其の七
ガルケに案内された先には、金で彩られた両開きの扉があった。傍には鷹族のガーディアンらしき白い骨製の槍を持った青年が立っている。
「少々こちらでお待ちください」
タロウ達にそう言い残し、ガルケはどこかへと行ってしまう。それを見送って、タロウは目の前の扉を見上げた。
「頑丈そうだな」
鉱都の金属製の扉に負けず劣らずの厚みと、凝った装飾がなされている。都市に格上げするために気合いが入っているのだろう。
「しまったな。これを置いてくるのを忘れてた」
コウイチが身にまとったヒラヒラとしたショールのような薄い織物を見て残念そうな顔をする。似合っているのでそのまま身に付けていれば良いだろうに、よほどロッカセンが気にくわないらしい。
「良いのではござらんか?何やらわからぬが、変わった魔力をそれからは感じる。もしかしたら役に立つかもしれぬぞ」
ゴーシュがそう言うと、コウイチは今さら戻ってもしかたねえか、とそれをたすきのように肩からかけて、腰の辺りでぎゅっと結んだ。
「あれ、あなたたち…」
ガルケの連れてきた一団を見て、タロウ達は驚愕した。全員が顔見知りだったからである。
「おや、タロウじゃねえか」
「奇遇だな、つかあんた達どこにでもいたりするのか?」
森都で会ったセイラを含むパーティーを筆頭に、狩人の鼠人族キュウスケ、魔弓使いの双子の片割れ、ビル。いずれも、中位以上の実力を持つ人物ばかりだ。
「おや、お知り合いでしたか?」
タロウ達が驚くのを見て、もっと驚いて見せるガルケ。それにうなずいて、タロウは迷宮の挑戦者が自分達だけでないことにようやく思い至った。三人だけでは調査結果に偏りが出るだろうから、他のパーティーにも調査が依頼されるのは当然である。
「あんたにここであったって言ったら、兄貴が悔しがるな」
ニヤリと笑ってビルが言う。
「これで全員揃ったってことで良いのかしら?」
セイラがガルケに尋ね、ガルケが説明を始める。
「はい。今回皆様に調査していただく迷宮は、奥行きも横幅も広いので、手分けして調査をお願い致したいのです」
それによると。迷宮の怪物は低位ぐらいしか出てこないのだが、いくつも部屋や通路があり、広さがあるらしい。そのため、二時間の期限内で同時に二つのパーティーによって調査を頼みたいとのことだった。
「それは良いんだけれど…。二つ?」
セイラが整った眉を寄せて、難しい顔をした。総員はタロウ達三人にビル、キュウスケ、セイラ達のパーティー六人だ。十一人でどかどかと中に入って調査をしろと言うことだろうか。
「はい。ビルさんとキュウスケさんはタロウさん達のパーティーと合同で調査をお願いしたいのですが…」
キュウスケは同郷だし、ビルとはそれなりに手の内がわかっている。どちらもそれを吹聴するような性格はしていないだろう。
「どう思う?」
判断に迷って四人に聞くと、それぞれ問題ない、可能だ、との答えが返ってきた。それを聞いてガルケに了承することを告げる。
「ありがとうございます。では、準備をお願い致します。必要なものがあればこちらで用意させていただきますので」
そう言って距離をとったガルケは、扉の前の鷹族と話を始めた。タロウは向き直ってビルとキュウスケの二人を呼び、話し合いを進める。セイラ達も集まって話し合いを始めているようであった。
「改めまして、俺はキュウスケだ。祝祭で会ったよな」
タロウよりも頭二つ分は小さいキュウスケが、バシッとタロウの胸を叩く。
「そうだな。大体俺が止めてコウイチが遊撃、ゴーシュが後方から魔術を打つんだけど、あんたは?」
大雑把に立ち位置を伝え、キュウスケの返答を待つ。ちょっと髭をそよがせて、キュウスケは俺は罠とかそういうのをかぎとるのが得意だといった。
「物理的な罠なら、解除もできるぜ」
「そうか。それなら先頭でそういったものを見つけたら、教えてくれ。ついでに戦闘の方は?」
「そっちは一般的な獣人よりちょっとだけ強いくらいだ。あんた達に任せるよ」
「わかった」
話を終えてビルを見ると、会話に加わってくる。
「俺はまあ見た通りだな。弓しかもって来てねえ。魔術も使えるが、本職よりかはちょいと落ちるな」
背負った二メートル近い弓を体を捻ってタロウに見せて、後衛だとアピールするビル。
「でも、結構鍛えてるだろ。前衛も行けるんじゃねえか?」
コウイチがビルの体格の良さを見てそう言うと、それはあんたらが倒れたらお見せしますよ、と軽口を叩いておどける。実際タロウが倒れるようなことがあれば逃げた方がいい。今回は盾も鎧も持ってガチガチに固めているのだ、これで大怪我を負うようなら間違いなく相手はヤバイ。そのことを話すと、キュウスケが笑ってこういった。
「そりゃ、あんたが倒れるような相手ったら竜ぐらいのもんだろうよ。安心してくれ、そんなことになったら俺はさっさと逃げて応援を呼んでくるからよ」
「頼んだ」
いざというときに的確な判断をしてくれることを期待して、大まかな戦術を決めていく。結果、タロウ・キュウスケ、ゴーシュとビルを挟んで最後尾にコウイチがつく形となった。
「こっちの準備はいいわよ」
セイラがタロウ達に声をかけ、メナスがこれを、と小さな花と笛のような魔術具を渡す。
「これは?」
「それは、こっちのものと対になっていてな。何か重要な問題が起きたときに吹くと、こっちの魔術具も反応して鳴り始め、魔力を注ぐと方向を指し示してくれる。逆もしかり。木霊笛といって、緊急用の連絡手段だ」
ジュゴン大陸では珍しいものではない、と言い切って、もうひとつの金属のように硬い、白い肉厚の花のようなものを指してこう言った。
「そちらは幼葉果と呼ばれる。迷宮にしか咲かない幼葉華というものが結実したもので、生存に適した空気かどうかを判断する標となる」
色が変化している場合はその場から離れた方が無難だ、とメナスが教えてくれる。
「ありがたく借りておきます。でもいいのか?」
高価なものではないのだろうか。そういった意味を込めて問うと、察したのだろうメナスが胸を張り、どこか満足げに言い放つ。
「なに、この探索が世界全体の命運を握っているかもしれぬのだ。もしここで役に立つ産出品が発見されれば、それほそのまま世界全体の利益となる。躊躇うことも、惜しむこともない」
まさしく錬金術師の鑑と言える模範的な解答が返ってきた。合理性と、高い理想と、奉仕精神。その三柱を精神的支柱とし、彼らは人を助け、導き、道を外れたものを諭して更正を助ける。
「では、皆様。探索時間は二時間。それを過ぎてもこちらにお戻りになられない場合、救出班を編成してお迎えにあがります」
依頼の詳細は、探索範囲の地図作成と怪物・産出品の種類の報告。どうやら鉱都のような採掘するものではないらしい。二つのパーティーは、大きく開かれた扉の中に次々と足を踏み入れていった。
「やつらは?」
どこか暗い部屋の一室で、ヨウムはグルドに経過を聞いた。
「はっ。ご指示通り、ヘレンの迷宮に誘導が完了しました」
それを聞いたヨウムはグアッグアッと品の無い笑い声を響かせ、口の端を歪めた。
「それでよい。あの迷宮はろくなものが出てこんからな。脆い石と、固まらん砂だけだ」
使い道の無いものばかりだ、といまいましげに吐き捨て、監視を続けておけ、とグルドに命じた。
「はっ。しかしヨウム様」
「なんだ?」
すっかり別のことを考えていたヨウムは、思考を遮られて少し苛立ったようにグルドをにらみつけた。
「あの特に何もない迷宮が、都市のやつらに承認されるでしょうか?」
産出品で取引ができなければ、都市への参入は難しい。都市が都市であるためには、それなりの経済圏が必要とされた。
「なに、そのところはちゃんと考えてある。鷲のやつらを使えばよい」
グスタフのおかげで職を失ったものが多数おるからな、とヨウムは呟く。
「使う、とは?」
まるで阿呆のように聞き返してくるグルドに、分かりやすく噛み砕いて教えてやった。
「あいつらを労働力として輸出してしまえばよい。高所での作業は、地を這うものには難しかろう。かわりに王都の霊薬や遊都の女、新都の冒険者をこちらに寄越してもらおうではないか」
鷹族と同じくらいの力を持ちながら、飼い殺したままにしておくのはもったいない。あいつらを厄介払いして、欲望を満たすために力の弱い人間族をこちらがもらう。良い考えだ。
他の都市もそれぞれ人材不足できゅうきゅうとしているようだから、それで釣り合いがとれるだろう。頑固で真面目くさった鷲のやつらは十分に働くに違いない。
「お考えを拝聴させていただき、ありがとうございます。これで都市への昇格は決まったようなものですね」
「まあな。しかし、やつらが都市を去るまでは油断ならん。モアに近づかないように細心の注意を払え」
「はっ!」
敬礼するグルドに、さっさと出ていけと手を振って部屋の外へ追い出し、ヨウムは先のことを考え始めた。都市になりギルドを運営させてその上前をこちらが吸い取る。税金の収入が昨今低くなってきたので、冒険者達から絞り上げる算段だ。
「やつらは地を這うしか脳の無いくせに、金だけは持っておるからな」
そのためには配下のものをギルドの役員に据えねばならない。その仕込みは既に終えていた。
「低位の怪物しかおらんと思っているところに中位の怪物が集団で襲ってくれば、やつらも逃げ出すしかないだろうて」
そこをすかさずガーディアン達に救出させて、攻略を行う。ここまでやれば、こちらの優秀さを宣伝できるだろう。そのままねじ込んでしまえばいい。グアッグアッと笑い、ヨウムは会議の行われている部屋へと向かった。より効果的な演出を行うために。
「…」
部屋を出たグルドは、ほんの少し目を細めた。ヨウムの企みには陛下が手を打っていることだろう。タロウ達のパーティー以外の人員は、そちらのつてを使って集められている。
自分の任務を遂行するため、今は甘んじてやつの下につくしかないとわかっていても、あの下品な男の笑い声はグルドの神経を逆撫でした。
ふっ、と軽く息をついて、グルドは自分が予想していたよりも疲れていることに気づく。もう少しだ、と言い聞かせ、グルドはタロウ達の使っていた部屋へと向かった。




