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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第一章:魔王降誕編
18/78

#18 状況の整理

 羽撃く。

 真白の翼は大気を叩き、胴をぐいと前に飛ばす。

 前方に大きく飛び出た嘴。流線型の体躯を覆う小振りの鱗の色は万年雪のごとき白銀。

 どこかの山奥、雲を突き破って顔を出す山々を超えて、空を駆けていく姿。

 およそこの世にありうべからざる、進化の系統樹から外れた形。細く薄い体から突き出す二本の腕から脇腹にかけて、膜のようなものがついている。

 御伽話の類に明るい者が見れば、これを竜と称するだろう。そして、その中に竜に詳しい者がいれば――あるいは、飛竜とも。


 ★


 突如としてキョウの村があった場所に城が出現したということは、イスカガン学院――今は跡地となってしまっている――からマリストアを拉致し飛び去った、緑の蛇竜の行方を追えば自ずとわかりうることであった。

 それから数時間が経過している。

 建物はなくなってしまったが、国としての機能は再び皇宮へと移された。周囲の建物がいつ崩壊するかわからない状態の学院よりも、完全に何もかも崩壊した皇宮跡地の方が危険も少ないだろうと判断してのことであった。


「状況を整理しよう」


 皇帝代理が暫定議会を見回して口火を切った。

 その場にはニールニーマニーズのほかに、結局合流することになったアイシャとアルファ、イルフィが着席し、数名の騎士や大臣たち、それぞれ傍付きの召使なども控えている。

 場所にしてちょうど、マリストア居城とニールニーマニーズ居城の間にあった庭園跡地である。瓦礫の類がほとんど落ちていなかったため、軽く場を整えて議会の場所とした。

 椅子の類は用意できそうになかったので、倒木や大きめの瓦礫などを各自持ち寄って椅子としている。

 勿論屋根はなく、湿気を含んだ粘着く風がなんとなく気持ち悪い。火は消し止められていたが、焦げ臭さも当然残っている。


「まず、イスカガン皇帝のアレクサンダグラスが暗殺されたね」


 瓦礫に足を投げ出して座るニールニーマニーズが呟くように言う。

 アルファとイルフィはイスマーアルアッドに張り付くようにしているが、ニールニーマニーズの発言に向けた顔には疲れが滲んでいる。

 イスカガンの皇帝アレクサンダグラスが暗殺された。犯行が行われたとされる時刻に皇帝と謁見していた者は東洋から商談に来ていた商人のみであり、彼を容疑者として捜索隊を結成した。また、アレクサンダグラスが後継者についてしたためていたはずの遺書がなくなってしまっていたため、この容疑者が運び出した可能性が高い。


「捜索隊長メイフォンを中心にイスカガン捜索中、突如として謎の巨大生物が現れた――と」


 イスマーアルアッドが木きれを地面に走らせ、蛇のような姿を描く。

 一番近くで見ていたアルファとイルフィが「紐よ」「蚯蚓だわ」というのを聞いて彼は竜の上に二重線を引いて消す。

 倒木に腰かけていたアイシャが挙手。


「その竜とメイフォンが戦闘を始めてぇ、それと同時期に――」

「僕たちは地下道から避難することになった」

「メイフォン様は謎の巨大生物――こちらの方を便宜上、竜と呼称しております――と交戦し、その場にいた民が逃げ果せる時間の確保に成功しました」中年騎士が口を挟む。「しかし、奮戦むなしくメイフォン様は敗退、その後生死も行方も不明となっております」

「アレが死ぬわけないだろ、熊相手に丸腰で挑むバカ女だぞ」

「はい、私どももそう思っております」今度は髭の騎士が言った。「御遺体が見つかりませんので、生きている可能性は高いかと」

「倒れたメイフォン様の後を引き継いで、今度は我々捜索隊が竜と交戦いたしました」

「そこに私や他の騎士たちが合流するも、お互い決定打を与えられず、徒に建造物への被害を増やすだけになってしまった。これは私の力及ばずだ、申し訳ない」

「イスは悪くないのだわ」「悪いのは竜よ」

「それで、交戦中に突然竜が消滅し、その中から男が現れた――だっけ」


 ニールニーマニーズが頬杖を突いて末妹を睥睨しつつ、言う。

 アルファとイルフィは既に長兄の背中に隠れている。

 アイシャが懐から取り出した香を突然焚き始める。屋外用に濃いめに調合してあるものだ。一瞬場に静寂の帳が下りる。それに気付いた彼女が手を差し出す仕草で続けてと促した。


「あ、ああ、――私たちはその男を確保し、容疑者であることを確認した。その時この男が持っていたのがこの怪文書だ」


 言ってイスマーアルアッドは懐から紙きれを出した。

 弟が鼻を鳴らすのを横目に見ながら文面を開陳する。


「皇宮を買い取る、ですかぁ」

「お金持ちなのだわ」「お金を持たない人の発想よ」

「お受け取りください、ってことはぁ、他に――」


 思い思いの感想を妹たちが言い合うのを聞きつつ、イスマーアルアッドは懐の封筒を探し、取り出す。


「このように、中身はまったく怪文書になっている。しかしもっと不可解なのはこの紙が入っていた封筒だ。開封済みだからちょっとわかりづらいが、この封蝋に見覚えは?」

「……ええっと、アレクサンダグラス皇家の、ですねぇ?」

「そうだね。その点については間違いないだろうけれど、ちょっといいかな。この点についてはわかることが少ない。――だから話を戻したいんだけれど、僕とマリストアがちょうどその時くらいに合流したんだ。それで、しばらく会話したのち――」


 また竜が現れ、マリストアを攫った――ニールニーマニーズが淀みなく告げた。


 ★


 竜は人間の使う言葉を話す機能を持たない。そうであるが為、魔王という認識は、実のところ竜と彼のみに存在するものでしかなかった。

 しかしその威容。闇を塗り込めたがごとき禍々しいその城は、見る者に正しく「魔城」の二文字を想起させ――その主はと言えば当然魔王であると、そのように感じさせる。

 その魔城頂上に、魔王は蜷局を巻いていた。瞑目して微動だにせぬ様は、芸術家が魂を削って彫った彫刻のようにも見える。

 竜の他――頂上には十字が立っていた。

 磔刑に処されし罪人が一人。イスカガンの国民が「メイフォン様」と呼ぶ女だ。

 空間の中央には王座が設えられている。磔になった彼女を塵でも見るかのような目で睨め、頬杖、足を組んだ男が座していた。

 これといった特徴もない凡庸な男である。

 大陸中心部に最も多い、白過ぎず、黒過ぎず、黄色過ぎず、といった肌が少しの日焼けのせいで余計に出身をわからなくさせている。髪色は焦げ茶。大陸の西の端から東の端まで、どこを探しても一定数は居る最もよくある色。目の色も同様。中肉中背。服装は旅人によくある服装。柔らかい靴。

 整い過ぎず不揃い過ぎず、決して美形ではないが不細工でもない顔の造形。

 大陸中の人間から平均値を採ったような姿形――それゆえの「凡庸」。

 この男の名を知る者はこの世にいない。本人でさえも知らない。真名は描かれた平和の世界の贄と化し、以降この世に名乗ることができる人間が、呼ぶことのできる人間が、絶えてしまった。本人も多分に漏れず、自身の名前を喪失してしまった。

 突き詰めて平凡、人間の平均値とも言える彼であるが――邪悪。その顔に浮かぶ表情はこの一言に尽きた。この世すべての悪を煮詰めた汚泥から産声を上げた魔物がいても、きっと裸足で逃げ出してしまうだろう。憎悪に染まった視線が磔になった姫に向かう。

 今すぐにでも殺してやりたい。血の一滴、肉の一片、骨の一本たりとも残さずこの世から消し去ってしまいたい。

 しかしそうするわけにはいかない。いつの日かこの世(描かれた平和の世界)が滅ぶまで、皇族の何人かは生かしておかねばならない。

 足元に転がっていたモノを蹴り飛ばす。襤褸雑巾のようなソレはいとも簡単に飛び、向かい側の壁にぶつかって落ちた。コレは要らない分だ(・・・・・・・・・)

 

「おい、とっとと帰って来いよグズ」


 声を掛けられたソレは、よろよろと上体を起こして男の足元へと這って行く。

 悲鳴を上げることもしない。

 根元から先に向けて、黄金色から漆黒へと遷移する髪は大部分が緋に染まっている。腫れあがった瞼の下には、翡翠がごとき碧眼と、闇を見通す紫水晶のごとき黒眼。体に纏っている黒い襤褸切れのようなものは、よく見ると蝙蝠の翼によく似たなにかであることがわかる。

 ソレは、人の姿が元ではあるが出来損ないの異形の姿をしていた。

 人間に似て非なる姿。人外。

 文字通り這う這うの体で足元に辿り着いたソレに一瞥もくれないで、男は溜息を吐いた。


「あ……る、じ……さ、さま……」

「うるせぇな、口を噤め」

「ご……め、さ」


 その時、突然男が立ち上がった。


 足元のソレが体を縮こませる。男が指を鳴らすと、ソレは何事もなかったかのように再び床に倒れ伏した。

 そして彼は広場から姿を消す。場を静寂が満たす。

 巨大な竜と磔にされる乙女の彫刻、打ち捨てられた陶器人形がそこにあるのみだ。


 と。

 眠り姫であったメイフォンの瞼が持ち上がる。


 ★


 目を覚ますと、見知らぬ空間だった。

 ずいぶん長い間眠っていたらしい。体を解すために伸びでもしようと――


「む」


 左右の手は広げられて横に。両脚は揃えられて下に。感触からして、首輪のようなものも嵌められているようである。

 ……磔か。

 初体験である。

 力を込めてみるが、得体の知れぬ素材でできた十字はびくともしない。

 壊せないものはどうしようもないので、周囲に視線を走らせる。

 紫紺一色で作られた空間に、青緑色の竜が蜷局を巻いて居る。その前には、倒れ伏す一人の女。この空間に他にあるのは、己と己を拘束する十字のみである。

 記憶を失う直前の記憶が蘇ってきたが、竜と戦って自分は負けた。状況から見るに、捕虜にされているらしい。


「なるほど理解した」


 だとしたら騒いでも仕方あるまい。

 負けたから捕まった。それだけの話である。まあ仕方ない。よくある話だ。否、負けていない。負けた様に見えるかもしれないが実は負けていない。最終的に勝てば、一敗は最後の勝利への過程でしかない。少し競り負けたが、ただの威力偵察である。今回負けたら対策を練って次に勝つ。勝つまでやれば実質負けていない。だからまだ負けていない。


「おい、そこの女。生きてるか」

「……なぁに、ようやく目を覚ましたの?」


 襤褸雑巾にようになっていた女は、体の調子を確かめるようにして少しずつ立ち上がり、背伸びなどして体の調子を確かめた。

 体中に塗れる血や埃を手で払おうとして各所の青痣に触れ、その度に小さい呻きを漏らす。骨が折れていたり、皮膚が裂けていたりといった大きな傷はないようである。やや瞼が腫れているように感じられるが、そこまで酷くはない。

 メイフォンが口を開く。


「その姿はなんだ、マリストア(・・・・・)

「貴女こそ何よ、その姿」

「腹筋を鍛えている」

「悪いのだけれど、私の力じゃその拘束は外せないわよ」


 根元から毛先にかけて黄金色から漆黒に遷移する髪、青と黒、左右で違う虹彩、背中から生えた黒の片翼はメイフォンの記憶の中にあるマリストアとはかけ離れている。

 ……成長期か。私もこんな感じだったな。

 一気に背が伸び筋肉が増えた覚えがある。そんなこともあるだろう。細かいことは気にしなくて良い。


「構わない、そこの竜が目を覚ますまでにへし折ってみせる」


 十分な睡眠時間をとったおかげか、気力が充実しているように感じる。特に右腕や右足の調子が良い。


「まあ私のことはいいさ。マリストア、怪我をしてるのか?」


 先程ざっと見ただけだが、腹部や四肢などに集中して青痣があり、頬や瞼などがやや腫れているようである。

 己にとっては一眠りもすれば治るような傷であるが、自分が目を覚ました時には倒れ伏していたし、目に見えない怪我があるかもしれない。


「今は眠っているけれど」


 と、マリストアは背後の蛇竜に目線をやった。寝息を立ててすらいない。微動だにせず、それこそ本当に、本物の彫刻だと言われれば信じてしまいそうなほどであった。

 マリストアはイスカガンであったことを簡潔にまとめつつ、メイフォンに伝えた。


「――それで、再び出現した竜に拉致されて、目が覚めたらここにいたってわけよ。気付いたら変なのが生えてるし、体中痛むしで最悪よ」


 自分の翼を弄りながらマリストアはまとめた。


 ★


「この竜の正体が父を殺した例の商人だったわけか」

「そうよ。さすがにこうして目の前にいるんだし、竜は架空の生物――とはこれ以上言い張れないわね」

「いつか倒してみせるさ」

「貴女なら本当にやりそうで頼もしいわね」


 メイフォンの足元に座り、十字に背中を預ける。なぜかは知らないが、やたらと体中に疲労感のようなものがあった。

 一瞬の静寂。


「ねえ、これからどうなるの」

「逃げれば良いだろう。お前は特に縛られたりしていないんだから」

「探してみたけれどこの部屋、出入口がないのよ」

「出入口なんかなくとも、壁を壊せば――」

「あの、素手で壁を壊せるような人を人類の基準にしないでくれるかしら?」


 己が目を覚ましてからのことを思い返す。

 竜に拉致されて――気を失った。目を覚ますとメイフォンが磔にされていて、竜が微動だにしないで眠っていた。起きる気配がなかったので、自分はこの部屋を見て回ったが特に出入り口のようなものはなかった。一応と思って壁に体当たりをして……


「私、壁に体当たりをしたの?」

「なんだ、試してるんじゃないか。コツは気合いだぞ」

「ちょっと黙っててくれるかしら」


 記憶が混濁している――ように感じる。

 そもそもどうして自分は部屋に倒れていたのだろうか。竜に拉致されたあとではない。この部屋で目を覚まして、翼が生えていることに気付いたのち、なぜか壁に体当たりを敢行して、部屋の中央まで這って行って――倒れた?

 突如頭に差すような痛みが走り、メイフォンの足元に横倒しになる。


「さっきから様子がおかしいぞ。どうした、大丈夫か?」


 上から心配げな声が降ってくるが、それどころではない。差すような痛みがこれ以上記憶を穿り返すなと囁いているようですらある。

 ……私は、いったい何を?

 学院で拉致され、目覚めたら翼が生えていた。体中に鈍痛。広間には竜とメイフォンと自分がいて、他には何もなく――


「おい、考えてもわからないものはどれだけ考えてもわからないぞ。一旦別のことを考えてみろ、楽になるから。そうだ、一緒に竜の倒し方を考えよう」


 心配してくれているのはわかった。

 少し楽になった気がして、硬く瞑っていた目を開く。脂のような汗を拭い、目尻の雫を弾く。

 その時、布のあちらこちらが擦り切れて破れ、解れて穴の開いた服のどこかから硬い物が落ちて跳ねた。薄く、丸い。


硬貨(コイン)? どうしてこんな、一枚だけ」


 記憶にないが、どこかで懐に入れたのだったか。

 マリストアはその硬貨を拾った。


 十万文字超えました(当初の第一章完結予定ライン)(?)

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