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三匹迷宮物語  作者: 九十
十五夜会議
98/182

其の十二

 残酷な表現あり。

 懐かしい夢を見た。まだ、タロウがこの世界の主人公は自分だと疑っていなかった頃の夢。覚めれば、否応なく失ったもののことを突きつけられる、見る度に心を引き裂かれる夢。


「…どこだ、ここ」

「起きたか。結構長く眠っていたみたいだな」

 手触りのよい絨毯の上に、タロウは寝転がっていた。そばには神具と、油断無く警戒を行うキュウスケの姿。

「これは…」

「転移罠に巻き込まれたみてえだな。しっかし、水晶に反応しなかったのになんでいきなり起動したのかね」

 疑問をつらねるキュウスケの言葉を聞きながら、起き上がってぐるりと首を巡らせる。石造りの部屋であることはわかった。先程までいた迷宮とよく似ているが、白っぽい石へと変化している。

「他のやつらは?」

「全員無事だ。今出口がないか探してるよ」

 なんせ入り口も出口も見当たらなくてね、とキュウスケが続ける。その後ろ、赤い羽織の目立つゴーシュが、コウイチとビルを伴ってこちらに歩いてくるのが見えた。

「お、なんか見つかったかい?」

「いや、どこまでいってもずっと同じ空間が広がっているだけでござるな」

 首を横に振って、ゴーシュが成果の無いことを告げ、ビルがお手上げだ、と肩をすくめる。

「よう、おはようさん。体調はどうだ?」

 コウイチの問いかけに、タロウは立ち上がって握りこぶしを作ったり、足を回したりとあちこちの動きを確認する。

「どこも異常はないな。ステータス」

 ついでにステータスを表示させて、タロウはぎょっとしたが、表情に出さないよう気を付けた。


【Nameタロウ(三膳太郎) Lv14 Age16 skil:経験累積 怠惰の神の加護 HP99/99 MP 50/99 STR31 INT21 AGL5 LUC1】


 魔力がごっそり抜けている。やはり、あのとき魔法陣に持っていかれたらしい。竜族であるセイラが膝をついていたことからも、大量の魔力が転移罠に用いられてしまったようだ。


「そうかい、やっぱその魔道具のおかげかね」

 ビルがタロウの敷いている絨毯を指差してキュウスケに尋ねる。キュウスケはそりゃあ効果が無かったら困る、とけらけらと笑った。

「魔道具?」

「おう。治癒魔法には劣るが、生命力や魔力を早めに回復してくれる。多少の怪我なら血を止めてくれるし、毒の回りも遅くなる」

 親父から譲ってもらったのさ、と事も無げに言って、キュウスケは絨毯をくるりと丸める。絨毯は丸められると三十センチほどの筒状に変化した。

「ありがとう。助かったよ」

「なに、あんたがおねんねしたまんまだと俺等がしんじまいかねねえからな。さ、キリキリ働いてくれよ、タンク殿」

「了解。にしても、入り口も出口もないのか?」

 ゴーシュたちに向かって尋ねると、困惑した様子で答えが返ってきた。

「うむ。ついさっきまでは、な」

「?」

「後ろ見てみろ、タロウ」

 ビルの言葉に後ろを振り向き、絶句する。

「なんで階段ができてるんですか…」

 ちょうどタロウの真後ろに、下りの階段が口を開けていた。


「なあ、これってずっと続いている訳じゃねえよな?」

 一列になって階段を下る途中、一向にどこにも着かないことを危惧したのか、ビルが不安そうに話しかける。

「さあな。突然どっかに飛ばされる可能性もあるっちゃあるけどよ」

 先頭を罠を確認しながら歩くキュウスケがそっけなく答え、こつこつと棒のようなもので壁を叩いている。

「まあ、タロウが目覚めるまで待ってくれるような親切な迷宮でござるからな。もうそういうことは無いのでは?」

「それはちょっと、メタ過ぎるんじゃ」

 ゴーシュの言葉に苦笑いしながらタロウが突っ込むと、キュウスケが不意に足を止めた。

「ここ、部屋があるな」

 丸いわっかの取っ手が、タロウたちにも見えた。なるべく距離をとるように、と言ったキュウスケが輪に手をかけ、ゆっくりと引いていく。いくつか物を投げ込んで、反応がないことを確かめたキュウスケが慎重に足を進めた。


「いいぜ、入ってきてくれ」

 転移罠にかかったのがよほどショックだったのだろう。十分ほど時間をかけて室内を探索したキュウスケから許可が出て、タロウ達は室内に足を踏み入れる。

「なんだこれ」

「鍵穴ばっかだな」

 見てるだけで頭がいてえ、とコウイチがげんなりするほど、その部屋には無数に空いた鍵穴と、鍵のかかった小箱が散らばっていた。鍵穴のある壁は、いくつもの細い板が互い違いに組み合わさって、箱根の寄せ木細工のような模様になっている。

「どうも、高位の迷宮らしいぜ」

 へへっと笑ったキュウスケが、ちょっとばかり髭を擦って、面白そうだなと呟いた。


「意味がわからん」

 鍵のかかっていた小箱をキュウスケがあっさりと開き、その中にいくつもの鍵が入っているのを見たコウイチはさじを投げた。タロウもそっと手に取ってみたが、まるで違いがわからない。

「まあ、俺に任せな。明運キャンデラ足るもの、鍵と罠に関しちゃ俺以外に解けるもんはいねえさ」

 そう言ったキュウスケははた目には同じに見える鍵の山を、あちこち触ってはより分けていく。

「明運?」

「ああ、遺跡とか建物形の迷宮専門の役職のことだ。昔は魔力灯が高価だったらしくて、蝋燭ろうそくを迷宮に持っていってたらしい。それで、明運キャンデラって呼ぶそうだ」

 じいさんがそう言ってた。とビルが説明してくれる。明かりを迷宮の奥に運ぶもの。明運キャンデラ

「腕の良い明運は、うんはこんでくると言って、大層重宝されたらしい。なんせ迷宮が高位になると複雑な罠が多いし、魔術が使えないような領域もあるんだそうだ。で、そういうときは知恵がいる」

 先を歩く明運が罠を解除し。鍵のかかった部屋を開ける。そして時には自分の身を張ってでも、仲間の命を守るため罠の中に一人踏み込む。

「最近は少なくなっちまったって話だけどな」

 昔は明運を呼んで解除していた扉や金庫の鍵も、最近ではそのものごと壊してしまうか、あるいは便利な道具であっという間に開いてしまう。迷宮においても魔術や神具の普及で、難易度はグッと下がってしまった。

「職人みたいなもんか」

 コウイチが納得したようにうなずいている。この世界特有、迷宮攻略に必要な職業だろう。タロウは、迷宮から出たらキュウスケを誘ってみることを提案しよう、と頭の隅に書き留めておいた。


「よし。たぶんこれで空くはずだ」

 それぞれ鍵と壁に印をつけたキュウスケが、一つ一つ鍵を差し込んでいく。

「うおっ」

 ひとつ目の鍵が差し込まれ、そのままふたつ、みっつと増えていき。ガコン、と板が横にずれていき、次の板がその間に潜り込む。次々とパズルのように動いていったそれらが、最後には一人がぎりぎり通れるくらいの隙間を開けて動きを止めた。

「やるじゃねえか」

「お疲れさん」

「お見事」

「キュウスケさんすごい」

 それぞれに称賛の言葉をかけられ、キュウスケはまんざらでもなさそうに笑っていた。


「で、次はこれか」

 狭いトンネルのような通路を抜けると、今度は石造りの像のある部屋に出た。台座の上にはアシカの石像が乗っている。大きさは三メートルほどだろうか。それを見たゴーシュがポツリと言った。

「あれ絶対動くな…」

「同感です。後衛は下がれ!俺とコウイチが前に出る。キュウスケは可能なら援護を!」

 タロウがそういうと同時。入り口が一瞬で氷に閉ざされ、アシカの石像が端からしなやかさを取り戻して台座から滑り落ちた。

「グルウウウウッアッ!」

 一声鳴いたアシカから放射状に氷の道が延びる。床の一部が凍りついてしまい、気を付けないと転倒するだろう。

「『火の主、生命の灯火。我らが歩みを阻むもの、その者共に焼き払わん』」

 ゴーシュの詠唱によって床の氷が融かされて、それを伝い怪物の元まで炎が延びる。が、再び鳴いたアシカによって、そこにたどり着くまでに氷で炎がおおわれた。

「なんと…」

 ゴーシュが驚いたように目を見張り、次の一手を考え始める。炎は氷の中で少しの間燃え盛り、やがて完全に消えてしまった。


「グオオオオオッ!」

「ぐ、らあっ」

 再び氷の道を敷いて、怪物がタロウに向かって突進してくる。なんとか盾で受け止めるが、相当重い。ぐっと踏ん張った足元で、氷が割れてジャリッと音をたてた。

「グルウウウウ」

 それが低く唸ったあと、タロウの足元から氷柱が立ち上る。足を包むそれに思いきり力をいれて、バキリと割って取り外すことに成功する。

「おらっ!」

 タロウが殴ろうとするとそいつはスッと後ろに滑り、逃げていく。ビルが矢を射かけるも、宙で凍りついて床に落ちた。

「ちっ。ちょっとお利口さん過ぎねえか?」

 やだねえ、とぼやくビルだが、その眼差しは真剣だ。どうやって意識を分散させるか考えているのだろう。

「タロウ。次あいつが来たら、捕まえといてくんねえか?」

 コウイチが提案してくるのにうなずいて、盾を構える。

「グルウウアアッッ!」

 三度鳴いた怪物が、タロウに向かって勢いよく滑り出す。先程より早い。ちらりと氷の道を見ると、表面が少し融けだしていた。摩擦が少なくなって早さが増しているらしい。

「ようこそ、怪物殿」

 間近によって来たそいつを、タロウは盾で押さえ込もうとする。当然逃げようとそいつは進路を変更し。

「待ってたぜ、デカブツ」

 氷の道の先に回り込んでいたコウイチに、切りつけられた。ザシュッと切り裂かれる音がして、怪物の首元からだらだらと血が流れ落ちる。みるみるうちに床に赤が広がっていき、そこから小さなアシカが飛び出してきた。


「うわ。増えた!?」

「こりゃあちょっと面倒くせえな」

「グウウルルルル!」

 床の上一杯に広がった血の海から、小さなアシカが何体も這い出てくる。

「やれやれ、一筋縄じゃいかねえな」

 小さい方をあっさりと矢で貫いて光に変えて。ビルがこちらに指示を出す。

「ちいせえのは俺らに任せて、あんたら二人は大本を絶ってくれ」

「了解」

「承知」

 そうして構え直したところで。あちこちで一斉に怪物たちが飛びかかってきた。

 ゴーシュが焼き払って光となって。ビルの矢に貫かれて床へと落ちる。キュウスケが短刀で切り払ったそいつらが壁にぶつかり光になった。


「グウルルルルッ!」

 滑り寄ってきたそいつを、タロウは渾身の力で盾を使って弾き飛ばす。怪我をして意識が鈍ったのか、グラリとかしいだそいつは首を振ってタロウへと頭突きを食らわそうとする。

「おらあっ!」

 ゴオン、と盾が鳴るほど勢いをつけて殴るが、それほどダメージは無さそうだった。コウイチが勢いよく走ってくるのが視界の端に映る。そいつも見えているだろうに、もう逃げようとはしていなかった。

「グルルルル!」

 走り来るコウイチに体ごと向き直り。コウイチの足元から氷柱が立ち上る。しかしコウイチはそれをタンッと跳んであっさりと避け。もう一度鳴いた怪物がコウイチに氷のボールを投げつけた。

「あばよ」

 それすらをもあっさりと避けて。コウイチは再度切り裂かれた場所に二振りの剣を正確にうち下ろした。キュアアアッ、と悲痛に聞こえる鳴き声をあげて、怪物は光の粒になって消えていく。その目には、感情のようなものが垣間見えるようだ、とタロウは思った。

 それと同時、血の海になっていた床の上も、光となって消えていく。後には、白い石の床と、怪物の乗っていた台座だけが残されていた。





 次も迷宮編です。

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