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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第一章:魔王降誕編
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#13 蛇竜の強襲3

 アレクサンダグラス殺害の最有力容疑者――東洋商人の男を捜索していた捜索隊は、突如としてイスカガン皇宮の空に現れた竜との戦闘に突入した。

 メイフォン個人の奮闘と騎士団決死の足止めでその場にいた民の多くを逃がすことには成功したが、強大な敵との戦闘で血気に逸ったメイフォンは行方も生死も知れず。他の捜索隊たちはからがら竜の撃退には成功したものの、実態は戦線の膠着に業を煮やした竜が捜索隊との戦闘から離脱しただけだった。


 彼らの決死の足止めの間に皇宮にいた人間を地下道から逃がしたのが皇帝代理イスマーアルアッドと、城にいた騎士たちだ。ありとあらゆる場合を想定した対処工程表は当然イスカガン皇宮にも存在したが、竜のような架空の生物を想定したものは存在しない。大混乱の召使たちを鎮めて迅速な判断を下すことができたのはひとえに皇帝代理の人徳がなせる技である。

 竜の初撃から生存した者すべてを地下道に退避させたのち、現場責任者としての皇帝代理はもはや跡地と化した皇宮に残留。皇族である前に、代理とはいえ皇帝であるため――国家の危難には先頭に立つ義務があった。

 接敵するも、いたずらに皇宮の建物を崩すばかりで互いの攻撃は有効打になり得ない。


 イスマーアルアッドたちが竜との戦端を開くのと時を同じくして、地下道では非戦闘員の皇族たちが一所に集まっていた。


 ★


 地下道の空気はおよそ最悪であると言えた。

 大皇国アレクサンダリア、その皇都イスカガンにある皇宮――地下に続く緊急脱出用の地下通路の先。

 およそ例外はないと思われるのだが、皇宮に危機が訪れたとき、皇族の安否というのは何を以てしても最優先される事項である。

 長兄長姉――イスマーアルアッドとメイフォンは城を襲撃した謎の巨大生命体と交戦しているという風にアイシャは聞いているが、退避する際に一瞬見えた姿はまるで、


「――だって、あれはどう見ても竜だったわ!」

「――だから、竜なんてそんな非科学的な存在がいるわけないって言ってるだろ!」


 ニールニーマニーズがマリストアと言い争っていた。城を襲った「もの」の正体について――竜の存在の可否についてだ。

 マリストアも退避の際に竜を目撃したらしい。


「非科学が存在しちゃいけないって言うの!」

「十世紀も前の話をしているんじゃないんだから! 神は存在しないし想像上の生物はみんな想像の上にしか生息しえない生物なんだよ」 

「じゃああの竜はなんなのか科学的に説明してみなさいよ!」

「僕は竜の存在云々よりも、まず『竜を見た』ということから否定するね……!」


 イスカガン皇宮地下道は城が何らかの形で襲撃を受けたときに内部の人間を安全に逃がすために建設された。

 一年に一度点検が行われはするものの、普段使われることは全くない。さらに点検を行う者は城の外部の人間であるため、この逃避行に道案内できる者は居ない。

 坑道の壁には等間隔で火のついた蝋燭が立てられているが、光源としてはかなり心許ない。アイシャはこの蝋燭の管理はどうなっているのだろうかと疑問に思ったが今は調べている時間はなさそうだった。

 歩を進める正面からは風が吹くような音が聞こえてくる。ほかに聞こえる音としては、弟妹の喧嘩の声と、時折坑道全体の揺れと同時にやってくる地響きのような鳴動だ。

 坑道は地下のかなり深くに位置している。いったい何を想定してこれほど深く建設されたのかはわからないが、この場合はこの深さのおかげで竜の光線の被害を受けずにすんでいた――もっとも、地下にいる者たちはそんなことを知る由もなかったが。


「他にも『竜を見た』って人はたくさんいるのよ!」

「じゃあ集団催眠だね」

「お城が崩壊した理由は!?」

「それは経年劣化と、あとは崩壊と改修の繰り返しで建物自体が限界だったんだ。たまたま城が崩れたときに、なにか大型の鳥か群れなんかを竜と勘違いしたのさ。僕だってそれなら見たとも」

「鳥なんかじゃありえない大きさだったわ!」

「鳥の群れだよ、じゃあね。小さな鳥でも群れたら空を埋めることだってある。南の方ではそういう鳥も多くいるじゃないか、最近暖かくなってきたから北上して――」

「いいえ! あれは竜よ――」

「いいかい! 常識的に考えて『大型の生命体――に見える何かが現れたこと』『城が崩壊したこと』にはなんの因果関係もないんだよ。城が崩壊するだなんて異常事態と、まるで竜にも見える――そうだね、仮に鳥の群れとしよう、この鳥の群れが現れたことを脳が勝手に結び付けて、竜が現れただなどという馬鹿げた妄想を生み出したのさ」


 基本的に昼夜逆転気味――というかぶっ倒れるまでは寝ないという生活を送っているアイシャにとっては、地下道に続く螺旋階段を底まで降りた時点で体力のほとんどを使い切るような道のりだった。

 侃々諤々意見を対立させつつも歩を緩めずにどんどん地下道を歩んでいく弟妹達の体力が羨まれる。

 普段であれば二人の間に割り入って有耶無耶にすることを仲裁としているが、さすがに今は彼らについて行くのが精いっぱいで口を開く元気がない。


 それに、末妹たちの容体が心配でもあった。

 召使たちが担架で担いで運んでいるが、二人は昏倒していて時折うなされているような荒い息を漏らす。それがだんだんと悪くなっているようにも見え、気がかりだ。

 彼女たちが他人を苦手とする理由に対人恐怖症――というか、他人と接すると体調を崩してしまう体質を持っているからという風に彼女付きの召使から説明は受けた。他の者が距離を取ればやがて快方に向かうだろうとも。しかしそうは言っても薄暗い地下道で距離を取るというわけにもいくまい。

 やはりここは、早いところ地下道を脱出し、二人を安静にできるところを目指すほかないようだ。となると一休みしようなどととてもではないが言い出せない。


「百歩譲って私たちが竜だと思ったものがただの鳥の群れで、お城の崩壊となんにも因果関係がなかったとしてよ。私たちをわざわざ地下道から退避させたイスマーアルアッドの意図は何なわけ?」

「まだ残っている建物がいつ崩落するかわからないからだろうね」


 ニールニーマニーズは、突拍子もないことに関しては自分の目で見たことのみしか信じない性質である。アイシャもどちらかというとマリストアよりは彼の考えに近い。今回確かに自分の目で竜――のようなものは見たが、寝不足で何かを見間違えたのだと言われれば反論はできそうになかった。


 話に聞いている情報通りだと、経過時間からして今アイシャたちがいる場所くらいが地下道の中間位のはずだ。出口はイスカガン南西――もともとイスカガンが小国だった時代に国土としていた辺り――に繋がっている。

 皇宮は巨大であり、当然地下道から避難する人間の数はそれに対応してかなりの数に上る。皇族やその傍付きの召使たちは、全体に細長く伸びる隊列の先頭から二分目くらいの位置だ。

 背後にもまだまだ人の列は続く。

 弟妹達は顔を合わせるたびに喧嘩しているが、こうして茶々を入れることもなくずっと話を聞いていると実は仲が良いのではないかという気さえしてきた。

 地下道とはいえ上下左右にかなり余裕をもって広く作られているため、空気的な息苦しさという点では平気だ。しかし、長距離行軍で普通に息が上がる。アイシャはことが落ち着いたら真面目に運動しようと決意した。

 実際のところ進行速度は――地下で暗く、危険なため――決して早いとは言えなかったが、彼女にとっては十分早いと言える速度である。


「――さっきから地下道が揺れるのは、竜が暴れているからじゃないのかしら?」

「僕たちの城は天空回廊、中空回廊の二つの回廊で繋がっていたろ。中央の城が崩れたから、連鎖的に他の城も崩れてるのさ。今まで僕たちは城を酷使しすぎていたんだよ」

「お城壊しの常習犯が何を言ってるのよ」

「待てマリストア、城を壊しているのは僕じゃないって何度言えばわかる――」

「大丈夫ですよニールニーマニーズ様、あっしらに任せてください。――マリストア様、男の子には、女兄弟に触れられたくない青臭い衝動ってのがあるってもんでさぁ。大目に見てやってくださいませんか」

「お前らーっ!」


 召使たちを始め護衛の騎士たちはもちろんのこと、大工や庭師といった城勤めの者たちが歩調を崩すことなく歩き続けられるのはわかる。とりあえず動けを信条とするマリストアに体力があるのもまだ納得できる。アイシャが納得できないのは、本の虫であるニールニーマニーズがマリストアと舌戦を繰り広げていながらにして息を荒げることもなく歩を進めていることだった。若さだろうか。だとしたら、

 ……精々筋肉痛に泣くと良いのですぅ。

 なお、自分も同様に明日筋肉痛に泣くであろうことは意図的に考えないことにしている。


 ★


 在りし日の皇宮全貌よりも巨大な竜が口腔から光の奔流を放つ様は、遠く離れたここからでもかなり大きく見える。

 ここはイスカガン南西の区画である。戦闘は主に東側で展開したため建造物などはほとんど被害なく残っているが、すでにこの街を(ねぐら)としていた者たちはそっくり避難してしまっている。火事場泥棒なんぞを企む不届き者がいれば己の手下にしようと思っていたのだが、どうしたことか人っ子一人姿が見えない。


「ケッ、善良な国民ばっかで結構なこったぜ」


 アレクサンダグラスが敷かせた公道の幾本かは、道路の途中が大きく膨らんで広場になっている。それぞれの中央には噴水が設置されており、彼は今その縁に腰かけていた。

 組んだ足の膝に頬杖を突き、竜が暴れるさまを眺める。

 どうにも苛ついているようにも見えた。出鱈目に光線を打っているように見えるが、見ている限りでは有効打を与えられないらしい。相手にしているのは武闘姫メイフォンか、器用貧乏イスマーアルアッドか、あるいはその両方か。

 メイフォンが相手の場合、竜があのように一方的かつ単調に光線を吐くだけということはないだろうから――イスマーアルアッドと騎士団が相手だろうか。お互い決め手に欠けると見た。長くなりそうだ。

 元々たかが一頭の竜程度でイスカガンがどうこうなるとは思っていないし、これは結局のところただのパフォーマンスだ。皇族を見つけたら殺せとは命令してあるが、実際死人は出ていないはずである。非戦闘員は地下道から逃げ出しているだろうし、イスマーアルアッドもメイフォンもあのような雑竜に襲われた程度で死ぬような弱輩に非ずだ。

 善良な商人を洗脳し、あのようにイスカガンを混乱に陥れさせたのは、直接的にイスカガンを陥落させるためではない。もっと別の理由がある。そのために、竜にはもっと暴れてもらわないとならない。

 大英雄、建国の父、大皇帝アレクサンダグラスが死んだことは彼自身自分の目で確認している。メイフォン率いる商人捜索隊が城下で聞き込みして回っていることからも、奴が死んだことは間違いないはずだ。商人の言など端から信じていない。

 本来であれば皇宮に侵入させた商人にマリストアかニールニーマニーズ辺りを誘拐させて洗脳するつもりだったが、これは失敗。状況はわからないが、商人は何かを聞いて勘違いしたのだろう。思わず飛んで帰って来たとのことだが、最終的に商人を使って皇宮を襲わせるという計画には変わりない。多少順序が早まっただけでしかなく、計画に多少の修正は要したが差支えはなかった。

 ともかく、己の描いた青写真の通りに物事を進めるためには、あの竜にもっともっと暴虐の限りを尽くしてもらい、人々にとっての恐怖の権化となってもらわねばならない。皇宮を崩壊させた、騎士団の歯が全く立たないなど、現状でもかなり悪逆非道の限りを尽くしてくれているがまだ足りない。最低限もう一つくらいの仕事はしてもらう必要がある。

 彼は皇宮とそれを囲む図書館が竜によって破壊されるところまで見届けると立ち上がった。結局当初の予定とは順番が前後する形になったが、


「そろそろいいかァ」


 懐から穴開き銅貨を取り出すと、地面に叩きつけた。


 ★


 光線が掠ったところから徐々に建物は崩壊していき、ついに皇宮周りにある建物という建物はすべて瓦礫と化してしまった。

 イスマーアルアッドと騎士団たちは、竜に決定打を与える隙を得ることができないまま苦戦を強いられ続けていた。かれこれ半時間ほどずっと光線から逃げ回っているのみである。大砲の類ではどうあっても竜を狙う前に光線で狙い撃ちにされる――やはりとてもではないが攻撃など狙えない。

 もはや何度目――何十度目かもわからぬ光線を掻い潜り、来るべき反撃の機会を待つ。こうしてここで竜を釘付けにしておくことでも、無辜の民たちが逃げるだけの時間を稼ぐことができる――最低限でしかないが、それでも最低限の仕事はこなしていることになる。

 諦めずに狙い続ければきっと勝機は巡ってくるはずだ――疲労が色濃く見える騎士たちに、近付く度に鼓舞の声を投げかける。

 ……敗北は諦めた者のところにまず真っ先に訪れる。父からの受け売りでしかないけれど。

 果たしてもはや何度目かの光線をやり過ごしたとき、上空で竜はいきなり動きを止めた。

 硬直し、巨大な体躯が砂のように崩れて空に溶け始める。

 何事かと警戒しながら見ていると、竜は完全にその体を溶かし、宙に何かを残した。

 人型をしている。

 男だ。

 意識はないようである。

 思い出したかのように重力に引かれ、頭から落下し始める。

 イスマーアルアッドは叫んだ。


「確保――ッ!」


 重要参考人だ。


 実際戦闘に参加しない人たち――というかそもそも戦闘が行われていることを知らないような人たちはこんなもんじゃないかなって。それにしても緊張感無いですが。


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