其の八
一歩足を踏み入れると、ひんやりとした空気が鼻に触れた。外と比べて大分気温が低いらしい。
「暗いな」
獣人であるタロウが暗いと感じるくらいだから、人間族のメナス達にはもっと暗いだろう。
「ふむ。よければこちらで明かりをつけてもよいだろうか?」
メナスの声に、近くには何もいないから大丈夫、とセイラの声が聞こえる。カチッと音がして、魔術灯がほんのり赤みを帯びた光を投げ掛けた。
「おお」
抑えた声がゴロウエから漏れる。無理もないだろう。迷宮の中には紋様が施された柱がいくつもそびえ建っていた。数百年を生きた大木のように太い柱が、天井と床を繋ぎ止めている。明かりに照らされ、いくつもの細い蔦のようなものが這っているのが見てとれた。古い寂れた神殿や遺跡を思わせるが、材質は黒い石のようなものだ。
「ふうむ。学都のものに近いのか?」
見慣れない器具を持って柱に近づいたメナスが、興味津々といった様子でいろいろと計測している。
「学都の迷宮もこれに近いのか?」
「いえ。神都のものも混ざっているような…」
「見てください。床も同じ材質ですよ」
思案顔のセイラが答え、座り込んでいたスイミーが床を触って柱と触り比べている。タロウも足元を見ると、ツルツルした床の上には砂が所々堆積していた。
「ふむ。とても興味深い迷宮だな。じっくりと調べたいところだが、調査の時間は限られている。他の部屋への通路を探そう」
メナスの言葉に、それぞれが慎重に歩みを進めながら壁へと向かう。タロウとキュウスケを先頭に、壁際をじっくりと目を凝らして見ていった。
「見てくれ、タロウ」
「なんだ」
キュウスケに呼ばれてそちらを振り向くと、柱に取り付けられた配電盤のようなものが見えた。キュウスケがそれを開くと、中には水晶の欠片がいくつも落ちている。
「なんだこれ。おーい、メナス!」
迷宮の研究をしている錬金術師ならわかるかもしれないと声をかける。近くによってきたメナスがキュウスケの指差すそれを見て、薄い眉をキュッと絞った。
「驚いたな。これは、魔力石盤だ」
「魔力石盤?」
「ああ。小型の魔力炉のようなものだ。しかし、これはずいぶんと複雑にできているな…」
メナスはフットを呼んで、またもや見慣れない道具を彼の持っている荷物から取りだし、それを魔力石板にあてがった。
「ふーむ。いや、こっちか?」
次々と道具を換えて、魔力光を上から当てたり下から当てたりしながらメナスが唸る。そうこうしているうちに、コウイチがキラリと目を光らせてタロウの背後を見た。
「おいでなすったぜ」
振り返り様、あてずっぽうに拳を繰り出すと、ちょうど飛んできた何かに当たった。あっさりと光へと変わって消えていく。
「怪物だ!」
それだけを叫んだタロウは盾を構えて次の襲撃に備えた。他の場所でもそれぞれ構えるような音がしたのを聞き取って、タロウは目の前に飛来してきたものを打ち落とす。柔い。そして脆い。
「属性は、これはなんだ?見たことがないな」
珍しくゴーシュが判断に迷う。その間にもいくつも飛んできたそれが、光になることなく床へと落ちて、ようやくタロウはそれをはっきりと視認した。
「岩?」
そう呟いた直後。サアッと柱から光が放射状に延びて、部屋全体を明るく照らした。
「うおっ」
いきなり視界が明るくなったことで一時的に見えなくなったが、すぐさま順応して岩らしき怪物を捉えた。
「それは跳岩だ。弱点は特に無いし、魔術を使わないから属性もない!」
そう言うと同時、メナスが丸い縄のついたものを投擲して跳岩を砕く。それに続くようにフレイブルが金属製の斧をふるっていくつもの跳岩を砕いていった。
「出番がないな」
苦笑して、コウイチが剣を鞘に納めた。それぞれに手近な跳岩を処理して、落ち着いたところでメナスに説明を求めた。
「ああ、この石板に、手持ちの水晶を嵌め込んだところ作動した。恐ろしく効率が良いな」
蜘蛛の巣を何枚もずらして重ね合わせたような、規則的だが絡まりあっているように見える中に、小指の先程の水晶が明滅を繰り返しながらはまっていた。
「これだけで動いているのでござるか?」
覗き込んだゴーシュが興味津々に尋ねる。腕を組んだメナスが、深く頷いて。
「そもそも、魔力炉とは千年戦争時代の遺物を研究した結果出来上がったものでな。なにしろ複雑であるにも関わらず、少ない魔力で最大効率を叩き出すよう作られていたのだが、エルフ、ドワーフの技術を持ってしてもいまだ完全なる再現をするに能わず…」
立て板に水のごとくしゃべる、しゃべる。タロウは聞いていたものの途中でギブアップし、ゴーシュだけは感心したように聞いていたようだが、セイラによって中断された。
「ちょっと、メナス。いまは調査の途中でしょう?そういった込み入った話は後で、ここを出てからゆっくりすればいいわ」
「そうですよ。明るくなったんだから、他の部屋を探しましょう」
「む。そうだな。ではまたあとで」
「参考になったでござるよ」
すっと離れたメナスが、反対側の壁を探り始めた。タロウ達もいろいろと調べ、手元の紙に書き込んでいく。あちらもマッピングを行っているようだ。広さは奥行きが百二十メートル。横が六十メートル。失念していたが、キュウスケが巻き尺を持っていたために正確な数値を測ることができた。
「針兎だ!」
フットの声に、そちらを振り返った。毛足の長い兎が数十匹走り回っている。
「攻撃を加えると針が飛んでくる。一方向にしか飛んでこないから見てれば避けられるぞ!」
「わかった!」
タロウ達の足元にも、茶色い集団が駆け寄ってくる。キュウスケがナイフを投げ、針兎に命中すると、一斉に動きを止め。
「キュウウウッ」
と甲高い鳴き声をあげてジャキン、と背中の毛が音をたてて逆立った。
「来るぞ!」
タロウは盾を構え、後衛の射線上に立った。バラバラバラっと強い雨が傘を叩くような音がして、床へとカランカランと針が落ちていく。
「それほど威力はないな」
「優秀な盾だな」
範囲外に一跳びで避難していたキュウスケが、一部始終を見ていたのだろうそんな言葉をタロウにかける。ふとバルドールの事を思い出したタロウは、宣伝しておくことにした。
「これバルドールの盾なんだよ」
「道理で。羨ましいねえ」
俺も小さい盾つくってもらうかね、と呟き、キュウスケは懐から取り出した瓶を針兎に向かって放り投げた。床に衝突した瓶が割れて、中から液体が漏れてくる。
「あれは?」
「使ったことあるだろ?石とかげの毒腺からとった麻痺薬だ」
気化しやすいから小動物ならすぐに麻痺するさ、とのキュウスケの言葉通り、針兎たちは力を失って床へと伸びきっていた。
動かなくなった針兎を光に変えて、探索を続けるとキュウスケが扉を発見する。
「これ、動くぞ」
全員が見守るなか、扉の端に寄ったキュウスケがほんの少しの窪みにぺたりと吸盤のような道具をくっつけて、取っ手をくるくるとまわして空気を抜いていく。そのままゆっくりと横に引っ張ると、音もたてずにすうっとスライドして通路が現れた。
「左右に別れているな」
怪物の不意打ちを避けるように、剣を差し込んで確認したゴロウエがそう言う。通路にも明かりが灯っているようで、パーティーはそれぞれ別れて進むことになった。
「今午後七時十分か。まだ時間はあるな」
迷宮に入ったのが七時ちょうどだったから、探索する時間は十分にある。
「それでは、逆算して帰ってこられるところまで探索を続けよう」
同じように懐中時計を確認したメナスがそう告げて、全員が時計のずれがないことを確認した。
「では、神の加護があらんことを」
「そっちも気を付けて」
タロウたちは右に、メナスたちは左へと通路を進んでいった。
「さて、開けるぞ」
十メートルも進まないうちに、同じような窪みのある部屋を発見した。相変わらず見ただけでは継ぎ目もなにもないように見える。
「こりゃキュウスケがいなかったら扉が見つからなかったな」
ビルが肩をすくめてそう言って、中に適当に矢を打ち込んだ。しばらく待って、なにも反応がないことを確認したキュウスケが扉の周辺を探る。
「罠はないな。入るか」
キュウスケの言葉に、部屋へと進むタロウたち。やはり石のような材質はそのままに、中には石造りの箱がひとつだけポツンとおかれていた。
「開けるぞ」
タロウがそれを持ち上げると、中には透明な板のようなものが入っていた。
「これが産出品か?」
持ち上げてみると、単行本くらいの透明な板だ。
「だろうな。まあ、他の部屋も探って見ようぜ」
ビルがそう言って部屋を出ていく。タロウはそれをリュックにいれて、その後を追った。
「特になにもねえな」
その後は通路を一度左に折れただけで、始めにあった緊張感も薄れてきていた。皆油断こそしてはいないが、さほどの脅威も感じていない。
「そうだな。どの部屋からも同じものが見つかるだけだし」
床に置かれているか、壁に取り付けられているかの違いはあったが、どれも中身は透明な板だけである。怪物にも出くわさない。
「ちょっと休もうぜ」
ビルの提案に、タロウ達は探索を終えた部屋で休憩を取ることにした。水分を補給し、体のストレッチを行う。ここまでの地図も見直してみた。
「どうも、またゆっくりと通路が繋がりそうだな」
キュウスケの指摘通り、通路はわずかづつ左に曲がっている。あちらの通路も同じように右に曲がっているとすれば、遠からずぶつかることになるだろう。平行な通路ではないため、先の方でくっついてしまう。
「まあ、時間が許す限り、進んでみますかね」
「だな」
「それじゃあそろそろ再開するか」
時間は現在午後七時三十分。まだ先に進んでも帰ってくる時間はあるだろう。タロウ達は部屋を出て、黒い石造りの通路を進んでいった。




