其の十一
ジャキータに席が設けられ、彼が席に着いた途端。殺気すらこもった視線が隠すことなく注がれた。アコラスだ。幼く見えることもある大きな目をこれでもかとつり上げて、ジャキータを睨んでいる。
「では、カエデ様の懸念を払拭するために、私からひとつご提案させていただきたいことがございます」
「前置きはよい。述べよ」
カクトゥスからぞんざいな言葉が投げ掛けられ、それに目礼したジャキータが話を続けた。
「前回の選挙によって、神都からは大勢の退魔師が職を解かれております。彼らや彼女らを都市の中に置いていただければ、御懸案も解決されると存じます」
それを聞いて真っ先に反応したのは学都のギルドマスター、ミーナだ。椅子から宙ぶらりんになっている足を忙しなく動かし、賛成の声をあげた。
「いいね、それ。それだとこっちの不手際で出てきちゃった怪物とかも処理してもらえるのかな?」
「ええ。もしよろしければその都市で退魔師の育成にも力添えできますよ」
嫌味にならないよう注意を払い、ジャキータは少しだけ微笑んでみせる。
学都は研究や調査のため、危険な魔術具を使うことがある。そのため幽霊も生ける屍も人工的に生産されてしまうことが時々あった。
「では、我々は賛成、と言うことで良いですか?」
サリの声に、ミーナはもちろん、と大声で賛成の意を示す。それに続いて、新都の統治機構“ガウーショ”よりクレオが尋ねた。
「それは、自然発生した物もお願いできるのでしょうか?」
「はい。そのつもりです」
「それならば、反対する理由も特にありませんね」
「むしろ、こちらにとっては面倒な業務が減って楽になるな」
筋肉の塊のような手を組みあわせてテーブルに肘をつき、新都ギルドマスター、ファーヴァが賛成に回る。
「なんや、そういうことならこっちにも利益があるなあ。なんせ“墓地”があるさかい、そう言ったもんはようでるんよ」
カエデが満足したとばかりにあっさりと態度を変える。古都にある“墓地”とは、千年戦争以前からの大規模な慰霊儀式場を指す。神格化するほどの英雄や、魂となりて禍をなす霊を封じて祀り替え、病や天変地異を防ぐ事ができる。古都がもっとも古き都と呼ばれ、今なお繁栄を誇る理由のひとつだ。
「けれど、以外だね。私はてっきり君がギルドマスターに戻るつもりでいると思っていたよ」
「いいえ、ソルバス殿。正当な選挙によって選ばれたギルドマスターの地位を、私が奪うことは罷りなりませぬ。彼らが、これからの神都を導く標となって、その生涯を我らを産み出したもうた神と、守るべき子供たちに仕えることこそ、必要なこと」
我ら年老いたもの達は、彼らの補助に回るのがよい。とジャキータは森都“長老会”代表ソルバスに告げた。
「では、この件はこれで解決したとみてよろしいですね?では、次の議題へと移りたいと思います」
シュロが次の議題、産出品の事に話を変える。それと同時に各都市のギルドマスターから報告書類が配られた。
「では、新都からいくつか新しい物が発見されたことをお伝えしておきます。ひとつは、最大で一キロまで計ることのできる魔道具、もうひとつは本当に薄く、例えば食材が透けて見えるほど薄くスライスできる魔道具です」
詳しい性能についてはお配りした書類に記載済みですので、そちらをご覧くださいとクレオが言った。
「では、こちらからもひとつ。遊都において、新しく見つかった宝石、と思われる石があります。真っ白な竜宮の豆腐のような色合いをしているけれど、食べられそうにありませんでした」
ついては、鉱都と学都に調査をお願いしたいと遊都“鈴鳴り”代表ギンヨウが二つの都市のギルドマスターに声をかける。
「こちらは構わない。職人達はいつでも新しい素材に好意的だ」
「こちらも、最近停滞気味の研究が多くてね。喜んで協力させてもらうよ」
フォンドル、ミーナともに好意的な返答が返り、ありがとうございますとギンヨウが感謝を述べた。
「のちほど、試用品をお渡しいたしますね」
「では、次はこちらだ。目新しいものは無かったが、今年に入ってから迷宮からの産出品が例年に比べて一割ほど増えている。攻略や冒険者の質が上がっただけでは説明のつかない量だ」
炎都のカクトゥスの言葉に続き、氷都のキガからもこちらでも同じ現象が続いている、との言葉があった。炎都では非金属製の、氷都では金属製の武器や防具が迷宮産出品だ。
「どちらも直接攻略に関係のある産出品が出てくる迷宮だな。他の都市では同様の現象が起きているだろうか?海都では、例年通りであるのだが…」
テイルの問いに、全員がしばらくの間口をつぐんで黙り込む。ちょうど時を見計らったように、扉の外から声がかけられた。
「失礼。ヨウムでございます。心ばかりの晩餐を用意させていただきましたので、よろしければ食堂の方にご案内させていただきたい」
その声に、一同は休息をとることに決めた。
「食べているうちに、冒険者たちの報告が上がるだろう。その後、続きを行うとしよう」
年老いた駱駝人族のアラクがそう促して、彼らは扉を開き、ヨウムの主導で食堂へと移動した。
「さささ、好きな席につかれてください。随時料理をお運びしますので」
巨体を揺らし、巨鳥人族のヨウムが機嫌よさげに彼らを食堂へと迎え入れる。食堂は天井が取り払われて、よく晴れた雲ひとつ無い空に美しい月がその姿をあらわし、彼らの頭上へとその光を注いでいる。不思議なことに、魔力灯はどこにもみあたらず、それでも暗さを感じることはない。
「さて、ではヨウム殿のお心遣いに感謝して、月を愛でることといたしましょう」
シュロの言葉に、それぞれが都市ごとに席につき、懐から声を聞かれないようにする魔道具を出して、テーブルに乗せた。
「なぜいらっしゃったのです、先代」
竈を模した小さな魔道具を取り出して、すぐさまアコラスがタキージャに噛みつく。それをなだめるようにタキージャはゆっくりと話始める。
「何故ってねえ。あなたたちへの指導が足りなかったかな、と反省したのよ。だから後輩のミスは私たちが補おうと思ってね」
「余計なお世話です。私たちだけでもうまくやれました」
アコラスは口を尖らせてタキージャにあたる。
「あら、そうだったの?ならば、どんな案を出すつもりでいたのかしら?」
古都の方々は手強いわよ、とタキージャは頬に手を添えて首をかしげた。
「それは、私が誠意を見せて謝罪すれば…」
「甘いですよ、アコラス殿。それでは法外な要求をされかねません。高位の神具の無期限貸し出しや、神具の買い取りまで提案されかねない」
幽霊や活ける屍には特定の神具が効果を発揮するが、高位の迷宮でしか産出されないため神都の負担が高くなる。それに、神具の貸し出しによって利益を受け取っている神都では、それができなくなれば毎年のように流れ着く浮浪児達の生活費を賄えなくなってしまう。
「そこまでひどい提案をなさる方々には…」
眉をひそめ、アコラスはそうトラヤンに言い募るも、あっさりと否定される。
「別に悪い人だと言っているわけではないんですよ。ですが、我々は慈善事業を行っているわけではないんです。ですから、自分の都市の最大利益を引き出せるよう彼らも容赦はしないはずです」
今回は相手方にも身のある提案ができたから引き下がってくれましたけれどね、とトラヤンは言いきって、運ばれてきた料理に手を伸ばした。
「…」
下を向いてしまったアコラスに、タキージャが声をかける。
「これおいしいわよ。あなたも好きだったわよね?」
そうして挽き肉の包み焼きを皿ごと押しやってくるタキージャに、アコラスは叫ぶ。
「いつまでも子供扱いしないでください!」
乱暴に皿を受け取って、口に詰め込むアコラスを、トラヤンとタキージャは困ったように見つめるのだった。
銀色の海にたゆたう、海亀の魔道具の置かれたテーブルで、二人の女性が話をしている。
「今回はちゃんと話を聞いていたのですね。安心しました」
あなたときたらいつも研究の事ばかりで、学都の事は私に任せっきりでいらっしゃるから、とサリがため息をつくと、もごもご、と頬張ったものを飲み下し、ミーナが口を開いた。
「だってさあ、私がギルドマスターになった経緯知ってるでしょ?みんな自分の研究を優先したいからって、面倒ごとは全部私に押し付けたんだよ?」
私だって研究だけして生きていきたいのに!と声を荒げるミーナ。小柄だが、けして子供ではない。
小人族、妖精族の一員であるコロボックル族だ。白い肌も、美しい黒髪も、毎日手入れをしているサリの努力の賜物だ。研究者達は特化した才能に頭の中を持っていかれているせいか、極端に生活能力が衰えている。放っておけば、彼女も一日で野生の丸丸毛のように髪をぐちゃぐちゃにしてしまうだろう。
「大変です、ヨウム殿!」
「なんだ、騒々しい」
そんな声が食堂の入り口から聞こえてきた。狼狽した様子の鷹人族の青年が、ヨウムに駆け寄って言葉を紡ぐ。それに全員がそっと耳を傾けた。
「そ、それが。冒険者たちが全員迷宮から消えました!」
「死んだのか?」
しょうがない、とでも言わんばかりのヨウムに、青年はなおも言葉を続ける。
「いえ。装備品が落ちていませんでしたので、恐らく迷宮の転移罠にかかったものと…」
その言葉に、みるみるうちにヨウムの顔が険しくなっていく。
「どういうことだ。事前調査では、そのようなものは無かったはずだ!」
「で、ですが。そうだとしか思えぬほどの魔力反応の痕跡が!」
午後八時二十分。タロウ、メナス両パーティー十一名が迷宮内で行方不明である、という一報が彼らにもたらされたのであった。
次回、ようやくタロウサンたちに話が戻ります。明日、更新できるよう頑張ります…。




