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《八重の王》 -The XXXX is Lonely Emperors-  作者: Sadamoto Koki
第一章:魔王降誕編
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#12 蛇竜の強襲2

 眼前で竜が吠えた。

 肌がびりびりと震え、空気の圧が足を地面に縫い付ける。

 近場にいた騎士たちの中で、この場に駆け付けることができた者はわずかに十人ほどだった。これだけの人数を合わせても敵わないメイフォンですら一太刀浴びせるのがやっとだった相手――竜相手にわずか十人という人数では時間稼ぎ要員としてすら心許ないが、


「我らアレクサンダリア騎士団! 己が身は国が為、己が命は偉大なる父アレクサンダグラスが為捧げた身!」

「我らアレクサンダリア騎士団! 国民はみなアレクサンダグラスが子、騎士団は国民の兄!」

「我らアレクサンダリア騎士団!」

「我ら!」

「我ら!」


 国民を守るのは我らが使命――ここで逃げ出してなんなんとする。

 逃げ出したいと叫ぶ心を押し殺し、彼らは隊を組んで竜に飛び掛かっていく。身に刻まれた二十年前の記憶――大陸最大の「武」の国スーチェンとの戦闘時に大皇帝が考案した戦闘法だった。

 当時は人が相手だったが、敵が強大すぎるという点には大して変わりがない。

 いやむしろ。

 単独である分、竜なぞ恐るるに足らず。

 騎士たちも負けじと吠えた。


 ★


 竜は意外に思った。

 敵は相当な手練れだ。やや年嵩の中年騎士たちだが肉体に衰えは見えず、それどころかややこちらが押されている気配すらある。

 敵の攻撃はこちらに通用しないが、こちらの攻撃も敵に当たらない。

 常に竜の死角に敵の騎士がいて、こちらが攻撃の前動作を行おうとすると邪魔が入るのだ。

 腕を振り上げると脇を斬られる。それならとより短く攻撃するため腕を突き込むと胴を突かれる。光線は敵騎士が漏れなく懐にいるため使えず、距離を取ろうと浮上すると彼らは姿を隠す。一帯を光線で絨毯爆撃することも考えるが、敵はどういうわけかこちらが光線を吐きだすことができる最大時間や限界幅を知っているようで、先程から当たらない。そうこうしているうちに騎士は数を増やし、しかし敵の刃はこちらの鱗で弾き、されど反撃は尽く躱されるという攻防が続く。

 竜は苛立ちを感じていた。

 周囲の建物は光線の餌食となりほぼ例外なく崩落していたが、お互い有効打を与えられぬままじりじりと戦闘が推移していく。

 惜しい当たりは幾発もある。薙ぎ払った腕も、突き込んだ拳も、すべて紙一重で避けられるのだ。それもこれも、いつの間にやら常に死角に潜り込んでいる騎士たちが、竜の攻撃の直前に軌道をわずかに逸らすために最適な一撃を見舞ってくるからだった。

 たまらず距離を取り、咆哮一つ。

 竜はこれ以上の彼らとの戦闘は時間の無駄だと判断し、空を飛んだ。


 ★


 竜との接敵は十数分と、本当にわずかな時間のことだった。

 しかしそれだけあれば十分で、どうにか無辜の民の多くは逃げおおせたようだ。

 疲労を色濃く表情ににじませつつ、騎士の一人が言う。


「なんとか竜の足止めには成功しましたが――奴め、皇宮に向かうようです……!」


 大きく空に退避した竜はもはやこちらを見てすらいない。

 蛇に似た体躯をくねらせ、空を泳ぐように皇宮に向かっていく。

 騎士たちも後を追った。


 ★


 イスカガン皇宮には地下通路がある。

 それぞれの居城と図書館に入口は配置されており、非戦闘員たちはこの通路を通って避難しているところだった。

 城に待機していた騎士たちの数名を避難者の護衛として付け、他の弟妹たちも城から退避させる。

 今、この城に残っている者は騎士たちと――イスマーアルアッドだけだ。


「メイフォンだけが強いと思っているなら大間違いだ。私だって心得はあるのだから」


 騎士団制式の重鎧に身を包み、携えるのは白銀の光を湛える大剣。

 在りし日のアレクサンダグラスが身に着けた装備に身を固め、皇帝代理はそこに君臨していた。

 

「――――――――――!」


 竜の咆哮。

 イスマーアルアッドは鷹揚に大剣を構えた。

 かつて皇宮だった瓦礫の山の上に立ち、正眼に竜を狙う。


 自分は、妹のように出鱈目な戦闘力は持たない。


 出っ張りに足を引っ掛け、壁を垂直に駆け上ることができる騎士は何人かいる。

 武器の一振りで大岩を割断することのできる騎士も何人かいる。

 馬より早く駆けることのできる騎士も何人かいれば、飛んできた矢を掴むことのできる騎士だって何人かいるし、どんな攻撃だって盾さえあれば受け流せる騎士や徒手空拳で武器を持った人間を制圧する騎士、それから気迫だけで熊を退けた騎士や体裁きを勘だけで習得できる騎士などもいて。

 これらすべてを軽々とやってのけるのが妹のメイフォンであり、突出した何かを持たない騎士がイスマーアルアッドだった。

 あくまで一例でしかないが、壁を上ることのできる騎士や馬より早く駆ける騎士たちは身軽さを求めるあまり打たれ弱いだとか、大岩を割る騎士は足が遅いだとか、そういった長所に見合う短所のようなものを持っていることが非常に多い。これは何かを犠牲にして何かを得たという風にも言いかえることができる。

 しかし自分はどうか。何も犠牲にしていないが――何か特技を持つというわけではない。


 垂直の壁を上ったり馬より早く駆けることはできないが、人より早く走ることはできる。

 大岩を割ったり素手で暴徒や獣を鎮圧するほどの膂力は持たないが、人より重い剣を振ることはできる。

 飛んできた矢を掴むことはできないが事前にわかっていれば余裕をもって避けられるし、力負けすることだってあるがたいていの攻撃は盾で防ぐことができる。

 任意の騎士の得意分野でも苦手分野でもないその他の分野において、一般人よりはるかに優れてはいるが特技として特筆するほどではないという段階。これがイスマーアルアッドの能力の限界だった。


 繰り返すが、彼にはメイフォンのように出鱈目な戦闘力はない。しかし、苦手がない。あくまで戦闘面に限って言えばメイフォンにも苦手はないが、彼女は戦闘しかできない。彼に突出した才能はないが、かといってできないことはなく、ありとあらゆることを一定以上の水準でこなすことができた。

 まだ大陸が戦火に包まれていた時代、スーチェンの王は彼のことを「器用貧乏」と呼んだが、ノーヴァノーマニーズの王はこの評価をとんでもないと断じた。曰く、器用貧乏だなんてとんでもない。弱点がないということは、相手がどんなものであれその者の得意とする分野以外であれば絶対に勝利できるということだ――と。

 この話を基にして、吟遊詩人たちはアレクサンダグラスを「大英雄」、スーチェン王を「一騎当千」、メイフォンを「武闘姫」ともて囃したのに対し、イスマーアルアッドのことをこう呼んだ。

 すなわち「蟻地獄」と。

 相手の分野に踏み込まず、自分の巣に踏み込ませればすでに敵は負け筋しか持たず。――敵の得意分野においては勝てないが、それ以外の分野において絶対に負けないということである。


 ★


 先制攻撃は竜の光束だった。

 わざわざ敵の懐に入るまでもない。上空からの遠距離攻撃だ。直撃する。瓦礫が爆発し、土煙が濛々と立ち込める。

 先程メイフォンを相手にしたときは、直撃したはずの光線を叩き斬られた。騎士団との戦闘では躱し続けられた。もはや竜に油断はない、己の持つ最大威力をぶち込んでなお、この土煙のどこかからの襲撃に備える。

 しかし待てども待てども己に対する攻撃はなく、竜は内心首を傾げる。

 土煙が晴れたとき、皇宮中央は落ち窪み、周囲の八の居城達も内側に近い部分が半壊というありさまだった。

 

 鳥瞰しつつ、竜は己の築いた瓦礫の山々を睨みつけるかのような鋭い眼光を以て精査する。

 動くものがあればすぐに光線を打ち込み、騎士たちの隠れ場所を奪う。どういう理由においてかは知らないが、彼らは己の光線を避ける技術を有しているのだ。()に侮りがたし人間――苦戦するほどではないが、思うようにやられてくれない人間に竜は苛つき始めている。

 戦線は膠着して勝敗は決まらない。

 主の命令は「皇族を見つけたら殺すこと」「とにかく暴れること」の二つであり、これらはおおむね達成しかかっているようにも思える。アレクサンダグラスの子供たちのなかで武の心得があるのはイスマーアルアッドとメイフォンのみだ。

 メイフォンは先程獲った。あそこまで壊して生きているというのであれば、もはや人間ではありえない。少々規格外ではあるものの、彼女が人間であることに変わりはない。竜であるとかそういうことであれば話は別だが、竜は己だ。

 竜は己だ――ふと違和感のようなものを覚える。

 己は竜だったのか? 己の正体は人間……竜?

 違和感の正体はわからなかったが、皮の下を何かがはい回るかのようなむず痒さを感じている。

 竜はそれを払拭するために咆哮した。


 ★


 その時、どこからか飛来した木の棘が額にできた傷――断ち割られた角の根元に突き刺さる。

 巨体に比べて非常に細く小さく心許ない木の棘を竜は視認できなかったし、そもそもそれが刺さったことにも気づかない。否。そのことに気付ける者は投擲者以外に居ない。

 

 ★


 咆哮一つで幾分かの違和感は拭い去られた。それどころか、今まで自分が何に違和感を感じていたのかすら覚えていない。

 あまりにも歯応えのない騎士に、どうやら退屈を得ていたらしい――戦闘中に眠気を覚えるなぞ、と改めて気を引き締める。勝って兜の緒を締めよという言葉すらあるというのに、況や戦闘中をやだ。敵と対峙しているときに兜や鎧を脱ぐ痴れ者がどこにいる。

 竜は口腔内に光を溜める。


 ★


 攻めあぐねる。

 上空で構えられては、こちらの攻撃は届かない。向こうの光線はほとんど掠っているようなところでなんとか回避できているものの、このままでは右肩下がりである。

 なんとかしてあの竜を地面に引きずりおろさなければならない。こちらの攻撃が当たりすらしないのでは、よしんば負けることがなかったとしても絶対に打ち勝つことはできない。

 また、弓矢程度では鱗に傷一つつかないこともすでに確認済みであった。弩弓も同じくで、威力が足りない。飛ばす石には困らないが、攻撃が通らないのであれば意味がない。

 一縷の望みにかけて、竜の光線の間隙を縫ってメイフォンの武器庫を目指す。

 人間や大型の肉食獣などよりも巨大で強い生物が存在していると仮定して、実際にそれを倒すために作られた武器――などという、ほとんど冗談で作られたとしか思えない武器もいくつかあったはずだ。話を聞いた時には面白いことを考える者がいるものだとしか思わなかったが、もしかしたら使えるものがあるかもしれない。よくよく考えれば、大戦中猛威を振るったのは力自慢の振り回すそういった明らかに人間を相手するには不釣り合いなほど大きな武器だったし、ある意味理に適っていたのかもしれない。

 なにより、大きさが強さに直結することは眼前の竜が証明してしまっている。

 武器庫の建物は八割がた瓦礫と化しているが、無事なものが残っている可能性に賭けた。

 あと一回光撃をやり過ごせば届く範囲。

 慎重に軌道と時間を見極め、駆け抜ける。

 瓦礫から突き出ている柄を握るが、重すぎるのか何かに引っかかっているのか、引き出せない。

 思っていたよりも建物の損壊が激しい。瓦礫が邪魔だ。

 土煙が晴れ始めている。

 最初に掴んだ武器は諦め、次の武器へ行く。

 これが引き出せなければまた次の光線をやり過ごさなければならない。

 木製の握り。鉈やククリナイフの類か。瓦礫から覗く金属部はやや大ぶりで分厚く、鈍い光を放っている。

 引き抜く。

 わずかな抵抗を感じたが、特に問題もなく引き抜くことに成功した。

 土煙が晴れ切ってしまう前にこれだけ掴んで再び駆け、瓦礫の陰に。

 竜が光を噛む。視線はこちらとは違う方向にあるようだ。次の一撃はこちらには来ない。注意は逸らさないまま、己の拝借した武器を調べる。しまった、見たことのない武器だ。

 大戦では本当に末期の末期、ノーヴァノーマニーズ人考案で、アンクスコ戦末期に一部戦線で使用された遠距離武器――筒の先端から籠めた金属の弾を、火薬の爆発で飛ばす武器――すなわち鉄砲であろうことはわかる。メイフォンや他の騎士たちから話には聞いているし、使い方も聞き齧ってはいた。

 弾は込められていないが、建物崩壊の折飛ばされ転がって来たのかすぐそばに一発落ちていた。火薬も一緒にある。火薬と弾を砲身から籠め、引き金を引けば弾は飛ぶだろう。

 射程はかなり長く、威力も充分にある。

 弓矢が届く距離なので届かないということはない。

 しかし、命中させることは可能であるか。かなりの反動があると聞く。

 鉄砲を撃つための訓練であるとか、そういったものは一切したことがない。生産が始まったばかりのころに戦争が終わったせいで、鉄砲生産の計画は凍結されてしまった――それゆえ普及する数も少なく、従ってイスマーアルアッドも訓練はおろか触るのもこれで初めてである。

 竜がこちらの居るあたりに狙いをつけた。

 もはやこれまで。他の武器を探す時間はなかった。命からがら光線を避け、再びできた束の間の間隙に火薬と弾を押し籠める。

 万全を期して発砲は至近距離。狙いは目。

 結局のところ、剣や槍に比べてほんのわずか射程が伸びた程度でしかなく、竜をどう地上に引きずりおろすかという問題は解決していない。

 竜が吠えた。

 戦線は膠着している。


 作中に出てくる鉄砲は火縄銃を参考にはしていますが諸般の理由でオリジナルのなんか火縄銃っぽい銃火器ということになっております。


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