷鳴が戦場に木霊し、頭上で繰り広げられる戦闘の規模が否が応でも伝わってしまうのだ。魔物たち相手ですらこれほど苦戦しているというのに――


 魔王を相手になどできるのだろうか?


 そのような考えを無理矢理脳内から追い出し、なんとか手弓を振るう。豪雨で全く思うように飛ばないが、何もせず光線の的になるよりは、少しでも攻撃の姿勢を維持する方が良い。

 それほどまでに追い詰められていた。

 しかし勝機がないというわけでもない。


「耐えろ、耐え忍ぶんだ! 雷が落ちるまでッ!」


 言っている傍から落雷が魔物を墜とす。残り二体――否。落ちた一体にぶつかったもう一体も、姿勢を維持できずに墜落し始めた。

 逃げ切れば、雷が魔物に落ちてくれる。もはや勝敗を運否天賦に委ねるのが最良の選択肢であり――結果だけ見ればニールニーマニーズの考案した作戦がそのまま想定通りに作用したということになる。


「おい、竜が落ちるぞ!」

「何、魔王がか!?」

「違う――小さい方だ!」


 咆哮を上げる蛇竜に対し、飛竜がすごい勢いで地面に降下していく。

 もしや魔王にやられてしまったのか? だとしたら、次なる魔王の光線の向かう先は――


 その時、一切の前触れもなく、突如雨が止んだ。


 魔物の放つ光線を避け、放った矢がその翼を貫く。


「獲ったぞ! 最後の一体!」

「よくやったがとりあえず次は魔王だ、同じ要領で射墜とせ――」

「無茶言うな馬鹿野郎、大きさが違うだろ」

「無駄口叩いてる場合か――!」


 魔王が放った光線が大地を薙ぎ払う。

 先程まで対峙していた魔物のそれとは比べ物にならないくらい太く、肌が感じる熱量も圧倒的だ。横跳びに逃げるだけの脚力がもう、残っていない。数秒後、光線が当たって蒸発する――

 もはや騎士団たちに死を免れる術はなかった。

 例外なく、絶対に。


 ★


 光が炸裂し、轟音が耳を劈く。

 強く目を瞑るが、予想した衝撃はいつまで経っても訪れなかった。なるほどこれが死か、と思って目を開いた騎士の一人は、見た。

 光線を突き立てた剣で裂く、剣士の姿を。彼が突き出す剣の切っ先から光線は二つに分かたれ、自分たちへの直撃が避けられている。

 若い男だった。

 こちらから見えるのは暗い茶色の後頭部に、軽鎧、そして光を反射して眩いばかりの見事な直剣。腰に佩く剣の鞘が見えた――息を呑むような見事な意匠が施されている。


「カッ!」


 気合一閃――剣士が叫び、光線を裂き切った。

 光線を吐き切った魔王が剣士を睨み、お互いに隙を探るかのように動きを止める。


「我こそ勇者だ、魔王よ! 大人しく眠れ……ッ!」


 一歩目を踏んだ、と思った瞬間、息を呑む騎士たちの視界から剣士の姿は消えていた。

 次に姿が見えたのは魔王の鼻先。


「宝剣開放! ゴールディオス――!」


 剣士が両手で構えた直剣を振るう。

 呆気なく魔王の首が両断され、しばしの静寂の後、地面を跳ねた。

 そして剣士が音もなく着地し、直剣を一振りして血を払った後、鞘に納める。


「――皆さん! 魔王は討ち取りましたよ!」


 歓声が爆発した。

 第一部これでようやく終われます。次の話はエピローグ。


※あらすじ変更しました(2018/3/26) 

※章タイトル変更しました(2018/3/26)

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