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三匹迷宮物語  作者: 九十
十五夜会議
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其の六

 間に合わなかった。ごめんなさい。

 夜のうちに雨が降りだした。窓に打ち付けるように降ってくる雨粒がすうっと伝い落ちていく。湿った風が部屋を通るうちに冷却され、毛皮にまとわりついて不快だ。

「どうにも、嫌な天気だな」

 コウイチが毛皮をぬぐいながら窓の外を見てそういった。部屋の湿度が上がっているようで、少しべたつく。

「月見できるのかな」

 二日後に控えた本会議で、本当に月見をするわけではなかろうが、あまりいい気分はしない。

「それは心配ないのでは?シルフがいるはずでござるからな」

「そういえばそうだな」

 ゴーシュの言う通り、鳥人族とシルフはお互いに共生関係にある。鳥人族のほとんどは飛ぶことができるが、その全てが風の魔術に優れているわけではない。大型の鳥人族になればなるほど飛び上がる際の上昇気流は強いものになる。そのため、風の魔術が得意なシルフと雇用関係を結ぶものも多いと聞く。風を操るのも得意であるから、一晩くらいなら雲を散らしてしまうだろう。

「魔術具はあったけど、あれは持ち運びできそうになかったよな」

 狭い通路で見かけた翼の刻まれた魔術具は、据え置きだったように思う。あれをいちいち持って歩くのは面倒だろうし、小型のものならばともかく大型の者はあれで飛び上がるのは難しいだろう。

「ごめんなさい、魔術をかけ忘れてましたー」

 ドアが開かれて、小柄な女性が入ってくる。いましがた話題に上ったシルフだ。

「魔術ですか?」

「ええ。ちょっと湿気が多いでしょう?」

 にっこり笑って、ちょっと待っててね、と詠唱を始める。

「『さあ地上の友、吹き渡る陽気な友よ。今我らに貴殿の姿を遷し見せん。乾いた大地の熱を持ち、我らの憂鬱打ち払わん』」

 乾いた風が室内に召喚されて、湿気を持つ空気を一変させる。暖かな温風が部屋を駆け巡り、心地よい温度となった部屋からは湿気が取り払われていた。

「これでよし。また湿ってきたら気軽に声をかけてくださいね」

 一仕事終えました、と言わんばかりに胸を張り、手を振って退出するシルフ。その背中には透明なトンボのような羽が四枚ついていた。

「すげえ。っていうか、どうなってんの」

 およそ魔術とは思えない広範囲の術が維持されたままなのを見て、タロウは精霊族に近い、と言われた理由を理解した。普通の人族が使っても、魔術の有効な時間は数分だろう。しかし、今のいいぐさだと数時間は持つと思われた。

「羽が媒体なのでござろうか?光っていたように見えたが…」

 難しい顔をしたゴーシュがそう呟く。タロウの位置からは見えなかったが、ほんのり光っていたらしい。

「まあ、いいじゃねえか。快適になったことだしよ」

 幾分ふかふかしたように見えるコウイチが機嫌良くそう言って、タロウ達は明日の迷宮用に荷物を作ることにした。


「おい、このロープいると思うか?」

「ああ、それは持っていった方がいいかも。あとこの魔術具はどうする?」

 気づけばここまでの旅路で随分と荷物が増えていた。食器や簡易ストーブはそれぞれ持つことにして、迷宮の種類が全く知らされていないので筆記用具やコンパスなど、マッピングの道具も手分けして鉱都で購入したリュックサックに詰めていく。

「あとは食料か。水は風呂の魔術具があるし、食料は…」

 コウイチが米のつまった魔術具をリュックに入れている。あれだけでも十分だし、余計な荷物はおいていった方がいいだろう。

「盾どうするかな…」

 広い部屋のある迷宮なら持っていっても邪魔にならないだろうが、狭い通路だったときは道を塞いでしまうかもしれない。少し迷って、入り口で様子を見て邪魔になりそうならその場で預けることにした。

「タロウ、首飾りは借りるぞ」

「どうぞ。イヤリングの方は気に入ったみたいだな」

「まあな。結構快適だしよ」

 ミリアンに貰った、寒暑適応のイヤリングはコウイチがつけていた。貰った直後にミノリたちがパーティーに加わったため、使うのをためらっていた品だ。戦闘の邪魔にならないと言うことで、今は一番身軽なコウイチがそれをつけている。それほど派手ではない首飾りは、タロウとゴーシュがつけていた。そのおかげか、道中それほど暑さを感じることはなかった。

「塩はミノリ殿とモルテルス殿がいたときに買ったから十分でござるな」

 ゴーシュが塩の塊を包み直しながらそう呟く。海都で購入した塩は、旅でも使いやすいよういくつかの塊として売られていた。ナイフなどで削って使うのが一般的だ。

「あとは、この腕輪か」

 壁を作り出す腕輪。魔力を使うので、コウイチとタロウで身に付けておくことにした。初見の迷宮だから、用心するに越したことはないだろう。

「ん?」

 荷物の下の方に、なにかスベスベした手触りのものがあった。つかんで引っ張り出すと、網目のある薄い布。網タイツ。それをもう一度荷物に押し込んで、タロウは横目で二人をうかがった。見られていないらしい。どちらも自分の手元を見ている。

「…」

 タロウはシュミレーションを脳内で行った。なんだかわからないが、今は監視されている身だ。置いていって、その荷物の中からこれが発見された場合。

 変態扱い、もしくは二人にしばらくからかわれるためのネタを提供することになるだろう。持っていこう。その方が安全だ。混乱した思考の中、タロウはそう結論付け、網タイツを丁重にリュックの底に押し込んだ。




「では、これより第百一回目の十五夜会議を開催する前に。ここ最近の騒動に関して重要な位置にあった冒険者諸君の身の潔白を証明するため、審判を執り行いたい。異議のある方はおられませんな?」

 十二都市の主役全員が揃ったため、一日前倒しして開かれることとなった十五夜会議の一室。タロウ達は深紅の羽で身を飾り、銀の帯を腰に巻いた鳥人族の審官の前にたたされていた。


「では、始められよ」

 誰からも声が上がらなかった事を了承と見なし、円卓の外に座った鷹族の男がそう審官に向けていい放つ。こくりとうなずいた審官が、タロウ達に向けて話しかけてくる。

「では、私のあとに続いて復唱願います。『我らが奉じます、いと高きにおわします審判の神よ。ここ一連の事件への罪のないことを、我が身の潔白を、今ここに示したまえ』」

 タロウ達があとに続くと、それぞれの前に刃先が上向いた剣が現れ、一周する。それを見ていた審官と集まった重鎮達は、そろって議事を進行する鷹族の男に目を向けた。

「では、今ここに彼らの身の潔白は十二都市の元、保証された。時間をとらせて申し訳ありませんでした。迷宮の方へとご案内させます」

 後半をタロウ達に向け、金色のベルを鳴らすと、鷹人族の青年が扉の前に現れる。彼の案に従って、タロウ達は会議場から退出した。


「そうそうたる顔ぶれでござったな」

 ゴーシュが強張っていた方をほぐすように回して見せる。タロウはそれに同意して、中の様子を思い出す。

 広い会議場の壁には蔓草の紋様が美しく刻まれ、椅子やテーブルには光沢のある烏木と、それを彩る宝石類が曼荼羅のように埋め込まれていた。控えの部屋とは大分趣向も違っていたように思う。

「私も緊張しましたよ」

 迎えに来てくれたガルケという名の青年も、少し足取りがおぼつかない。

「なにせ、すべての都市のギルドマスターがそろっておられる所なんて、ここ数年誰も見たことがないでしょうね」

「そうだよな、まさかすべて揃ってるとか普通思わないもんな」

 以外だったのが、そのそうそうたる顔ぶれにも関わらず、シュロもフォンドルもまるで負けていないところであった。シュロはまあ悪目立ちするような容姿であるからいいとして、フォンドルなどは作業着姿しか見ていないタロウにとっては違和感があった。艶のない皮鎧姿に、細かい金属鎖で編まれた外套。風格のようなものが漂っている気すらした。

「ロッカセン殿もさすがに白水卿の認めたお方ですね。堂々としておられて、私も息をするのを忘れるほどでした」

 タロウ達がロッカセンと共に来ていたことを思い出して気遣ってくれたのだろう。ありがとう、と返し、タロウは押し黙ったまま歩くコウイチを見る。

「なんだ?」

「いや、別になんでもない」

 朝方ロッカセンから渡された一式を使い、丁寧にすいた毛皮と、その上に羽織った緑青色の薄い織物が、コウイチを野生の虎のような美しさと、品を持ち合わせた芸術品に仕立てあげていた。

「案外協力的だよな…」

 ぼそりと口の中だけでひとりごちる。芸術に関しては、ロッカセンの見立てを信用しても良いのかも知れなかった。



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