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act.1 邂逅。~裸と拳、少年と少女~

 四方から金属音が響く。悲鳴に近しい怒号も重なり、鼓膜が破れんばかりの喧騒だ。

「一番隊、二番隊は下がれ! 三番隊は負傷者の手当て急げ! 四番隊は前に、私に続けっ!」

 ストラブルク騎士団団長――ミモザ・アンヘリアルは鋭い剣幕でまくしたてると、団員数名を率いて前に出た。

 青い瞳で()め付けたのは巨大な石塊(いしくれ)。……もとい、〈ゴレム〉と呼称される【黒の眷属】だった。

 土と岩とで構成された人型の像。全長は目測で約四メルト、ゆうにミモザの二倍以上はあるだろう。相応の梯子(はしご)でもなければ、簡単に頭を撫でることも出来そうにない。

 のっぺりとした顔に目鼻は存在せず、ただ不細工な口――無作為に広げられた空洞があるだけだ。手足の長さもバラバラで、お世辞にも美しいとは言い難かった。どこぞの市民公園で同じようなガラクタ……、もとい記念像を見た気もするが、ただのオブジェが自分の意思で動くなんて有り得ない話だ。“これ”は邪悪な力に操られ、人に害を為そうとしている異形の怪物――

「……総員、散開っ!」

 思考は長くは続かなかった。

 ミモザの指示に従い、団員全員がその場から飛び退(すさ)る。瞬間、〈ゴレム〉が無感動に振り下ろした右腕が、大音声とともに大地を叩いた。重く鈍い、胃の辺りにのしかかる衝撃。

 ミモザはぐっと足を踏ん張り、そして両の拳を突き合わせた。ガキン、と高い金属音。彼女の拳から肘を(おお)う、無骨な鉄甲が上げた悲鳴だ。

「私が仕留める、援護たのむ!」

「「了解!」」

 頼もしい団員たちの声を聞いて、ミモザは疾駆を開始した。

 〈ゴレム〉自らが下ろした腕を――まるで猫科の動物のようにしなやかな動きで――器用に駆け上がる。またたく間に〈ゴレム〉の肩まで上り詰めると、ミモザは鋭く咆哮した。

「でぇりゃあああァっ!」

 放つのは一切の躊躇いがない、渾身の右ストレート。世界最高硬度を誇るアグラダイト合金製の鉄甲が炸裂した瞬間、たまらず〈ゴレム〉の巨躯が揺れる。逃がすか、と今度は左のアッパー。

 下方の団員たちの奮戦もあり、〈ゴレム〉ごとミモザの視点が降下していく。ひときわ強い轟音が鳴り響いたときには、遂にその巨体は地に伏していた。内心「よし」とほくそ笑むミモザ。この格好なら“踏ん張りが利く”。この怪物を仕留めるだけの一撃を、放てるというもの――!

「るううああああァあああっ!」

 荒々しい雄叫びとともに拳を握る。弾かれるように繰り出したそれは、じたばた暴れる石塊の顔面に深々と突き刺さった。鉄甲越しに感じる確かな手応え。ゴキリ、と嫌な音色も聞こえた気がする。

 何度目かの痙攣を経て、〈ゴレム〉の動きが完全に停止した。生命の反応が消えるまでは、と張り詰めていたミモザも、このときようやく息を吐く。それこそが、この戦いの終了を意味していた。

「……皆、ご苦労だった。後は回収班に任せて、総員帰投するぞ」

 〈ゴレム〉の頭部にめり込んだ右腕を引き抜き、団員に声を投げる。瞬間、団員たちの表情が安堵のそれに変わった。

 傷に呻く者に率先して肩を貸しながら、ミモザも再び息を吐いた。



「お見事でした、団長。さすがは〈金獅子〉と賞される御方、(わたくし)、感服しました」

 帰路の途中、追い(すが)ってきた団員――やや気障(きざ)な態度の男――バルザック・サン=シュタインが称賛の声を投げてくる。

「よせ。その呼び名はあまり好きじゃない」

 ミモザは複雑な表情で応じた。二時間弱の戦闘も終わり、既に取り繕う必要もないと、わずかばかりの無駄口を叩く。

「なにを仰る。長い金の髪を揺らし、雄々しくも可憐に戦場を駆る孤高の戦乙女。貴女を〈金獅子〉と呼ばずして誰が――」

「バルザック。喋るだけの気力があるなら、負傷者に手を貸してくれ」

「御意」

 やや不満そうな顔で、けれどバルザックは快活に返事をした。ミモザへ一礼すると、即座に後方へと駆けていく。

 今のやり取りのせいか、ミモザは溜まった疲れを一気に意識した。

(……なによ金獅子って。これっぽっちも可愛くない)

 凛とした表情の裏側で、ぽつりと呟いた言葉は年相応の少女の感想。ミモザ・アンヘリアルは王国が誇る最高戦力――ストラブルク騎士団の団長でもあり、十九歳になったばかりの少女でもあった。胸中でくらい、普段の言葉遣いで悪態を吐きたくなるというもの。ともあれ自分に授けられた異名・〈金獅子〉に恥じぬよう、言動や身なりには気を配ってきたのも事実だ。


 ストラブルク史上、初の女性騎士団団長。それがミモザだった。その誉れとして国王から与えられた銀装飾のサークレットはかかさず身につけているし、長く伸ばした――せめて女性らしくありたいと伸ばし続けてきた――金髪は戦いの邪魔にならぬよう、祖母から譲り受けた琥珀の髪留めで結っている。かつては“女に団長は務まらない”、“団長というよりは受付嬢の方が似合いだ”と、ずいぶんな陰口を叩かれたのを思い出す。しかしミモザの苛烈な戦いぶりを前にして、今ではその声はいくらか小さくなってきた。


(……近頃【黒の眷属】の動きが妙に活発化してきてる。なにかの前触れなのかしら)

 ふとミモザの思考に暗い影が落ちる。思い出されたのは先の戦い、〈ゴレム〉の一件だった。

 ――元来、騎士団の職務は王国の守護。時に荒くれ者の鎮圧・排除から、王族関係者の護衛と幅広い。何よりストラブルクの地を我が物顔で闊歩する怪物、【黒の眷属】の駆除が主だった任務だ。彼らは常に人の営みの傍に潜み、力無い者へと害を為す――それらを阻止することこそミモザたちの役割。だがここ数日の間、その動きが目に見えて激しくなっているのを、ミモザは敏感に感じ取っていた。

 団長たる自分が、皆を率いて戦場に出る機会なんて数えるほどしかなかったというのに。今日に至っては既に四件、今しがた打ち倒した〈ゴレム〉を含めれば計十二体の【黒の眷属】と対峙している。

(嫌な感じ。胸がざわつく)

 ミモザは団員たちに悟られないよう、ぐっと奥歯を噛み締めた。同時に「まさか」とも思う。あの忌まわしい、信じたくもない“伝承”の兆候なのか、と。

 ミモザは人知れず(かぶり)を振った。

「皆、少し急ごう。日暮れまでには詰め所に戻りたい」

 胸に巣食った不安を拭い去るべく、わざと大きな声を出した。団員たちが習って「了解」の意を示す。ミモザも「よし」と頷いて、黙々と足を動かした。



 統率の取れた行軍が幸いし、ミモザ率いる騎士団一行はまだ陽の高いうちに王都の地を踏むことが出来た。団員らの雰囲気が弛緩する気配を感じながら、ミモザもまた、安堵の溜め息を吐いていた。

 ストラブルクの中心に位置する王都、ロティエル。100万もの人間が一様に暮らすこの地は、立ち並ぶ露店と、行き交う人々の賑わいで常に活気づいている。

 一角では男女が仲良く雑貨や服選びをし、また一角では子供たちがアイスクリーム片手に駆けていく。ミモザはこの、“平穏な日常に戻ってくる瞬間”がたまらなく好きだった。

「見ろ、騎士団の凱旋だ!」

 ミモザの姿に気付いた初老の男が、表情を明るくして言った。

「ああ、騎士様!」

「騎士様、お勤めご苦労様です!」

 せきを切ったようにあちらこちらで歓喜の声が上がる。気付けば団員が皆、四方八方を取り囲まれる格好になっていた。

 身を呈して【黒の眷属】と戦う騎士団の存在は人々から英雄視されている。“女性初の団長”となったミモザは特に衆目の的だ。

「ミモザ様、こちらをご覧になって!」

「ミモザ様、素敵です!」

「ミモザ様!」

 ――とりわけミモザに降り注ぐのは、女性からの黄色い声。頬を朱に染め、潤んだ瞳で見詰められると心境は複雑だ。ともあれ「ありがとう」と微笑で応じる。




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