実際に目覚めて最初に知らない天井か否かを判断できる人がどれだけいるのか
「そもそも天井すらねぇ。」
目が覚めて最初に写った光景は、青い空と豊かな緑。
俺にかの名台詞を言う資格はないというのか。
「取り敢えず状況把握しな、痛ぇ!?」
水に飛び込んだ辺りからの記憶が無いので、周囲の状況把握をしようと起き上がると、腹部に激痛を感じた。
そうだ。あの杖で腹を刺したのだ。装飾は複雑なデザインだったので抜いた時にかなり抉れた筈だ。
そう思い手を当ててみると、最後に着ていたワイシャツとは別の感触がする。
首だけで腹を見れば、上半身は服を脱がされて治療が施してあり、包帯が巻いてある。
改めて周りの様子を見れば、俺のいる場所には毛布が敷いてあり、少し離れた場所には焚き火がある。
俺の持ち物は毛布の上に槍と剣。それと魔石袋とその中身。王国の人間にバレないよう袋の中に入れてあったアイテムボックスもちゃんとあり、着ていた服もそこに畳んで置いてある。
そして首を確認すれば、俺にとって一番大事な物。あの人からもらったペンダントも掛かっている。
アイテムボックスの中身が漏れた様子もないし、この状況で一番に考えるべき事は俺に治療を施したのが誰であるかだ。
服を着て装備を整えながら、川に飛び込んでからの記憶を思い出そうとする。
まず川に飛び込んだ俺がした事は、腹部の傷を癒す事。
あの根暗の立場を悪くする為に自分の腹を杖で刺した訳だが、思ったより傷が抉れて内心慌てていたのだ。
そういえば根暗は今どうしているだろうか。一応根暗が俺を殺したように演出し、根暗の英雄への道を閉ざしてやろうと思ったが、計画の方はガバガバだったからな。
根暗が俺のほうが先に襲い掛かって来たとでも言えば、正当防衛で済まされる可能性が高いだろう。
何せ俺と根暗のやり取りは誰も見ていないし、良くて仲間を殺した事実で勇者一行から孤立するくらいか。
琢磨と恵理姉、副団長辺りは俺の正当性を訴えてくれるかな。まあ、それだけでも十分だろう。根暗は仲間殺しの汚点を背負って生きていく事になるのだから。
今一番考えるべきなのは川での俺の記憶を思い出すこと。根暗はどうでもいいから頭の隅に置いておこう。
たしか、腹の傷を癒そうとして四ツ矢サイダーHPポーションを飲んで…そうだ。確かにポーションは飲めたし、減ったHPも回復していた。スキャンをしてステータスを確認したから確実だ。
しかし問題は腹の傷は治らなかった事。抉れた傷口からはどくどくと血が吹き出ており、回復したHPも急激に減っていっている。かなり焦った。
川の流れは激しいし、手から力がどんどん抜けていく。そのまま少しずつ意識が遠退いて行って…背後から衝撃を受けて俺は意識を手放した。
うん。駄目だ。
今のこの状況に至った経緯が全く分からない。唯一の手がかりといえるのは背後からの衝撃だけか。
けどそれと同じくらい大事な事がもう一つある。俺特性HPポーションは傷を治せないという事。
実際のところHPは回復していて、傷が治っていない。ここから考えられる答えは…文字通りHPの回復だけしかしてくれないという事か。
王国の本によればポーションは傷を癒したり、魔力を回復したり、様々な効果があるという。
つまり、この世界の一般的な回復ポーションは傷を癒し、HPを回復してくれるらしい。名称も゛回復ポーション゛。
それに対して、俺特性ポーションは゛HPポーション゛。HP回復効果+20によってステータス上のHPは回復してはくれるが、実際の傷は回復してくれないのだろう。
となると俺特性MPポーションが何故魔力も回復させたのか、という疑問も生じるが…゛書き換え゛を行ったときに込められた魔力によって回復したと考えるべきか。
まあ、今は深く考えている場合じゃない。とりあえず、周辺の探索に出てみるか?
そんな風に考えていると、近くの茂みからガサガサと音がする。
慌てて槍を構え、その方向に向き直る。
腹は痛いし、血が足りなくて体がだるい。そのせいもあってか注意力が散漫になっていたようだ。
マップを見ることも忘れて何かの接近に気付けなかった。
といっても後の祭り。今は目の前の問題を対処しよう。
音のする茂みに最大限の警戒をし…こちらに向けられる感情を感じる。これは…。
すると茂みから音を立てていた犯人が姿を現した。
まず見えたのはつぶらな瞳。そして丸みを帯びた耳と大きな口。茶色い毛に覆われた顔。
つまり、熊だ。
「あら?起きてたの?おはよう。」
「えーっと。ここは突然現れた熊に驚いて、俺が甲高い悲鳴を上げれば良いのかな?」
「あんまり大きな声を出して遠くの魔物が寄ってきても面倒だから、小さめでお願いしたいわ。」
「分かった。すー…キャアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!(小さめ)」
「何処から出てくるのそんな声!?」
俺の渾身の女声に驚きの声を上げる。見事だろう。女性の悲鳴のモノマネは得意なんだ。
───
「で、まずは礼を言おうか。ありがとう。この傷の手当をしてくれたのはあんただろう?」
俺は焚き火の近くに座って先ほど現れた熊───を焼いて食べながら会話をする。
やっぱ焼いただけだと物足りねえな。もっと風味が欲しい。それか、なんか辛い物でもないか。
「ええ。大変だったのよ?傷口は酷く抉れているし、水の中だから血は止め処なく溢れていたし。
私が聖魔法を使えなかったら、鷺沢君死んでたわよ?」
会話の相手は王国騎士団副団長ファレナ・ジークフリート。
彼女が俺に付いて来ていたのは想定外だった。俺の考えだと根暗の糾弾をしてもらいたかったのだが。
しかし、副団長がいなければ俺はあのまま本当に死んでいた。彼女は俺を川から救出した後、ここで拠点を作り彼女の特殊魔法[防御魔法]の結界、゛サンクチュアリ・ガード゛を使用して安全確保をし、周りの魔物を掃討してくれていたらしい。ちなみに俺の下の毛布は副団長に支給される少容量アイテムボックスというのにしまってあったらしい。
何から何まで、副団長に感謝しないといけない。
「ああ。本当に感謝している。まだ血が足りてないから、この熊肉を存分に食べさせてもらうよ。」
「あまり無理しちゃ駄目よ鷺沢君。私、回復系統の魔法はそれほど得意というわけでもないから、少しずつ治していかないと。それにお腹の怪我なんだし、ゆっくりと。ね?」
「おっと、それもそうか。忠告感謝する。」
今の俺は本当に食べすぎで内臓破裂を起こす可能性もある。ゆっくり少しずつ食べていこう。
「それはそうと、副団長は何でここに?休憩地点に残った筈じゃ?」
彼女とは目配せをして残ってもらった筈だ。マップにも写っていなかったし、彼女がここにいることが不思議である。
「貴方が心配だったから、後を付けさせて貰ったの。
何で気付かなかったのかって顔してるわね。私は貴方達が休憩地点を出てから5分してから、地面に残った痕跡を辿って来たの。
でもビックリしたわよ!追いついたと思ったら血だらけの鷺沢君が川に飛び込んでいくんだもの。あの時はすごく焦ったわ。」
そうなると俺たちはもうあの川岸に着いていた頃か。
そりゃあマップに表示されないわけだ。
「心配掛けさせたみたいだな。すまない。」
「良いのよ。今こうして無事で居てくれるなら。
さ、それよりお肉食べましょう。焦らずゆっくりね。」
ともかく、副団長が居てくれるなら魔物に食い殺される心配は無いだろう。
そう思いつつ彼女に促されるままに熊肉を食べた。
(0∀0)「実は黒川が殺人犯にされる程上手く行くとは思ってなかった楓君。」




