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彼女との約束

「明日から竜姉が居ない生活かぁ。寂しくなるなぁ。」


夕暮れ時。二人きりの部屋で明日には留学で海外へ発つ彼女と会話する。


「私も大好きな楓に会えないのが寂しいよ。」


「嬉しい事言ってくれるね。」


「事実だからね。好きな人に好きと伝えるのは、呼吸するのと同じくらい自然な事さ。」


「自分の気持ちを呼吸をするくらい自然に伝えられるのは、竜姉くらいだと思うけどね。」


苦笑いしつつお茶を飲む。美味い。伯母さん良い茶葉使ってくれたな。お礼言わないと。


「竜姉。」


「何かな?」


首に掛けていたペンダントを外して彼女に差し出す。


「これ、一緒に連れて行ってくれないかな。お守りにさ。」


「これは…。」


渡したのはチェーンの先に竜を模したペンダントトップの付いた物。小さい頃から肌身離さず身に着けていた物。


女性が着けるデザインではないが、他に渡せる物等持っていない。

かといって、買った物では意味がない。


「いいのか?君の父の形見なのに。大切なものだろう?」


「大切なものだからこそ、持って行ってもらいたいんだ。親父が俺達を守ってくれたように、コイツが竜姉を守ってくれるように、さ。


俺よりはるかに強い竜姉を守るってのも何か変だけどさ。」


格闘術も、剣術も、一番得意な槍術も。何で勝負をしても圧倒的大差で負ける。

経験を積めば勝てると思い努力しても、男女の体格差を生かそうとしても、結局今日まで勝利する事は出来なかった。


そんな彼女を守りたいなんて思うのは、おこがましいかもしれないけれど、世の中何が起こるかわからない。だから少しでも彼女の傍に居たい。そんな思いを込めてこのペンダントを渡すのだ。


「そうか。そういう事なら素直に受け取るよ。愛する恋人からのプレゼントだしね。」


竜姉からの言葉に、照れ隠しの為に顔を逸らす。


頬が熱を帯びるのが分かる。きっと今の俺は顔中赤くしていることだろう。


「ならば私からもお返しをしないといけないね。」


「お返し?」


そう言って彼女は首の後ろに手を回し、俺の渡したペンダントを着けると、首に下げていた俺が渡した物とは別のペンダントを外した。


その際、胸の谷間を強調していたペンダントトップが出てくるのを見て、慌てて目を逸らす。

そーっと彼女の方に視線を向ければニヤ付いた顔で笑っている。


「彼氏なのだから、見ても良いんだよ?」


「童貞楓君は初心なのでそんな事は出来ません!」


その答えに竜姉はクスクスと笑う。


一頻り笑い終えた彼女は、俺の後ろに回ると外したペンダントを俺の首に掛ける。


「君が来る前の年に父と母から送られたものなんだ。お守りにしてほしい。」


これは彼女が常に身に着けていたものだ。綺麗な桜を模したペンダントトップが付いている。

…生暖かい。そりゃそうだ。彼女が直前まで身に着けていたんだ。


変な事を考えないように煩悩を振り切ろうとしていると、突然後ろから抱きつかれる。

女性特有の膨らみを背中で感じ、少し心臓の鼓動が早くなる。


「私だと思って大事にして欲しいな。」


「します。絶対失くしません。」


耳元で囁かれ、彼女の熱を帯びた吐息が当たる。ぞくぞくとした感覚が背中に生じ、思わず敬語で返事をする。


「ふふっ。可愛いなぁ楓は…。」


竜姉は後ろから抱きつく体勢から俺の隣に座り、肩に頭を乗せられる。先ほどまでの艶やかな雰囲気は霧散し、脱力しきった様子でこちらに体重を預けている。


沈黙が降りる。だが、けして居心地の悪いものではなく、むしろ心地良いと感じる


彼女の熱、香りを感じ、そして一緒に居るだけでとても安心した気持ちになる。


…やっぱり俺には彼女が必要なんだ。たとえ、俺が彼女の隣に立って居られる人間でないとしても。


「…竜姉…いや、桜井(さくらい) 竜希(たつき)さん」


「…何だい?」


姿勢を整え、彼女に向き直る。彼女も俺の雰囲気を感じ取ってくれたのか、真剣な表情でこちらを見る。


これから言う言葉を考えると、先ほどの比にならないほど鼓動が早くなり、喉が乾く。けど、言わないといけない。


「竜希さんが留学から帰ってきたら、俺と結婚していただけませんか?」


「!…随分と急だね。」


「まだ中学のガキが何言ってるんだって思うかもしれません。実際俺もそう思います。

知らない事は山ほどあるし、至らない点も多く有ります。


けど、俺は貴女が居ないと…違う、貴女が欲しい。一緒に居て欲しい。俺だけのものにしたいんだ!」


真っ直ぐに瞳を見つめ、返答を待つ。

数分の沈黙の後、彼女は口を開いた。


「…そこまで真剣に考えてくれていたんだね。私はとても嬉しいよ。」


「…それじゃあ!」


「鷺沢 楓さん。不束者ですが、よろしくお願いします。」


「………!よっしゃあぁぁ!」


竜姉の返答に思わずガッツポーズをして叫ぶ。


「ただし、一つ条件がある。」


その一言で動きが止まる。なんだ、何を言われるんだ。

冷たい汗が額を流れ、緊張しつつ次の言葉を待つ。


「その、条件、とは?」


「私だけでなく、もっと多くの女を養えるだけの甲斐性を持つ男になれ。」


「甲斐性…というと?」


どういう事だ?言葉の意味をそのまま取るならば女を囲めと言っている事になる。


「そのままの意味だよ。端的に言えば、ハーレムを作れって事だよ。」


「…はぁ!?何言ってんの竜姉!?彼氏に浮気推奨ですか!?」


「彼氏じゃない。もう将来の夫だよ。それに浮気じゃなくってハーレムだよ。

まあ、正妻と側室みたいなものさ。」


「そういう問題じゃないでしょう!?」


この人の破天荒ぶりにはなれたつもりだったが、こんな事まで言い出すとは思わなかった。俺もまだまだ甘かったらしい。


「そういう問題さ。私は思うんだ。君のような人間を私が独り占めなんてして良いのかって。」


「独り占め?」


「そう独り占め。


君は多くの人を惹きつけ、そして導く力を持つ人間だ。そんな君を私だけで独占して良いわけがない。だから君にはハーレムを築いてもらいたい。」


「人を惹きつけるって…竜姉、俺にはそんな力無いよ。」


むしろ竜姉の方がその力を持っていると言える。


頭脳明晰、運動神経抜群、美人でスタイルも良く人望も厚い。さらに彼女の家は桜井コンツェルンと言う富豪。それなんてエロゲ?なんて聞きたくなるような完璧超人なのだ。


しかもヤクザの事務所解体とかやらかす人だし…。


「いいや、私が言うのだから間違いない。君にはその力がある。」


「無いよ。俺は何の才能も無い凡人だ。今でも竜姉と俺が釣り合っていないと思っているくらいだ。」


「君が私に釣り合わない?そんな事はないさ!むしろ時々私が君に釣り合っているのか不安になるくらいだよ。現に君は彼や彼女に…いや、これは置いておこう。


とにかく、楓は私だけに納まるような器じゃない。」


「そんな事はないって…。」


竜姉は俺を過大評価している節がある。俺はそんな器じゃないってのに。


「納得いかないみたいだね。じゃあ、こう考えてみよう。


君は私の隣に立つだけの器があると証明する為に、ハーレムを築くだけの力があると示してほしい。

楓の思う桜井 竜希は、釣り合わない人間が隣に居て良い人間なのかい?


釣り合わないと言うなら自分を磨いて釣り合うように努力するべきだろう?」


「む…努力すべきだと言うのは一理ある。」


確かに、彼女が隣に居てくれるから自分を磨く事を止めて良いというわけでもない。

けど、その方法としてハーレムを築くってのは…。


「女性を自分の為だけに道具として扱う何て嫌だ。」


「それはそうさ。私だって楓が女を道具として見ているなんて嫌だよ。

だから、君は愛を持ってハーレムを築いて欲しいんだ。」


「無茶苦茶な事を言うね。」


「でも、出来ない事ではないよ。

今まで私が言って君が出来なかった事があるかい?」


「そりゃ無かったけどさ。」


竜姉は出来る無茶はさせるけど、出来ない無茶はやらせない人だ。


「はぁ…分かりました。納得いかないけど、俺にできる最大限の努力をしますよ。」


「うん。それで良し。何、君なら出来るさ。法律とかそこらへんは…まぁ後で考えれば良いさっと!」


「へぁ!?」


竜姉に押し倒され覆いかぶさるように乗られる。突然の事に驚いて変な声が出る。


「そう決まったなら早速ヤろうか。」


「や、やるって何をですかね…?」


「もう。分かっているだろう?ハーレムを築く男がいつまでも童貞じゃ説得力が無いからね。」


竜姉は妖艶な笑みを浮かべて顔を近づけてくる。


「セックスだよ。セックス。」


「ちょっと待って!まだ心の準備がんん──!」


口を塞がれ、何も言えなくなる。

そのまま俺はろくな抵抗もできずに美味しく頂かれてしまった。


───


次の日、彼女は飛行機で旅立っていった。


「行ってらっしゃい。」

「行ってきます。」


そんな何気ない会話が彼女と交わした最後の会話になると知らずに。

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