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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第一章:魔王降誕編
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#20 魔王の開戦

 わずかな余韻を以て光線が掻き消える。

 壁にめり込むような勢いで叩きつけられたマリストアは、メイフォンの位置からでは見ることができない場所になる。

 マリストア、と呼び掛けたいが、息が上がり切ってしまっており、声が出てこない。体も弛緩して、しばらく力が入りそうになかった。今更ながら縛られた四肢や首が痛む。

 妹の安否が心配だった――が、さすがにあの光線の直撃を受けて無事はあり得ないだろうという絶望の方が勝った。

 死んだ。間違いないだろう。

 しかし。


「邪魔しないでくれるかしら!」


 メイフォンの眼前、光線を吐き切った竜の顔面が横っ面から何かに弾かれ、床を転がった。

 四肢を地面について着地した姿はマリストアらしかったが、先程とは姿が変わっている。

 自前の碧眼だった右目が黄色く染まり、爬虫類のように縦に細長い。片翼だった翼も右が生え、両翼となっていた。手足の指先や目の周りが深紅の鱗にうっすらと覆われており、爪は伸びて黒い。

 倒れた竜が咆哮を上げて体を起こす。


「貴方も美味しそうね!」


 瞬発。足が床を蹴り、飛ぶ。空中では翼で姿勢を制御、強烈な踵落としが竜の額に突き刺さる。


 ★


 もはやどこも傷まない。

 お気に入りの服が光線の直撃により消滅したせいで少し心が痛むくらいで、身体的な痛みはすべてなくなっていた。体の芯から熱が上がってきて、どこか夢でも見ているように感覚がぼんやりとしている。だがそれとは矛盾するように、体は自分の想像よりも鋭敏かつ素早く動く。

 軽い。重力というものを忘れたかのように腕がしなる。足が飛ぶ。空中では意のままに左右の翼を展開し、姿勢を制御する。

 上三人の兄姉とは違い、マリストアに武術の素養はない。幼いころより蝶よ花よと育てられ、アイシャほどではないが重たいものを持ち上げること能わず、競うと言えば学院初等課程の体育の授業のみ、好物は茶、暇なときは思索に耽ること多々――などと、文化人としての生活を好んで選んで生きてきた。これが例えばメイフォンはと言うと、幼いころより剣よ武よと育てられ、持ち上げること能わぬものあれば鍛えて持ち上げられるまで挑戦し、競うと言えば獲った首級・武勲の数、好物は敵、暇なときは鍛錬に耽ること多々――まるで正反対な道を選んでいることになる。

 それが今や、メイフォンの動きを以てしても遜色ないどころか、どれだけ少なく見積もったとしても同等以上の運動能力を発揮していることになる。

 当然蹴りを繰り出すための体裁きや、効率的な打撃方法なぞ彼女にとって知る由もない。武術とはとんと縁のない生活を送ってきた。

 ゆえに、竜に繰り出す攻撃は素人が適当に繰り出す不格好な一撃でしかない。

 そんな一撃でしかないため、当然軽く繰り出した踵や肘やをなんとか竜に当てている――という認識であるのだが。


「今は貴方のこと、まったく怖くないわ」


 咆哮一つ、竜が起き上がる。目に浮かぶのは怒りの色だ。口腔に光線が溜まっている。

 先程この光線の直撃を喰らったが、怪我はおろか痛みも感じなかった。何故かを考えるのは一旦後にするが、とりあえず今は、竜を倒してしまうのが先だ。目の前に危険な生物がいて、自分はそれを倒しうる力を持っているとなれば、当然やることは一つである。

 出所や理屈のわからぬ力である。

 少しずつできること、自分の限界を探りながら竜との打ち合いを幾合。

 途中で気付いたが、自身の手足の指先に赤い鱗が生えている。色は違えど、眼前の竜とよく似ている。もしやと思ったが光線の出し方はわからなかった。さもありなん、どういう仕組みか自分は手足の指先だけ竜と化しているが――逆に言うと、他の部分は人間の姿形のままだ。どういう構造かはわからぬが、竜の口腔の仕組みが光線を吐くに必要なのだろう。

 

 意識の死角から飛んできた竜の尻尾を横腹に喰らう。吹き飛ばされ、頭から壁に突っ込んだ。やはり痛みはない。

 頭頂部に手をやるが、血が出たりもしていない。無傷だ。

 壁から身を引きはがすと、地面を蹴りつけて飛ぶ。

 低い位置を滑空するかのように駆け、竜の鼻っ面を叩いた。竜が転がっていく。

 そのまましばし、竜とマリストアの打ち合いが続く。


 ★


 おかしくてたまらない。

 込み上げてくる笑いを何とか噛み殺し、ニールニーマニーズは目尻に浮いた涙を拭った。何が面白いのか自分でもわからないが、箸が転んでも面白い年頃とかそんな感じじゃないかな。


「神頼みだよ」


 改めて告げる。

 続けて、


「神と言えば神鳴り――雷だ。そうだ、雨を降らせよう。僕に良い考えがある」


 立てた指をアイシャに指す。


「アイシャ、雨乞いのおまじないは得意?」

「えーっと……いまいち話が見えないんですけどぉ、おまじないはそんなに便利なものじゃありませんよぅ? 暗示をかけるくらいが関の山でぇ……」

「最近西の方の論文で、人工的に雨を降らす方法について模索しているものを読んだんだ。試してみる価値は十分にあると思う」


 雨が降る仕組みについての論文だ。

 雨というものは、雨雲が降らすものである。

 では雨粒はどうしてできるのか? 雲中の水蒸気が凍ったときにできる粒が、周囲の水蒸気を集め、一定以上の重さになった地表に向かって落ちる。

 大まかに言うと、粒が雲から水分を集めて降らせる。これが雨だ。

 さて、あとは雷である。雷の元になるものは、先述の粒と粒とが摩擦した際に発生する。それが溜まれば溜まるほど雷は落ちやすくなるのだ。

 雨雲や雷の原理についてはまだまだ研究途中であり、諸説ある中の一つでしかない、とのことであったが、この場においては粒があれば雨と雷が出る――かもしれない、くらいに理解してくれれば良いので、最大限搔い摘みながら、ニールニーマニーズは説明し、


「街を燃やそう!」


 最後にこう言った。

 一瞬で却下された。


 ★


「いやちょっと待ってくれ」


 おおう耐えますねぇ、と思うアイシャの眼前、ニールニーマニーズは挙げた手を下ろさないままだ。

 よほど自信があるのか、自論を引き下げないのである。しかしそうは言っても自分に雨乞いのおまじないを敢行するだけの技術はない。当然専門分野であるため知識はあるが、過去の文献などに載っているものはすべて道聴塗説――根拠の無い伝聞をまとめたものにすぎない。


「過程をすっ飛ばして結論だけ述べたのは悪かったと思う」


 実際、天候についてはわからないことの方が多い。


「ただ、なんの勝算もなく街を燃やそうと発言したわけじゃないんだ、ちゃんと計算の上だよ。それというのも――」


 雨乞いについていえば、神に祈ったり、水神を怒らせたりといった方法が頻出する方法になるが、当然神は居ない。アイシャは宗教的偶像としての神の存在を認めてはいるものの、実在する存在としての神は認めていないため、神に祈るであるとか、そういう方法については一笑に付している。

 ゆえに、古来より雨乞いの儀式について書かれた文献の中でまだありうるものとしては――篝火。


「火を焚けば確かに、雨が降る確率は上がるかもしれないですねぇ」


 火を焚けば、煙が空に上がる。

 そのとき塵や粒は巻き上げられ、雨粒を形成しやすくなるというのはおよそ間違いないだろう。


「ちょうどイスカガンは――それもお誂え向きに東部が――半壊の有様ですからぁ、燃やす廃材も多いですよねぇ」


 焚火は大規模であればあるほど良い。昔雨乞いは呪術的な側面が強かったかもしれないが、今や科学の一分野となりつつある。そのため現在はアイシャの専門であるとは言えなかったが――過去の雨乞いはおまじないの範囲に十分入っている。

 だったら自分の専門だ。


「昔の文献を漁ってたらぁ、大体の雨乞いは焚火と共にあるんですよねぇ」

「そう、粒さえ作っ――」

「今、ちょうど崩壊した建物の廃材などを集めてますしぃ、試してみる価値もあるんじゃないですかぁ」


 特にイスカガン東部に、魔王の暴れた爪痕は多い。

 東部はスーチェンやヤハンの建物を模した家屋が多く並んでいたため、崩落してしまった廃材は木材が多数を占めることになる。

 イスマーアルアッドの支持のもと、騎士団のうち手が余った者たちが中心になって、現在、広い空間のあるところに木材が集められているのだ。

 どうせ処分するつもりだったものである。


「だったら盛大に燃やしてやれば良いんですよぅ。雨が降れば御の字、雷が落ちれば神に三跪九叩頭すれば良いと思うんですがねぇ」

「なにか別の作戦を主に据えて、人工降雨・落雷作戦は起きれば幸運位に試してみる価値はあると思うんだ」


 ……粘りますねぇ。


「ちょうど今は、都合の良いことに季節の変わり目――雨が降りそうな日は数日おきにやってくる。十分期待できる作戦だと思うよ」

「遺憾ながら、私も同感ですねぇ」

「ククク、その程度の皮肉では僕は屈しないよククク」

「じゃあ今後手加減もなしでいきますねぇ」

「考え直してくれ」


 ★


 魔王は、焦りを感じていた。

 受ける打撃が痛いということはないが、直撃するとそれなりに弾き飛ばされてしまう。現時点では蓄積する疲労などは特に感じないが、一撃喰らうと押し負けるとあれば、焦りを感じるのも無理からぬことである。

 自分が人間の姿をとって居たこともあり、余計にそう思う。なぜなら相手は人型だ。翼や、手足の指先に竜の特徴はあるものの、体の大部分は肌色――人の皮膚が見えているのである。

 人間の皮膚など脆く、弱いものでしかありえない。こちらが吐き出す光線や、振り回す尻尾の直撃を受けて無傷であって良いわけがない。

 爪が当たれば裂け、尻尾が当たれば折れ、光線が当たれば焼ける――自分以外の弱者(すべて)は、そうでなければならない。


「竜の血ってどんな味なのかしら」


 うふふ――上品な笑い声に、魔王は、彼女の口が耳まで裂けているかのような錯覚を覚える。

 然るべき時が来るまで必要がないため、活動を最低限にして待機する、ということを主から言いつけられていたが、揺蕩うような意識が、突如驚異の膨れ上がりを感じて目覚めを得た。

 目を開くと、メイフォンに取りつき睦み合う女の姿――脅威はこいつだった。莫大な力、下手をすればこちらのことを脅かしかねない彼女を前に、主の言いつけを破って先制攻撃を放つ。無傷。この時点で相手の強さが推し量れる。

 同族だった。

 形態こそ人型であるが、手足の指先や右目周りが完全に竜のそれである。

 尖った爪を突き出した貫手の直撃を受け、再び床を転がる。相手の爪がこちらの鱗を貫くことはないが、衝撃を消すことはできない。内臓が揺さぶられ、視界が歪む。

 互いが竜なら光線は無効――打撃戦は必至。

 尻尾の振り回しと体当たりしかないこちらに対し、人型の向こうは多彩。貫手、肘、蹴り、踵を組み合わせて自在に攻撃を繰り出してくる。型にとらわれない自由な動きには翻弄されるものの、逆を言えば型がない、すなわち武術の経験がない――これが仮に、メイフォンなどの武術的基礎のある相手だったらと思うとぞっとする。結果は即死だろう。ただの貫手に急所を貫かれて終わりである。

 床を転がりつつも、頃合いを見て体勢を立て直す。動き続けないと、相手はこちらに取り付いてこようとする。そうすると運命は枯渇――吸いつくされてしまうだろう。

 同じ竜であることは間違いないだろうが、どうやら相手は血を好む。他の攻撃は時に喰らうことも厭わないが、発達した四本の犬歯の噛みつき攻撃だけは死ぬ気で躱す。あれを喰らうと終わりだ。どういう仕組みかはわからないが、性格無比に急所だけを狙ってくる。

 吠える。


「段々体の動かし方も分かって来たわね」


 とん、と一歩踏んだ敵の姿が、一瞬で掻き消えた。驚きを得るよりも早く、首元に感触。組み付かれている。拙い、と思うよりも早く、自傷も意に介さずほとんど反射的に地面に首を叩きつける。

 なんとか噛みつきは回避したものの、その場しのぎでしかない――もはや相手の動きを感知できぬ。

 眼前、置いてけぼり状態の磔がしきりに首を動かしているが、見えているのだろうか。時折「おー、早い早い」などと頷いている。こちらはもはや、殺気のみを感知。ほとんど勘で敵の居場所を察知しているというのに。

 しかし。

 メイフォンの視線も、敵がどこにいるのかの情報源の一つだ。

 いかに素早くとも、動きは素人然として単調――軌道を読み、攻撃を先に置く。攻撃が当たり始める。

 段々相手の動きが鈍り始めたのと同時に、こちらの目も相手の動きに追いついてきて、ようやく少しだが追いつけるようになった。

 尻尾を差し出し動きを止め、超至近距離からの光線。喉が焼き切れそうになるのも構わず、超過出力での竜砲――直撃。敵の動きが止まり、光線に押し出される形で壁に叩きつけられ、


「マリストア!」


 壁を貫通、大穴が開く。

 磔が叫ぶが、今は気にしている余裕がない。

 主は「要らない」と断じたが、そんなことがあるものか。今現在、マリストアは圧倒的な脅威だ。ここで取り除く必要がある。魔王は体をうねらせ宙を飛び、敵を追う。

 紫紺の城の頂上――出入口のない広間からまろび出、吹き飛ばした人型竜に喰らいついて行く。


 竜が咆哮を上げる。

 竜も咆哮を上げた。


 私自身は雨乞いの専門家ではないので、以下略。

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