世紀末ゴブリン
前の話と一緒にスキルの括弧表記を『』から[]にしました。
8/13 ファレナのセリフを若干変更しました。
「君は、楓に構っている暇は無いんじゃないのか?しっかり護衛の任を全うするべきではないのかな?」
「そこは心配しなくていいわ。ちゃんと周囲警戒はしているもの。それより、あなたこそ良いの?勇者様達の先生なんでしょう?」
俺の両隣で俺を挟んで行われるやり取りを聞き流しつつ、前方で行われている戦闘を観察する。
今俺たちは遠征中で、王国の外側に広がる゛白蛇の森゛の中に居る。
何でも昔、魔王に匹敵する強さの化物大蛇が封印され、そこから漏れる魔力で森が広がり多くの魔物が生まれたため、この名が付けられた。
森の奥に行くほど魔物は強くなっていくらしい。
で、現在は戦闘中。
隊列の後方に居る俺たちの前方でゆーしゃくんとその幼馴染の学級委員、その他ゆーしゃくんと組んでいるパーティメンバーと、紅い炎を纏った巨鳥が雄叫びを上げながらド派手な戦闘を繰り広げている。
あ、逃げた。
傷を負い、フラフラとしつつもかなりの速度で飛び立つ巨鳥にゆーしゃくんが剣を振りかぶると、剣から光の刃が飛び出る。
ここ最近でゆーしゃくんが覚えたスキル[光剣術]。[光魔法]と[剣術]スキルを使える人間が会得する技能スキルだ。
迫る光刃が巨鳥にぶち当たって煙が上がる…が、中から巨鳥が飛び出しそのまま逃げて行った。
「すげぇなあの鳥。星宙パーティから逃げ切った初めての魔物だ。」
「森の奥の方からのはぐれ者かな。
あの鳥レベルもステータスも高かったし、パーティ組んでようやくあそこまで追い詰めたって感じだな。
つってもゆーしゃくんのステータスでゴリ押ししてたとこも多かったけど。」
琢磨と会話しつつ悔しそうにしているゆーしゃくん達を…というより、ゆーしゃくんの持つ剣を見る。
嵌め込まれた爬虫類の瞳のような宝石、竜鱗と鎖で装飾された両手剣。
遠征に行く際、王国の宝物庫からクラスメイト全員に下賜された武器の中の一つだ。
もちろん俺も武器は貰ってる訳なんだが…何故かあの剣が気になるのだ。
俺に渡された武器は魔力適正が高く、頑丈な異世界鉱物ミスリル製の槍と剣2本。
不満がある訳ではないし、魔法を込められた道具である魔道具を渡されてもMPが持たないので妥当だと思っている。
しかしそれでも気になってしまうのだ。見覚えがあると言うか、懐かしい感じと言うか…。
見てると宝石と目が合う気もするし…さすがにそれは気のせいか。
まぁ、考えていても仕方ない。目の前の問題から片付けよう。
「君に副団長としての自覚は無いのか!?楓からも一言言ってやってくれ!」
「あなた教師としての責任感とか無いの!?鷺沢君もビシっと言ってあげて!」
「うん。俺から言えるのはお前らが言うなだけだな。」
俺を挟んで言い争いをしていた恵理姉と副団長に唐突に問いかけられツッコミを入れる。
「それにしても仲良いんだねお二人さん。」
「「良くなんてない!」」
「息ピッタリだねぇ。…あ、椛なんか来てるよ人型のちっこいの。」
琢磨が二人と漫才を繰り広げようとしていたのを切り上げ俺に言う。[気配感知]を使用したのだろう。
言われてマップを見れば俺達の右後方から魔物の反応が近づいてきている。
接近する魔物の反応にスキャンを掛けようとして止める。まだ視界に入っていない状態でのスキャンはMPを消費する。いつ逃げ出すチャンスが巡ってくるか分からない今はMPを出来るだけ残しておきたい。
そんな事を考えていると近くの草むらからガサゴソと音がする。
その音に反応して恵理姉と副団長が拳と剣を構えて前に出ると、草むらから子供程の小さな人影が出てくる。
緑の皮膚に尖った耳。腰巻一枚の服装と原始的な使い方をするであろう木の棍棒。
頭の上には反り立つモヒカン。肩からは白い悪魔の量産型緑のようなトゲトゲが生えている。
出てきた人影は目を見開いてこちらを見ている。
『お、おお…。』
「ゴブリンね。一匹しか居ないって事は群れから抜け出したはぐれ者みたいね。」
「この程度なら拳一発で終わりそうだ。というか拳一発で終わる確信がある。」
人影の正体はゴブリンだった。
…これツッコんじゃいけないのかな。絶対世紀末出身でしょこのゴブリン。
この世界のゴブリンって皆こんな格好なのかな?
横を見れば琢磨は笑いを堪えて悶えている。
あー良かった。やっぱり笑うよね。皆何も言わないから不安だったわ。
ゴブリンは女性二人に性欲を向けている。
それに対し、二人が構えたままゴブリンににじり寄っている。それを肩を掴んで止め、俺がゴブリンに対峙する。
「ちょーっと待って。今回は俺が相手をする。
初陣には調度良い相手だ。」
「…分かったわ。気をつけてね。」
「危なくなったら私達が止めるからな。」
「さすがに心配しすぎでしょ。そこまで弱くないよ俺。」
むしろこの世界の一般人に比べたらステータスでは勝っている。
お相手のゴブリンも平均20程のステータス。この程度ならば問題ない。
背負った槍を構え、ゴブリンを見据える。
ゴブリンは前に出てきた俺を気に留めず、女性二人を血走った目で見つめている。
ゴブリンは人型の多種族の女性を攫い孕ませ繁殖する魔物。群れからのはぐれ者ということは性欲を発散させる相手が居らず溜まっているのだろう。
『女…女犯す…女犯すぅ!!』
「エロ同人の鑑みたいな奴だな。」
ゴブリンから聞こえてきた声にツッコミを入れる。
どうやらプログラムは正常に作動しているみたいだね。
[情報魔法]とっておき最後の一つ゛プログラミング゛。
゛プログラミング゛は゛アーカイブ゛、゛メモリー゛、゛書き換え゛等を利用し、現実世界に影響を及ぼす事を可能とするプログラムを作成する魔法だ。
まあ、簡単に言えばスキルや魔法を改造または作成し、それを物質のアーカイブに書き込んで魔道具を作成する事も可能な魔法。
爆発を起こすプログラムを作れば爆発を起こし、水を流動させるプログラムを作れば水が動く。
聞いただけならばとんでもないチート魔法だ。
これがあるだけで[情報魔法]の価値は跳ね上がる事だろう。
が、何の制約もなくこれが使えれば俺も苦労はしない。
この゛プログラミング゛、一から魔法やスキルを作ろうとすれば大量にMPを食うし、作った後もプログラムを発動するたびにMPを使う。
[火魔法]で火を起こすのと、プログラムで火を起こすのでは3~4倍魔力消費量が違うのだ。
魔力に対する強度の高い物質に直接書き込んで作成すれば、その分MP消費を抑えたりも出来るのだが、今は自分のスキルと魔法を改造するのが限界だ。
そんなわけで試験的に改造したのは[情報魔法]の翻訳機能。(本当は[弱者の覇気]を改造したかったのだが、またも俺のアクセス権限とやらが足りず出来なかった。)
元々常に発動している魔法だったので、発動時のMP消費も無いし、改造時に消費しただけで済んだ。
召喚された当初は人間の言語だけしか翻訳できなかったが、改造後は知能のある生物の言語を全て翻訳出来るようになっている。
ちなみにさっきの巨鳥も結構いろいろ叫んでいた。という事は知能レベルの高い魔物だったという事だ。
ゴブリンは道具を使うだけの知能はある魔物。軽い意思疎通する程度には言語が成り立っている。
「『なあ、ゴブリン君。そんな犯す犯す言ってないでお話しない?』」
こちらの言葉を翻訳して話しかければ、ゴブリンは一瞬驚愕の感情をこちらへ向け口を開く。
『男興味ない!どけ!女犯す!!』
「『欲望に忠実でよろしい!けどやらせるわけにゃ行かないよ!』」
突進してきたゴブリンの首を一薙ぎに切り伏せると、首と胴の離れたゴブリンが数歩歩いて倒れる。
…流石ミスリル製。切れ味抜群だなぁ。料理に使うと便利そう。
マップでゴブリンの反応が消え、確実に死んで安全が確保されたのを確認してから自分のステータスをスキャンするが…やはりレベルは1のまま。
はぁ。そう甘くはないか。
まあ、収穫がない訳でもない。倒したゴブリンの死体から魔力の篭った石───魔石を採取できる。
ゴブリンは魔物として低級なのでそれほど質の良い物ではないが、魔石は金になるし普通の物質よりも魔力に対する強度が高い。今の俺にはあるだけでもありがたい。
魔石は魔物の核になる部分から採取できるので、殺したゴブリンの心臓の辺りから魔石を抜き取る。
しかし、生物を初めて殺したというのに何の感慨も浮かばない。
これも精神崩壊の影響だろうか。救えないな。
「お疲れ様、鷺沢君。気分はどう?気持ち悪かったりしない?」
「楓、大丈夫か?怪我はしてないか?痛むところはないか?」
「心配しすぎだよ恵理姉。
気分は普通。強いて言えば、生き物殺して何も思わない俺は破綻してるなぁって実感しただけ。」
俺の体をペタペタと触って怪我の確認をする恵理姉を抑え、副団長と会話する。
副団長は俺の返答に対し、何でもないかのように答える。
「…家畜を潰したのだと思うと良いわ。生きる糧とする家畜に対して、感謝はすれど他に思うことは無いでしょう?
それと一緒。このゴブリンは貴方が強くなるための糧になったの。最低限の感謝だけは忘れないようにすれば良いわ。」
「肝に銘じておきますよ。
さ、油売ってないで行こう。前の奴らも出発するみたいだ。」
魔石を採り、武器と一緒に支給された袋に入れると、プチ反省会を終え出発したゆーしゃくん達の後を追った。
…炎が使えたら消毒したかったなぁ。
ゴブリン「ヒャッハー!!」