4話 風来の料理人 重箱つつく
風来の料理人、重箱 つつく(ジュウバコ ツツク)。
伝説の包丁と、この世界のどこかにあるという『神の台所』を求めて旅する女料理人だ。
『神の台所』とは、料理に関するあらゆる食材と技術、道具が集うとされる、まさに『食のユートピア』。料理人にとっての夢舞台である。
伝説の料理人『ジン・スクイーズ』の著書『世界料理』の中で紹介されているものの、実際に足を踏み入れた者はこの五百年間、誰もいない。
故に半ば伝説とされ、現在ではおとぎ話の世界のガセネタだと笑う者も少なくない。
だがつつくは信じている。いつか伝説の包丁を手に入れ、『神の台所』へ到達することを。
「ワシは絶対見つけたる!そんで、この手で!世界最高の料理を作ったるんやぁ!!」
「ーーおい。」
「おいーーー!!帰ってこい!」
つつくの耳元で善蔵が叫んだ。
「なんやワレ!!やかましのー!」
「手伝えっての!」
森の奥深く。はるか頭上まで伸びる木々に覆われ、所々に射し込む薄暗い明かりのなか、善蔵とつつくは背中合わせに立っている。
少し開けた地形になっているが、ふたりの周りをぐるりと囲むのは、狼の群れ。その数およそ20。
一定の距離を取りふたりを囲みながらぐるぐると回っている。
たまに一匹、また一匹と飛びかかるが、善蔵の持つ金属バットで撃退されている。
退けてはいるが、数を減らすには至らない。
故にしばらくこの状態が続いていた。
だが襲い来る狼たちを撃退しているのは善蔵のみである。つつくはその手に長さ2メートルほどの刃渡りを持つ包丁を握ってはいるが、動こうとはしなかった。
故に先程の善蔵の言葉である。
「お前さー、その御大層な武器は飾りかよ!?」
飛びかかる狼を金属バットで打ち返しながら叫ぶ。
「アホか!これは武器とちゃう!包丁や!」
「何でもいいけど、お前も手伝えっての、、流石に俺も疲れてきたわ、、」
「包丁は武器に非ず、その糧を斬るためのもの。や!!知らんのか」
「知らんわ!」
二人が騒いでいるところから少し離れた位置に狼たちを率いる人物らしき姿が見える。
身の丈は3メートルはあるかという大男だ。フード付きのマントを纏い、身体の前に組まれた腕は筋肉が逞しい。同様に全身も逞しいことは安易に窺える体格をしている。フードを深くかぶっているせいで表情はわからないが、ちらりと覗く口元には笑みと共に鋭い歯があった。
つつくも善蔵もその存在には気づいているものの、狼たちの連携により、近づくことができないでいる。
大男は二人にも聞こえるような声で話しはじめた。
「なんか膠着状態ってやつなのか?いま。
一斉に飛びかかれば詰みそうなんだが」
善蔵はチッ、と舌打ちをした。
大男は続ける。
「昔話でよー、『注文の多い定食屋』ってのがあったよなあー。知ってる?」
つつくの瞳が少し大きくなったのを善蔵は見逃さなかった。そして少しイラッとする。
「知らねーよ!」
「そっちの料理人はもちろん知ってるよな。知らねーわけねーよな」
うんうん。とつつくが頷く。
善蔵はさらにイラッとした。
大男は無視するように話し続けた。
「森に迷い込んだ二人の狩人が、見つけたとある館が『注文の多い定食屋』だった。
空腹だった二人は喜んでその扉を開き、中へと入るが、その中で色々と注文をつけられるのは客であるはずの自分達、、
何かがおかしいと感じながらも指示に従う二人はやがて裸にされ、身体にボディクリームを塗るように指示される。全身、くまなく。」
ぐるぐる回るだけになった狼たちに注意を払いながら、善蔵がつつくに向けて小声で言った。
「なあ、その包丁とやらを俺に貸せよ。全部ぶった斬ってやる」
「アカン。包丁は料理人の命や。おいそれと貸せるか。それに斬るのは食べる為にだけや。人を斬るなど言語道断。お得意の謎道具を使えばええやろ」
「俺のはもう品切れなんだよ!めんどくせーなお前!あいつも!」
小声で言い合うふたり。
「そのボディクリームは、甘くてしょっぱくて、バターの風味もしっかりとしていて。
俺ぁ、この話を聞く度に涎を垂らしたもんだ。どんな味なんだろうか、、ってな。」
「そして作ったのがこれだ!くらいやがれ!!」
叫びながら大男は二人に向かって何かを投げつけた。白っぽい塊だ。
善蔵は反射的に金属バットでそれを打ち返そうとした。
が、無駄だった。
まさにバターのようなその物体は金属バットにまとわりつき、さらに飛び散り二人の身体にも付着した。
打ち返さずにかわすべきだったなと後悔していると、
「かわすべきやったの」
と、つつくがかぶせてきて、さらに善蔵をイラつかせた。
気をとられているうちに二個、三個とさらに飛んできた物体を避けきれず、膝や腕、肩のあたりを汚した。
「これは、、熱ィ!!」
「俺の考えた『注文の多い定食屋』のボディクリームだ!
対象に下味を付けつつ、さらに肉を柔らかくする。どうだ?じわじわと肉を溶かされるのは?」
「違う!!!」
唐突に叫んだのはつつくだった。そして続ける。
「これが『注文の多い定食屋』のボディクリームやと?肉を柔らかく?全然違うな!
まず塩と砂糖の割合から違う。甘さが全然足らん。
そんでこの油脂。質の悪いバター、いや、バターですらない油分。代用バターのさらにランクの低いやつやな。チンケな香りですぐにわかる。そんでな、、」
つつくの弁は熱を帯び、手が腰に差した包丁から離れたのを善蔵は見逃さなかった。
身振り手振りで説明を続けるつつく。
「ーーー肉を柔らかくするのに、こない激しく溶かしてどうするんや!使うんやったら、例えばそう、フルーツとかをやな、、」
「いや、そこはその、相手を仕留める意味も兼ねて、、」
大男もつつくの勢いに、なぜか言い訳っぽい返事を返す。
「なるほど、合理性か。せやけどな、考えてみろや。
その身を溶かすほどに攻撃的な味付けをされた肉が果たしてうまいか?どないやねん!!」
「いや、、うまくはないかな、、」
「聞こえへんがな!!」
「おいしくないと思います!!」
「そうやろうが!」
なんだこの説教タイム、、めんどくせえ。
善蔵はそんなことを考えながらしゃがみこみ、靴についているスイッチを押した。
善蔵の作った謎道具のひとつ『ブーストダッシューズ』の加速装置の起動スイッチだ。
約三秒後に靴の裏から圧縮した空気を排出し、瞬間的にだが高速移動を可能にする。
先程善蔵が言った「品切れ」は、攻撃や防御に使える謎道具に関してのことだったのだ。
しかしこの靴を使ってしまえば本当の意味で品切れだ。
起動まであと一秒。
靴が空気を取り込み圧縮をかける。
善蔵はつつくの腰から包丁を奪った。
「あっ!」
つつくが気づいた瞬間。
「加速装置」
爆発的な加速で前方に飛び出す善蔵。その手にはつつくの包丁が握られている。
真っ直ぐ目指すは大男。
一秒とかからずその距離を詰め、包丁による横斬りは大男の胴を捉えた。
善蔵は包丁を振り切った体勢のまま着地した。
「くそ、油断した、、ボディクリームの説教に気をとられ、、バハッ」
大男は身体を真っ二つに分けられ、地面に伏した。
「ワレー!やってくれたのうー!!」
叫びながらつつくは善蔵に走り寄る。
周りにいた狼たちはリーダーが倒されたことを悟り、バラバラと森の奥へと消えていった。
「ワシの!命の!包ちょ」「それよりこの気持ち悪いヌルヌルをはやくなんとかしてくれよ。熱いんだけど。溶けてんだけど。俺の肌が。
お前のことだから中和できるもん何か持ってんだろ」
「当たり前や!おそらくシルミル酸の化合物やから、このローヤルはちみつを塗ればすぐに中和、、てアホか!なんでワレの為に貴重なローヤルはちみ」「包丁いらんのか?」
「はよ返さんかい、アホ!」
つつくは善蔵からひったくるように包丁を奪い、代わりに小瓶を投げてよこした。
黄金色に透けて粘度のある液体が入っている。
ローヤルはちみつだ。
南島にしか生息していない南ローヤルバチという希少種が造り出す特産品のひとつである。
その黄金色の美しさとコクのある甘味から、『南島の黄金』とも言われている。
主に高級レストランや、金持ちセレブのキッチンにあったりもする。
ちなみにその美しさや甘味だけでなく、別の理由からも採取の難しい希少品である。
「許したわけやないからな!
ワシの包丁を汚しよってからに!」
包丁に付着した血糊を拭きながらつつくは言った。
無視しながら善蔵は小瓶からローヤルはちみつを手のひらにだすと、身体に付着したヌルヌルの部分に塗り、中和していく。
身体を溶かす熱さがみるみる引いていくのを感じた。
だがローヤルはちみつは甘い。身体に塗れば当然ベタベタになる。
中和はしたが、ヌルヌルがベタベタに変わっただけで気持ち悪さは変わらなかった。
つつくはすでに自分の身体には塗り終えたようだった。
森の中でふたりは全身のベタベタを、帰路にある小川まで我慢して歩かなければならなかった。
「あー、甘いなあ、、」
善蔵の呟きは誰にも聞こえなかった。
つづく