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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第一章:魔王降誕編
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#14 彼の青写真

 絶句。

 先程まで侃々諤々の論争を繰り広げていたニールニーマニーズやマリストアでさえ、自身が口にするべき言葉を思いつくことができなかった。

 皇宮から繋がる地下道を歩くこと二時間程、地上に繋がる階段を上るとそこはイスカガン南西にある広場――のはずだった。


「――ね、ねえ、ニールニーマニーズ」

「マリストア、後にも先にもこんなことないと思うんだけど……今回ばかりは僕の負けを認めてもいい――」


 このような広場はイスカガンに幾つかあり、そのどれもが例外なく人々の行き来絶えぬ大通りに位置する。夜間であっても無人であることが珍しいほどだ。

 まず、人がいない。この時点でおかしい。

 次に、背後方向から明らかに燃える音や熱が来る。

 振り向くと、イスカガンであればどこにいても見ることのできるはずの(・・・)皇宮が姿を消していた。

 幾つもの黒煙が空に棚引いている。


「こ、こういう時こそ順序立てて話さないといけないわ! すべての物事は繋がっているの。お城がない。黒い煙と炎が見える。見える範囲ではもう人がいない」

「勘弁してくれマリストア、僕たちが地下にいた間にこれだけ――化け物が暴れたとかでもない限り説明できない。――それこそ、竜みたいな」


 巨大図書館すらほとんど全壊といった様相を呈している。今いる広場からは一直線で城までの公道が続いており、皇宮が存在していた場所まで視線を送ると明らかに瓦礫の山が見えるのだ。当然かなりの距離があるが、まさかあれを見て、距離が遠いせいでよく見えないだけだ、実際は何事もない――などとは言えまい。

 嵐でも来なければこうはならない――というよりも、嵐が来てもこうはならないといったような有様だった。砂で作った城や小石を積んだ塔を蹴飛ばしたような、そんな乱暴な光景が広がっている。

 イスカガン皇宮は壊滅したのだ。

 では何に――誰によって? どうして? どうやって?

 これらをすべて過不足なく知る者はすでにこの場から姿を消していた。


 ★


 長い間眠っているような気がする。


『そろ――ろい――ァ』


 ふと気が付くと、目の前に男がいた。


「なんだか気味が悪いわ」「同感よ」


 真っ黒い人影だ。顔つき、肌の色、服装、すべてが黒一色に染め上げられている。

 声も雑音がかかったようになっていて、辛うじて男のものだということがわかるくらいだ。いや、雑音がかかっているせいで女の声が男の声のように聞こえたのかもしれない。若者の声のように聞こえるが、本当は老いている可能性もある。

 

「ここはまた夢の中なのかしら」「そうみたいだわ、だってここにはなんにもないもの」


 真っ白い空間だ。ここ最近よく訪れる何もない空間。自分と、もう一人の自分と、それから誰かがいるだけの空間。

 ウルフゥと会話したときは、姿は見えなかったが声ははっきり聴きとれた。老大臣と若い大臣が会話しているときは姿も声もはっきりしていた。


「私たちの知らない声なのよ」「私たちの見たことない姿なのだわ」


 眼前、「彼」は懐をまさぐると何かを取り出し地面に叩きつける。


『さぁて、――には悪ぃが、――らく辛――もらうぜ』


 自分の利き手とは反対側の手が、もう一人の自分の、これまた同じく利き手ではない方の手を掴んでいる感覚はあるし、会話もできる。しかし姿は見えない。

 見回してみたが、どうやらこの真っ白い空間には自分たちと、目の前の「彼」しかいないようだった。

 しばらく「彼」は遠くを眺めるような仕草をしていたが、ふとこちらを見た――ような気がする。


『おっと、――ぱりここ――ら出てき――』


 その時。

 突如として空間を満たしていた白い靄が晴れた。


「何?」「えっ」


 担架のようなものに寝かされているようだった。

 広場のようなところにいる。中央にあるのは噴水か。


「アル、イル。調子はどうですかぁ」

「目が覚めたのだわ」「先程まで眠っていたようよ」


 かなり長い間眠っていたようで、脳内に靄がかかっているような感覚がある。

 疲労感、倦怠感、悪寒――眠りすぎたゆえか、体の調子もよろしいとは言えない。

 広場には召使たちと少しの騎士、それから自分たちの兄と姉。アイシャが寝ているこちらを覗き込むようにしていた。

 いつもイスマーアルアッドの陰に隠れているから、この兄や姉たちとは言葉を交わしたことがない。昼間は暇で城を探検していたので、辛うじて顔は知っている――その程度だ。

 彼らだけに限った話ではなく、他人と近くにいると何かが体の中に入ってくるような圧迫感を覚えて息苦しい。

 アルファとイルフィはアイシャの方を見て、


「貴女の方が苦しそうよ」「運動しないからなのだわ」

「こ、これから毎日運動しますぅ」


 その時、今見ている光景が先程の夢で見ていた光景と重なって見えた。

 先程「彼」が立っていた場所である。当然だが誰も居ない。アルファとイルフィは召使の制止も無視して立ち上がり、その場へ行く。ものの数歩の距離だ。

 何もない。

 何も――否。

 足元に何か落ちている。

 金属でできた薄い円盤だった。中心に穴が開いている。

 彼女たちはしゃがむとそれに手を伸ばした。


 硬貨だった。


 ★


「どうしたの、ミョルニ。急に立ち止まったりなんかして。――空? 空に何かあるの?」


 ★


 音は、足元の石畳からだった。

 ちら、と視線を送る。

 数歩先だ。


「おっと、やっぱりここから出てきたか」


 予想通り――予定通りだ。

 できるだけここに誘導するように動いたが、物事に必ずはない。ごく低い確率で違う場所に行ってしまう可能性もあった。

 彼は石畳の煉瓦が少しずつ取り除かれていくのを横目にして、路地裏に身を隠す。

 まだ姿を見られるわけにはいかない。


 ぞろぞろと「描かれた平和の世界」の忌み子どもが姿を見せた。アイシャから年下の皇族のみだ。今のやつらであれば今すぐにでも八つ裂きにできるが――彼の目的はそれより先にある。

 ただ殺すだけでは大願は成就されぬのだ。

 この場で己のすべきは一つ。彼らを皇宮からほんの少しでも長く遠ざけられればよい。

 彼は広場傍にある店の壁に手を這わせた。


 ★


「危ない!」


 拾った硬貨を確認するよりも早く、すぐそばの建物が崩落した。

 元々このあたりの建物は無秩序な建て増しが繰り返されているせいで非常に不安定なのだ――皇宮がまるきり瓦礫の山と化すようなことがあったのだ、その影響を受けて崩壊するのもあり得べからざる話ではない。

 傍にいた召使たちに抱えられるような形で崩落した建物から離される。崩落自体は小規模なもので、人的被害も大してなかったが地下道からの入り口に覆いかぶさってしまった。

 まだ大勢が地下に取り残されている。


「こちら怪我人ありません。地下はどうですか」

「出口はふさがれてしまいましたが、こちらも怪我人はございません」


 召使の一人が地下への呼びかけを行う。

 アルファとイルフィは、他者との直接的な接触にこれまでにないほどの強い圧迫感を覚え、意識を手放した。


 ★


 意識を失ったアルファとイルフィは召使たちが担架を寝台代わりにして寝かせた。

 すでに地下道から脱出していた者たちが周囲を見渡すと、広場の北西から南東にかけての崩落が特に激しいようだった。先程崩落した建物を起点として、広場周りの店舗や小屋なども連鎖的に崩壊してしまったのである。


「皇宮に戻るべきだ」

「そうは言っても道が塞がれちゃったわよ」


 マリストアの言うとおりだ。

 広場から皇宮に続く道は崩落した建物群によって塞がれてしまっている。ニールニーマニーズは組んでいた腕を解くと、言った。


「遠回りするしかないだろ」


 当然竜などという非科学的な存在を認めるわけにはいかない。アイシャの傾倒するまじないの類も本当は認めたくないくらいなのだ。自己暗示の一種でしかない――と説明されて、なんとなく理論は理解したが。

 竜を認めるわけにはいかない――とはいえ、もはや竜などという物語上の生き物の実在を仮定せねばならないほどに皇宮は残骸と化している。メイフォンが「人間や大型の肉食獣などよりも巨大で強い生物が存在していると仮定して、実際にそれを倒すために作られた武器」などという冗談で作られたに違いない武器を所持していたが、これらの作成者は実はそういった生物の実在を知っていたのかもしれない。

 ……らしくない考えだ、僕にしては。

 らしくない考えだろうが何だろうが目の前の光景が「現実らしくない」のだ。しかし現実逃避なんぞしたところで何の意味もない。

 だとしたら、確認しなければならない。

 なにを?

 現場に決まっている。ここでいう現場とは、当然皇宮のことである。

 

「アルファとイルフィはお姉ちゃんがここで見ておきますねぇ」

「ちょうどいい。ここで二手に分かれよう。騎士を数人もらうよ」


 アルファとイルフィは一度目を覚ましたが、すぐにまた気を失ってしまった。体質のこともあるだろうが、幼い彼女たちにとって今日は無理が多かった。大部分の召使たちもここに残すし、騎士も何人か護衛に置いておくので問題ないだろう。

 志願した騎士を二人連れていくことになった。

 この広場は崩落が酷いが、逆に言えばこれ以上ないくらい建物が崩れてしまっている傍では言葉通りこれ以上崩れない――しばらくは平気だ。ここに残るのはアイシャと末妹、召使と残りの騎士で、


「お前はどうするんだ、マリストア。僕としてはここに残ってほしいけれど」

「心配は無用――」

「ああ、勘違いするな。足手纏いになるだろうからついてくるなってことだよ」

「誰! が! 足手纏いよ!」


 マリストアもついてくることになった。今いる人員の中では比較的動けるだろうし、最悪の場合は僕の盾にでもすれば良いだろう。

 ニールニーマニーズとマリストア、騎士二名の計四名で皇宮跡地へ向かう。

 残る者たちの中で手の空く召使や騎士たちには、地下道出口を塞いでいる瓦礫の撤去を言いつけて彼らは出発する。

 直線で行く道は崩落した建物の関係から厳しいと判断したため、いくらか遠回りしていくことになるがこれは仕方がない。

 皇宮が崩落して危険だから避難するのだと自分たちは長兄から聞かされている。果たして本当にそうか――長兄の言葉が真であった場合、これ以上皇宮が崩れることは不可能であるため多少は近付いても平気だろう。ここからでも火の手が上がっているのは見えるが、危なくなったらその時は仕方がないので取り返しがつくうちに引き返せばいい。

 逆に長兄の言葉が偽であった場合、皇宮の崩落は原因ではなく、結果ということになる。なんらかの事象があり、そのせいで自分たちは避難することになったし城は崩壊した。こちらの場合であっても現状目視では危険を確認できないのでイスマーアルアッドやメイフォン率いる騎士団が排除してしまったのだろう。護衛の騎士も二人いるし危険はない――ならば実地調査だ。

 ニールニーマニーズがそう判断することは、彼の性格を考えると無理からぬことだった。


 ★


 そしてそれら――イスマーアルアッドが弟妹を地下道に逃がすこと、アイシャとアルファ、イルフィが地下道脱出するかしないかのあたりで脱落すること、ニールニーマニーズとマリストアがろくに護衛もつけずに皇宮の調査に乗り出すこと――はすべて、彼の描いた青写真の通りであった。


「クククハハ、ここまで思い通りだと自分の計算間違いを疑っちまうなぁオイ」


 あのあたりだろうか――山勘で右隣にある瓦礫の山辺りに視線を送っておく。

 姿は見えないが、そこに「居る」。

 仕込んでおいた硬貨は目論見通りアルファ、イルフィに渡ったのだ。

 二人で一人の矮躯の皇女がこちらを見ていることは感覚でわかる。無事に硬貨を介してつなげることに成功した――とはいえ、じろじろ見られるのも気分の良いものではないので瓦礫の山を蹴飛ばしておく。


 ★


「アルファ! イルフィ! 大丈夫ですかぁ!? 酷く魘されて――」

「……アイシャ、た、助かりましたわ離れてください」「近くにっ、い、いるのよ――街並みが似ていたのだわ……!」

「何の話ですかぁ……?」

「ええっと……とりあえず離れてほしいのよ」「その、夢の話なのだわ」


 ★


 可能性が低いことは承知の上だが、万が一にでも見つけられると困るので細心の注意を払いながら場所を移す。思いのほかアレクサンダグラスの騎士たちは優秀であるため、広場からかなりの遠回りをすることになる。

 しばらくは自分の出番はない――今のうちに城を形成する必要がある。場所はイスカガンの東、キョウの村だ。

 これからニールニーマニーズ、マリストアが皇宮にたどり着き、イスマーアルアッドと合流する。そこで商人は再び竜と化す。マリストアとニールニーマニーズの片方あるいは両方を攫わせれば、イスマーアルアッドは救いに来るだろう。

 これまでに城を完成させておかなければならないが――これは難しい作業ではない。そもそも竜に城は必要ないので、外側だけ完成すればそれで良いのだ。必要なのは悪竜を装飾する大魔城――舞台装置だ。

 役者は揃っている。

 舞台はもうすぐ整えられる。


 計画の最終段階に差し掛かり、誰よりも人である彼は知らずの裡に歩調を速めていた。


 


 末の双子、初期設定ではアルサン、イルサンという名前でした。結局一度改名して今の形になったのですが、作中でまだ名前の出ていないあの人はいまだに名前が二転三転しています。さっさと名前出して楽になりたい。



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