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三匹迷宮物語  作者: 九十
鉱都へ
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プロローグ

 寒風吹き荒ぶ睦月の半ば。紅暮くくれの港は人で溢れていた。海都より出発した船は北の海岸沿いに大きく輪を描くように航行し、獣人達の集落を中継して大陸南端の鉱都へとたどり着く。鉱都は飲用に適した水源がとぼしく、そのほとんどを海都からの輸入とダムに頼っている。住人は大半が妖精族のドワーフだ。


 その港に、旅装のタロウの姿があった。






 祝祭のあと、タロウは父ユキナガに面会を願い出た。牡丹花咲く猪人族の館へと入り、執務室まで案内される。文机とにらめっこをしている父に、忙しい中時間を割いてくれたことに礼を言い、早速本題にはいる。


「父上、旅に出ようと思います」

 ユキナガはクイッと鼻面を机から上げて、楽しそうにこう返す。

「ミレイアさん、美人だったなあ」

 かしこまっていようが、息子の考えることなどお見通しであった。


「う、はい。美しいかたでしたね。いや違います、かわいい娘を探しに行くのではなく、自らの修行のために…」

「私はそんなこと一言も言ってないぞ」

 語るに落ちるとはこのことである。獣人もどうやらやましいことがあると口数が多くなるようであった。


「まあ、いいぞ。たまには帰ってきて顔を見せなさい。あと母さん達にはちゃんと言っていくんだぞ」

「え?良いんですか?」

「構わないよ。私だって若い頃は旅をしたものだ。立派に狩人の使命を果たしたお前なら問題はないだろう」

「そういえばボタン母さんとは旅先で出会ったのでしたよね」

「うむ。世界は広いからな、色々なものを見て、考えて、たくさんの人たちに混じってきなさい」

 以外にもあっさり許可が降りたので、仕事の邪魔をしては悪かろうとさっさと退出することにした。


「タロウ」

「はい?」

「遊都にもし行くことがあったら、困ったときには私の名前を出しなさい」

 遊都は金銀財宝を産出する迷宮があるアマノ諸島の一大歓楽街である。行くことがあるとは思わなかったが、わかりましたと返事をして今度こそタロウは執務室から出ていった。


「母上、お話があるのですが…」

 家に戻り、旅立ちを伝えるべく母達の部屋の前で中に声をかけた。

「タロウかえ。おはいり」

「タロウさん?どうぞ」

 障子を開けて中にはいるとボタンとユリの二人が揃っており、編み物をしていた。父は二人の女性、猪人族のユリと人間族のボタンをめとっている。息子からすれば男として羨ましい限りだ。




「ちょうど良かった、タロウさん。モフラーを編んでいたところなの。あなたの分はもう出来上がっているのよ、ほら」

 橙色の暖かそうな三角形の何かを嬉しそうに差し出してくるユリ。

「ユリ、モフラーではないよ。マフラーだ」

 すかさずもう一人の母、ボタンからの訂正が入る。おかげでタロウはそれはなんですかと尋ね返して、ユリの母としての矜持を傷つけずにすんだ。



「えっ、タロウさん出ていってしまうの?そんな、どうして」

 旅に出ることを告げると、ユリは編み棒をたたみに刺してタロウににじり寄る。

「ちょ、ユリ母さん畳が!」

「落ち着きなさい、ユリ。タロウもずっと帰ってこないと言っているわけではないであろ。のう、タロウ?」

「はい。とりあえず数年をメドに、色々見て回ろうと思っております」

「あ、そうなの?それだったら…。心配だけれど、タロウさんならきっと大丈夫よね」


 安心したようで、編み棒を抜いて再び編み物を始めるユリ。その手つきはおぼつかない。

「タロウ、それでいつ頃発つのかえ?」

「明日にでも、発つ所存つもりです。そろそろ新年初めの船が港に来る頃ですし」

 ずっと休まず動かし続けていたボタンの手が止まり、編み物をひざにおいて高く結ったびんからするりと一つのかんざしを抜き出す。



「これを持ってお行き。魔術具であるから、何かの役にたつであろうよ」

「え?そんな高価なもの頂けませんって」

 魔術具は最低でも一つ金貨百枚はする。それを頭に挿して平然としているボタンもボタンだが。

「良いから持ってお行き。母の好意を無駄にするのかえ?」

「あ、ありがとうございます。大切にします」

 ボタンは妙に凄みのある美女で、四十を越した今でもその容色に衰えの兆しはない。その勢いに負けたタロウはカワセミのあしらわれた簪を受け取った。


「あら、ボタンばっかりずるいわ。私の作ったマフラーも持っていってくれるわよね?タロウ」

「うん、ありがとう母さん」

 タロウは毛糸で編まれた三角のマフラーを受け取った。





 家族や友人に別れを告げ、屋敷を後にするタロウ。


「兄上」

どこか不安そうな顔をしたジロウが呼び止める。その後ろにはマツユキがいた。何か弟に声をかけようとして、先を制される。

「兄上、お土産は新都のはかりが良いです」

「俺は食いもんがいいな」


「わかった、ジロウ。一番良いやつを迷宮からとってきてやるよ。マツユキ、お前は家の妹達に近づくんじゃねえぞこのロリコン」

「いや、俺ロリコンじゃねえから」

「嘘つけ、祝祭でキヨマサ兄ちゃんの娘達に付きまとってたらしいじゃねえか」

 お巡りさんはいないが屈強な自警団にこいつをつき出すことはできる。念のために牢に入れてから行った方が良いかもしれない。


「違うよ?いきなりタックルくらって屋台の物高い順に買わされただけだから。俺は被害者だから」

「兄上、この変態は私が見張っておりますのでご安心を。妹達には指一本触れさせませんので」

 そいつの性癖次第ではお前も危ないんだジロウとは言えずに、代わりにマツユキを睨んでおく。

「お前らひでえなあ。俺は可愛いいとこ達や獣ッ子を愛でているだけなのに」

「ジロウ、必ず誰かと一緒にいるんだぞ。そいつに人気の無いところに連れ込まれそうになったら大声で叫ぶように」

「しかと承知いたしました。兄上、ご武運を」

「お土産いっぱい持って帰るからな。いってきます」

「いってらっしゃいませ」

「おい、お前らちょっとは構ってくれよ!完全スルーはやめて!」



 そろそろ雪が降って来そうな曇り空の下、変態への不安を残しつつ、タロウは港へ向けて旅だった。














 蛇人族の住まう集落の一角、天守閣を擁する城の一室にゴーシュは呼び出されていた。部屋には蛇人族の生ける守り神、巫女のすみ姫が座している。


「ゴーシュ、面をあげい」

「はっ」

「狩人の儀、ならびに祝祭におけるわらわともとしての働き、誠に見事なものであった。褒めてつかわす」

 純姫の顔にも声からも一切の感情は見いだせず、その様は冷厳な雪山を思わせる。

「ありがたきお言葉。このゴーシュ、その言葉だけで魂を救われた心持ちになりまする」

「うむ。ついては褒美をとらす。イメリア」

 純がかたわらの侍女に声をかけると、まわりに控えていた召し使い達は一人のこらず退出していく。


「お主もじゃ。イメリア」

「何かありましたら、その鈴でお呼びくださいまし。御前失礼いたします」

 ゴーシュは姫と二人きりになる。突然の事態に戸惑っていると、姫が高台を降りてゴーシュの近くに座った。


「姫?」

「ゴーシュ、その、な」

 目元を赤く染めて伏し目がちになった姫を見て、本能が激しい警鐘をならす。

褒美ほうびは、妾じゃ」

 そっと手を重ねてくる姫。その手は冷えて、少し震えている。ゴーシュは凍りついた。

「ひ、め」

「嫌か?」

 他の蛇人族の男なら、喜んで申し出を受けただろう。最高権力と並ぶ巫女姫の寵愛ちょうあい。冷たさを思わせはするものの、雪のような美しさをもつ美貌。蛇の姿の時でも、人に変じた姿であっても、その美しさはかわりなかった。


「ゴーシュ?」

 姫が覗きこんでくるが、その事に気づかないほどゴーシュは焦っていた。彼が彼女を受け入れられない理由。二つある。一つは、彼がロリコンでないということ。そしてもう一つは…。

「姫。某は、その」

「なんじゃ?」

 激しく暴れる心臓をなだめ、一気に言い放つ。

「男が好きなのでございます」

 姫は固まり、そして聞いてくる。

「それは、衆道ということか?」

「はい」

「それならば心配ない。妾にはそっくりな双子の弟がおるし、年上が良いのであれば兄も、父もまだ美しい男のままじゃ」

「!?…いや、姫、身内を売ってはなりませぬぞ」


 ツウと目を細めて姫が反論してくる。

「お主、今想像したであろ。妾のような美貌の男どもが主にかしずき、奉仕する様を」

 なかなかに過激な言葉が出てきた。そのようなことはない。していない。一瞬ときめいたりなどしていない。魅力的な提案であることは間違いないが。


「諦めて我が夫となるのじゃ、ゴーシュ」

 いくら魅力的な条件だとて、呑むわけにはいかなかった。姫をいずれ悲しませることになるのは明白であったから。

「いいえ、姫。私はあなたの夫となることはでき申せぬ」

 はっきりとお断りする。すると、姫の様子が一変する。目から光が失われ、その緑色の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「なんでじゃ?なんでなのじゃ。妾一人でなくてもよいのじゃ。お主の好きなだけ男を囲えばよい。ほしいものはなんだっててにいれてやる。じゃから、じゃからっ!」

 小さな声が次第に高く、か細くなっていく。最後にはしゃくりあげるようにして泣き始めてしまう。小さな手で何度も何度も涙をぬぐい、イヤじゃイヤじゃと子供のようにだだをこねる。


 ゴーシュはただ黙っていることしかできなかった。殴って、罵って、自分を嫌いになればいい。そして彼女を愛するものと愛を育んで行けばよい。そう思って、頭を垂れ続けた。





 しばしして、空気がピリピリと帯電し始める。いぶかしげに思ったゴーシュが顔を上げると、大蛇がいた。

「ゴーシュ」

 いや、化生けしょうがはがれ、本性ほんしょうをむき出しにしたスミ姫である。

「ココロガテニハイラヌナラバ、ソノカラダダケデモワラワノモノニ!」姫が襲いかかってくる。

「あぶなっ!姫、姫?正気を失っておられるのか!?」

 なんとか攻撃をかわしていく。しかし一歩、一歩と追い詰められて。

「フフ、ゴーシュ。ワラワトヒトツニナルノジャ、ウフフフフフ」

 完全にホラーと化した姫がゴーシュを窓際に追い詰めた。窓の外は降り積もった雪と溶けて凍った氷の織り成す氷点下の滝である。



「ツーカマーエター」

「いやああああああああああっっ!」

 城の一室に、ゴーシュの悲鳴が響き渡った。










 虎人族の集落が内森に近いひとつの家にて、若い娘の怒号があがった。


「ふざけんな!誰が見合いなんぞするか!」

 赤毛の虎縞を持った娘が、これまた似たような色合いの壮年の男に向かって怒鳴り散らす。

「そうは言ってもな。同じ狩人の、メイノちゃんだっけか。彼女も結婚したらしいじゃないか。私もそろそろ孫の顔が見たくてな」


「そんなもん兄貴達にどうにかしてもらえ!絶対やだかんな。見合い相手なんか全員ぶっとばして破談にしてやる!」

 息巻く娘に首を横に振るコーエン。

「明日は何がなんでも見合いに出てもらう。母さんとも話し合って決定したことだ」

「そんな」

 今まで味方であったはずの母まで敵にまわってしまった。勝ち目はない。

「いいな、明日は無理矢理にでもつれていく。今のうちに風呂でも入って独身を謳歌おうかしておけ」


「わかったよ」

 おとなしくうなだれて部屋を後にする。ふりをした。


「冗談じゃねえ。男と結婚なんかしてたまるか!」



 その日ちらほらと若い雪の降る夜に、コウイチは家出を決行した。





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