炭酸うんめぇ
「うめぇ~。」
一日の全ての予定を終え、個別に与えられている自室でコーラを飲む。
これは召喚されたときに肩に掛けていた鞄に入っていた物だ。
俺は炭酸飲料を定期的に買い溜めしていて、召喚された日はちょうど昼休みに自動販売機で買っていた。
持ち込んだのはコーラ5本とサイダー5本の合計10本。
今一本飲んだので残り9本になった。
「やっぱ冷えてるコーラは美味いな。
MPも回復するし。」
キンキンに冷えたコーラは最高だ。副団長との絶対契約で減ったMPも回復したし。
驚きだね。まさか俺たちの世界の飲み物が回復効果を持っているなんて…ないよね。
そんな都合の良い話があるわけがない。
しかし現に俺のステータスをスキャンすれば、絶対契約の使用で減少していたMPが満タンになっているのは事実。
原因を探る為にコーラにもスキャンを掛ける。
─────
名称:ユガ・コーラMPポーション
概要
地球世界で好まれている飲料水。
黒色の炭酸飲料で世界規模で好まれている。
ユッガ・コーラを飲もうよ。
追加項目
・MP回復効果+20
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見てびっくり。追加項目が作られ、MP回復効果があるではないか。
もしやこの世界に来てからこのコーラに何かあったという事なのか…。
まあ、俺がやったんだけど。
[情報魔法]のとっておきの一つ、゛書き換え゛を使用したのだ。
゛書き換え゛はスキャンで現れる物質のアーカイブの書き換えを行い、スキャンした物質に不可逆的変化を起こし現実でも書き換えた通りの効果を発揮させる魔法だ。
例えば、このユガ・コーラMPポーションは元々スキャンしても追加項目なんてものは無く、概要が書かれているだけの普通のユガ・コーラだった。
そのユガ・コーラに゛書き換え゛使用し、スキャンで現れた説明文に゛MP回復効果を持つ゛という一文を加えると俺の持っていたMPを1残して全て持って行かれ、もう一度スキャンすると追加項目が作成され゛MP回復効果+20゛が現れた。
あの時は驚いたね。文を追加した途端気絶しそうになったんだから。
アーカイブによればこの魔法、書き換えたときに込めたMPで実現可能な範囲ならば記入した内容そのままの効果を発揮してくれるが、MPが足りなかった場合は使用者のMPをごっそり持って行き、それでも足りない場合は記入される文の内容が実現可能な範囲にグレードを落とす。
ユガ・コーラの場合゛MP回復効果を持つ゛という曖昧な記入をした結果、MPを最大まで回復させる効果として認識されたらしく、俺のMPをギリギリまで奪っても足りなかったので゛MP回復効果+20゛になったということだろう。
更に゛書き換え゛は、書き換える物質の魔術的強度によって書き込める量と書き換えた内容への適応度が変わるらしい。
記入可能量最大まで書き込むと文を消さなければ書き込みができなくなり消す事にも魔力を使うし、魔力的な力のないただの石に゛ダイヤモンド並の硬度がある゛と記入しても、石が適応出来ずに石か崩壊してしまうということだ。
まあ、小難しい説明はここまでにしよう。
「にしても本当に便利だな情報魔法。」
[情報魔法]の汎用性はすごいわ。
コーラのボトルに゛書き換え゛で゛3℃に冷えている゛の一文を追加すればずっと冷えているし、こうしてマップで誰が近づいてきているのかも分かるのだから。
「よう。こんな時間に何か用か?」
「来ちゃった///」
「キモいわ。美少女になって出直して来い。」
扉を開けば琢磨が立っていた。
頬を赤く染めて俯き加減にしてこちらを見ている。
野郎のそんな顔需要ねえんだよ。
「うわ酷い。お前の為に来てやったのに。
てか何で俺が来るって分かったんだよ。」
「魔法だよ。便利なんだこれが。
まぁ、それは置いといて入れよ。」
琢磨を中へと招き入れ、椅子に座らせると俺もベッドに座る。
「で、何の用?」
「いやね、俺のスキルって[気配遮断]とか[気配感知]とか、斥候とか潜入向きじゃん?
だから夜に部屋抜け出して城内を探索してたんだよ。」
召喚初日に見ていたが、改めて琢磨のステータスをスキャンしてみる。
ステータスは異世界人らしく高め、だが特筆すべきなのはスキルの方だ。
エフェクトスキルの[窃盗の心得]、[気配遮断]、[気配感知]、[夜目]、[遠目]、[鑑定眼]、[透化]、[聞き耳]、技能スキルの[暗殺術Lv10]、[歩法Lv7]、耐性スキルの[毒耐性]、[麻痺耐性]、[精神攻撃耐性]と、明らかに斥候、潜入向きだ。
「誰か殺すつもりだったの?」
「そんな事しねぇよ、誰殺すんだよ。腹黒王女か?そうかその手があったか。」
「納得すんなよ、面倒事起こすなよ。」
コイツ一瞬目がマジだったぞ。
「まあ、それはいつかやりたい事リストに載せておいて。」
「いつかやるのか。」
「やるよ。
でな?その腹黒王女の執務室の前に行ったらさ、団長と魔法訓練の指導役の声が聞こえてきたんだよ。
その内容がさ、今度の遠征最終日に椛のLv上限:1が取れなかったら事故に見せかけて殺してスキルだけ抜き取るんだってさ。笑っちゃうよな。」
「マジかよ、笑えねぇな。」
コイツさらっととんでもない事言いやがったな。
「あー、めんどくさい。
逃げるか?てかそれしかないか。」
「お?今から抜け出す?手伝うぜ?」
「いや、今からだと追っ手を掛けられるかもしれない。
逃げ出すなら…遠征の最中に魔物に襲われて死んだように見せかけるのが一番かな。
けど、その後どうすっかなぁ。」
「そんな君にこれを上げよう!」
投げ渡されたのは手の平サイズの巾着袋。
一見すればただの袋に見える。
「何これ?」
「アイテムボックス。異世界転移でおなじみのチートアイテムだよ。
城の倉庫から盗んできた。」
「うわぁお。」
言われて手に持った巾着袋にスキャンを掛ける。
─────
名称:アイテムボックス
概要
見た目のサイズに反して大容量になっている袋。
袋の口より大きな物でも口が大きくなり収納できる。
巾着袋なのにボックスなんだとツッコんではいけない。
効果
・無限収納
・サイズ対応
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「良い物盗んできたな。」
「手を入れてみな。まだいろいろあるから。」
言われて袋に手を入れると頭の中に何が入っているのかが流れ込んできた。
こちらの世界の通貨の金貨、銀貨、銅貨が合計で100万サーズ(こちらの世界の通過単位。1サーズあたり10円分。)、いくつかの宝石に鉄製の武器が大量にある。
「それ全部やるよ。逃げ出してから必要になるでしょ。」
「それはありがたいが、バレないのか?」
「それは大丈夫。奥の方から盗んできたし、倉庫の極々一部でしかないから。
魔道具とかはさすがにバレる可能性が高いから無理だったけどな。」
「いや、これだけでも十分だ。ありがたく頂くよ。」
「おう、持っとけ持っとけ。バレないようには気を付けておけよ?
それじゃ、用も済んだし帰るわ。」
そう言うと琢磨は立ち上がって扉へ向かっていく。
「ああ待て、これやるよ。」
「何?」
今度は俺が琢磨に物を投げ渡す。
コーラの他に持ちこんだ四矢サイダーの一本だ。
こちらはHP回復効果+20が付いている。
「うわ、炭酸飲料投げんなよ!
てか、あれ?冷たくね?」
「魔法の力ってすげーって事で。」
「そうか、納得した。」
「それよりアイテムボックスありがとな。活用させてもらうよ。」
「おう、頑張れよ。
その代わり面白い物語を期待させてもらうからな?主人公?」
最後に意味深な笑みを残して琢磨は部屋から出て行った。
「主人公?何言ってんだアイツ。」
ま、いっか。寝よ。
─────
琢磨が出て行って数分後、再びマップに反応があった。
知り合いの反応なので扉を開くために布団から這い出ると、コンコンコンと三回ノックされる。
「はいはい、今開けまグハッ!?」
扉を開くと同時に腹に強烈な一撃を入れられ床に倒れる。
「何をするだ恵理姉…。」
「イラっとしたからやった。こういうときは大体楓が悪いから反省も後悔もしていない。」
俺何か怒らせるような事したっけ?…あぁ、昼間恵理姉の胸は微妙に膨らんでいる分悲しゴフッ!?
再び腹に蹴りを入れられて悶絶する。女の勘って怖い…。
「お、落ち着いてフロイライン。
取り敢えず中に入って。」
生まれたての子鹿のように震える足で立ち上がり、部屋に招き入れる。
恵理姉が椅子に座ったのを確認すると、俺も四矢サイダーを取ってベッドに倒れこむ。
「で、ご用件はなんでしょう。」
四矢サイダーを飲みながら話を促す。
あー生き返る。実際二発で三分の一に減っていたHPが回復している。
「その、だな…。」
恵理姉が俯いて言い淀む。
「楓に謝罪したいのだ…。」
「何?謝るために殴ったの?」
三発目はクリーンヒット。クリティカル判定だ!
「こ、この一撃は昭和ライダー!」
「謝罪というのは召喚されてから今までの話でな。」「あれ?無視?」
「私は保護者というお前を守らなければならない立場だというのに全く守れていない…。」「その守らないといけない人ここでくたばってるんだけど?」
「すまない。私が力不足なばかりに守るどころか支える事すらできていない。」「気にしないよ?気にしないからこの震えを止めて?」
「気にしないか…楓は優しいな。」「キャッチボールをしよう?言葉のキャッチボールをして?」
「楓うるさい。」「理不尽。」
恵理姉に一睨みされて口を噤む…前にサイダーを飲む。うめぇ、さすがに震えも治まってきた。
「そこで私はどうすれば楓のためになるのか考えたのだ。」
「教師がそこまで一人の生徒に入れ込んで良いのか?」
「教師には成れたから成っただけだ。大切な人を守れるなら他はどうでも良い。」
「さいですか。」
どうして俺の周りの女性ってこうも…なんと言うか、こう…
「いででででで!!いだい、いだい!」
「女性と居るときに他の女の事を考えるのは失礼だぞ。」
「ごめん、ごめんなさいごめんなさい!」
頬を抓って引っ張られ注意される。…あれ?恵理姉の口からこんなセリフが出てくるような甘い雰囲気だったっけ?
「とにかく、私なりに考えはしたのだが…やはりここは異郷の地でこの国に養われている状態。私に出来る事等全く思いつかなかった。
桐崎のように情報収集に向いた能力を持っているわけでもなし、ならば他に情報を集めようにも書庫の本は楓が全て見てしまった後と言うではないか。
この城の人間に話を聞いても必要以上の事は聞き出せない。
なので至った結論は…楓、お前のやりたい事を私が全力でサポートする事だけだと思ったのだ。
というわけで楓、何か私にやってほしい事はないか?」
真剣な目で見つめられ、こちらも姿勢を正して真剣に考える。
やってほしい事…俺が居なくなった後の情報収集だろうか。
遠征の時に俺はここを抜け出すつもりだ。しかし、その後の腹黒の動向も気になる。
異世界からの召喚なんて事をしでかすのだ、企んでいる事もそれなりの規模になるだろう。抜け出した後の俺の生活に影響を及ぼす可能性がある。
情報収集も琢磨一人では限界があるし、恵理姉にはサポートに回ってもらおう。
信頼できる彼女にも一緒に付いて来て欲しいが、ここは琢磨と一緒に残ってもらい内部でアーミリオン王国の情報収集をしてもらうか。二人ならばうまくやって暫くしたら抜け出す事も可能な筈だ。
「じゃあ、こういうのはお願いできるかな?」
恵理姉に遠征時に抜け出すつもりである事、内部で情報収集をしてもらいたいという事を説明する。
それを聞いた恵理姉は眉をひそめて難色を示す。
「…私は楓を一人にすると言うのは反対だ。」
「一応この世界の一般人よりかはステータスもあるし、魔法も高性能だ。何とかなるよ。
それに、俺のやりたい事をサポートしてくれるんだろう?」
「それは…そうだが。」
俺の言葉を聞いた恵理姉が口元に手を当て深く考え込む。
一分ほど考え抜いて結論が出たのか恵理姉がこちらを向く。
「分かった。桐崎と共に情報を得ればいいのだな?」
「引き受けてくれるか。」
「その代わり、これを持って行け。」
恵理姉がポケットに手を入れ、手の中に収まる箱型の物を渡してくる。
「ライター?」
「火が使えれば何かと役に立つだろう?」
「ありがとう。大切にするよ。
これお返し。」
恵理姉に礼を告げライターを懐にしまいお返しにユガ・コーラを一本渡す。
「ユガ・コーラか。大事に飲ませてもらう。
では、私はこれで戻る。
…分かってはいると思うが、城に居る間も油断しないようにな。」
「おう、忠告ありがとうな。
恵理姉も気をつけてな。」
「分かっているさ。では、おやすみ楓。」
「おやすみ恵理姉。」
恵理姉には心配を掛けてしまっていたみたいだな。
これからは胸が小さいとか考えないように…!?
「また失礼な事を考えたな楓!」
廊下の奥から急速で戻ってきた恵理姉の強烈なストレートで俺の意識は吹き飛んだ。
楓「コーラ吐きそう…」