家族と私と洗濯物
最近とてもいい天気。
私の目の前には、家族の洗濯物が行儀よく並んでいる。
時折吹く風にひらひらと揺れながら、太陽にまんべんなく照らされて、午後にはパリパリとよく乾くだろう。主婦として私にできる事は、家族が気持ちよく生活できるようにサポートすることだと思う。
夫の智之は、二歳年上で私の幼馴染だった。
子供のころから家族ぐるみの付き合いで、どちらの家族にも「将来はお嫁さんに」と言われて育った。そのせいか、大きくなるにつれ、私たちの関係は自然と恋人というものに変わっていった。
私が大学を卒業するその日、校門まで迎えに来てくれた智之にプロポーズをされた。
智之が小さな箱を私に向けて開き「そろそろ家族に……」って、そんな色気もない言葉だったけれど、とても嬉しかった。
それからすぐ、私のお腹には、最愛の娘「ちか」が宿っていることがわかった。
つわりの時期は本当につらかったけど、色々な人が助けてくれた。
「パパがいてくれて良かった」
そう電話越しに話した時、智之はどんな表情をしてただろうか。
物思いにふけっていたら、ぎいっ、と物干し竿が鳴る。
今日はいつもより沢山干したから、重量オーバーなのだろうか。
ふいにスーツ姿の智之がくるりとこちらを向く。
ネクタイがそよそよと風になびいて、渇くことのない不快な臭いも爽やかに感じる。
その隣には、ちかが並ぶ。
智之に甘えているみたいで、家族っていいなあとしみじみ感じる。
そんなことを思っていたら、少しうるさい隣のおばさんが「生ごみはちゃんと処理するように!」なんて怒りながら庭に入ってくる。
不法侵入で訴えようか、なんて思ったけれど、私は干してあったスポーツタオルをするりと抜き取ると、立ちすくんだまま汗をかいているおばさんにかけてあげた。
今日は、汗ばむくらいに、良い天気だ。
ぎいっ、ぎいっ……。
少し高かったけれど、物干し竿は丈夫なものを選んで正解だったと思う。
安いものを買って、すぐに壊してしまっては節約にならないから。
ぎいっ、ぎいっ、ぎいっ。
今日は少し風が強いみたいだ。
私は今朝、智之の「いってきます」の後、「ネクタイが曲がってるから」と絞めなおした。智之に手を伸ばしたちかが、その手を振り払われ泣いている姿をみた時に、もうダメなのだと気づいたから。
智之が、背筋をのばして揺れる。
あの時、ちかの泣く声が耳に響いた。
どこで家族は壊れたのかな。
ちかは、私の最愛の娘。けれど智之の娘ではない。それに気づかないでいてくれたら、私は妻であり母でいられたのに。
あの日の電話を、智之が聞かなければ、こんなことにはならなかったのに。
ちかの血液型が、私と智之から出る可能性のあるものだったら良かったのに。
そして今朝、智之が「離婚届を取りにいく」だなんて、言わなければ良かったのに。
智之が揺れる。
ちかも、揺れる。
うるさいおばさんも、今は静かに揺れている。
今日は洗濯物が多い。
あと一つ干せば終わるのに。
ぎいっ、ぎいっ、ぎいっ、ぎぎいっ……。
物干し竿が、また、鳴った。
後味の悪いものを書いてみたくなりました。